直近10年間(2014〜23年)のドイツの豚肉需給動向を見ると、豚肉生産量は減少傾向で推移している(表1)。同国の1人当たり豚肉消費量は、高齢化や健康、環境問題に対する意識の高まりから、この10年間で25.5%減少している。一方、豚肉自給率は134〜149%の間で推移している。
(1)豚飼養頭数
ドイツの豚飼養頭数は、2014年に2834万頭を記録した後、15年以降は減少を続け、23年の飼養頭数は2122万頭(14年比25.1%減)となった(図1)。特に20年から21年、21年から22年にかけての減少幅が大きい。これは、COVID−19とASFによる豚肉価格の低下やAWに関する規制の強化によるものとみられる。
飼養頭数の減少により、豚肉生産量も減少しており、16年に559万トンを記録した以降は減少を続け、23年には418万トン(16年比25.1%減)まで減少している。飼養頭数の減少を受け、EU食肉最大手のヴィオン(VION)社(本社オランダ)が24年2月、ドイツ最大規模の同社豚処理施設を閉鎖するなど、近年はドイツ国内の食肉処理施設の閉鎖や再編が相次いでいる。
(2)養豚経営の概況
ドイツの養豚生産者数は、2014年の2万6800戸から23年には1万6170戸に減少している(図2)。特に、繁殖農家の減少が大きく、23年には5200戸となり、14年と比較すると5000戸(49.0%減)減少している。また、EUおよび国内の母豚の飼養に関する規制強化により、繁殖と肥育の分業化が進んでいるとされる。なお、ドイツでは、近年の繁殖母豚の減少以前から、隣接するデンマークやオランダから肥育用もと豚として子豚を輸入することも多かった。
飼養規模別の生産者数の推移を見ると、23年は14年と比較して5000頭以上を除いたすべての階層で生産者数が減少している(表2)。
近年は、COVID−19による外食需要の減少に伴う豚肉価格の低下や、ASFの発生による輸出需要の減少、飼料価格など生産コスト上昇による収益性の悪化も生産者数の減少に拍車をかけている(表3)。肥育豚の枝肉1キログラム当たりの飼料価格を見ると、22年は前年比56.3%上昇となったことで、同年の枝肉1キログラム当たりの生産コストは同35.0%増となった。EU平均の同生産コストは同26.0%増であり、ドイツの生産コスト上昇は他の主要豚肉生産国よりも顕著であった。
ドイツの豚枝肉卸売価格は、COVID−19の拡大により20年3月から下落に転じ、22年1月まで低い水準で推移した(図3)。22年2月以降はCOVID−19に関連する規制の解除などによる豚肉需要の回復や、ロシアによるウクライナ侵攻などによる生産コストの高騰などを受けて豚枝肉価格は上昇に転じている。しかし、同国の生産者にとって豚枝肉価格の上昇は、飼料価格やエネルギーコストなどの大幅な上昇(図4)分を賄うには至っておらず、収益性は悪化している。これにより、飼養頭数の減少や中小規模の養豚農家の廃業が増えたとみられている。
(3)貿易
ドイツは、歴史的に豚肉(ソーセージなどの豚肉加工品を含む)の純輸出国であり、EU加盟国の中ではスペインに次ぐ豚肉輸出量を誇る(図5)。一方で、同国で需要の高いロースやヒレなどは他のEU諸国から冷蔵で輸入している。
豚肉輸出量の推移を見ると、2018年まではEU域内向けが輸出量全体の7割前後を占めていた。しかし、18年に中国でASFが発生し、同国内の豚肉生産量の大幅な減少を受けた輸入増により、19年および20年は中国向けの輸出割合が増加した(図6)。21年以降は、20年9月にドイツでASFの発生が確認されたことから、EU以外の主要な輸出先であった中国や韓国などがドイツ産豚肉の輸入を停止したため、EU域内および英国向けが輸出量全体の9割を超えている。21年以降、輸出量の減少が大きかったのはアジア向けの冷凍豚肉であり、23年の同輸出量はASF発生前の19年と比較すると63.1%減少した。
(4)COVID−19の影響
COVID−19に関連した都市封鎖(ロックダウン)などの規制により、学校やレストランなどの大半が閉鎖され、豚肉の外食需要は激減した。また、食肉処理施設が感染拡大(アウトブレイク)により閉鎖したこともドイツの豚肉生産に影響を及ぼした。例えば、ドイツ最大の食肉処理施設はアウトブレイクにより、2020年6月20日から7月17日まで閉鎖を余儀なくされた。加えて、食肉処理施設での従業員の出勤制限により、と畜能力が減少し、生産者がと畜用の豚を出荷できないという問題も発生した。この影響により最大106万頭が出荷できない状況になったが、一部の食肉処理施設のと畜能力が回復したことや、生産者による飼養頭数の抑制といった対応により、21年2月ごろにはおおむね解消したとされる。
また、食肉処理施設などの労働力の確保も問題となった。これら施設では、東欧からの外国人労働者を雇用することが多いが、COVID−19のパンデミック(世界的流行)による渡航制限のため、これら人材の確保が困難となった。加えて、こうした労働者の労働条件が搾取的であると見なされ、国内世論からの批判を受けた。
これを受けて、連邦政府は労働者の労働条件と衛生環境の改善のため、新たな規則を設けた。この規則には、(1)衛生当局による検査頻度の増加(2)電子記録による労働時間の記録(3)従業員の事故や健康リスクからの保護―が規定された。また、雇用主は外国人労働者の居住地と雇用場所を当局に通知し、宿泊に関する最低基準を順守することが義務付けられ、当該労働者に対しては労働者自身の権利と関連規制について母国語で通知することが規定された。
COVID−19による需要の大幅な減少や豚肉価格の下落は、養豚生産者の収益性を大幅に悪化させた。ドイツ農業会議所協会(VLK)によると、主要豚肉産地である西部ノルトライン・ヴェストファーレン州の養豚生産者の利益は、20/21年度に前年度比95%減となった。ドイツ養豚生産者協会(ISN)からの聞き取りでは、COVID−19による生産者の収益性の悪化は非常に大きな問題となり、廃業する生産者の増加につながったとしている。