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海外情報 米国 畜産の情報 2024年7月号

米国酪農経営の動向と乳価形成について

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調査情報部

【要約】

 米国酪農は、急速な大規模化が進んでいる。飼養戸数は減少を続けつつも、2005年以降は乳用牛飼養頭数が増加傾向に転じた。実際に1000頭以上の飼養頭数規模の酪農家が飼養する乳用牛の割合は、1997年の17.4%から2022年の64.8%にまで上昇し、2500頭以上で見ると44.9%にまで上昇している。
 これは、中小規模酪農場に比べて大規模酪農場では、飼料費に加え、獣医療、敷料、燃料、修繕などの投入資材費、人件費や設備費も低くなるなど、コスト優位性を有するためである。また、他の畜産経営と比較して、乳価変動が大きいことから収入に与える影響も大きく、経営リスクを低減する必要があったことが挙げられる。
 乳価は、連邦政府の制度に基づき酪農家と乳業会社との交渉により形成されるが、酪農業界からは「現行制度開始が最後に包括的な改正が行われてから実質20年以上が経過する中で、制度が実態に追い付いていない」との声が上がってきた。これを受けて米国農務省は23年、制度の見直しに着手したが、一部算定方法においては酪農家と乳業会社との間で意見の対立がみられている。公聴会の開催と意見書の提出を経て、24年7月にも最終規則案が公表される予定である。

1 はじめに

 米国の酪農経営は、他の畜産経営と同様に飼料費の変動リスクを抱えており、加えて、他の畜産物と比較してより大きな乳価変動のリスクも抱えている。そのため、経営リスクを低減すべく、中小規模の酪農場に比べてコスト優位性を有する大規模の酪農場が急増するなど、急速な生産構造の変化が進んでいる。米国の乳価には、連邦政府の制度に基づく最低取引価格が設定されているが、なぜ大きな変動リスクが生じているのか。本稿では、米国酪農の大規模化の動向と酪農経営の収支状況を把握した上で、乳価形成の仕組みと課題、今後の制度見直しの動向について報告する。
 なお、本稿中の為替レートは、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均為替相場」2024年5月末TTS相場の1米ドル=157.74円を使用した。

2 酪農家の大規模化

(1)大規模化の傾向

 米国農業の中でも酪農は、急速な大規模化が際立っている。乳用牛の飼養頭数を見ると、2004年まで長期にわたり減少傾向を示してきたが、05年以降は小幅な増減を繰り返しながらもおおむね増加傾向で推移している(図1)。04年には899万頭まで減少したが、24年には935万7000頭まで増加した。一方で、飼養戸数は一貫して減少している。92年には
15万5339戸が存在したが、22年には3万6024戸と30年間で76.8%の減少を示した。
 


 
 また、97から22年までの飼養規模別戸数の推移を見ると、1000頭以上規模の戸数のみ増加傾向にあることが分かる(図2、3)。1〜9頭規模の戸数は07年から17年まで増加しているが、この規模の酪農家は基本的に生乳販売を行っておらず、ほとんどが自家消費用の生乳を生産していることに留意が必要である。10〜49頭規模、50〜99頭規模、100〜199頭規模、200〜499頭規模の戸数は程度に差はあるが、いずれも減少の一途をたどっている。500〜999頭規模の戸数は07年まで増加傾向に推移したが、それ以降は緩やかに減少している。
 この結果、1000頭以上規模の酪農家が飼養する乳用牛の割合は、97年の17.4%から22年の64.8%にまで増加した(図4)。さらに、1000頭以上規模の中でも2500頭以上規模という米国内でも大規模と言える酪農家の戸数と飼養頭数が増加し、この割合が44.9%に至ったことは特筆すべき傾向である(図5、図6)。
 
















 
(2)大規模化の背景
 米国の酪農で急速な大規模化が進んでいる要因の一つとして、大規模酪農場のコスト優位性が存在する。
 酪農家の収支を見ると、主な収入源は生乳販売であるが、生体牛販売の他、生体牛のリース、飼養施設スペースの貸与、酪農協同組合(以下「酪農協」という)からの配当金、排せつ物・肥料販売などが収入に含まれる。一方、支出である生産費には、飼料費を中心に獣医療費および燃料費などの直接費、雇用人件費、無償労働や土地利用による機会費用および機械・設備の資本回収などの間接費が含まれる。
 2022年の収支内訳を見ると、収入の92.1%を生乳販売が占め、支出の54.0%を飼料費が占めている(図7)。ただし、支出の直接費のみに限定すると、飼料費は79.6%を占めていることになる。そのため、収入は乳価、支出は飼料費の影響を強く受ける。


