中国では過去数十年にわたり、人口総数も1人当たりの食料消費量も共に急激に増加してきた。「中国の食料消費」と聞けば、人口は日本の10倍以上となる14億人、しかもその消費量の増加から食料の輸入量も増えているかなりの食料消費大国、という漠然としたイメージを持つ方は多いだろう。
中国では、食料消費量の増加に伴い、生産量も拡大してきた。しかしその一方で、「国家級貧困県」(県は日本の町に相当)と呼ばれる経済的に貧しい地域として中国政府から指定され、重点的な支援を受けていた地域が公的に解消されたのは2020年と最近のことである。食べたい物を食べたい量だけ食べることのできない国民がまだ多数存在する、ということも中国の一つの事実である。
今後、中国の食料消費量はどこまで増えるのであろうか。
(1)中国人1人当たり食料消費量
中国人はどのくらい食べるのか。中国人1人当たり食料消費量に関する国家統計局の統計データを見ると、20年前から消費傾向が大きく変わり、また、近年は消費量が増加傾向にあることがわかる(表1)。この20年で主食に当たる穀物の消費量は大きく減少し、他方、副食に当たる肉類、水産物、乳製品などの消費量は大きく増加した。中でも特に肉類の増加幅が大きい。
この中国人の食料消費量が「多い」のか、について参考に日本人と比較すると、統計データからは、総じて、穀物(穀類)の消費量は中国人の方が多く、水産物(魚介類)と牛乳・乳製品の消費量は日本人の方が多いことがわかる(表2)。特に目を引くのは牛乳・乳製品の消費量の違いである。中国の小売店では、牛乳もヨーグルト類も多種多様な商品が並べられているが、実はその半分が廃棄されているとも言われている。一定数の中国人は牛乳を飲まない、乳製品を食べない、とも言われており、そのことが統計データに如実に表れた形となっている。現在、日中間で食料の消費の内訳は大きく異なること、また、中国では食事について地域差も大きいこと(後述)から断言することは難しいが、今後中国で消費される品目やその比重は変化する可能性があり、品目によっては増減があると見込むことは可能だろう。
(2)中国で推奨される食事バランス
今後の中国の食料消費量の増減を考えるため、まず中国で理想的とされる消費量を確認する。
中国にも日本と同じく、政府が推奨する中国版「食事バランスガイド」がある(図1)。そこでは、適量とされる食材の量はおおむね日本と同じである(表3)。また、中国政府は、国民の健康を管理する観点から「三減三健」運動を進めている。この「三減三健」とは、減塩、減油、減糖、健康な口腔環境、健康な体重、健康な骨格を示している。この運動は、2018年、中国国家衛生健康委員会が、「近年、生活習慣と密接に関係する慢性病が中国国民の主な死亡原因となっており、中でも高血圧、高血糖、高脂血等の慢性病は最大の国民共通の敵である」としたことから本格的に始まり、22年、中国の基本政策である「“十四五”国民健康規画」で明確に規定された(注1)。
食料の消費量と摂取バランスの関係については、国家統計局の評価が参考となる。22年の1人当たり食料消費量は、穀物が前年比5.4%の減少となる一方、肉類と卵類はそれぞれ同5.0%、同2.4%の増加となった。食料消費量を含む統計データは国家統計局が担当しており、同局はこれらの変化について「食事バランスが改善した」との評価を公表した。ただし、中国政府が食料安全保障の観点から力を入れる穀物の減少にも、また、農業農村部が供給の安定化の観点から生産を管理する豚肉にも言及はされていない。
(注1)中国国家衛生健康委員会は中国国務院の下部組織であり、その所掌範囲は日本の旧厚生省に近い。「“十四五”国民健康規画」とは、中国のあらゆる行政分野で策定される第十四次の5カ年計画のうち国民の健康に関するもののことである。同委員会は、高血圧、糖尿病、高脂血症それぞれに対応する「食事ガイド(2023年版)」も公表しており、ガイドの中で、中国の七つの区域(東北、西北、華北、華東、華中、西南、華南)ごとにその地域の食生活に合わせた推奨メニューを紹介している。
(3)都市と農村の違い、食事志向の変化
今後の中国の食料消費量の増減見通しをより深く理解するため、次に都市住民と農村住民の消費量を比較する。
中国では、都市と農村とで異なる戸籍制度(注2)が適用されてきた。急速な経済発展の陰で、この2地域の住民間の収入や生活水準の大きな格差が問題となり、その解消が長らく政治的な課題とされてきた。その過程で、農村住民の生活水準を都市住民に劣らない水準にすることを目指したため、今後の中国の食料消費の傾向を考える上で、この2地域間の格差と都市住民の消費傾向が参考になる。
現在、2地域の格差は、食生活を含む生活水準全体で是正傾向にあるとされている。近年消費が伸びている主菜の畜産物など(水産物を含む)の1人当たり消費量(注3)を比較すると、2016年の農村住民の消費量は都市住民の65.5%にとどまっていたが、22年には83.6%に達している。7年間で農村住民の消費量は実に1.45倍も伸びたことになる。(図2)。
このように、農村住民の消費傾向が都市住民に近づくことで食料消費量は今後も拡大が見込まれるが、その拡大幅は縮小すると見込まれる。農村住民の都市化は食生活だけではなく移住という形でも行われ、政府による都市化推進政策も相まって、農村住民の数自体が減少しているためである(注4)。
今後の食料消費量を見通すとき、消費量が減少に転じた食品群があることにも注意が必要である。具体的には、食用油、砂糖および牛乳・乳製品は、都市住民でも国民全体で見ても21年以降、減少に転じている(表4〜6)。その背景には、都市を中心に「減糖」「減油」「減脂肪」といった健康的な食生活を志向する消費者の増加が考えられる。
中国政府による「三減三健」運動に加え、国民の間でも健康志向が強まっていることは、食料の需要量が全体的かつ将来的に減少する可能性を示すものと考える。
(注2)中国の戸籍はかつて農業戸籍と非農業戸籍に分けられていた。その後、都市戸籍の整備を含む制度改正が数度行われた後、2014年に戸籍の統一化、居住証制度の導入などが宣言され(「戸籍制度改革を更に一歩推進することについての意見」(2014年国務院第25号))、一部大都市を除く戸籍取得制限の撤廃や、格差が大きいとされていた社会福祉および教育の分野などにおける両者間の格差是正が進んでいる。本稿では、「中国統計年鑑2023」(中国国家統計局)の調査方法に合わせ、都市(城鎮)に居住する者を都市住民とし、農村に居住する者を農村住民とした。
(注3)「中国統計年鑑2023」のうち「城鎮居民人均主要食料消費量」および「農村居民人均主要食料消費量」の「肉類」(豚、牛、羊、ロバなど)、「禽(きん)類」(鶏、あひるなど)、「水産物」(海産物および淡水産品)、「蛋(卵)類」および「乳製品」(中国語では「奶類」。牛乳を含む。)の合計。
(注4)都市と農村地域の総人口に占める割合は、2022年時点で65.22%と34.78%と都市住民が多く、1949年建国当時の10.64%と89.36%から大きく逆転している。