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畜産 2024年4月号 話題

写真を通して牛と向き合う〜生命の大切さ〜

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牛写真家 高田 千鶴

1 はじめに〜私が牛写真家になった理由(わけ)〜

 私が牛の魅力にかれたのは、今からちょうど30年前。大阪府立農芸高等学校の資源動物科に進学したことがきっかけでした。動物が好きで、小学校の卒業アルバムに「将来の夢は獣医さん」と書くような子ども時代を送る中で、家の近くにあった “動物がたくさんいる” 農業高校に憧れ、1994年に入学することとなります。初めに牛や豚、ヤギ、ヒツジなど、校内で飼養されている一通りの動物の世話を体験しましたが、なぜだか牛に惹かれ、3年間を牛の世話にささげました。
 卒業後は大阪府の酪農ヘルパーとなり、その間に家畜人工授精師の資格を取るなど、酪農の技術を学ばせていただき、牛への理解を深めていきました。同時に酪農家の皆さんのおおらかさや温かさ、牛へと向き合う真剣なまなざしを感じ、牛だけではなく、酪農という世界が、私にとってなくてはならない存在となりました。
 しかしながら、腰を悪くして酪農ヘルパーを離職することとなります。望まない形で酪農から離れ、私は肩を落としました。
 そんな時に私にもう一度牛とつながるチャンスをくれたのは、別の農業高校で同じく3年間牛の世話をしてきた友人の「牛の写真集があったらいいのに‥」という一言でした。その言葉をきっかけに作品として牛を撮るようになり、2009年に牛の写真集「うしのひとりごと」(河出書房新社)を出版し、そこから少しずつ牛写真家としてお仕事をいただけるようになりました。

2 牛と触れ合って感じること

 牛は体が大きいので、一見、怖い印象があるかもしれません。しかし、近くに寄り、触れ合いを重ねるごとに、意外と臆病なところや、大きくて優しい瞳、口角の上がった口元など、そのすべてをいとおしいと感じるようになります。農業高校時代に出産係として何度も牛の出産に立ち会い感動し、一方で、名前をつけて世話をしていた子牛や肉牛との別れを経験し、涙を流し、まさに心が震える日々でした。大切な牛たちの生きている証を残したいと思ったことが、牛写真家の原点でもあります。
 写真を撮りに牧場へ伺うと、牧場の方から「この牛のこの柄が良いんだよ」「この牛は共進会で活躍してくれたんだ」といった “わが子自慢” や、「この牛は人懐っこくて、いろんな人が撮った写真に大体いつも写っているんだよ」といった牛たちの面白いエピソードを聞かせてくださいます。牛が大切に育てられ、真正面から命と向き合っていることを感じます。そんな酪農家の皆さんが大好きです。

3 母子(おやこ)で感じる牛の魅力

 また、私も母となり、今は息子と一緒に酪農体験を楽しんでいます。搾乳体験や出産の立ち合いなど生き物ならではの多くの場面を通し、酪農の魅力を肌で感じてきました。そのような中で、息子がお肉の塊を目の前にしたときに、「僕の命を奪ったんだから、残さないで食べてね!」と牛の気持ちを代弁するかのように周りに伝えたり、生まれてきた雄の子牛に向かって「お肉になる運命なんだね。ごめんだけど、ありがとう」と言う場面がありました。これは決して、大人が言葉で説明して理解できることではなく、直接触れ合ってきたからこそ感じられたことなのだろうと思います。牛が子どもに与える影響の大きさに驚くとともに、命の大切さを学ばせてくださる牧場に改めて感謝しています。



4 おわりに〜酪農のファンを増やしたい〜

 私を育ててくださった大阪府の酪農家さんも、この20数年で80戸から21戸へと減少し、また昨今の飼料価格高騰などによる酪農危機に際しては、全国的にも酪農家さんの数が減ってしまいました。
 そのような中で私にできることはほんのわずかではありますが、牛や酪農家の皆さんの真正面から命と向き合っているありのままの姿を撮影し、写真からその魅力を広く伝えることで、1人でも多くの方に酪農ファンになっていただき、牧場見学に行ったり、牛乳乳製品を手に取っていただけることにつながればと思っています。そのようなことを願いながら、これからも牛と向き合い、写真を撮り続けていきたいと思います。
 末筆となりますが、令和6年能登半島地震により被災されました皆さまに心よりお見舞い申し上げます。また、被災地の一刻も早い復旧復興と、被災者の皆さまに平穏な日常が戻りますことを心からお祈り申し上げます。
 
【プロフィール】
高田 千鶴(たかた ちづる)
牛写真家。牛が大好きで、全国の牧場をめぐりながら牛を撮影し、ウェブサイトにて全国牧場ガイドとしてご紹介しています(https://ushi-camera.com/)。「うしのひとりごと」「もふもふはなこ」 「スマイル☆アルパカ」などの写真集を出版。2015年より酪農専門誌 Dairy PROFESSIONAL にてフォトエッセイ「牛とおっちゃん」を連載中です。