 
 生乳100ポンド(45キログラム:1ポンドは約0.453キログラム)当たりに換算した酪農家の収支の推移を見ると、収入は乳価が大きく下落した18年を除き、17年から21年までおおむね20〜21米ドル(3155〜3313円、1キログラム当たり70〜73円)の間で推移した(表1、図8)。しかし、22年には乳価が上昇し、生乳販売の増加に伴う収入増により、収入全体も27.35米ドル(4314円、同95円)まで増加した。一方で、支出は飼料費の上昇に伴い、17年から19年まで増加したが、飼料費がやや低下した20年には支出も減少した。そして、飼料費が大きく上昇した22年は、再び支出が大きく増加した。
 しかし、乳価と飼料費は常に連動して動いているわけではない。例えば、18年と21年を見ると、飼料費は前年から上昇しているにもかかわらず、乳価の上昇が伴わなかったことで、生乳販売による収入は前年よりも減少している。そのため、酪農家は生乳販売による収入と飼料費による支出で大きな価格変動リスクを抱えることになる。そして、これがコスト優位性を有する大規模化進展の要因となっている。



 
 
 

(3)規模別の収支状況

 2022年の生乳100ポンド当たりに換算した収支を飼養頭数規模別に見ると、大規模であるほど支出が少なくなっていることが分かる(図9)。収入もやや少なくなる傾向があるが支出ほどではないため、大規模であるほど収支の差(収益)は大きくなる。
 大規模と中小規模の酪農場では、生産の地域や方法が異なるため、収支を把握するに当たってはその違いに考慮することが重要である。まず、収入では、大規模であるほど生乳販売による収入が少なくなる(表2)。これは、後述の乳価形成の過程を経て地域差が生じ、大規模であるほど乳価の低い地域に所在する傾向があることが要因と考えられる。
 支出では、特に飼料の入手方法や飼養形態に違いがある。飼料費の項目を見ると、飼料の入手方法や飼養形態の違いが数字に反映されていることが分かる。大規模酪農場では購入飼料を給与することが多いが、中小規模酪農場では自家生産した飼料を給与することが多い。
また、大規模酪農場の多くが放牧を行わないのに対し、中小規模酪農場の多くが放牧を行っている。このため、飼料購入費は大規模であるほど大きくなるが、飼料生産費や放牧飼料生産費は小さくなる。飼料費全体としては、100頭以上の規模であまり大きな違いは見られない。
一方で、その他直接費は大規模であるほど小さくなる。獣医療、敷料、燃料、修繕などの投入資材は大規模である方が効率的かつ集中的に使用することが可能であるため、これらに要する費用を生乳重量当たりで換算すると大規模であるほど小さくなる。
 間接費では、特に人件費と資本回収に大きな違いが現れる。大規模酪農場では雇用労働力に大きく依存しているが、中小規模酪農場では家族労働が多い。このため、大規模であるほど雇用人件費は大きくなるが、無償労働による機会費用(注1)は小さくなる。また、酪農家が使用する搾乳機、生乳貯蔵設備、牛舎、家畜排せつ物貯蔵・処理設備、飼料貯蔵・分配・給与設備などの機械・設備も大規模である方が効率的かつ集中的に使用することが可能であり、これらの機械・設備の資本回収(注2)について生乳重量当たりの支出が小さくなる。
 
(注1)複数の選択肢のうち一つの選択を行った場合に、他の選択を行っていたときに得られたであろう利益。無償労働による機会費用は、家族労働者が農場外で勤労していた場合に得られたであろう労働収入。
(注2)酪農家は必ずしも毎年機械・設備に支出するわけではないが、使用している機械・設備の資本価値から年換算調達費を推定して計上したもの。
 


