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海外特集 畜産の情報 2024年3月号

米国における肉用牛生産基盤の動向〜適切な価格形成に向けて〜

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調査情報部

【要約】

 肉用牛生産基盤の核である繁殖セクターの動向として、繁殖雌牛の飼養頭数はキャトル・サイクルを繰り返しながら減少傾向にあるが、その傾向は繁殖農家の戸数の減少ほど大きくない。小規模な繁殖農家の戸数が減少し、大規模な繁殖農家が増加傾向にあるためである。肥育セクター、あるいは酪農や養豚と比べると、その傾向は緩やかであるが、大型化が進みつつある。また、繁殖農家の動向の一つとして、他の農畜産物の生産を止め、肉用子牛の生産に専念する農家が増えている傾向にある。しかし、肉用子牛の生産のみで生計を立てている小規模農家は決して多くはなく、農外所得も得ながら経営している。
 肉用牛の価格形成に注目すると、肉用子牛では競りによる販売が多いが、肥育牛では近年、契約取引による販売が増加している。この背景には、上位4社で米国全体のと畜頭数の85%を占めるなど、大手食肉企業の存在感が増してきたことがあり、適切な価格形成と市場公表価格の信頼性に懸念が生じている。
 米政府はかねてから市場の透明性を確保するために、一定の規模以上の食肉企業に購入牛の価格や頭数の報告義務を課すなどの法律を整備してきたが、2023年1月には、新たに肥育農家との契約情報の報告を義務付ける肉用牛契約ライブラリーの試験的運用を開始した。これらにより、適切な価格形成を促す考えである。
 米国肉用牛業界においても、長期計画のコア戦略として、適切な価格形成と生産者への収益還元の取り組みを位置付け、ビーフチェックオフ・プログラムなども活用しながら、大学などと連携して調査を実施している。

1 はじめに

 米国は広大な土地と豊富な飼料資源に恵まれ、肉用牛の生産基盤は盤石に見える。このような環境下で、繁殖セクターと肥育セクターともに省力的な肉用牛の生産が可能となっている。また、干ばつやインフレなどの影響を受け、農業部門の多くで生産コストの高騰が見られる中でも、高い需要を背景に子牛価格や肥育牛価格、ひいては牛肉価格に一定程度の価格転嫁ができているため、その影響は大きくない印象を受ける。
 一方で、大手食肉企業が力を付けるに従い、肥育農家との契約取引の増加と現物取引の減少が目立ち、市場公表価格と実態価格との乖離かいりや契約取引に用いられる基準価格の指標の信頼性の低下が懸念され、生産者への収益還元の担保が課題となっている。
 米国政府は、価格形成の透明性を確保すべく既存の法律に新たな規則を整備するなど、対応を進めている。肉用牛業界も適切な価格形成に向けた調査を継続するとともに、肉用牛の生産性の向上を推進する意向である。
 本稿では、肉用牛生産基盤の核である繁殖農家の動向を把握した上で、価格形成の課題と米国政府の対応、肉用牛業界の取組方針について報告する。
 なお、本稿中の為替レートは、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均為替相場」2024年1月末TTS相場の1米ドル=148.55円を使用した。

2 肉用牛の生産構造と飼養動向

(1)肉用牛の生産構造

 米国における肉用牛の生産構造は日本と同様、繁殖雌牛を飼養して肉用子牛を生産する繁殖セクターと、肥育もと牛をと畜段階まで肥育する肥育セクターとに大別され、養豚業界で見られるような垂直統合(一貫経営化)は進んでいない。また、繁殖セクターには、肉用子牛を肥育もと牛まで育成する繁殖農家と、肥育農家とのつなぎ役を担う育成農家が存在する。このため、繁殖農家と育成農家とをまとめて繁殖セクターとして分類することが多い。
 繁殖セクターでは、離乳した子牛がフィードロットと呼ばれる肥育場に送られるまでに、一定期間の飼料給与とワクチンや駆虫薬の接種などの衛生対策が施された上で、主に以下の三つのパターンのいずれかを経ることになる(図1、表1)。
 
(@)30〜60日間の母乳から牧草への最低限の移行期間を設ける「プレコンディショニング・プログラム」
(A)90〜120日間の放牧・牧草給与期間を設ける「ストッカー・プログラム」
(B)90〜120日間の乾草、サイレージ、穀物飼料の補助給与期間を設ける「バックグラウンド・プログラム」
 
