畜産業の持続可能な発展は、主に家畜飼養規模の抑制や廃棄物の排出削減によって成し遂げられる。本項では家畜のうち、飼養規模が最も大きい豚、牛、羊、家きんについて分析を行った。
(1)家畜飼養頭羽数の抑制
中国における家畜飼養は頭羽数が多く、さらに拡大の速度が速い。図1に示す通り、2007年の豚、牛、羊、家きんの総出荷頭羽数は105億9000万頭羽であったが、21年には同167億9000万頭羽に達し、この間の増加率は58.5%であった。中国の家畜の飼養頭羽数は引き続き拡大傾向にあり、その結果、環境汚染問題もますます深刻なものとなっている。
家畜の飼養規模を抑制し、畜産業の持続可能な発展を促進するため、中国政府は一連の法律・法規を打ち出し、家畜の飼養規模を合理的な範囲に抑えようとしている。例えば、『中華人民共和国草原法』に基づき農業農村部は2005年、『草食家畜平衡管理方法』を打ち出した。この中で、(1)農業農村部が草原の家畜収容力の基準を定め(2)省レベルまたは地域(市)レベルの人民政府がその行政区域における草原の種類に応じた具体的な家畜収容力の基準を定め(3)県レベルの人民政府が草原使用者または請負経営者が使用する草原、管理された草地および牧草生産地について、直近5年の平均生産能力に基づく家畜収容力を定め、草原使用者または請負経営者の家畜飼養頭羽数を明確にするよう規定した(参考2)。この『方法』に基づき各地では、地方の特色に応じた条例を制定した。これにより、家畜収容力の査定、家畜と草原とのつり合いが取れる状態の分析、草原の生態補助・奨励金の審査と監督、草食家畜と草原とのつり合いが取れる状態の管理、監督、賞罰などについて具体的な規定を定め、それぞれの土地の畜産業の持続可能な発展に導こうとしている。
内モンゴル自治区のフルンボイル市が制定した『フルンボイル市第三次草原生態保護補助・奨励金政策実施計画(2021-2025年)』を例に取り上げると、市の全範囲内で放牧禁止区域を961万3700ムー(64万945ヘクタール(注3))、牧草・家畜の平衡地域面積を9329万5300ムー(621万9998ヘクタール)に定めた。また、2021〜25年の間、内モンゴル自治区財政庁が6億3246万元(134億円)を支出して同市内の1億290万9000ムー(686万943ヘクタール)の草地に対し草原補助・奨励金政策を実施している。具体的には、放牧禁止草地に1ムー当たり毎年14.4元(305円、1ヘクタール当たり4575円)、家畜と草原とのつり合いが取れる状態の草地に同4.8元(102円、同1530円)を補助している。こうしたことから分かる通り、中国政府は家畜の飼養頭羽数抑制の面として「上から下へ」、「一層ごとに推進する」形式を作り、質の高い発展を十分に保障している。
(注3)1ムー=0.06667ヘクタールで換算。
(2)畜産の廃棄物
畜産の廃棄物は、中国の農業における最も中心的な汚染源である。畜産業が発展を続けるに伴い廃棄物の排出量も年々増加しており、生態や環境に極めて大きな脅威を及ぼしている。発生する汚染は、主に水質汚染、土壌汚染、大気汚染の3種類である(呉浩〇等、2020)。
ア 水質汚染
畜産の廃棄物から生じる水質汚染物質は、主に有機物、窒素、リンなどである(呉浩〇等,2020)。第1回全国汚染源一斉調査の結果(図2)を見ると、2007年に畜産から排出された汚水に含まれる化学的酸素要求量(COD)は1268万2600トン(農業由来排出量の95.8%)、総窒素は102万4800トン(同37.9%)、総リンは16万400トン(同56.3%)であった。
その後の中国政府の対策により、これら水質汚染物質は減少傾向を示している。前回調査から10年後の20年2月に公表された「第2回全国汚染源一斉調査」(対象は17年)によると、CODは1000万5300トン(2007年比削減率21.1%)、総窒素は59万6300トン(同41.8%)、総リンは11万9700トン(同25.4%)とそれぞれ減少した(図2)。つまり、削減の効果は比較的顕著であり、水質汚染物質は減少している。ただし、畜産が農業由来の汚染の中心的な発生源であることに変わりない。