 
 これらの他にも、大規模酪農場では1日・1頭当たり搾乳回数が約3回と中小規模の約2回より多く、また、搾乳や飼料給与のシステム化が進んでいることから、1頭から効率的により多くの乳量を生産できることが多い。そのため、100ポンド当たりのコストを抑えることができている。
 飼料費の変動リスクについては、穀物飼料を給与する肉用牛肥育、養豚および養鶏と同等に生じるかもしれないが、米国酪農では乳価の変動リスクも抱えていることから、飼料価格が変動した場合の経営リスクがより大きなものになる。このため、この経営リスクへの耐性が低い中小規模酪農場の減少と、経営リスクの低減を図る大規模酪農場の増加といった生産構造の変化が、他の品目と比較して急速かつ大きく進んでいるのである。

コラム 酪農家の収益性向上への取り組み〜肉用牛との交雑種の生産〜

 現在、米国酪農業界では肉用種と乳用種の交雑種(以下「F1」という)の生産が急速に進んでいる。その背景には、技術的要因と経済的要因がある。
 米国では、10年以上前から性判別精液の導入とともに、乳用種の遺伝子検査が進められている。全米家畜育種協会(NAAB)によると、2022年における酪農家の使用精液の49%が性判別精液とされている。また、乳用種の遺伝子検査は08年に導入され、22年12月には940万頭の乳用種で遺伝子検査を終えている。これらにより、泌乳能力を期待できる後代牛を産出する未経産牛を事前に選別し、雌性精液による人工授精が可能となり、計画的かつ効率的な乳用後継牛の生産が可能となった。
 そして近年、肉用牛および牛肉価格が高止まりを続ける中で、後代牛を産出する乳用牛の選別から外れた牛に肉用種精液の人工授精を行い、F1を生産・販売することで収入を引き上げる動きが活発化している。特に17年以降は、米国内で肉用種精液の販売量が増加している一方で、乳用種精液の販売量は減少している(コラム−図)。肉用種精液の増加数と乳用種精液の減少数が同水準であることから、酪農家による肉用種精液の購入が増加しているものと考えられる。


 
 食肉企業から肉用牛肥育農家に支払われる肥育牛価格には、肉質により増額や減額がなされることが多いが、USDAが23年1月から公表している「肉用牛契約ライブラリー」(24年5月25〜31日のデータ)によると、乳用種の平均減額は枝肉100ポンド当たり28.61米ドル(4513円、1キログラム当たり99円)である一方で、F1の平均減額は同2.29米ドル(361円、同8円)と減額幅がかなり少ないことが分かる(コラム−表)。
 
 
  また、精液販売会社エービーエス社によると、F1向けの優れた飼料要求率の遺伝子を有する肉用種精液を使用することで、子牛の日増体量が向上し、肥育農家の生産コストが削減できるとされている。さらに、同業他社のセレクト・サイア社の調査によると、優れた肉質の遺伝子を有する肉用種精液を使用して生産されたF1の97%、一般的な肉用種精液を使用して生産されたF1の81%が、プライム等級あるいはチョイス等級に格付けされていることが分かった。これらのことから、乳用種子牛に比べてF1子牛は高値を付けている。調査会社コバンク社によると、生後1日齢の乳用種子牛の価値は一般的に1頭当たり85〜125米ドル(1万3408円〜1万9718円)であるのに対し、F1子牛は同400米ドル(6万3096円)以上の価値があるとされる。
 乳価の変動リスクにさらされている酪農家にとって、収益の多角化が重要視されており、その手段の一つとして、F1子牛の生産が広がっている。

3 乳価形成の仕組み

(1)近年の乳価の推移

 2000年以降の乳価の推移を見ると、小刻みに上昇と下落を繰り返しており、月単位で大きな変動を示すことも少なくない(図10)。このような不安定性の背景には、他の畜産物に比べて、牛乳・乳製品の需要増減に反応した生乳生産量の安易な調整は困難という特殊性がある。つまり、牛乳・乳製品の需給バランスに連動して乳価も変動することになり、供給が過多になれば乳価は大きく下落し、需要が増加すれば大きな上昇につながりやすい。この乳価の不安定性が酪農経営に大きな影響を与えている。

 