 このうち、「ストッカー・プログラム」や「バックグラウンド・プログラム」を担うのが育成農家ということになる。
 また、肥育セクターでは、フィードロットに供給される肥育もと牛の日齢、目標とする出荷時の体重や肉質等級によって幅が出るが、90〜300日間の肥育期間を経て、最終的に1100〜1400ポンド(499〜635キログラム)程度まで増体させた上で牛肉処理・加工施設(パッカー)に出荷する(表2)。肥育牛の1日当たり平均増体量は2.5〜4.0ポンド(1.1〜1.8キログラム)、必要な穀物飼料は増体量1ポンド当たり約6.0ポンド(2.7キログラム)とされる。なお、一般的に給与される飼料の70〜90%は穀物飼料である。







 
(2)繁殖雌牛の飼養頭数および繁殖農家の戸数の推移 ―大型化の進行―
 肉用牛の生産基盤は繁殖セクターに支えられており、肉用子牛を生産する繁殖セクターの動向が、肥育もと牛の供給量、ひいては牛肉生産量にも影響する。すなわち、繁殖セクターが米国の牛肉産業の基盤そのものと言っても過言ではなく、肉用牛の生産基盤を論じるためには、繁殖セクターの動向を把握することが必要不可欠である。
 米国では、8〜12年程度を周期として繁殖雌牛の牛群の増加と減少を繰り返す「キャトル・サイクル」と呼ばれる動きが見られる。キャトル・サイクルとは、子牛価格の上昇・低下と子牛生産・取引頭数の増減が影響を及ぼし合って作り出される、牛群の増減の大きな周期のことである。通常、このキャトル・サイクルに気候条件、インフレなどによる生産コストや子牛価格の変動が重なり、その時々で牛群の増減が生じている。
 長期的な繁殖雌牛飼養頭数の増減を見ると、直近では1990年から2004年、04年から14年にキャトル・サイクルが確認できる(図2)。そして、23年は14年から始まったキャトル・サイクルの牛群減少期に当たる。繁殖雌牛の飼養頭数は、14年の2908万5400頭からピーク期である19年の3169万700頭まで増加後、減少に転じ、23年には2891万7900頭まで減少している。直近のキャトル・サイクルのピーク期の飼養頭数を比べると、1996年の3522万8000頭、2006年の3299万4000頭(96年比6.3%減)、19年の3169万700頭(06年比4.0%減)と徐々に減少していることが分かる。つまり、直近30年余りの間に、繁殖雌牛の飼養頭数はキャトル・サイクルを繰り返しながらも徐々に減少傾向を示している。
 次に、繁殖農家(注1)戸数の推移を見ると、1997年から2017年までの20年間で89万9756戸から72万9046戸に減少(19.0%減)している(図3)。 
 
(注1)本稿では繁殖雌牛を飼養している経営体数とする。


 

 
 特に、米国で比較的小規模とされる飼養頭数100頭未満の繁殖農家で、この減少傾向が続いている。1997年と2017年の繁殖農家戸数を比べると、1〜49頭規模が73万5949戸から57万6735戸(21.6%減)、50〜99頭規模が9万3869戸から8万411戸(14.3%減)と大きな減少が目立つ(図4、5)。一方で、100〜499頭規模では6万4599戸から6万5962戸(2.1%増)、500〜999頭規模では3948戸から4538戸(14.9%増)、1000頭以上の規模では1291頭から1400頭(0.6%増)といずれも増加傾向にある(図6〜8)。このように、比較的小規模な繁殖農家戸数の減少傾向が大きいにもかかわらず、繁殖雌牛の飼養頭数の減少幅が比較的小さい要因として、米国の酪農業界や養豚業界ほどではないにせよ、肉用牛繁殖セクターにおいても大規模化が進んでいることが背景にある。













 
(3)繁殖農家の動向 ―専業化の進行―
 繁殖農家については、近年、いわゆる専業化(注2)も進みつつある。米国農務省(USDA)の農業資源管理調査(ARMS)によると、トウモロコシ、大豆および牧草を生産する繁殖農家の割合は2008年にはそれぞれ16%、13%および78%であったが、18年にはそれぞれ9%、7%および63%と低下している(図9)。これを裏付けるように、肉用子牛の生産のみを行っている繁殖農家の割合は1996年の43%から2008年には66%、18年には78%と上昇している(図10)。
 また、肉用牛生産の経営形態別に見ても、子牛生産に専念する農家が増えている。子牛の生産から育成まで行っている農家(繁殖・育成農家)、子牛の生産から肥育まで行っている農家(肥育一貫農家)の割合は、08年にはそれぞれ44%、9%であったが、18年にはそれぞれ29%、8%といずれも低下している。一方で、子牛の生産のみを行っている農家(繁殖農家)の割合は08年の47%から18年の63%まで上昇している(図11)。
 
