2023年9月に、北海道・十勝地域の芽室町に立地するTCFを訪問し、TCFを経営する東陽製袋株式会社(以下「東陽製袋」という)・専務取締役でTCFの管理全般を担う七海一樹氏に対面調査を行った(写真1)。
(1)チーズ工房の設立経緯
TCFは、東陽製袋が2020年に開設したチーズ工房である。同年3月に工場を建設し、7月からナチュラルチーズ製造を開始した(写真2)。工場は、東芽室工業団地内の東陽製袋の工場に隣接する場所に建設された。帯広市中心部から10キロメートル圏内で、高速道路のインターチェンジにも近く、生乳集荷や製品出荷上、利便性の高い場所である。
工場内にはチーズ製造設備と熟成庫に加え、2階にはイベント開催や見学者向けの広いスペースが設けられている(写真3)。このスペースからは、1階に設置された製造設備を見下ろす形で見学することができる(写真4)。
TCFを運営する東陽製袋の事業内容は、農産物・飼料向けの大型クラフト紙袋の製造・販売と豆類選別機などの機械販売で、主な取引先は、ホクレン、農協や農産物商社、製糖メーカーなどである。
東陽製袋が経営多角化の一環としてチーズ事業を開始した理由は、主に以下の2点である。第1に、事業の中心である紙袋の需要縮小である。近年、農家戸数減少や大容量のフレコンバッグの利用拡大によって紙袋の市場が縮小しつつあり、2010年ごろから新規事業を検討していたという。第2に地域貢献である。経済連携協定で強まる国際競争の中でも十勝酪農を支えていくため、世界レベルのチーズの製造・販売して地域貢献をしたいという意図があった(注7)。
東陽製袋・代表取締役の長原覚氏は北海道の乳業メーカーであるよつ葉乳業株式会社に勤務経験があり、これがチーズ事業を選択した背景の一つと思われる。また、七海氏は実家が十勝地域・更別村の酪農家で、実家の生乳を使ったチーズを作りたいという思いがあり、同様によつ葉乳業で勤務していた。七海氏は長原社長に誘われて17年に東陽製袋に入社し、TCF設立に携わることになった。
(注7)デーリィマン編集部(2021)における東陽製袋の長原覚社長のコメントをご参照ください。
(2)原料乳調達
2023年9月現在、TCFは十勝地域の酪農家4戸から生乳を集荷している。集乳量は21年度51トン、22年度62トン、23年度89トン(計画)で、増加傾向にある。
生乳購入契約は、各酪農家が加入する単位農協から生乳を受託販売するホクレンと産地指定取引で締結しているが、生乳の集荷自体はTCF所有のミルクローリー(3トン容量)で各酪農家から直接行っているのが大きな特徴といえる(写真5)。専門工房タイプのチーズ工房が直接集乳する事例は北海道ではほとんどなく、珍しい。自社で集乳する理由は、特定の酪農家から生乳を調達するためである。
表2はTCFに生乳を出荷する酪農家の概要、図3はTCFと各酪農家の位置関係である。取引相手の酪農家は、広尾町の鈴木牧場を除き、自動車で片道40分以内に立地し、かつ大規模経営である。鈴木牧場は、JAS有機認証とJGSグラスフェッド認証(注8)を取得しているため、TCFは鈴木牧場に通常のチーズ向け乳価より高いプレミアム乳価を支払っている(注9)。
酪農家からの集乳頻度は七海牧場が毎週、その他の牧場が月1回程度で、1回当たりの集乳量は1トンから3トンである。鈴木牧場の場合、放牧実施期間は集乳頻度を上げている。各牧場の生乳は合乳せず、区別して製品化するため、酪農家限定のチーズとなる。
基本的に、酪農家からの希望を受けて取引開始を検討する。TCFは、後継者がいる、あるいは経営者が若いなど長期的な経営継続の見込み、基本的な衛生管理の実施状況などで取引を行うか判断する。農場HACCPなどの食品安全認証規格の取得は現時点では求めていないが、将来的には検討する可能性がある。
(注8)株式会社オーガニック認定機構(OCO)の第三者認証規格「日本グラスフェッド規格(JGS)」で、年間6カ月間以上の放牧や牧草飼料85%以上給与などの基準がある。同社ウェブサイト(https://oco45.net/certification/jgs/、2024年2月29日アクセス)をご参照ください。
(注9)農協による生乳受託販売の例外措置で、非遺伝子組換え飼料・有機飼料の給与やジャージー種など「特色ある生乳」の場合、乳業メーカーが通常の乳価より高く支払うプレミアム分を酪農家に直接支払うことができる制度である。
(3)製造品目・体制
表3は、TCFの製造品目である。2023年9月時点で6アイテムとなっている。
自社熟成製品には、商標「age」(エイジ)に番号を組み合わせた名称を採用している。「age」には、熟成と時間、時を超えた永続性、完全性の追求という意味を込めた。異なる熟成期間と使用生乳を限定したハードチーズ2品目、ラクレット、ゴーダ、チェダーの合計5品目が「age」シリーズである。チーズ製造を開始してまだ日は浅いが、「age 02」と「age 03」はジャパンチーズアワード2022で受賞するなど、品質面で評価されている。
