生産コストの上昇や農業経営の継承といった生産基盤の存続に関わる問題について、欧州の生産者がどのように対応しているのか、ベルギー北部の酪農家の状況を紹介する。
(1)経営概況
オランダ最大の乳業であるフリースランド・カンピーナ社に生乳を出荷する家族経営の酪農家であり、現在、4代目となる経営者(50代)夫婦のほか、経営を譲渡した父親とインターン生が働いている。
飼養する搾乳牛は150頭(ホルスタイン種)で年間150万リットルの生産規模である(写真1)。1日1台当たり60頭の搾乳が可能な搾乳ロボットを3台導入し、集乳は3日に1度である。乳脂肪分は4.6%、乳タンパク質は3.65%を実現している。
飼料用の圃場として自家所有地21ヘクタール、借地50ヘクタールで牧草、トウモロコシ(4月終わりに播種、10月に収穫)を生産している。牧草は6月から冬になるまでに5回収穫できるという。また、人工授精を行っているが、性選別精液は利用していない。生まれてくる雄牛は農場内で20〜28週代用乳を与え、子牛肉用として出荷される。
(2)経営継承について
ア 酪農経営への参加について
2008年に父親が所有する法人株の半分を購入して共同経営者の形で参加した。21年には父親が所有する残りの株式を買い取り、単独の経営者となった。共同経営者となった際に父親と契約書を取り交わしており、この中でそれぞれの労働条件や父親が所有する農地の借り入れ条件に関する取り決めも行った。
経営を継承した現在でも、父親に報酬を支払うことにより、冬場は週10〜20時間、繁忙期である春〜夏にかけては週50〜70時間手伝ってもらっている。また父親が所有する農地については、相場よりも安い借地料で利用させてもらっている。こういった父親からの支援がなければ市場価格で農場を引き継ぐことになり、採算がまったく取れなかっただろうという。
イ ローンについて
共同経営者となった当時、銀行からローンを借りることに困難はなかった。酪農家は土地を所有しており、銀行はその土地を担保にすることができるからである。しかし近年は、畜産経営による窒素過剰対策として酪農を行うための免許制度が導入され、免許の有効期限が過ぎた後、更新されるかどうか見通しが立てづらくなっている。このため、銀行は酪農経営に対してお金を貸し渋るようになった。
ウ 政府・公的機関やフリースランド・カンピーナ社からの支援について
まず、欧州委員会は若年就農者を支援する農業基金を設置し、投資や融資に対する補助金がある。ベルギー北部のフランダース地域ではフランダース農業投資基金を通じて支給されている。生乳の出荷先であるフリースランド・カンピーナ社も、リスクをとって就農してもローンの完済に長期間かかる現状では、生産者が廃業してしまうと引き継ぐ者がほとんどいないとの危機感を持っており、若年就農者に対する技術支援や資金提供スキームを提供している。
ベルギーのフランダース政府からの支援であれば投資額の10%が補助金として支払われるのが一般的であり、持続可能性を高めるための取り組みに対しては同20%まで上限が引き上げられる。
経営主は2008年に就農した時、牛舎を増築するための費用について、フリースランド・カンピーナ社から増築費の10%を貸し出してもらった上、銀行ローンの利息の一部を補助してもらうことができた。また、牛のふれあい活動用施設を建築した時には、同社だけでなくフランダース政府からの資金提供を受けることができた。
(3)生産基盤を揺るがしかねない懸念について
生産基盤を揺るがしかねない近年の懸念として、飼料価格の高騰と借地料の上昇が挙げられる。一部の飼料原料価格は2年前と比較して、およそ2倍(2023年夏時点)となっている。
また、経営主は、農業生産者が都市住民から非難を受けている現状について強い危機感を持っていると話す。例えば、生産者は牛に思いやりを持つことなく、非人道的な環境で飼育しているという批判や、乳牛の飼料として重要なトウモロコシの生産については、現地で人気のあるサイクリングを行う市民にとって、背の高いトウモロコシにより、景色を楽しむ権利が妨害されるとして反対する意見があるという。
(4)飼料高騰および借地コスト対応
飼料価格の高騰への対策として、飼料は自給飼料として栽培している牧草やトウモロコシ、飼料用てん菜の他、近隣の食品工場から排出されるオレンジの搾りかす、ウイスキーの蒸留残渣(大麦麦芽の糖化かすなど)、チョコレート工場からの食品残渣を利用して、購入する飼料の削減を行っている。