(注2)本稿では子牛以外の農畜産物を生産しない形態のことを言う。







コラム1 省力的な肉用牛生産に向けた取り組み

 広大な土地と豊富な飼料作物を有する米国では、肉用牛生産は極めて省力的に行われることが多い。肉用牛の業界団体は、生産性を高めるために生産技術の向上の重要性を訴えているが、研究・実証段階では繁殖管理技術やその他の生産技術が進歩する一方で、繁殖農家への導入は進まずにいる。例えば、人工授精は疾病の感染予防や遺伝的改良、受精卵移植は遺伝的能力が劣る牛の有効活用、雌雄判別精液は計画生産の推進による生産性の向上につながるため、業界団体は導入を推進しているが、USDAのARMSによると、2018年における人工授精および受精卵移植・雌雄判別精液の導入率はそれぞれ8%および2%にとどまっている(コラム1−図1)。これらの導入率は08年から進展が見られない。
 さらに、ARMSの調査結果では、生産性の向上に資するとされる定期的な獣医療サービスの利用、栄養分を考慮した飼料設計および飼料の品質検査を行っている繁殖農家の割合はそれぞれ21%、7%および16%にとどまっている。これらの割合も08年から進展が見られない。
 これには、広大な放牧地で繁殖雌牛と子牛を放牧させる繁殖農家が中心であるため、牛の個体管理に注力することが難しいという背景がある。そのため、繁殖農家はいかに省力的に肉用子牛を生産するかという点に集中する傾向がある。その中でも、気候変動への対応を見据え、業界が一体となって輪換放牧などの管理放牧への切り換えを進めるなどの動きも見られる(注)。牛の個体管理、牛の情報集約のためのコンピューター導入、インターネット利用もそれぞれ50%、28%、47%と過去10年間で導入率が上昇している(コラム1−図2)。しかし、まだまだ十分な導入状況とは言えない。業界としては、繁殖農家が省力的な生産と生産性の向上に向けた取り組みを併せて行うことで、収益性の向上を図りたい意向であるが、その実現は容易ではないだろう。

(注)『畜産の情報』2023年8月号「米国における肉用牛の放牧をめぐる情勢 〜管理放牧への切り換え〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002857.html)を参照されたい。



 



3 肉用牛の価格形成

(1)肉用子牛の価格形成

 肉用牛の生産基盤の動向を把握するためには、価格形成の仕組みを知ることも重要である。肉用子牛か肥育牛かにかかわらず、肉用牛生産者はコストをかけて生産した肉用牛を販売しなければならず、常に販売交渉の不成立のリスクを抱えているため、一般的に買い手側に有利に働く傾向がある。すなわち、肉用牛生産サプライチェーンの中でも川下側が優位に立ちやすい。
 繁殖農家で産出された肉用子牛は離乳後、前述の通り育成農家あるいは肥育農家に販売される。その販売方法は、家畜市場などで最も高値を示した者に販売する「競り」、買い手が農場を訪問し、繁殖農家と直接価格交渉を行う「相対取引(現物取引)」、子牛生産前に繁殖農家と買い手の間で交わされる契約に基づいてあらかじめ価格が決められる「契約取引」に大別される(表3)。そして、「競り」は、家畜市場で実物の子牛を見て入札を行う「家畜市場取引」、オンライン上に掲載した子牛の動画や画像を見て入札を行う「インターネットオークション」に分けられる。また、「契約取引」は、繁殖農家と買い手との間であらかじめ合意された品種、重量、頭数などに基づいて決められた価格で取引される「先渡取引」、と畜後の肉質によって価格を引き上げたり引き下げたりする「グリッド価格取引」に分けられる。
 USDAの動植物検疫局(APHIS)が全国家畜衛生モニタリングシステム(NAHMS)に基づいて実施した調査(注3)によると、これらの子牛の販売方法の中で、「家畜市場取引」が最も多く、去勢牛および未経産牛の販売では、それぞれ61.7%および47.9%に及んだ(表4)。次いで、農場における直接交渉である「現物取引」となるが、去勢牛および未経産牛では、それぞれ13.1%および5.1%にとどまった。「契約取引」は、「先渡取引」と「グリッド価格取引」がいずれも1%に届かない結果となるなど、肉用子牛市場では「契約取引」がまだ浸透していないことが分かる。
 
