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海外情報 豪州 畜産の情報 2024年5月号

豪州の農畜産物需給見通し〜2024年豪州農業需給観測会議と産地での取り組み〜

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調査情報部 平山 宗幸、畜産振興部 田中 美宇、酪農乳業部 山下 侑真

【要約】

 豪州農業資源経済科学局は、「未来を形作る:機会、リスク、レジリエンス(強靭きょうじん性、回復力)」と題し、2024年豪州農業需給観測会議を首都のキャンベラにて開催した。この会議では、農畜産物の中期的な需給見通しのほか、豪州農業が直面するさまざまな課題が報告された。その中で、豪州農業における優先課題として、農業労働者の増強や農場の持続可能性の向上を目標とした環境対策の必要性などが訴えられた。

1 はじめに

 豪州農業資源経済科学局(ABARES)は、2024年3月5日、6日の2日間にわたり豪州の農畜産業をめぐる情勢および29年までの展望を見通す「2024年豪州農業需給観測会議」(以下「アウトルック」という)を同国の首都キャンベラで開催した(写真1)。対面とオンラインのハイブリッド開催となった今回は、豪州国内の農業関係者や政府関係者を中心に対面で300人、オンラインで200人の参加者が集まり、12のセッションを通して60人から講演が行われた。


 
 今回のアウトルックでは、例年と同じく主要農畜産物の需給見通しのほか、農業のレジリエンス(強靭性、回復力)、投資、イノベーション、消費者の関心など、多くの話題について講演が行われたが、その多くは気候変動対策に根差したものであった。議論の趣旨は、(1)農業セクターの温室効果ガス(以下「GHG」という)排出量削減には研究開発への投資が有効(2)GHG排出量に関する正確なデータの取得と関係者への共有が必要(3)客観的なデータに基づき国際市場や投資家、消費者に対し豪州農業の優位性をアピールし、豪州農業の地位を高める―といったものであり、現場段階での具体策に触れる議論は少なかった。このため参加者からは、農業セクターの生産性や収益性を維持しつつGHG排出量を削減できる方法や、GHG排出削減の取り組みそのものの必要性について疑問を呈する声も数多く聞かれた。また、課題とされる労働力の確保については、初等・中等教育への農業教育の推進や農業のキャリアパスの共有、遠隔地でのトレーニングに対するアクセス確保によるスキルアップなど、豪州国内の状況を念頭に置いた中・長期的な取り組みの紹介にとどまった。
 本稿では、アウトルックの中から畜産物の需給見通しなどに加え、労働力確保およびGHG排出量削減に向けた豪州国内の現場での取り組みを報告する。
 なお、本稿中の為替相場は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」2024年3月末TTS相場の1豪ドル=100.61円を使用した。


 

2 基調講演

 アウトルック開催に当たり、メルボルンで開催されていたASEAN(東南アジア諸国連合)・豪州特別首脳会議に出席中の豪州連邦政府のマレー・ワット農林水産大臣から、同国農業が直面する四つの優先課題((@)バイオセキュリティの強化(A)農業労働者の増強(B)新たな貿易機会の開拓(C)農場の持続可能性の向上)とその対応を交えた基調講演がオンラインで行われた(写真2)。




 
 この中で同大臣からは、豪州の農林水産業の生産額は908億豪ドル(9兆1354億円)規模(2024/25年度(7月〜翌6月))と過去3番目の高水準になるとしつつ、前述の4課題に関するアルバニージー政権のこれまでの成果や現在の取り組み概要について、以下の通り説明があった。
 
(@)バイオセキュリティの強化
・外来の病害虫から豪州を守るため、10億豪ドル(1006億円)以上の規模となる、同国初の持続可能なバイオセキュリティ資金提供モデルの実現に向けた取り組みを行った。
・本日から豪州農林水産省(DAFF)と豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)が共同で主導する「豪州バイオセキュリティ触媒」(CAB)イニシアティブを開始する。CABイニシアティブは、豪州連邦政府、産業界、地域社会とのつながりを創出し、バイオセキュリティ問題に関する研究開発費を最大限に活用し、国境で直面する新たなバイオセキュリティの脅威やリスクに対する実践的な解決策を提供することを目的としている。
 
