(1)酪農経営
ア 生産・飼養動向
豪州の酪農家戸数は、高齢化などによる離農を背景に減少傾向にあり、搾乳牛頭数および生乳生産量も減少傾向、一方で酪農家1戸当たりのそれらについては増加傾向で推移している(表1、図2〜3)。また、酪農場の統合による大規模化や施設の自動化などを背景に、全体および1戸当たりの雇用人数も減少傾向で推移している。
イ 経営収支
豪州農業資源経済科学局(ABARES)によると、酪農家間の所得や収益率のばらつきは大きいとしつつ、2022/23年度の酪農家の所得は、1戸当たり平均36万1000豪ドル(3580万円、前年度比10%増)と過去最高を記録するとともに、収益率は3.6%と予測されている(表2)。これは、農業粗収益の85.4%を占める生乳販売による収入が120万6000豪ドル(1億1959万円)と高い水準であり、過去最高の生産者支払乳価を反映した形となっているためである(図4)。同年度の豪州全体の生乳生産量は、豪州東部で発生した洪水が飼料の品質低下につながったことで、813万キロリットル(同5.0%減)とやや減少が見込まれているが、生乳販売額は乳価が高水準で推移したことで生乳生産量の減少分を十分に補ったとしている。
一方、同年度の農業経営費は、105万2000豪ドル(1億432万円)と前年度に引き続き高水準が予測されている。同国の酪農は放牧が主体ではあるものの、全体の31.6%を占める飼料購入費(図5)は、飼料穀物価格の上昇により33万2000豪ドル(3292万円、同1.0%増)に増加するほか、22年半ばからの金利の上昇(図6)により、支払利子は8万9000豪ドル(883万円、同107.0%増)と倍増し、人件費と並び8.5%を占めると見込まれている。
また負債額は、酪農家の大規模化を反映して増加傾向にある中で、自己資本比率は、近年、おおむね8割で推移していたものが、20/21年度から資本価値に連動して上昇し、21/22年度は85%となっている(図7)。一方で、負債額は18/19年度以降増加傾向で推移している。
生産物(生乳、牛肉など)の生産に必要な生産コスト(労働力、資本、土地、資材、サービスなど)がどれだけ効率的に使われているかを示す全要素生産性(TFP)については、酪農業は継続的な構造改革に加え、ロータリーパーラーや人工授精の導入、牧草種の改良などにより、1978/79年度から2021/22年度の期間、年平均で1.3%向上している。干ばつ時には、購入飼料価格の上昇や水資源確保の困難などにより、一定程度減少する傾向があるものの、後述する肉用牛経営ほどの大きな影響は受けない(図8)。
(2)肉用牛経営
ア 生産・飼養動向
豪州の肉用牛農家戸数は、ほぼ横ばいで推移しているが、肉用牛経営は干ばつ時の雌牛を中心としたと畜(頭数調整)による肉用牛飼養頭数を削減するといった牛群規模の縮小により経営維持が図られている(表3、図9)。また1戸当たり雇用人数は、過去10年間、おおむね4人程度と横ばいで推移しているが、干ばつによる収益性悪化時には減少する傾向にある。
イ 経営収支
豪州の肉用牛農家は、家族経営が主体の牧草肥育農家と、主に企業的に経営されている穀物肥育農家(フィードロット)が存在するが、本稿では豪州政府から公表されている平均的な牧草肥育農家(一部羊を飼養する複合経営体)の経営収支について紹介する。
同農家では、肉用牛販売収入が農業粗収益全体の9割以上となっているが、肉用牛取引価格は2022年末から下落傾向で推移している(図10)。先の干ばつから一転し、近年は多雨により牧草の生育環境が改善したことで、雌牛の保留を中心に牛群再構築が行われてきた。23年はこれが完了し、肉用牛の供給頭数増加による需給の緩和が価格下落につながったとされる。また燃料費を中心としたコスト上昇を受け、22/23年度の所得は20万3000豪ドル(2013万円、前年度比13.4%減)と減少し、収益率も1.4%と、前年度の2.5%から低下が見込まれている(表4)。
一方、同年度の農業経営費は、41万1000豪ドル(4075万円)と前年度から3.2%の増加が見込まれている。特に全体の47.2%を占める資材およびサービス費(図11)は、20/21年度に新型コロナウイルス感染症に関連したサプライチェーンの寸断の影響から上昇したが、昨今のインフレ(図12)も加わって22/23年度はさらに上昇し、19万4000豪ドル(1924万円、同10.9%増)と見込まれている。また負債額は増加傾向で推移しているが、負債水準は酪農の3〜4割程度と比較的低くなっている。一方、自己資本比率は酪農に比べて高く、9割以上で推移しており、特に21/22年度は94%と高くなっている。一方で、負債額は17/18年度以降増加傾向で推移している(図13)。
全要素生産性(TFP)については、牧草地の改善、肉用牛の遺伝学的改良、疾病管理による死亡率の低下などにより、基準年である1977/78年度比で、長期的に向上している。しかし、干ばつ時は適期前の早期出荷などによる肉用牛販売収入の減少や飼料費の上昇などが生じ、特に2018/19〜19/20年度にかけては生産コストが上昇したため、酪農経営に比べて顕著に低下している(図14)。
(3)畜産経営の今後の見通し
ABARESによると、酪農家では、2023/24年度は飼養頭数減少の継続が見込まれるが、飼料価格が徐々に下落し、搾乳牛1頭当たりの乳量増加が見込まれることで、生乳生産量は前年度比で1%増加し、全国で845万トンになるとされている。一方、生乳生産量が増加する中で国際的な乳製品需要の減退などを背景に生産者支払乳価は5%下落し、乳固形分1キログラム当たり9.44豪ドル(936円)になると予想されている。しかし、乳業各社の間では、今後も引き続き熾(し)烈な生乳獲得競争が行われるとみられることから、乳価は歴史的に見ても高値を維持するとされている。
肉用牛農家では、豪州気象局(BOM)が23年9月に発生を宣言したエルニーニョ現象により、豪州のほとんどの地域で今後乾燥した気候が進むと予想され、牧草の生育不良を背景とした牛群整理により、肉用牛出荷頭数の増加が予想されている。この出荷増は、肉用牛価格の下落による収益への影響を一部相殺するものの、流動資産としての飼養頭数が減少するため、将来の所得および農業経営利益の大幅な減少につながることになる。特に農業経営利益は過去10年で最大のマイナスに転じる可能性もあるとされている(表5)。
また、畜産農家全体の経費では、肥料費や燃料費は、乾燥した気候を背景とする使用量の減少により、23/24年度は減少が予想されている。一方で酪農家では、金利の上昇を背景に支払利息が上昇を続け、特に負債額の多い酪農家の経営を圧迫するとみられる。