(注3)USDA/APHISが24州の繁殖セクターを対象として2017年に実施した調査(21年5月公表)。牛1頭以上を飼養している2013の生産者が回答。




 

(2)肥育牛の価格形成

 一方で、肉用牛の価格形成の中核となるのは肥育牛価格とされている。米国の肥育牛・牛肉市場は極めて複雑な市場とされており、近年では大手食肉企業の存在感が増したことも相まって、議論が過熱することも珍しくない。
 肥育牛の価格は1990年代に入るまで、枝肉の肉質による差はほぼ加味されておらず、肉質に関わらない平均的な価格に設定されてきた。肉質によって価格差を設けるためのコストを考慮すると、肥育農家(売り手)にも食肉企業(買い手)にもインセンティブ(価値)が見いだせず、優れた肉質を有する肥育牛の生産者が利益を得る手段はほとんどなかった。90年代に入ると、牛肉需要の低下とそれに伴う牛肉価格の低迷などを受け、肥育農家は肉質の向上に取り組むようになる。牛肉業界は肉質によって価格差を付与する「グリッド価格」の考え方を用いて、優れた肉質の肥育牛を生産することにインセンティブを与えることにも成功した。
 肥育牛の販売方法は、肥育牛の出荷時に肥育農家と食肉企業の両者による交渉によって価格が決められる「相対取引」、肥育牛の出荷前に両者の間で交わされる契約に基づいてあらかじめ価格が決められる「契約取引」に大別される(表5)。そして、「相対取引」は、肥育牛の引き渡し時に価格交渉がなされる「現物取引」、と畜後の肉質によって価格差を付与する「グリッド交渉取引」に分けられる。また、「契約取引」は、と畜場平均価格や市場報告価格などの指標を用いて価格が決められる「フォーミュラ価格取引」、肥育農家と食肉企業との間であらかじめ合意された品種、重量、頭数などに基づいて決められた価格で取引される「先渡取引」に分けられる。この「フォーミュラ価格取引」と「先渡取引」にも「グリッド価格」の考え方が用いられることが多くなり、肉質が優れている場合には価格を引き上げる契約が増えているという。


 
 オクラホマ州立大学の調査報告書によると、「現物取引」「グリッド交渉取引」「フォーミュラ価格取引」「先渡取引」の割合は、2012〜20年はそれぞれ23.8%、4.9%、59.7%、11.6%であったが、17〜20年で見るとそれぞれ23.8%、4.0%、62.4%、9.8%と、「フォーミュラ価格取引」の割合に増加傾向が見られる(表6)。同報告書によると、09年までは「現物取引」が主流であったが、03年以降は「フォーミュラ価格取引」が増加し、10年以降は「現物取引」を抜いて最も主流な販売方法となったとされている。
 「フォーミュラ価格取引」や「先渡取引」といった「契約取引」には、肥育牛価格の基礎となる基準価格が設定されるが、この基準価格には当該と畜場の平均価格やUSDAが公表する市場価格、生体・枝肉の現物取引価格などが指標として用いられることが多い。「グリッド価格」の考え方によって、優れた肉質を有する肥育牛を生産する肥育農家は「契約取引」を選択することが多くなるため、結果として、これらの優れた肉質を有する肥育牛の価格が指標に反映されず、基準価格は実態と乖離してしまう。さらに、多くの肥育農家が「グリッド価格」の考え方を用いた契約を選択すると、指標となる平均価格・市場報告価格・現物取引価格の算定に用いられる肥育牛の母数が減少するため、基準価格の信頼性低下も懸念されている。


 
 米国最大の肉用牛生産者団体である全米肉用牛生産者・牛肉協会(NCBA)は、個々の販売で見ると肥育農家と食肉企業の双方にとってインセンティブを有する「契約取引」を選択する機会は維持しながらも、十分な交渉に基づいた「現物取引」への自発的な選択を促したいとしているが、近年の「契約取引」の増加傾向の流れは止められずにいる。
 