現在、使用する生乳の8割が七海牧場産である。この理由は、同牧場の生乳の乳質・乳成分が年間を通じて安定し、チーズの品質を安定化させやすいためである。乳脂肪の高い生乳は長期熟成に向かない、放牧期間中の生乳は風味が変化するなど、個々の生乳の特徴を踏まえて製造工程を調整している。「age 07」は七海牧場限定だが、それ以外の品目はすべての生乳で製造可能である。
2023年11月にはJAS有機加工所認証を受けて鈴木牧場の生乳を使用した有機チーズ、本鰹を練り込んだ和風チーズなど、派生製品も登場している。
現時点では、「age」シリーズは、スティック形状など小容量で、アルミ包装材の真空パッケージによる個包装のものが多い(写真6)。パッケージに遮光性があるため賞味期限は120日間と通常の2倍の長さであり、販売面でメリットがある。
また、TCFは、十勝品質事業協同組合で取り組まれている共同熟成ラクレット「十勝ラクレットモールウォッシュ」向けに、熟成前の原料チーズも供給する(注10)。出荷量は、1カ月当たり20〜30ホール程度(1ホール当たり4キログラム)である。
TCFの製造設備は、3トン容量の貯乳タンクと500リットル容量のチーズバット2基から構成される。X線・細菌検査機器と、製造設備とミルクローリーを自動洗浄できる定置洗浄装置(CIP)も設置している。輸入設備では工房サイズの製造工程の構築が難しいため、地元の機械設備業者に依頼してオーダーメイドの機械設備を発注した。
21年9月には国際水準の食品安全認証規格であるFSSC22000を取得した。輸出する上で最低限必要な規格であることに加え、従業員の作業内容の標準化を通じて、従業員が誰であっても安定的に製造可能な体制の構築が、認証取得の眼目であった(注11)。小規模設備ではあるが、事前に認証規格を想定して設計すれば十分に対応は可能とのことである。
製造は七海氏と長原社長の妻・長原ちさと氏を含む正社員5人で行い、おおむね平日5日間稼働、1週間で1牧場の生乳を加工する。稼働現在の設備・熟成庫稼働率は6割程度である。これら5人以外の本業部門の従業員が生乳集荷業務や熟成庫管理業務の支援に入ることもあり、一時的な労働力不足に対応できる。これは、企業の一事業部門としてチーズ工房が運営されているメリットの一つであろう。
(注10)十勝品質事業協同組合については清水池(2017)(2022)をご参照ください。なお、「十勝ラクレット」は、2023年に乳製品では日本初となる地理的表示保護制度(日本GI)に登録された。
(注11)七海氏はよつ葉乳業時代に同社のFSSC22000管理運用に関わる業務に従事しており、この経験がTCFでも役立ったとのことである。
(4)販売とブランディング
TCFは、会員制販売という特徴的な販売方法を採用した。これは、チーズ工房設立と同時期に始まったコロナ禍が関係する。当初、全国の北海道物産展での販売を考えていたが、コロナ禍で軒並み中止になった。そこで、会費3万円の会員100人を募集したところ3日間で完売し、それら会員にラクレットオーブンを含む5万円分の特典を贈った。それ以降は会費1万円で100人ずつ募集を繰り返し、2023年9月時点で800人まで会員を増やした。基本的に、継続購入の場合は、会員権購入者のみが同社のインターネットサイトで購入できる仕組みである。従業員確保の問題があり、当初は製造数量が制限されたため、会員制販売は製造可能量に合わせて販売量を計画的に拡大する手法としても有益であった。
2023年4月からは、少量だがシンガポールへ輸出を開始し、百貨店などの北海道物産展での販売や、一部のホテルやレストラン向けに業務用販売もしている。
前掲の写真6のように、TCFは、典型的なチーズ工房製品と趣が異なるパッケージデザインを採用した。スティック形状製品を梱包する紙管やこの紙管を収納する化粧箱のデザインも同様である(写真7、8)。黒などをベースとした都会的なデザインであり、牧場や乳牛、農村を想起させるような色・イラストなどを使用していない。また、透明な包装材を使用していないため、一見するとチーズではなく、チョコレートやタバコなどの高級嗜好品のようである。
会員の属性は50代と60代が中心で男女差はほぼなく、大都市圏の富裕層が多いのではないかと考えている。お中元やお歳暮の時期に購入が増えるため、贈答用が多いと思われる。製品を贈られた相手が関心をもって会員になるというパターンもある。会員制販売は購入者の属性が見えるため、マーケティング面でのメリットもあると評価する。
(5)今後の事業展開
今後の事業展開としては、第1に製造品目の充実・拡大である。既存「age」シリーズの特定牧場限定製品や、十勝地域全19市町村のオリジナルチーズの開発が目標である。ただし、それぞれ異なる特徴を持つ生乳を用いた製品開発は、製造工程の調整に一定の時間と労力がかかるため、徐々に拡大していく方針である。
第2に、業務用販売や非会員向け販売の拡大である。会員制販売は1000人を上限に打ち切り、その後は、外食・ホテル向けの業務用販売や非会員の一般消費者向け販売を増やしていく計画を検討している。その一環として、好立地を生かして工場見学や各種イベント開催と合わせた小売販売も目標である。なお、会員向け割引価格や長期熟成など、会員専用製品を今後も充実させていくことが前提である。