(1)肉用子牛の価格形成
肉用牛の生産基盤の動向を把握するためには、価格形成の仕組みを知ることも重要である。肉用子牛か肥育牛かにかかわらず、肉用牛生産者はコストをかけて生産した肉用牛を販売しなければならず、常に販売交渉の不成立のリスクを抱えているため、一般的に買い手側に有利に働く傾向がある。すなわち、肉用牛生産サプライチェーンの中でも川下側が優位に立ちやすい。
繁殖農家で産出された肉用子牛は離乳後、前述の通り育成農家あるいは肥育農家に販売される。その販売方法は、家畜市場などで最も高値を示した者に販売する「競り」、買い手が農場を訪問し、繁殖農家と直接価格交渉を行う「相対取引(現物取引)」、子牛生産前に繁殖農家と買い手の間で交わされる契約に基づいてあらかじめ価格が決められる「契約取引」に大別される(表3)。そして、「競り」は、家畜市場で実物の子牛を見て入札を行う「家畜市場取引」、オンライン上に掲載した子牛の動画や画像を見て入札を行う「インターネットオークション」に分けられる。また、「契約取引」は、繁殖農家と買い手との間であらかじめ合意された品種、重量、頭数などに基づいて決められた価格で取引される「先渡取引」、と畜後の肉質によって価格を引き上げたり引き下げたりする「グリッド価格取引」に分けられる。
USDAの動植物検疫局(APHIS)が全国家畜衛生モニタリングシステム(NAHMS)に基づいて実施した調査(注3)によると、これらの子牛の販売方法の中で、「家畜市場取引」が最も多く、去勢牛および未経産牛の販売では、それぞれ61.7%および47.9%に及んだ(表4)。次いで、農場における直接交渉である「現物取引」となるが、去勢牛および未経産牛では、それぞれ13.1%および5.1%にとどまった。「契約取引」は、「先渡取引」と「グリッド価格取引」がいずれも1%に届かない結果となるなど、肉用子牛市場では「契約取引」がまだ浸透していないことが分かる。
(注3)USDA/APHISが24州の繁殖セクターを対象として2017年に実施した調査(21年5月公表)。牛1頭以上を飼養している2013の生産者が回答。
(2)肥育牛の価格形成
一方で、肉用牛の価格形成の中核となるのは肥育牛価格とされている。米国の肥育牛・牛肉市場は極めて複雑な市場とされており、近年では大手食肉企業の存在感が増したことも相まって、議論が過熱することも珍しくない。
肥育牛の価格は1990年代に入るまで、枝肉の肉質による差はほぼ加味されておらず、肉質に関わらない平均的な価格に設定されてきた。肉質によって価格差を設けるためのコストを考慮すると、肥育農家(売り手)にも食肉企業(買い手)にもインセンティブ(価値)が見いだせず、優れた肉質を有する肥育牛の生産者が利益を得る手段はほとんどなかった。90年代に入ると、牛肉需要の低下とそれに伴う牛肉価格の低迷などを受け、肥育農家は肉質の向上に取り組むようになる。牛肉業界は肉質によって価格差を付与する「グリッド価格」の考え方を用いて、優れた肉質の肥育牛を生産することにインセンティブを与えることにも成功した。
肥育牛の販売方法は、肥育牛の出荷時に肥育農家と食肉企業の両者による交渉によって価格が決められる「相対取引」、肥育牛の出荷前に両者の間で交わされる契約に基づいてあらかじめ価格が決められる「契約取引」に大別される(表5)。そして、「相対取引」は、肥育牛の引き渡し時に価格交渉がなされる「現物取引」、と畜後の肉質によって価格差を付与する「グリッド交渉取引」に分けられる。また、「契約取引」は、と畜場平均価格や市場報告価格などの指標を用いて価格が決められる「フォーミュラ価格取引」、肥育農家と食肉企業との間であらかじめ合意された品種、重量、頭数などに基づいて決められた価格で取引される「先渡取引」に分けられる。この「フォーミュラ価格取引」と「先渡取引」にも「グリッド価格」の考え方が用いられることが多くなり、肉質が優れている場合には価格を引き上げる契約が増えているという。