(3)肉用子牛価格・肥育牛価格の推移と肉用牛農家の収益性

 肉用子牛および肥育牛(去勢牛・肥育用未経産牛)の価格の推移を見ると、2014〜15年にかけて子牛の価格上昇が分かる(図12)。これは、11〜14年にかけて米国を襲った深刻な干ばつにより牧草の生育状況が悪化し、繁殖農家が繁殖雌牛を淘汰とうたして牛群を縮小した結果、子牛の生産頭数が減少したことに起因する。それに伴い、と畜頭数が減少した結果、肥育牛の価格も上昇した。
 また、20年以降も子牛と肥育牛の価格は上昇傾向が続いている。ここ数年の長引く干ばつによって牧草の生育が悪化したことに加え、飼料以外の生産コストも高騰したことで、23年12月時点でも繁殖農家による繁殖雌牛の淘汰が進んでいる状況にある。牛群を再構築するためには、未経産牛を肥育に仕向けずに留保して繁殖に仕向ける必要があるが、干ばつが緩和している地域でさえ、高騰する子牛価格を受け、未経産牛を肥育用に販売する繁殖農家も多いという。
 このような肥育牛やと畜頭数の増加から、上昇を続けた肥育牛の価格に歯止めがかかり、23年下半期の肥育牛価格は横ばいで推移した。肥育牛価格が下降にならなかった背景には、米国内外からの堅調な牛肉需要がある。今後、繁殖農家が牛群再構築にかじを切り始めると、肥育仕向け頭数が減少するため、現在高止まりしている肥育牛価格・牛肉価格は24〜25年にかけて、さらに高騰する可能性も示唆されている。


 
 子牛価格と肥育牛価格が上昇を続ける中で、米国で続くインフレも相まって牛肉小売価格も上昇している(図13)。牛肉小売価格を指標とした農場、卸売、小売の価格差(スプレッド)を見ると、13年まで堅調に推移していた農場価格は、14〜15年の子牛および肥育牛価格の高騰に伴い、一時的に上昇を示した後、20年まで低下傾向を示していた。しかし、20年以降は小売価格の上昇に見合った水準に戻りつつある。小売価格に占める農場価格の割合を見ると、23年には14年ごろまで続いていた45〜50%の水準に戻っている(図14)。
 




 
 肉用牛生産基盤の根幹を成す繁殖農家の所得動向についてUSDAの経済調査局(ERS)の報告書によると、1996年には2万1136米ドル(313万9753円)、2008年には2万9111米ドル(432万4439円)、18年には3万2741米ドル(486万3676円)と上昇傾向を示している(表7)。18年は農業収入が減少したものの、生産コストが低減されたことが農業所得の上昇につながった。なお、繁殖農家にはいわゆる兼業農家が多く、農外所得を得ている場合が多い。農外所得(世帯所得)も08年の8万4506米ドル(1255万3366円)から18年の9万6231米ドル(1429万5115円)と上昇している(表8)。




4 米政府・肉用牛業界の取り組み

(1)米政府による取り組み

 前述の通り、大手食肉企業の存在感が強まっている中で、USDAは肉用牛生産者への収益還元に向けて、公正な取引の保証、価格形成の透明性の確保といった法整備に取り組んできた。
 連邦政府としては、肉用牛生産者の経営安定対策や生産施設整備への支援といった生産基盤に対する直接的な支援は行っていないが、公平で公正な市場を保証することで肉用牛生産者の収益性の維持を図っている。
 
ア パッカー・ストックヤード法
 大手食肉企業による肉用牛・牛肉市場のシェア(市場占有率)拡大が続いている。ERSの報告書によると、大手食肉企業上位4社が占めると畜頭数のシェアは1980年の36%から95年には81%まで上昇し、2010年以降はおおむね85%に達している(表9)。
 大手食肉企業が巨大化するにつれ、価格交渉力が増大し、肉用牛生産者との間で不公正・不公平な取引を強いられる懸念が高まっている。これを防止するための法律がパッカー・ストックヤード法である。同法は、(1)肉用牛生産者と食肉企業との間における公正な競争と取引を保証すること(2)生産者と消費者を保護すること(3)不公正、欺瞞的ぎまんてき、不当な差別的・独占的慣行から肉用牛・牛肉業界関係者を保護すること−などを目的として1921年に制定された。
具体的には、家畜市場の所有者、販売代理事業者、州際通商(州間商取引)のある食肉企業などが同法の適用を受け、(1)あらゆる不公正・不当な差別的・欺瞞的な慣行・手段に関与すること(2)特定の個人や地域に対して不当・不合理な優遇・便宜を供与すること(3)特定の個人や地域に対して不当・不合理な不利益を供与すること(4)価格操作や価格統制あるいは売買・取引における独占状態の創出や通商の制限を目的とした行為に関与すること−を禁止している。さらに、家畜市場の所有者や販売代理事業者は事業登録と取引量に応じた保証金の支払いの義務を負う。