(A)農業労働者の増強
・太平洋豪州労働力移動計画(PALM)(注1)や、豪州の人々が農業部門に就職するのを奨励するための学費無料の職業訓練専門学校(TAFE)(注2)コースへの投資を通じ、数万人以上の労働者を農業界に送り出す。
 
(B)新たな貿易機会の開拓
・英国、インド、東南アジアといった農産物需要が大幅に増加している市場に対して貿易関係の拡大を図った。特に、豪州にとって最大の貿易相手国である中国との関係を安定させるためにアルバニージー政権が行ってきた取り組みは、農業セクターにとって非常に重要である。
 
(C)農場の持続可能性の向上
・2024年の大きな焦点は、農業の持続可能性を高め、豪州の農林水産物が選ばれるべきだと世界に示すことであり、われわれにはその作業を支援できる方法がある。その一つが、収集・共有される気候・炭素データが世界的に最高品質であることを保証することである。これらの農業生産、市場、炭素測定に関する信頼できるデータは、業界の賢明な意思決定に役立つことは明白である。
・23年、ABARESの気候変動に関するデータと分析能力を強化するために3800万ドル(38億円)以上の予算を措置した。特に、新しい土地利用のあり方に向けた取り組みに注力している。これには国内および国際的な気候関連政策が豪州農業と土地利用に及ぼす影響の地域規模での分析も含まれている。農家が自分のビジネスについて決断するのに役立つ情報ばかりであり、政府と産業界が農業分野におけるリスク、機会、新たな問題を特定することを可能にする。
 
 このように、豪州農業の優先課題を明確に整理し、それらに対して積極的に対処していること、また、政府と農家を含む業界関係者が一体となって持続可能性を高め、同国の農林水産物が世界から選ばれるものにするとの強い意志が示されていたことは印象的であった。
 次章以降では、肉牛・牛肉および酪農・乳製品についてABARESによる今後の見通しを、また、アウトルックでも取り上げられた労働力確保とGHG排出削減に関連する現地調査結果について紹介する。
 
(注1)PALM:Pacific Australia Labour Mobility。太平洋島しょ国9カ国(フィジー、キリバス、ナウル、パプアニューギニア、サモア、ソロモン諸島、トンガ、ツバル、バヌアツ)および東ティモールからODAの一環として労働者を雇用するための豪州連邦政府が管理するスキーム。詳細は、『野菜情報』2023年12月号「豪州およびニュージーランドの労働不足への対応〜コロナ禍おける園芸部門での対策を中心に〜」(https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/kaigaijoho/2312_kaigaijoho1.html)をご参照ください。
(注2)TAFE:Technical and Further Education。豪州内に100校以上ある州立の職業訓練専門学校において、ビジネスから農業、レジャーといった幅広い分野について、4カ月の短期から48カ月の長期に至るまでさまざまなコースを受講できる。在籍者の90%以上が豪州人と言われている。

3 豪州畜産の現状と2024年以降の見通し

 今回公表されたABARESの中期見通しでは、世界的なインフレ率は短期的には高止まりするものの、近年の高金利により見通し期間中(2028/29年度まで)には低下し、世界経済の成長率が3%前後で比較的安定することを前提としている。また、25/26年度および28/29年度はラニーニャ現象による湿潤気候、26/27年度はエルニーニョ現象による乾燥気候がもたらされるシナリオに基づき予測している。
 