(2)連邦生乳マーケティング・オーダー制度

 米国の乳価は、連邦政府の連邦生乳マーケティング・オーダー(FMMO)制度によって下支えされながらも、酪農家と乳業会社との交渉による相対取引によって形成されている。
FMMO制度は1937年農産物販売協定法に規定されて始まった制度であり、現行の仕組みは2000年に改正されたものである。18年に加わったカリフォルニア州を含めた11の地域内で取り引きされる生乳を対象として、米国農務省(USDA)が生乳の最終的な用途別の最低取引価格を設定し、酪農家と乳業会社との間の売買乳価が最低取引価格を上回るよう規定している(図11)。現在、米国の生乳生産量の約75%がFMMO制度の下で取り引きされている。
 最低取引価格は、用途別にクラスTからWまで設定される(図12)。バターミルク(注3)なども含む飲用乳はクラスT、アイスクリーム、ヨーグルト、カッテージチーズ(注4)などのソフト製品はクラスU、ハードチーズ、クリームチーズおよびホエイなどの貯蔵性の高いハード製品はクラスV、バターおよび脱脂粉乳などのドライ製品はクラスWに分類される。
 
(注3)乳脂肪分からバターを製造する際に生じる脂肪球以外の部分。脂肪含有量の低い液体。
(注4)生乳から乳脂肪分を分離させて得られる脱脂乳を原料に製造されるフレッシュチーズ。乳たんぱく質やカルシウムなどの栄養成分が含まれる。
 



 
 乳業会社は、実際の用途に基づく用途別の最低取引価格を支払うが、酪農家が販売した生乳の用途の線引きが困難であるため、乳業会社の支払額は地域ごとに一旦プールされる(図13)。そして、酪農家は、地域の平均用途別使用量で加重平均した乳価に生乳販売量を乗じた額を販売額として受け取る仕組みとなっている。また、多くの場合、酪農家と乳業会社との交渉により、オーバー・オーダー・プレミアム(OOP)と呼ばれる上乗せ分が酪農家への支払いに追加される。
 


 

(3)連邦生乳マーケティング・オーダー制度における最低取引価格の算出方法

 乳業会社には、毎週のバター、チェダーチーズ、脱脂粉乳、ドライホエイの卸売価格と販売量の報告が義務付けられている。クラスT〜Wの最低取引価格は、これらの卸売価格からUSDAが定める算定式によって毎月算定・公表される(図14)。公表は、クラスTが前月23日、クラスU〜Wが当該月5日までに行うとされている。




 
 算定式の考え方はシンプルである。生乳が96.5%の脱脂乳成分と3.5%の乳脂肪から構成されることを前提として、脱脂乳成分および乳脂肪の重量当たり価格(以下「単価」という)を算出し、それぞれの含有割合を乗じて足し上げることでクラスT〜Wの最低取引価格を算定する(図15)。乳脂肪単価は、クラスT〜Wで共通となるが、脱脂乳成分単価はそれぞれのクラスで算出する必要がある(図16)。脱脂乳成分単価は、クラスVでは乳たんぱく質単価とその他の固形分単価から、クラスWでは無脂固形分単価から算出する。また、クラスTではクラスVとWの脱脂乳成分単価の平均値から、クラスUではクラスWの脱脂乳成分単価から算出する。それぞれの成分単価の算出の考え方として、乳製品の卸売価格から製造コスト見合いを差し引いた上で、歩留まり係数(注5)を乗じて算出することが基本となる。
 
(注5)1ポンドの成分を使って製造される乳製品重量。例えば、1ポンドの乳成分を使って製造されるバターは1.211ポンドとされているため、歩留まり係数は1.211となる。
 






 
 
 クラスU〜Wは11地域で統一されているが、クラスTは基準価格として用いられており、
算定された「クラスT基準価格」に群単位で設定されている「クラスT差額」を上乗せした価格がプールされる(図17)。これは、生乳供給が需要に対して不足する地域での生乳生産・供給量確保を目的としたものであり、各地域の需給バランスの実態に合わせた差額を付けている。生乳の生産・供給量が不足傾向にあり、生乳の酪農場から乳業施設への輸送コストが高い傾向にある地域ほど、より大きなクラスT差額が上乗せされる。現行の規定では、100ポンド当たり1.60〜6.00米ドル(252〜946円、1キログラム当たり6〜21円)の範囲でクラスT差額が決められている。例えば、フロリダ地域の南部では、牛乳・乳製品需要が旺盛である一方、当該地域内の生乳生産量は少ない。このため、100ポンド当たり5.51〜6.00米ドル(869〜946円、同19〜21円)の範囲でクラスT差額が定められている。他方で、カリフォルニア地域や太平洋北西部地域では、牛乳・乳製品需要に対して生乳生産量が比較的多いことから、100ポンド当たり1.61〜2.00米ドル(254〜315円、同6〜7円)の範囲となっている。

