子実トウモロコシ栽培における施肥は、基肥と5葉期に尿素を散布する体系が行われてきた。しかし、トウモロコシは生育ステージごとに肥料要求量が異なっており、スイートコーンでは雄穂抽出期に穂肥を行う体系も採用されている。
一方で、飼料用作物の生育期中期には草丈が2メートルを超える場合が多く、追肥を考えた場合、トラクターが入れる高さを超過し、ブロードキャスター(肥料散布機)による散布は困難である。また、高床の乗用中間管理作業機などによる散布についても難しい。草丈に関係なく散布可能なドローンによる方法もあるが、粒状肥料が茎の芯に入ってしまい、株元までに到達する肥料が少なく、肥料ロスにもつながる。
そこで狭小条間空間に進入し、株元にスポット散布することが可能なロボットがあれば、前述の課題解決につながり、肥料の効率的な活用や収量増加につながるかもしれない。このことからロボット散布に向けた開発条件などを整理するためにトウモロコシ圃場内における自律走行に係る試験と軟弱不整地地面における重量物運搬走行試験の二つを行った。
(1)自律走行試験
ア 目的
トウモロコシが生育中の圃場内における環境調査ならびに狭小空間における人工知能を搭載した自律走行可能なクローラロボットによる走行試験を実施し、トウモロコシ株基に少量多回施肥可能な散布機械開発に向けた基礎情報の収集を目的とした。
イ 材料と方法
調査は、宮城県名取市内の子実トウモロコシ圃場にて行った。品種はP1184とし、6月17日に株間18センチメートル、条間75センチメートルで播種した。施肥は化成肥料(17-17-17)を現物で10アール当たり80キログラム基肥として全層散布し、追肥は尿素を現物で10アール当たり10キログラム散布した。調査日は、播種後96日(9月21日)であった。調査時の生育は、稈長267.4センチメートル、着雌穂高120.1センチメートル、稈径20.9ミリメートルであった。
(ア)クローラロボットの構成
設計・作成したクローラロボットのプロトタイプを写真9に示した。CuGOV3(CuboRex社)のクローラモジュールと荷台部、アルミフレーム、制御回路、電源バッテリー、各種センサーから構成されている。クローラ幅は、片側13.5センチメートルであり、左右ユニットを並列させた最小機体幅は、33センチメートルとなる。アルミフレーム加工により機体幅は調節可能で、最大積載量は、約80キログラムである。各種センサーは、自作した治具や部品により取り付けした。
(イ)システム構成
図4に制御回路と各種センサーのシステムの構成図を示した。データ処理を行うため、GPU(注2)を搭載したNVIDIA Jetson Nano(以下「Jetson」という)を中心にシステムを構成した。自動制御に必要なGNSSモジュール(注3)など自律走行に必要な外部センサーを備え、また、手動動作が必要になった際に外部コントローラの信号を取得するためのコントローラボードをそれぞれUSBによって接続した。また、緊急停止が可能となるよう制御ボタンを備えた。
コントローラボードはCubeOrange+とコントローラ受信機(Cohac ∞ Chronosphere-L6 II)で構成されており、ボード上のスイッチからもクローラロボットの走行モードを変更できるよう製作した。クローラモジュールの高出力モータを駆動させるためのモータドライバを二つ、それぞれSPI通信(注4)によりJetsonからモータ回転の指令値を伝えている。JetsonはSSH接続(注5)によってPCと接続を行い開発する。2D−LiDAR SLAMは、RPLIDAR S1(SLAMTEC社)を機体上部に設置し、レーザースキャニングによる点群マップ(注6)を出力した。
(注2)GPU(Graphics Processing Unit):画像や動画を描画するための処理を行う画像処理装置。
(注3)GNSSモジュール:GNSS(Global Navigation Satellite System)は、衛星測位システムのことで、衛星からの信号を用いて自己位置を決定する測位システムである。その受信装置のこと。