(1)肉牛・牛肉

ア 24/25年度の肉用牛飼養頭数はやや減少
 豪州の肉用牛飼養頭数は、放牧主体であることから、干ばつなどの発生による飼養環境の悪化や飼料確保のためのコスト上昇が見込まれると淘汰とうたが進むなど、気象条件に大きく左右される。近年の飼養頭数の推移を見ると、2019/20年度(20年6月末時点)は、主要畜産地帯の豪州東部で20年に一度と言われる深刻な干ばつが発生したことで、過去30年間で最低となる2114万頭(前年度比5.5%減)にまで落ち込んだ(図1)。その後は3年連続でラニーニャ現象が発生し、降雨に恵まれたため牛群再構築が進展し、22/23年度は2376万頭(同6.8%増)と過去10年で最大の伸びとなった。
 その後、23/24年度は、23年9月に乾燥気候をもたらすエルニーニョ現象の発生が発表され、牛群の淘汰が進んだことなどを受け、2364万頭(同0.5%減)とわずかな減少が予測されている。また、24/25年度は、米国の牛群再構築の進展による米国産牛肉供給量の減少見通しを受け、豪州産牛肉の需要増加による輸出価格の上昇などが見込まれることから、と畜が進み、2336万頭(同1.2%減)に減少すると見込まれている。


 
 
イ 24/25年度のと畜頭数および牛肉生産量は堅調を維持
 2022/23年度は、豪州の牛群再構築が完了し、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に起因する食肉処理施設の労働力不足が改善したことを受け、と畜頭数は660万頭(前年度比7.3%増)、牛肉生産量は201万トン(同7.3%増)といずれもかなりの程度増加した(図2)。
 23/24年度は、エルニーニョ現象の発生による牛群の淘汰を受けてさらに増加し、と畜頭数は802万頭(同21.6%増)、牛肉生産量は234万トン(同16.3%増)と見込まれている。
 24/25年度以降も、肉用牛供給頭数の増加と食肉処理施設の処理能力が高水準で推移することで、米国産牛肉が席巻してきたアジア市場に加え、米国向け輸出も高まることで、と畜頭数、牛肉生産量ともに堅調な推移が見込まれている。


 
 
ウ 24/25年度の肉用牛生体価格は上昇
 2023/24年度の家畜市場の肉用牛平均取引価格は、エルニーニョ現象の発生を受けた肉用牛供給頭数の増加により、1キログラム当たり483豪セント(486円、前年度比15.7%安)と、過去10年平均の同545豪セント(548円)を大幅に下回ると見込まれている(図3)。また、同価格の下落が要因となり、同年度の肉用牛関連の総生産額は125億豪ドル(1兆2576億円、同17.2%減)と大幅な減少が見込まれている。
 24/25年度は、堅調な輸出価格が食肉加工業者の需要をけん引し、家畜市場の取引価格を押し上げることで、同599豪セント(603円、同24.0%高)まで回復、その後も堅調に推移し、28/29年度には同702豪セント(706円、同13.6%高)までの上昇が見込まれている。

 
 
エ 24/25年度の牛肉輸出量はさらに増加
 2023/24年度の牛肉輸出量は、国内の牛肉生産量が増加し、米国の旺盛な需要などにけん引されて、121万8229トン(前年度比20.5%増)と大幅な増加が見込まれている(図4)。
 24/25年度以降の輸出量は、生産動向(と畜頭数および牛肉生産量の減少)の予測に従い、見通し期間中に減少に転じると見込まれている。
 ABARESは、米国の牛群再構築について、米国中部での牧草の入手可能性が増加する25年初めに始まり、完了までには約5年の期間を要すると予測している。この間、米国の牛肉生産量も減少するため、米国のほか、これまで米国産牛肉を多く輸入してきた日本や韓国などから豪州産牛肉の需要が増加するため、中期的に豪州の牛肉輸出にチャンスをもたらし、輸出価格の上昇も下支えされると予測している。

 
 
オ 24/25年度の生体牛輸出頭数は引き続き増加
 2023/24年度の生体牛(と畜場直行牛および肥育もと牛)輸出頭数は、豪州国内の生体牛価格の下落を受け、主要輸出先であるインドネシアからの需要が増加したため、65万頭(前年度比34.2%増)と大幅な増加が見込まれている(図5)。24/25年度以降も、生体牛価格が直近3年(20/21〜22/23年度)の平均価格(704豪ドル、7万829円)に比べて低水準で推移し、インドネシアからの引き合いも強いことから、引き続き増加傾向での推移が見込まれている。