 

4 その他の乳価形成の要素

(1)乳価交渉

 酪農家と乳業会社との間で行われる乳価交渉に重要な役割を担っているのが、酪農協である。酪農協は、生乳検査の実施、機材・設備や消耗品の販売、健康保険の提供など酪農家へのサービスを提供するほか、乳価交渉、生乳の集荷・運送・販売など幅広い機能を担っており、
中には自ら処理・加工に取り組む酪農協もある。
 前述の通り飼養戸数が減少しているため、酪農協も統合が進んでいる。2007年には155の酪農協が存在したが、17年には118まで、さらに22年には89まで減少した(図18)。
それでも、17年の統計を見ると、米国内の酪農協による生乳取扱乳量のうち、組合員の生乳生産量は1669億7800万ポンド(7573万9947トン)と米国内生乳生産量の77.8%を占め、組合員以外からの受け入れ分を含めると、1819億1600万ポンド(8251万5710トン)と
同84.8%を占めた(表3)。酪農協の生乳取扱量のうち、販売される生乳と処理・加工される生乳の割合は07年から17年までおおむね同水準で推移しており、17年はそれぞれ65%と35%であった。




 
 酪農協が組織されてきた背景には、酪農家が乳業会社と行う乳価交渉の能力強化を必要としてきた歴史があり、ほとんどの酪農協が今でも乳価交渉に力を入れている。つまり、酪農協は乳業会社と相対による乳価交渉を行い、FMMO制度下での最低取引価格に上乗せされるOOPの維持・引き上げに取り組んでいる。
 生乳の保管・冷却施設や処理・加工施設を持たず、乳価交渉、生乳販売および酪農家へのサービス提供を主要業務にしている酪農協は17年時点で77あり、米国内の酪農協数の65.3%を占める(表4)。一方で、保管・冷却施設あるいは処理・加工施設を有する酪農協も乳価交渉を行っており、生乳や牛乳・乳製品の需給動向に応じて、自らによる処理・加工と乳業会社への生乳販売とを選択している。



 
 酪農協が交渉を行うOOPには、酪農家による乳質向上に要するコストとして乳脂肪や乳たんぱく質などの栄養成分の含有量に応じた上乗せが含まれるほか、乳業会社が酪農協をつなぎ留めるための飼料コスト、集送乳コストおよび酪農協による酪農家へのサービス提供コストに応じた上乗せ分が含まれることが多い。
 乳価交渉を主要業務にする酪農協は、生乳の供給過多時に乳業会社からOOPを引き下げられる傾向にあるが、処理・加工施設を有する酪農協は、余剰乳をチーズやバターなどの保存の効く乳製品の製造を増やすことが可能である。これは、乳業会社にとっても余剰乳の調整が不要になるなどの利点があるため、これら施設を有する酪農協は乳価交渉を有利に進めやすい。ただし、供給減少時には処理・加工施設の稼働率が低下し、生乳100ポンド当たりの運営コストが増加することから、酪農家へのOOPが減額されることもある。
 

 (2)乳製品先行価格設定プログラム

 乳製品先行価格設定プログラム(DFPP:Dairy Forward Pricing Program)は1937年に制定された農業販売協定法に基づき、乳業会社が酪農家に対して、飲用乳向け生乳以外のクラスU〜Wに関し、FMMO制度に基づく最低取引価格を用いずに、交渉によって決定された生乳価格を支払うことを認めている。2012年以降は、「2012年米国納税者救済法」「2014年農業法」「2018年農業法」「2024年継続歳出法」といった時限措置によって延長されており、現行法では、24年9月30日までの新規契約、27年9月30日を超えない契約期間が認められている。
 DFPPでは、酪農家と乳業会社が、あらかじめ決められた期間および数量の生乳をあらかじめ決められた価格、価格算定式、最低価格および最高価格、あるいは最低価格と最高価格の組み合わせによって生乳を販売する契約の締結を認めている。
 価格変動の激しい乳価を固定し、価格変動のリスクを低減することが可能になるため、特に小規模酪農家や小規模乳業会社が活用することが多いとされる。また、小規模酪農家にとっては、生乳を生産する限り、将来の収入を予測・確保することができるため、金融機関からの融資を受けやすくなる利点もある。ただし、DFPPを活用するためには乳業会社が飲用乳以外の乳製品の製造といった生乳の用途を有し、契約に基づく数量の生乳よりも多くの取扱量を有していなければならないため、酪農家と乳業会社による活用は限定的との声も聞かれる。