オクラホマ州立大学の調査報告書によると、「現物取引」「グリッド交渉取引」「フォーミュラ価格取引」「先渡取引」の割合は、2012〜20年はそれぞれ23.8%、4.9%、59.7%、11.6%であったが、17〜20年で見るとそれぞれ23.8%、4.0%、62.4%、9.8%と、「フォーミュラ価格取引」の割合に増加傾向が見られる(表6)。同報告書によると、09年までは「現物取引」が主流であったが、03年以降は「フォーミュラ価格取引」が増加し、10年以降は「現物取引」を抜いて最も主流な販売方法となったとされている。
「フォーミュラ価格取引」や「先渡取引」といった「契約取引」には、肥育牛価格の基礎となる基準価格が設定されるが、この基準価格には当該と畜場の平均価格やUSDAが公表する市場価格、生体・枝肉の現物取引価格などが指標として用いられることが多い。「グリッド価格」の考え方によって、優れた肉質を有する肥育牛を生産する肥育農家は「契約取引」を選択することが多くなるため、結果として、これらの優れた肉質を有する肥育牛の価格が指標に反映されず、基準価格は実態と乖離してしまう。さらに、多くの肥育農家が「グリッド価格」の考え方を用いた契約を選択すると、指標となる平均価格・市場報告価格・現物取引価格の算定に用いられる肥育牛の母数が減少するため、基準価格の信頼性低下も懸念されている。
米国最大の肉用牛生産者団体である全米肉用牛生産者・牛肉協会(NCBA)は、個々の販売で見ると肥育農家と食肉企業の双方にとってインセンティブを有する「契約取引」を選択する機会は維持しながらも、十分な交渉に基づいた「現物取引」への自発的な選択を促したいとしているが、近年の「契約取引」の増加傾向の流れは止められずにいる。
(3)肉用子牛価格・肥育牛価格の推移と肉用牛農家の収益性
肉用子牛および肥育牛(去勢牛・肥育用未経産牛)の価格の推移を見ると、2014〜15年にかけて子牛の価格上昇が分かる(図12)。これは、11〜14年にかけて米国を襲った深刻な干ばつにより牧草の生育状況が悪化し、繁殖農家が繁殖雌牛を淘汰して牛群を縮小した結果、子牛の生産頭数が減少したことに起因する。それに伴い、と畜頭数が減少した結果、肥育牛の価格も上昇した。
また、20年以降も子牛と肥育牛の価格は上昇傾向が続いている。ここ数年の長引く干ばつによって牧草の生育が悪化したことに加え、飼料以外の生産コストも高騰したことで、23年12月時点でも繁殖農家による繁殖雌牛の淘汰が進んでいる状況にある。牛群を再構築するためには、未経産牛を肥育に仕向けずに留保して繁殖に仕向ける必要があるが、干ばつが緩和している地域でさえ、高騰する子牛価格を受け、未経産牛を肥育用に販売する繁殖農家も多いという。
このような肥育牛やと畜頭数の増加から、上昇を続けた肥育牛の価格に歯止めがかかり、23年下半期の肥育牛価格は横ばいで推移した。肥育牛価格が下降にならなかった背景には、米国内外からの堅調な牛肉需要がある。今後、繁殖農家が牛群再構築にかじを切り始めると、肥育仕向け頭数が減少するため、現在高止まりしている肥育牛価格・牛肉価格は24〜25年にかけて、さらに高騰する可能性も示唆されている。
子牛価格と肥育牛価格が上昇を続ける中で、米国で続くインフレも相まって牛肉小売価格も上昇している(図13)。牛肉小売価格を指標とした農場、卸売、小売の価格差(スプレッド)を見ると、13年まで堅調に推移していた農場価格は、14〜15年の子牛および肥育牛価格の高騰に伴い、一時的に上昇を示した後、20年まで低下傾向を示していた。しかし、20年以降は小売価格の上昇に見合った水準に戻りつつある。小売価格に占める農場価格の割合を見ると、23年には14年ごろまで続いていた45〜50%の水準に戻っている(図14)。
肉用牛生産基盤の根幹を成す繁殖農家の所得動向についてUSDAの経済調査局(ERS)の報告書によると、1996年には2万1136米ドル(313万9753円)、2008年には2万9111米ドル(432万4439円)、18年には3万2741米ドル(486万3676円)と上昇傾向を示している(表7)。18年は農業収入が減少したものの、生産コストが低減されたことが農業所得の上昇につながった。なお、繁殖農家にはいわゆる兼業農家が多く、農外所得を得ている場合が多い。農外所得(世帯所得)も08年の8万4506米ドル(1255万3366円)から18年の9万6231米ドル(1429万5115円)と上昇している(表8)。