 
 

(2)酪農・乳製品

ア 24/25年度の乳用経産牛飼養頭数および生乳生産量はともに減少
 2023/24年度乳用経産牛の飼養頭数は、酪農家戸数の減少などから124万頭(前年度比2.0%減)に減少すると見込まれている(図6)。その一方で生乳生産量は、22/23年度と比較して乾燥した気象条件が牧草の品質向上と乳房炎などの健康リスクを低下させることで、827万キロリットル(同1.8%増)と過去30年間で最低水準となった前年度からの回復が見込まれている。また、品種改良の進展などに伴い1頭当たりの乳量も6575リットル(同2.7%増)に増加すると見込まれている(図7)。
 24/25年度については、肉用牛取引価格の上昇が酪農家による乳牛の淘汰を後押しし、酪農家戸数の減少がさらに進展することから、生乳生産量は819万キロリットル(同1.0%減)に減少すると見込まれている。また、見通し期間中は、1頭当たりの乳量は堅調な増加が見込まれるものの、それを上回るペースで酪農家の離農が進み、飼養頭数が減少することから、生乳生産量も減少傾向で推移すると見込まれている。



 
 
 
イ 24/25年度の乳製品輸出量は前年度並みで推移
 2023/24年度の乳製品輸出量は、生乳生産量の減少により主要4品目のうち、バターと全粉乳は主に中国の需要減を受けて減少するものの、チーズと脱脂粉乳は主に東南アジアの需要増を受けて増加が見込まれている(図8)。
 24/25年度については、生乳生産量が23/24年度をやや下回る水準で推移するものの、輸出量では大きな変動は見られず、前年度並みでの推移が見込まれている。また、見通し期間中も、生乳生産量が減少することから、乳製品輸出量も減少傾向で推移すると見込まれている。
 
 
 
ウ 24/25年度の乳製品国際価格は上昇
 乳製品国際価格は、世界の需給状況を反映し大きな変動を繰り返している。中期的な世界の生乳生産量は、米国とニュージーランド(NZ)の増加がEUの減少を上回るため、上昇が見込まれている。しかし、GHG排出削減など厳しい環境対策が圧力となり、世界の乳用牛飼養頭数が着実に減少すると予測される中で、生乳生産量が大幅に増加する可能性は低いとみられる。一方で、引き続き中国や東南アジアを中心とした需要の増加から、乳製品国際価格は上昇基調での推移が見込まれている(図9)。

 
 
エ 24/25年度の生産者乳価は下落
 2023/24年度の生産者乳価は、世界的な乳製品価格が低下する中で、限られた生乳の確保を目的とした乳業各社による乳価競争から、1リットル当たり72.0豪セント(72円、前年度比3.7%安、固形乳1キログラム当たり約9.49豪ドル(約955円))と過去最高だった前年度を下回るものの、引き続き高水準を維持すると見込まれている(図10)。
 24/25年度の生産者乳価は、引き続き世界的な乳製品価格の低下を受けて、同67.6豪セント(68円、同6.1%安、同8.91豪ドル(約896円))と2年連続の下落が見込まれている。しかし、その後は国内生乳生産量の伸びが少ないことから、高水準を維持すると見込まれている。

コラム 豪州で消費される輸入乳製品

 豪州は乳製品輸出国とのイメージであるが、デイリー・オーストラリアが2023年12月に公表した生乳・乳製品需給に関する報告によれば、22/23年度の豪州の乳製品輸入量は、約34万4000トンと過去最高になり、豪州国内で消費される乳製品の27%を占めたとされる。主な輸入先はNZ、米国、EUであり、特にバターについては22/23年度の豪州国内販売量の40%以上がNZ産を主体とした輸入品としている。
 今回、豪州の2大スーパーマーケットであるコールズとウールワースで、輸入乳製品の販売状況を確認した(コラム−写真1)。



 
 
