前述のように、畜産では生産コスト指標が導入できる可能性が高いが、具体的な仕組みをつくり、運用できるようにするには、いくつかの課題がある。
(1)法に基づく品目ごとの専門職業間組織の形成
仕組みづくり、運用の議論の場として、法で認可された専門職業間組織が日本でも必要である。専門職業組織は多数あるが、その連合組織である専門職業間組織はJミルク以外にない。両組織の性質・役割を定義し、認定する法の制定が求められる。課徴金を集め、予算規模と専門性のある人材を確保することが必要である。
フランスでは1974年に専門職業間組織が法制化され、関係者の重要な議論の場となっている。職員の専門性は高く、多くは修士学位をもち、博士学位をもつ者もいる。競争法抵触を超えて法制定できたのもこのような議論の場があったためと言える。
(2)コストと価格のデータ収集
「生産費」は、支払い費用ではない家族労働費や減価償却費、自作地地代、自己資本利子を含むものであり、生産費統計の「全算入生産費」に該当するデータが必要である。同統計は、牛乳、肉用牛、肥育豚に限定されている。採卵鶏、肉鶏の生産費データの収集、さらに各品目の処理場のコストデータの収集が必要であり、方策の検討が求められる。卸、小売段階のコストのデータも望まれるが、小売は多数の品目を扱っていることが多いので難しいだろう。市場価格は、畜産物については、農畜産業振興機構が卸と小売価格のデータを公表している。
(3)生活者(消費者)が公正な価格で購入できる基盤を整える必要
生活者は、小売店の価格からは、生産者が適切な報酬を得られるかどうかは分からない。コストや農家の報酬を示して理解を得ることも大事だが、何よりも重要なのは公正な価格で購入できるように、先進国で最低水準の給与を引き上げ、経済状態を改善することである。
最後に価格形成の仕組みづくりそのものではないが、関連する課題に言及しておきたい。畜産では、輸入飼料の利用が多く、原料価格の変動・高騰の原因になっている。一方で、耕作放棄地が増えており、そこに飼料用トウモロコシや飼料用稲(ホールクロップサイレージ用)を作付け、飼料の安定供給とコスト節減を進めることが極めて重要であろう。
併せて以下を参照されたい。『農業と経済』2023年冬号、英明企画編集。新山・杉中・大住・吉松(2023)「フランスEgalim法、EgalimU法にみる生産コストを考慮した価格形成」『フードシステム研究』30巻2号。
【プロフィール】
京都大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。2017年まで京都大学教授、2022年まで立命館大学教授。京都大学名誉教授。主な業績に、シリーズ「フードシステムの未来へ」(『フードシステムの構造と調整』など)昭和堂、2020年、『牛肉のフードシステム−欧米と日本の比較分析』日本経済評論社、2001年など。