 
イ 肉用牛契約ライブラリーの試験的運用
 最近では、米政権が2022年1月に大手食肉企業による寡占の規制を強化するための行動計画として、「より公平で、より競争力があり、より回復力がある食肉・食鳥サプライチェーンに向けたアクション・プラン」を策定した(注4)。USDAの農業マーケティング局(AMS)は2023年1月、このアクション・プランに位置付けられたパッカー・ストックヤード法に基づく新たな規則として、肉用牛契約ライブラリーの試験的運用を開始した(注5)。この最終規則では、直近5年間に米国内で処理された肉用牛の年間平均頭数の5%以上を処理した食肉企業を対象として、肉用牛生産者との契約情報および月次肉用牛購入頭数をUSDA/AMSに報告することを義務付けた(表10)。AMSによると、米国内牛肉処理・加工施設の約85%が報告対象になるとされる。また、対象となる牛肉処理・加工企業は新規契約の締結、既存契約の変更・廃止から1営業日以内にAMSに報告しなければならないとされている。
 さらに、本規則には、契約情報の報告を受けたAMSが農務長官の指示の下で、契約当事者を含む個人情報や企業機密を保持する形で情報を取りまとめ定期的に公表することも規定されており、AMSは専用ウェブサイトで情報を発信している。
 
(注4)海外情報「米政権、大手食肉企業の寡占規制を強化するための行動計画を発表(米国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003155.html)を参照されたい。
(注5)海外情報「肉用牛契約ライブラリーの試験的運用の開始(米国)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003424.html)を参照されたい。


 
ウ 家畜報告義務法
 1990年代に食肉企業の大規模化が進む中で、肉用牛業界では、大手食肉企業のシェアの集中と契約取引下での価格形成の不透明性に対して懸念が高まったことを受け、市場の透明性を確保し、すべての市場参加者に家畜および食肉の市場情報を提供すべく、1999年家畜報告義務化法が制定された。2010年の改正時に豚肉が追加され、現行法では食肉で牛肉、豚肉、ラム肉が適用対象とされている。肉用牛・牛肉に関しては、直近5年間で年間平均12万5000頭以上の肉用牛をと畜している事業者が取引情報の報告義務を負っている。
 報告内容には、日ごとの報告として牛の価格や頭数など、週ごとの報告として販売方法ごとのと畜頭数や肉質によって引き上げた、あるいは引き下げた価格の平均額とその範囲などが規定されている(表11)。

 

(2)肉用牛業界による取り組み

 米国の主要な肉用牛生産者団体である全米肉用牛生産者・牛肉協会(NCBA)、各州の牛肉協議会の集合体である州牛肉協議会連合会(FSBC)、ビーフチェックオフの実施主体である肉用牛生産者牛肉振興調査ボード(CBB)の三つの業界団体は、5年ごとに肉用牛・牛肉業界の戦略計画である「牛肉業界長期計画」を策定している。戦略計画は業界全体の指針となっており、例えば、生産者などから徴収する賦課金(チェックオフ資金)を原資として牛肉の消費拡大対策などを実施する仕組みであるビーフチェックオフを活用した取り組みの軸にもなっている。
 現行の計画は2021〜25年の計画であり、六つのコア戦略を設定している(図15)。その一つに「肉用牛生産のすべてのセクターにおける適切な価格形成と生産者への収益還元に向けたより優れたビジネスモデルを開発・実施すること」が含まれる。


 
 当該コア戦略の中で、肉用牛生産者の収益性を向上させるためには、(1)収益の多角化などのように固定費を分散させること(2)子牛や肥育牛の生産頭数を増加させること(3)肉用牛1頭当たり、あるいは牛肉1ポンド当たりの価値を高めること―などに取り組む必要があるとしている。また、生産者への収益還元の観点からは、牛肉処理・加工施設の能力に対して肥育牛の供給量が過多になると牛肉価格に占める肥育牛価格の割合が低下するとして、処理・加工能力の向上なしに生産者の収益性は上がらず、肉用牛業界の成長は見込めないとしている。そして、当該コア戦略の目標として、(1)繁殖雌牛の飼養頭数の増頭(2)牛肉処理・加工能力の向上(3)肉用牛・牛肉サプライチェーンにおける利益分布の測定・分析・評価の指標の開発−を挙げている(表12)。
 実際に、NCBAはビーフチェックオフの財源を活用し、生産性向上に向けた説明会や最新技術などの情報提供といった生産者を対象とした教育活動の他、各主要大学と連携し、適切な価格形成と生産者への収益還元に向けた調査などを実施している。