 バターを見ると、NZ産は同国の主要乳業であるウエストゴールド社の製品だけではなく、コールズ、ウールワースともに自社ブランド(PB)製品でもNZ産を豊富に取り扱っていた(コラム−写真2)。100グラム当たりの平均単価はNZ産が1.40豪ドル(141円)と豪州産の同1.91豪ドル(192円)よりも安価で販売されていた(コラム−表1)。





 
 
 チェダーチーズについては、コールズのみでNZフォンテラ社の製品のみが販売されていたが、豊富な種類が取り扱われていた。同製品の1キログラム当たり単価は20.00豪ドル(2012円)であり、豪州産のコールズのPB製品(同13.90豪ドル、1398円)に比べて高価であったものの、他社ブランド(同20.60〜20.80豪ドル、2073〜2093円)よりは安価で販売されていた(コラム−写真3、コラム−表2)。




 
 また、豪州で製造される食料品には、豪州産原材料の使用比率の表示が義務化されており(コラム−写真4)、乳製品の多くはこの比率が「100%」「99%」であるが、スライスチーズについては「40%」「30%」など、輸入製品を多用するものが目立った。


 
これら以外にも米国産クリームチーズなどが販売されていたが、今回調査したコールズおよびウールワースでは、主にNZ産の乳製品が豊富に、かつ、その多くが豪州産乳製品よりも安価に取り扱われており、乳製品の輸入国としての豪州の実態が垣間見えた。
 最近の現地報道によると、豪州はもはや乳製品輸出大国ではないとの見方も出されており、生乳生産が伸び悩む中で、移民などの増加による国内市場の拡大が乳製品輸入を後押ししている。

4 労働力確保およびGHG排出削減に向けた取り組み

 今回のアウトルックで豪州農業界の優先課題とされた労働力の増強と農業の持続可能性の向上に関する取り組みの現状を把握するため、牛肉の生産から加工、輸出までの事業を展開している日本ハム100%資本子会社のNH Foods Australia Group(以下「NHフーズ」という)の施設のうち、肉牛生産が盛んなQLD州のフィードロットと食肉処理施設を調査した。



 
 

(1)施設の概要

ア フィードロット
 NHフーズの肉牛肥育部門の一つであるWhyalla Beef(以下「ワイアラ」という)は、1989年に操業を開始し、敷地面積5316ヘクタール(東京ドーム約1137個分)、飼養可能頭数は7万5000頭であり、現在の飼養頭数は5万頭を誇る(写真3)。飼養品種はアンガス種とアンガスクロス(アンガス種とヘレフォード種などの交雑種)を主体に、WagyuとF1 Wagyuも肥育している。肥育もと牛の導入は、自家繁殖、外部仕入により行い、年間12〜15万頭の肥育牛を出荷している。給餌する飼料は大麦、小麦、自社製造のサイレージなどを主体に自社で配合し、1日当たり約750トンの配合飼料を製造し、20トントラックで給与している。グループ企業である2カ所の食肉処理施設に1週間当たり約2000頭弱を出荷している。


 
イ 食肉処理施設:Oakey Beef Exports
 NHフーズの食肉処理施設の一つであるOakey Beef Exports(以下「オーキー」という)は1956年に設立されたと畜、食肉加工、冷凍・冷蔵、レンダリングを統合した施設であり、前述のワイアラや契約農家、家畜市場(セールヤード)から牛を調達し、食肉処理加工を行っている(写真4)。処理頭数は1日当たり平均約750頭(同最大約1000頭)であり、年間24万頭の処理を目指して稼働している。枝肉保管庫は1260頭、冷蔵保管庫は2万5000箱、冷凍保管庫は2万5000箱と1万3000パレット(全体で約4万5000箱)の保管が可能である。豪州国内向けのほか、日本、米国、韓国、EU、カナダ、中国向けなど幅広い市場への輸出を行っている。

 