イ 土壤汚染
中国では、家畜飼養で生じるふん尿など排せつ物の排出量がかなり多い上、変動しながらも近年は増加傾向を呈している。図3に示す通り、2007年の家畜排せつ物の排出量は24億6000万トンであったが、21年には26億3000万トンに増加した。土壌の収容能力を超える家畜排せつ物の排出は、速やかに土壌に吸収されず、アンバランスな土壌構造、有害物質の継続的な累積を引き起こす。さらに、有害な成分がこれら農地で生産される農産物に吸収され、または土壌に残留し、食品生産に大きな脅威を及ぼす可能性もある。そのため、排せつ物の排出量を減らすことは、家畜飼養の持続可能な発展を実現する上で重要な事項となる(呉浩〇等,2020)。
図4に示した通り、21年の牛からの同排出量は11億8000万トンと家畜の総排出量の45.0%を占め、これに続く豚が10億2000万トンと同38.8%を占めた。飼養頭羽数と排出量を総合的に分析すると、家きんは単位当たりの排出量が比較的少ないため、飼養頭羽数では家畜全体の90%以上を占めるものの、総排出量では5%前後を占めるにすぎない。
一方で、総飼養頭羽数の1%にも満たない牛は、総排出量の5割近くを占めている。つまり、それぞれの生物的特徴によって排せつ物の排出量に顕著な差がある。こうしたことから、排せつ物の排出量削減、家畜飼養の高品質で持続可能な発展を進めるうえで、家畜飼養の規模や構造の改善が極めて大きな潜在力を有していることが分かる。
家畜排せつ物の排出量には、地域による差異も存在する。図5に示した通り、20年の排出量上位3省は四川省(1億4400万トン、全国の総排出量に占める割合は8.1%)、山東省(1億2800万トン、同7.2%)、河南省(1億2500万トン、同7.1%)であった。それぞれの地域の飼養規模が直接反映されている。
ウ 大気汚染
家畜飼養で生じる大気汚染物質は、揮発しやすい不快臭のある液体のメルカプタン、アンモニア、硫化水素、哺乳動物のふんなどの悪臭成分の一つであるスカトールが中心であり、畜産は世界で2番目の温室効果ガス発生産業にもなっている。家畜のライフサイクルから見ると、畜産の炭素排出は(1)胃腸内の発酵(2)ふん尿の管理(3)飼料穀物の栽培(4)飼料の輸送・加工(5)飼養段階のエネルギー消費(6)と畜・加工−の6段階を発生源としている。そこから発生する炭素排出量は世界の総排出量の14.5%に達する(呉浩〇等、2020:張金○・王紅玲、2020:何可等、2020)。この部分の大気汚染物質の排出状況を分析する。
中国の家畜飼養に起因する温室効果ガスの排出は、2006年にピークに達した後、顕著に減少に転じ、その後は一定水準を維持している。張金○・王紅玲(2020)の計算によると、図6に示したように、17年には家畜飼養による二酸化炭素排出量は3億4670万トンであり、07年(4億564万トン)比で14.5%減少している。この減少については、飼養方法の転換や技術の進歩、技術的な効果が大きな役割を果たしている(周晶等、2018)。技術の進歩は、家畜の成長周期の短縮を通じて温室効果ガス排出削減の重要な役割を発揮している。また、飼養段階の飼料効率を高めることで、飼料生産における温室効果ガスの排出を抑えている。このほか、大規模な家畜飼養の形式は、飼養段階における石炭、電力、水資源の利用効率をいっそう高め、関連の温室効果ガスの排出量をさらに抑えるなど、多くの面で炭素排出量の削減を実現している(周晶等,2018)。
また、大まかな地域区分で見ると、全体として中・西部で多く、東部で少ない傾向を示している。図6から分かる通り、17年には西部の温室効果ガス排出量が最も多く(1億3184万トン)、中部がこれに続き(1億2895万トン)、東部は最も少なかった(8591万トン)。さらに、07年から17年までの間、東部は一貫して中部、西部を下回り、全国の総排出量に占める割合も30%未満にとどまっている。人口の増加、都市化、農業構造・家畜生産の効率化など、さまざまな要因が地域による家畜飼養の温室効果ガス排出の大きな差異の中心的原因になっていると考えられる(姚成勝等、2017)。