(1)NZの酪農の運営形態とキャリアステップ
NZの酪農の運営形態は「オーナー経営」「シェアミルカー経営」「コントラクトミルカー経営」の三つに大別される。それぞれの特徴は以下の通りである。
・オーナー経営
日本の家族経営に類似し、オーナー(農場主)が自ら働き、または固定給で農場を運営するマネージャーを雇用する経営形態。農場運営の費用はすべてオーナーが負担し、収入もすべてオーナーが受け取る。
・シェアミルカー経営
オーナーとシェアミルカーが収入、費用、労働を分配(シェア)する経営形態。シェアミルカーは共同農場運営者として位置付けられる。シェアミルカーが搾乳などの作業を行い、その報酬として生乳販売から得られた収益を、オーナーと事前に合意した比率で分配する。分配比率は契約によって異なるが、50:50で分配する場合が最も多く、この契約方式がシェアミルカー経営全体の6割を占めている。一般的には3年契約であり、オーナーが農場と搾乳施設を提供し、シェアミルカーが牛群と労働力を提供する。
・コントラクトミルカー経営
オーナーとの契約 (コントラクト) により搾乳作業などを行い、生乳1キログラム当たりの固形分換算で取り決めた額を報酬として受け取る。シェアミルカー経営との違いは、報酬が収益(販売量)に応じた分配ではなく、生乳生産量(固形分量)によって決まる点である(表1)。また、一般的には1年契約であり、オーナーが農場や搾乳施設のほか、牛群などのすべての資本を提供する点がシェアミルカー経営と異なっている。
シェアミルカー経営は、搾乳などの実務から退いて経営面に特化しようとするオーナーと、農場のほとんどの実務を行うシェアミルカーとの間で契約に基づき収支を分配し、経営リスクを分散するものである。このため、若い酪農従事者が農場を所有するための前段階とされてきた。通常、オーナーは牧草地を維持するための肥料費やインフラなどの費用を、シェアミルカーは人件費、光熱費、牛群を管理するための費用をそれぞれ負担し、飼料費は折半する場合が多い(表2)。
この契約期間中にシェアミルカーは、オーナーになるために必要な飼養管理技術と経営力を磨き、資金を蓄積しながらオーナー経営へのステップアップを目指す。一方、オーナーは、労働負担を軽減しつつ、一定の収入を確保できるため、シェアミルカー経営は伝統的にNZの酪農を人的資源の側面から支えるものとして、重要な役割を果たしてきた。
一般的な酪農のキャリアステップは次の通りである(図7)。
新規参入者(学卒者や他産業からの参入者など)はまず、雇用労働者として農場アシスタント職に就き、日々のさまざまな作業を行いつつ、上位の監督者から技術や知識を習得する(1~2年目)。
続いて、牛群マネージャー、生産マネージャー、農場マネージャーと、より指導的立場へと段階を踏み、経験や知識、乳牛の購入資金などを確保し、将来的にシェアミルカーとして契約できるための信頼を獲得していく(3~10年目)。
その後、農場マネージャーからコントラクトミルカーに進む場合もあれば、賃金を稼ぎながら乳牛を購入していた場合は、その段階を踏まずにそのままシェアミルカーに移行する場合もある(10年目以降)。
一般的には、就農から約10年後にシェアミルカーとしてのキャリアを開始する場合が多い。シェアミルカーは、家畜販売や繁殖によって牛群の規模を拡大することを目指し、十分な資本を得た後は、農場を購入してオーナーになる。
(2)運営形態の構造の変化
しかし、近年はシェアミルカー経営が減少傾向にある(図8)。2000/01年度はシェアミルカー経営が5187戸と運営形態全体の4割近くを占めていたのに対し、22/23年度には3100戸と3割にまで減少している。この理由として、これまで確立されてきたオーナー経営までの道筋が、以前ほど明確ではなくなった点が挙げられる。
シェアミルカーがオーナーになるためには、農場の購入が必要となるが、近年は不動産投資や他産業との競合により地価が高騰しており、シェアミルカーが所有する家畜の一部を販売しても農場を購入することが困難になってきている。これは、1990年代後半からすでに大きな問題として取り上げられてきたことであるが、2000年代に入り地価はさらに上昇し、高止まりで推移している。22/23年度の農場価格を見ると、1ヘクタール当たり3万4600NZドル(331万円)と、00/01年度の同1万4000NZドル(134万円)から約2.5倍に上昇した(図9)。農場を購入するためには、従来に比べて多額の資金が必要になっている。
一例として、NZの酪農家の平均規模とされる150ヘクタールの農場を購入するとした場合、その費用は519万NZドル(4億9622万円)となる。シェアミルカーの平均年収は、6万4000NZドル~9万7000NZドル(612万~927万円)と購入価格を著しく下回るので、金融機関などからの融資を受けたとしても、農場取得のための条件の厳しさが読み取れる。
また、表2に示したように、シェアミルカーは牛群の管理費用を自ら支出する必要があり、牛群の健康リスク(疾病や死亡)のほか、光熱費や燃料価格上昇のリスクなどにも対応しなければならない。しかし、その上昇分は自前で吸収しなければならないため、農場や搾乳舎を提供するオーナーに比べて経営リスクが高いと言える。また、オーナーに比べて自己資本が少ないため、乳製品国際相場の下落などで生産者支払乳価が下落した場合には、経営が脆弱になるというリスクがある。資産に対する自己資本利益率(ROE)を見ると、比較的安定的に推移しているオーナーに比べ、シェアミルカーは年によって大きく増減し、収益性は不安定な状況にある(図10)。生産者支払乳価の変動率が大きい近年は、シェアミルカーにとってハイリスク・ハイリターンな状況と言える。
このように、地価の高騰などが影響し、近年はシェアミルカーとして従事する年数が長期化しており、オーナーになれないシェアミルカーも多く、また、10年以上同じ農場でシェアミルカーを行っている者も少なくない。このため、シェアミルカーの中にはオーナーを目指さずに、生涯シェアミルカーとして従事するという選択をする者も増えている。しかし、これが結果として、新たなシェアミルカーの雇用を阻害する一因とも指摘されている。
さらに、シェアミルカーの中には、生産者支払乳価の変動に左右されないコントラクトミルカーに切り替えるケースも増えてきている。近年の酪農家の規模拡大に伴ってオーナーの性格が「個人」から「会社」へと移り変わる中で、大規模酪農のオーナーは、共同農場運営者となるシェアミルカーとの契約ではなく、より従業員としての性質が強いコントラクトミルカーとの契約を好む傾向にある。
このような状況の中で、酪農生産者からの課徴金を原資に運営するDairyNZなどの関係団体は、シェアミルカーに対し、自己資金に見合った規模からの酪農経営の開始を勧めている。また、特にシェアミルカーを開始する酪農従事者に対しては、契約後のオーナーとシェアミルカーとの間に生じる誤解などを防ぐため、契約前の注意事項(役割、短期・長期の目標、財政状況、家族の状況、信頼できるアドバイザーの確保など)や契約書式例などを細かく周知している。