(2)労働力確保に向けた取り組み

ア ワイアラでの取り組み
 ワイアラでは約100人の従業員を雇用し、通年で稼働している。同社ではPALMを活用した雇用を行っていないが、代理人を通じた契約により外国人従業員を雇用している。COVID−19流行以前は、ワーキングホリデーにより年間15〜20人程度を雇用していたが、現在は3人に留まっている。ワーキングホリデーによる雇用は、労働者の入れ替わりが激しく、人材育成にコストがかかるため、同社では積極的な雇用は行っていなかったが、COVID−19流行後は、安定して定着する人材の確保が特に難しい状況にある。
 このため、最近では英語が堪能であり、肥育施設での就労経験者が多いとされるフィリピンからの直接雇用が増えている。現在は30人程度を雇用し、作業中の予期せぬ事故を減らすため、十分に教育した上で、各現場に配属している。
 
イ オーキーでの取り組み
 従業員750人を抱えるオーキーは、週5日で通年稼働している。施設内では低温管理された中で、体力が必要な作業なども多いため、慢性的に労働力不足の状況にある。特にと畜者(スローター)と脱骨者(ボーナー)など知識と経験が必要な熟練作業者は、人手不足が深刻になっている(写真5)。また、特に豪州人労働者の確保に当たっては、COVID−19以降、在宅勤務や時短勤務に慣れた人が増加し、ライフスタイルや就職に対する意識が変化したため、より困難な状況にある。
 オーキーでは、PALMを活用して約150人を雇用している。一方で、PALMでは雇用できる人数の枠が決まっていることから、十分な人員を確保するには至っていない。また、ワーキングホリデーについては、郊外での就職を希望する者が少ない
傾向にあることから、同社では募集していない。

 


 
 このため、アジアや南米などに採用に出向き、現在、27カ国から労働者を雇用している。同社でも、英語が堪能であり、熟練作業者も多いことを背景に、特にフィリピンからの労働者が増えているという。
 また、人員削減と作業効率化のため、さまざまなシステムの導入が進められている。例えば、2021年に更新した自動冷凍冷蔵システムは、脱骨場から出荷口まで人の手を介さずに商品を搬送することが可能となる。同システムにより、約25人の人員削減に貢献した(写真6)。
 加えて、雇用期間の長期化を目指し、職場環境の整備や福利厚生の改善に力を入れている。具体的には、(1)ボーナーが日々の作業で使用する足元の作業台を、昇降式にすることによる作業負荷の軽減(2)カフェテリアの充実(3)マッサージ師による週1回のマッサージの実施(4)永年勤続表彰―などを行っている。また、地元スポーツチームへの支援や地元で開催されるイベントへの協力を通じ、地域社会における企業認知度の向上も図っている。


 
 
 
ウ 今後の課題
 豪州の牛肉生産、加工の現場では、現在も慢性的な労働者不足が続いており、これを解決するための特効薬はなく、より長期的な視点に立った設備投資による省力化や、労働者が働きやすい環境の整備など地道な取り組みが必要とされている。また、さまざまな規制などに対応するため、食肉の生産現場でも環境管理者、会計士、人事担当などの配置といった職種の多様化が進んでいる。さらに、石炭や鉄鉱石など資源部門との競合も多いことから、こうした人材の確保にも力を入れる必要があるとしている。

(3)GHG排出削減に向けた取り組み

 豪州連邦政府は、2022年に制定された気候変動法に基づき、30年までに同国のGHG排出量を05年比で43%削減するとの目標を掲げている。これを踏まえ、NHフーズでは、30年までに同社のGHG排出量を同24%削減することを目標に、各種取り組みを進めている。
 
ア ワイアラでの取り組み
 ワイアラでは2023年、牛由来のメタンガス排出抑制に向け、豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)と共同で、飼料添加物である3−NOPの給与試験を実施した(注4)。現在、MLAが結果を取りまとめ中であるが(注5)、3−NOPは合成化合物であるため、他のメタンガス排出削減効果があるとされるアスパラゴプシス(カギケノリ)よりも、養殖コストなどの経費が発生しない分、安価で使い勝手は良いとの印象を持ったとしている。一方で、日々大量の配合飼料を自製しているが、ペレット状である少量の3−NOPを飼料中に均一に混ぜることが難しく、今後の利用においては形状を液体にするなどの工夫が必要であるとしている(写真7)。なお、副次的な効果として期待していた増体率の向上については、今回の試験で特段の効果は確認できなかったとしている。
 