コラム2 ビーフチェックオフ・プログラムの仕組み

 ビーフチェックオフ・プログラムは、1985年農業法の一部である牛肉販売促進・調査研究法として可決された。生産者などによる投票で過半数の支持を得た場合に施行可能と規定された中で、86年にUSDAが最終規則を策定したものの、二度不採択となった。88年にようやく79%の支持を得て施行されることになった。
 ビーフチェックオフ・プログラムの事業実施・管理団体として、肉用牛生産者牛肉振興調査ボード(CBB)が設立され、その中に設置された牛肉振興運営委員会(BPOC)が実質的に運営を行うこととなった。CBBの理事会の役員は、牛飼養頭数に応じて各州の人数が割り振られており、101名で構成されている。
 ビーフチェックオフ・プログラムでは、牛を販売する都度、1頭当たり1米ドル(149円)を徴収することとされ、対象となる牛はと畜場に出荷されるまで2〜3回ほどの販売を経るため、最終的には1頭当たり2〜3米ドル(297〜446円)の徴収額になるという。また、輸入牛肉についても算定式に基づき1頭当たり相当額を徴収している。
 徴収は州の牛肉協議会が行っており、徴収額の半額(0.5米ドル、74円)をCBBに分与する。ただし、州の牛肉協議会が存在しない六つの州や輸入牛肉についてはCBBが直接徴収している(コラム2−図)。


 
 ビーフチェックオフ・プログラムの財源の使途は、法律により「プロモーション」「調査研究」「消費者情報」「業界情報」「海外市場・輸出促進」「生産者情報」の六つの分野に限定される。つまり、米国産牛肉に限らず牛肉の需要を増加させることで、生産者の収益性に寄与するためのものである。現在、肉用牛・牛肉業界は、国外需要を創出し、牛肉の部位によって国内よりも高い価値で輸出することが牛1頭当たりの価値を高めることにつながるものであるとして、国外でのプロモーション活動を強化している。このプロモーション活動にもビーフチェックオフ・プログラムの財源が投入されている。この他にも、本稿の価格形成の分野に関連して、業界情報や生産者情報の研究・調査にも使われている。

5 おわりに

 肉用牛繁殖セクターは、近年の干ばつやインフレといった生産コストの高騰に対し、牛群の縮小といった形で対応している。加えて、肉用子牛の価格の上昇もあり、未経産牛の繁殖仕向け、すなわち牛群の再構築がなかなか進まないのが現状である。今後の牛肉価格の高騰も懸念される中、大手食肉企業がより存在感を増し、インフレの影響も受けた牛肉価格の高騰が続いていることから、肥育牛の適切な価格形成と契約取引に用いられる基準価格の信頼性に対する疑念も生じている。
 大手食肉企業がこれまで肉用牛・牛肉業界の成長をけん引してきたことは事実であり、また、契約取引も個々のケースで見ると、肥育農家にもインセンティブを与えているようである。こうした背景も踏まえて、法整備を行っているUSDAが肉用牛契約ライブラリーによって、契約取引の透明性を確保することで、適切な価格形成を促すことは理にかなっていると言えるだろう。
 さらに、肉用牛業界が唱えている牛肉処理・加工能力の強化については、USDAが取り組んでいる大手食肉企業に属さない、いわゆる独立系食肉処理・加工施設の能力強化への支援と方針が合致している。業界関係者からも、今は肉用牛の飼養頭数が減少傾向にあるが、長期的な観点からは食肉処理・加工施設の新設・拡大が重要との声がある。
 今後、牛群の再構築が始まると、さらなる牛肉価格の高騰を引き起こしかねず、価格形成の議論に拍車がかかることも予想されるが、適正な価格形成に向けた取り組みについて一定の評価を得ている米政府や肉用牛業界による取り組みの進捗しんちょくが注目される。

(岡田 卓也(JETROニューヨーク))