5 連邦生乳マーケティング・オーダー制度の改正

(1)改正プロセス

 FMMO制度には、酪農・乳業業界の変化、業界や消費者の需給動向に対応すべく、規則を改正するための手続きが定められている。改正手続きは生産者、酪農協、乳業会社など、酪農・乳業関係者による提案と公聴会開催の要請から始まる。提案書の提出を受けたUSDAは情報説明会と公聴会を開催し、提案者や公聴会参加者は公聴会を踏まえた意見書を提出する。それを受け、USDAが推奨決定と呼ばれる最終規則案の公表とパブリックコメントの実施を経て、最終規則が施行される。
 現行のFMMO制度は2000年を最後に包括的な改正を行っておらず、08年に限定的な改正を行ったに過ぎない。よって、実質20年以上が経過し、酪農家や乳業会社の生産コストや牛乳・乳製品の需給など酪農・乳業業界には大きな変化が生じている。そして23年、制度が実態に追い付いていないとして、業界からFMMO制度の改正を求める声が高まった結果、酪農生産者団体、酪農協、乳業会社から制度改正の提案書の提出と公聴会開催の要請がなされた。これを受けてUSDAは、23年8月から24年1月にかけて公聴会を開催し、24年4月1日までに提案者および公聴会参加者から意見書が提出された。今後、7月上旬までにUSDAが推奨決定を公表予定である。
 

(2)改正の主な論点

 今回の改正プロセスでは、酪農・乳業界の10組織からの22項目の提案が始まりとなった。USDAは、これらの提案をその内容によって五つの項目に分類している。その中でも、主な論点となっている内容について紹介する。
 
ア クラスVおよびWの算定式に用いる「乳製品卸売価格の製造コスト見合い」
 現行法の製造コスト見合いには、2006年および07年のデータに基づいて08年に算出された値を用いている。それから現在に至るまで、製造コストは大幅に上昇しており、酪農家も乳業会社も値を更新すべきであると提案している。
 ただし、前述の通り、各クラスの算定式に用いる成分単価の算出の考え方として、乳製品の卸売価格から製造コスト見合いを差し引いた上で、歩留まり係数を乗じて算出することが基本である。そのため、製造コスト見合いを増額すると、酪農家の手に渡る乳価の最低取引価格が低下することになる。一方で、製造コスト見合いの増額が不十分であると、乳製品加工への投資意欲の減衰につながる。
 つまり、乳業会社の収益性を維持し、世界的にも需要が高まっている米国産乳製品への投資意欲を維持・向上させつつ、酪農家の手に渡る乳価の最低取引価格を最低限確保するためには、適正な水準を見つけなくてはならない。そのためにも、酪農家と乳業会社はUSDAに製造コストの定期的な調査を実施する法的権限の付与を次期農業法案に盛り込むよう米議会に働きかけている。
 
イ クラスTの算定式に用いる「脱脂乳成分単価の算出方法」
 現行法のクラスTの算定式で用いる脱脂乳成分単価には、クラスVおよびWの脱脂乳成分単価の平均値に加算分100ポンド当たり0.74米ドル(117円、1キログラム当たり3円)を加えた値を用いている。これは、2018年農業法によって改正されたものであり、それまではクラスVおよびWの脱脂乳成分単価の高い方の値が用いられてきた。
 これに対して、酪農家は乳価の下降局面では大きなリスクにさらされるにもかかわらず、
上昇局面ではその恩恵が限定的になるとして、「高い方の値」による算出への改正を提案している。この背景には、国際需要の高まりなどを受けて、チーズなどの保存性に優れた乳製品の供給過多と在庫量増加の傾向が続き、クラスV乳価が低迷していることがある。これが「平均値」を下げ、クラスT乳価にも影響を及ぼしていると主張している。
 一方で、乳業会社は、クラスWの市場は他のクラスと比較して限定的であり、限られた市場から算出された値を単独で用いるべきではないとして、「平均値」による算出の継続を主張している。
 