(注4)『畜産の情報』2023年3月号「豪州およびニュージーランドの畜産業界における持続可能性 〜気候変動対策を中心に〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002629.html)をご参照ください。
(注5)取材後に公表されたMLAの報告書では、同試験について、(1)気象条件などが影響する可能性はあるものの、3−NOPの給与は肥育成績、枝肉特性、肥育牛の健康状態に影響を与えない(2)3−NOPペレットの品質の安定性などに課題があり、さらなる研究が必要(3)他の試験結果に基づけば、今回の3−NOPの給与により肥育牛からのメタン排出が66〜80%削減された可能性があるなどと結論付けている。
 
 その他、フィードロットで発生するふん尿については、砂利などを取り除いた上で堆肥化し、自社のかんがい農地での散布や、肥料として外販することで、資源の循環を図っている。また、かんがい農地で収穫された牧草は、サイレージにして自家使用している(写真8)。




 
 
 
イ オーキーでの取り組み
 オーキーでは、食肉処理施設の排水処理で発生するメタンガスを収集し、施設内のボイラー燃料として利用している。バイオガスの貯蔵庫(ホルダー)にはNHフーズのロゴが大きく描かれ、地域に対してランドマークとして環境対策を講じる同社のアピールにもつながっている(写真9)。
 また、排水処理した水をかんがい用水として自社農地で活用し、栽培した牧草のワイアラでの利用や外販を通じ、資源の循環を図っている。さらに、ナイフの殺菌に使用しているお湯は、食肉処理施設に搬入する前の係留所での牛の一次泥落としに再利用し、水の使用量を削減している。
 
 
ウ 今後の課題
 NHフーズでは、牛由来のメタンガス排出の抑制に向け、3−NOPを商業ベースで利用した場合、年間で4〜5億円程度のコストが純増すると試算している。また現状では、豪州の消費者もインフレの影響などもあり、食品に関するGHG排出削減への関心はそれほど高くなく、増加コストの売価への反映は難しく、企業として本格的に導入するにはハードルが高いとしている。さらに、豪州連邦政府はGHG排出削減の高い目標を掲げているが、今後は官民一体となった取り組みも必要ではないかという意見も聞かれた。

5 おわりに

 アウトルックの議論の中では、GHG排出削減に貢献する最も重要で誰もが実践できる手段として、生産性の向上が挙げられた。これは、投入する資材コストを最小限にして、最大限の収量を得るというものである。今回の調査先では、コスト意識をもって非常に効率的に業務が行われており、また、これらが従業員に徹底されていると感じた。同時に、初期投資は必要であるものの、生産性や収益性を確保しつつ、GHG排出削減や労働力削減のためにできる取り組みがあることを実証していた。
 アウトルックの中で豪州連邦政府担当官は、発展途上国における貧困対策を除き、生産性の低い農家を補助金で支援することは環境破壊を意味するとの厳しい指摘をしていた。補助金や関税を撤廃することで、非効率な生産を減らし、効率的な生産を増やすことで、開かれた貿易、食料安全保障、環境の持続可能性、そして発展途上国における開発という利害を一致させることができると強調していた。豪州農業の比較的明るい需給見通しを受け、効率的な生産とは、豪州の農業であるとの自信に裏打ちされた発言であり、同国政府は今、それを証明するための最適な方法を検討していると感じさせられた。
 豪州国内でこうした検討が進むことは、同じ地球規模の課題に取り組む仲間としては非常に心強い。しかし、取り組みの結果がどのように活用されるのか、また、今後の国際市場にどのように影響を及ぼすのか、さらには、日本の畜産業における各種課題解決に向けた取り組みにどのような影響があるのかについて、注視していく必要があるだろう。
 
謝辞
 本記事の執筆に当たり、NH Foods Australia Groupの皆さま方に快く調査に応じていただいた。ここに深く感謝の意を申し上げる。