(注4)SPI(Serial Peripheral Interface)通信:デバイス間の通信を高速化するために必要な信号を最小限にしたシリアル通信インターフェースのこと。
(注5)SSH接続(Secure Shell):暗号や認証の技術を利用して安全にリモートコンピュータと通信するためのプロトコルのこと。
(注6)点群マップ:レーザー光を照射し、それが物体に当たり、跳ね返るまでの時間から距離を測定するセンサーによって得られた多数の点を地図上に示したもの。
(ウ)自動制御の手法
トウモロコシは、株間18〜21センチメートル、条間75センチメートルで規則正しく播種されており、欠株が少ないため地面からの進行方向に対しては列状を呈している。クローラロボットは、条間75センチメートルの間を走行し、肥料の適期散布機構を設置する荷台スペースを備える。広大なトウモロコシ圃場内を正確に走行するため、クローラロボットはGNSSの測位精度を補強するため、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の準天頂衛星システム QZSS(注7)の補強信号を受信可能なセンチメーター級測位補強サービス(注8)であるCLASを利用し、測位データを得た。使用したモジュールの測位確度は、移動時で10センチメートル以下と推定される。測位誤差によってはクローラロボットがトウモロコシに接触する恐れがある。そのためLiDAR SLAMによってトウモロコシ列を検知し、条間(列)と思われる部分からトウモロコシとトウモロコシの中心座標を求め、座標の中心(ロボット進行方向)から条間の中心との乖離を算出し、その値に応じてクローラロボットの旋回動作を制御することで自動制御の誤差を吸収し、進行方向へ前進させた。
(注7)QZSS(Quasi-Zenith Satellite System):準天頂衛星システムのことで、GPSとの相互補完により、測位精度を高めるために運用されている衛星のこと。
(注8)高精度に測位を行うために電子基準点のデータから補正情報を計算し、正確な位置情報を得るための情報サービスのこと。
(エ)自動制御試験の結果
トウモロコシ圃場にて、クローラロボットをGNSSおよびLiDARを用いて自己位置推定ならびに自動走行制御実験を行った結果、クローラロボットは、条間75センチメートルの狭いトウモロコシの畝間を正しく走行することができた。
ウ 結果と考察
トウモロコシ圃場内でクローラロボットを走行させ、LiDARによる点群情報のマップ化を行ったところ、トウモロコシ株を列として、認識することが可能であった(図5、6)。また、LiDAR SLAMによる自己位置推定により、トウモロコシ圃場内で自律走行が可能なことも確認することができた(写真10)。自動走行の速度が遅いため、今後は高速に移動できるようクローラロボットを改良することが重要となる。さらに、クローラロボットに肥料散布機構設置の検討を行い、散布する必要がある。
一方で葉齢が進み、葉の老化や虫害による折損などがあった場合、障害物として認識してしまい、走行が停止することが確認された。このことから、前方部に障害物除去機構を設置するなどの対応により、円滑な自律走行が可能であることも確認された。
(2)重量物積載試験
クローラロボットを活用して、肥料散布を行うには、重量物を積載した状態で圃場内を走行し、不整地でも運搬できるかを確認する必要がある。そこで宮城県名取市の子実トウモロコシ収穫後の圃場において、クローラロボットを用いた重量物運搬試験を実施した(写真11)。
ア 材料と方法
クローラロボット機体およびシステム構成は、自律走行試験と同等のものを用いた。荷台部分は肥料運搬ができるように加工した。また、走行については、無線走行により制御した。クローラロボット機体には、模擬肥料(25キログラム)を積載して走行試験を実施した。25キログラムと設定した理由は、一般的な肥料の流通単位20キログラムと散布機器5キログラムを想定して設定した。
イ 結果と考察
無線走行試験の結果、不整地の圃場内において25キログラムの重量を積載して、問題なく運搬走行できた。今後は、重量物を積載した状態での消費電力について整理し、稼働時間も含めた構成や設計が必要である。