ウ クラスVおよびWの算定式に用いる「乳成分量係数」
 現行法では、クラスV脱脂乳成分単価の算出に当たって、乳たんぱく質量を脱脂乳成分100ポンド当たり3.1ポンド、その他固形分量を同5.9ポンドとして計算している。また、クラスW脱脂乳成分単価の算出に当たっては、無脂固形分量を同9.0ポンドとして計算している。これに対して、酪農家は20年以上の間に、乳用牛の遺伝的改良や飼養管理の改善により、乳脂肪、乳たんぱく質および無脂固形分など乳成分含有割合の向上に成功しているとし、クラスVおよびWの算定に用いる乳成分量係数の見直しを提案している。
 
エ 各クラスの算定式に用いる「卸売価格の対象乳製品」
 前述の通り、各クラスの算定式に用いられている乳製品卸売価格はバター、チェダーチーズ、脱脂粉乳、ドライホエイである。その中でも、バターは有塩バターのみ、チェダーチーズは40ポンド(18キログラム)・ブロックおよび500ポンド(227キログラム)・バレル(注6)のみを対象としている。
 
(注6)チェダーチーズの製造工程のうち、生乳をレンネットで凝固してできるカードを圧縮し、塩味を付して熟成させる過程において、40ポンドあるいは640ポンドのブロックの標準サイズに成形、あるいは500ポンドのドラム缶に詰められる。40ポンド・ブロックおよび640ポンド・ブロックは小売用スライスチーズなどに加工されることが多く、500ポンド・バレルは粉チーズなどの二次加工に用いられることが多い。
 
 これに対して、酪農家は、近年40ポンド・ブロックから640ポンド(290キログラム)・ブロックへとチェダーチーズの需要がシフトしているとして、640ポンド・ブロックのチェダーチーズを卸売価格の算出に追加することを提案している。また、同様に、バターの販売量の約40%を占めると推定されている無塩バターを、バターの卸売価格の算出に追加することを提案しており、近年の乳製品の需要の実態を踏まえ、対象となる乳製品を追加することで、より適正な卸売価格が各クラスの算定に用いられることになると主張している。
 
オ 群単位で設定されている「クラスT差額」
 前述の通り、クラスT差額は生乳供給が需要に対して不足する地域の飲用乳製造施設への生乳供給の確保を目的としている。酪農家は、現行法の差額である100ポンド当たり1.60〜6.00米ドル(252〜946円、1キログラム当たり6〜21円)では地域への生乳供給の確保が困難となっているほか、飲用乳の消費量が減少していることでクラスTのプールが減少しているとし、クラスT差額の引き上げを提案している。

6 おわりに

 乳価の不安定性は、中小規模酪農場の減少とともに、大規模化による生産コストの低減と生産効率の向上を図る酪農家増加の一因となっている。大規模化は平均生産コストを引き下げ、国際市場における米国産乳製品の価格競争力を高めているが、中小規模農場の経営にも影響を及ぼしている。中には、生産効率の改善、収益の多角化、地域や酪農協と連携した付加価値ビジネスによって収益を向上させている中小規模酪農場もあるが、現在の減少傾向はとどまらず継続していくとみられている。
 また、近年の米国産乳製品の新たな国際市場の開拓は、米国産牛乳・乳製品の価値を引き上げている一方で、他国の乳製品の需給動向や政府の政策に依存し、乳価の不安定性に拍車をかけている一面もみられる。そのような中、乳価の不安定性が及ぼす経営リスクを低減すべく、酪農業界は乳価制度の見直しの必要性を説き、USDAによる見直しの着手にまで至った。酪農家も乳業会社もFMMO制度を実態に合わせて改正を行う必要があるという点ではおおむね同意に至っているものの、それぞれの提案の中で主張が対立する点も多い。特に、「乳製品卸売価格の製造コスト見合い」と「脱脂乳成分単価の算出方法」の点については、双方の主張がぶつかり合い、議論が白熱している。さらに、米議会においては次期農業法案に向けた議論が佳境を迎えており、酪農家のセーフティネット・プログラムとして知られる酪農マージン保障プログラム(DMC)を含めた酪農家への支援も盛り込まれる見通しである。近年の米国酪農・乳業の変化を踏まえた酪農経営支援に向けた議論の決着に注目が集まっている。
 
(岡田 卓也(JETROニューヨーク))