オレンジの搾りかすに関しては、以前は供給元が乾燥させて他に販売していたが、昨今のエネルギー価格高騰により乾燥工程を行わず、水分を含んだまま引き取ることが可能なところとして、同農場に仕向け先が変更されたものである。これにより、大量のエネルギーを節約し、二酸化炭素の排出を防ぐことができるようになった。また、ウイスキーの蒸留残渣はタンパク質を多く含んでいるため、購入飼料に頼ることが多いタンパク質を補う貴重な飼料原料である。
その他の対策としては、未利用地を活用してクローバーやアルファルファなどのマメ科牧草を栽培している。農場の周りは森林や近隣生産者が利用している農地であり、圃場拡大の余地はなかった。そこで、未利用の土地を所有している非生産者や他産業の事業者に声をかけて、それらの土地でマメ科牧草を栽培して飼料として利用している。これにより飼料用タンパク質原料の大豆かすの購入量を減らすことができたという。この土地で収穫を行う際は、収穫を2回に分け、その区画の半分のみを先に収穫し、そこで生息している生物の生息場所を一気に消失しないように気をつけている。これにより土地の所有者はコストや労力をかけず環境保全に貢献でき、当農場は借地料の支払いを増やすことなく、購入飼料を削減することに成功した。
(5)生産者へのイメージ改善に向けての取り組み
この農場では、生産者に対する環境問題やアニマルウェルフェアに関連した否定的なイメージを払拭するため、非生産者とコミュニケーションを試みている。その取り組みの一環として、牛との触れ合い体験を行うなど、農場を開放して訪問者を受け入れている。農業に縁のない都市住民は、生産者がどのように牛を扱っているかを知らず、農畜産業に対する否定的なイメージを持っていることもあることから、非生産者からの質問に丁寧に回答するよう心掛けているという。農場に来てくれた人から正しい知識が順々に広がっていくことを期待していると経営主は話す。
(6)家畜排せつ物問題対応
飼育ペンの下に家畜排せつ物タンクがあるが、火山岩を原料とするアンモニアの吸着剤を加えることにより、アンモニアを吸着してアンモニアの放出量を減らすだけでなく、窒素成分が残留することにより肥料としての価値を高めることに成功したため、化学肥料の購入量を減らすことができ、大幅な経費削減につながった。
タンクから出した家畜排せつ物はコンクリートバンカーの上で、近隣の森林で採集した土と混ぜ合わせて肥料にしている。この肥料を経営主は日本語を使って「ボカシ」肥料と表現していた。この牛ふんを利用した肥料を使用して栽培しているトウモロコシと、化学肥料を使用して栽培したトウモロコシを比較すると、土地条件の違いを超えてトウモロコシの実入りが大きく改善され、生産量が増加したという。
このように家畜排せつ物を利用することで、購入肥料の削減による自家飼料の生産コストを削減するだけでなく、生産量の改善により購入飼料の削減にもつなげることができた。
また、家畜排せつ物のメタン発酵を活用したバイオガス発電を希望しており、許可を得るための申請を行っているところである。
(7)総括
世代交代による生産基盤の強化という点を見ると、経営継承がうまくできた理由は、まず家族間継承のため、父親の農地や施設を利用できた点に加え、親子の間でも契約書を作成し、農地借地料や労働条件について明確に定めたことが大きな要因であると思われる。さらに、新規参入に当たって問題となる資金の借り入れについて、長く営農してきた父親の信用と資産を基に、取引先である乳業による支援もあって銀行から必要な額を借入できたこと、さらに利子の軽減が図られたことで十分な額を過大な負担なく手当することができた。
生産基盤を揺るがしかねない懸念として、飼料価格の高騰、借地料の上昇が挙げられていたが、近隣の食品工場から発生する副産物の利用、他者所有の未利用地を有効に活用した牧草栽培の拡大、家畜排せつ物の肥料利用による生産費軽減により対応している。また、農場を開放することで近隣住民や一般消費者からのイメージ改善にも取り組み、酪農経営に対する理解を高める工夫も凝らしている。
経営主は、飼育している牛は単なる頭数で表される家畜ではなく、1頭1頭に名前が付けられた大事な家族であるとの信念をもって営農を行っている。経営主はすべての牛の名前と性格を把握しており、単なる雌牛ではなくレディであるとして、大切に育てている。非生産者住民の理解を得るためだけでなく、周辺の生物多様性や環境を保全することは大切であるとの意識をもって、引き続き取り組みを進めていくとしている(写真2)。