(1)関係規定
ブラジルのHPAIに関する政策は、国家家きん衛生計画(PNSA)および農畜産物衛生システム(SUASA)によりサーベイランス、防疫体制が確立されてきた。
ア PNSAの概要
PNSAは、生産部門と調和を図りながら、公衆衛生と家畜衛生に影響を及ぼす主要な家きんの疾病(鳥インフルエンザ、ニューカッスル病、サルモネラ症、マイコプラズマ症)の予防、管理、監視対策の確立を目指し、1994年に制定された(1994年9月19日 MAPA省令第193号)。主な目的は、(1)養鶏と公衆衛生に関する疾病の予防と管理(2)国内の家きんの健康状態を明らかにするための活動の定義(3)国内および海外市場向けの健全な家きん製品の生産奨励―である。同国の家きん衛生対策は、この計画に基づきさまざまな規則などが制定され実施されてきた。主なものは次の通りである。
(ア)施設の登録、バイオセキュリティおよびリスク管理
・家きん施設(繁殖、商業、教育および研究施設)の登録、監視および衛生管理の手順を規
定(2007年)
・施設登録されていない小規模養鶏農家のような病原体の侵入や拡散を受けやすい
家きん施設などに対する厳格なリスク管理プログラム(2013年)
(イ)鳥インフルエンザおよびニューカッスル病の予防、管理、サーベイランス
・鳥インフルエンザおよびニューカッスル病の予防のための国家予防計画(2006年)
・鳥インフルエンザおよびニューカッスル病の制御と根絶のための技術的
サーベイランス基準(2002年)
・鳥インフルエンザおよびニューカッスル病の感染に関する種鶏農場、肉用鶏農場、
ふ化場、鶏または七面鳥の家きん生産チェーンの区画化に関する衛生認証の
技術基準(2014年)
・動物衛生緊急事態対応計画:一般編(2013年)
・鳥インフルエンザおよびニューカッスル病の緊急事態対応計画(2013年)
イ SUASAの概要
SUASAは1998年に設立され、2006年に運営細則が定められた農畜産物の検査・監視システムである。このシステムは、動物衛生と植物防疫、農業活動で利用される投入物とサービスの検査、消費向け製品の均一性、品質、衛生・技術的安全性を保証することを目的としている。
(2)主な対策の実施状況など
ア 動物衛生緊急事態宣言
MAPAは2023年5月22日、HPAI感染事例数の増加に対応するため180日間の動物衛生緊急事態宣言を発令した。これにより、政府は特別予算支出のほか、他省庁、各政府組織(連邦、州、市町村)、民間組織との連携が可能とされた。同宣言に基づき、6月には特別予算から2億レアル(約54億円)の支出が決定された。また、これと同時に、家きんを扱う展示会などの停止の無期限延長措置が採られたほか、鳥インフルエンザに関する対策の調整などを担う緊急オペレーションセンターが設置された。さらに、州レベルでは、MAPAの措置を受けて23年10月までに15の州が緊急事態宣言を発令した。なお、この動物衛生緊急事態宣言は、同年11月に適用期間が180日間延長され、24年5月にはさらに180日間延長されており、同年8月現在で継続中である。
イ 家きん施設などの登録
家きんを飼養する施設は、採卵鶏、肉用鶏、種鶏など用途を問わず、政府への登録が義務付けられている(2023年3月29日 規範指示第56号。飼養羽数が1000羽以下の施設は登録免除)。登録は州単位で行われ、各州の農畜産局が登録手続きを管轄する。
登録データ自体は公表されていないが、参考までにブラジル地理統計院(IBGE)が実施した農畜産センサス(17年)によると、総養鶏農家数は281万15戸で、このうち飼養羽数が1000羽以上の農家数は2万8567戸(全体の1%程度)とされる(表1)。
ウ サーベイランスの実施および感染確認後の対応
(ア)家きんおよび野鳥などのサーベイランスの実施
MAPAによると、2023年のサーベイランス実施件数は、臨床検査1846件、サンプル検査645件であり、そのうち感染が確認されたのは151件であった。同年5月に初めてHPAIの感染が確認されて以降はサーベイランスが強化され、1カ月当たりの臨床検査は88件(1〜4月の平均)から187件(5〜12月の平均)に、また、サンプル検査も18件(1〜4月の平均)から72件(5〜12月の平均)に増加した(図4)。
最近までの実施状況(24年7月20日現在)を累計で見ると、臨床検査3158件、サンプル検査888件であり、そのうち感染が確認されたのは166件であった。24年に入ってからの感染確認件数は、すべて野鳥で15件と落ち着いている。地域別実施状況を見ると、検査は広域で実施されている一方、感染確認場所はマットグロッソドスル州などでの事例を除き、ほとんどが南東部と南部の沿岸部である(図5)。
(イ)感染確認後の対応
感染確認後の対応については、鳥インフルエンザおよびニューカッスル病の緊急事態対応計画(2013年)で規定されている。HPAIの感染の疑いのある家きんの連絡を受けた地域を所管する公的獣医局(SVO)の獣医が施設を訪問し臨床検査を実施する。感染の疑いがある場合には、検体は連邦農畜産防疫検査センター(LFDA、サンパウロ州カンピーナス)で検査される。結果が陽性の場合、MAPAの家畜衛生部(DSA)に報告され、国際獣疫事務局(WOAH)に通知される。
現場での対応は、州疑似患畜発生時緊急対応特別グループ(GEASE)が担当し、汚染地域の境界の設定、交通規制、疫学調査などを行う。HPAIの感染が確認された場合、当該地点から3キロメートル圏内が隔離区域、隔離区域の外縁から7キロメートル以内が監視区域に指定される(図6)。
エ 養鶏場でのバイオセキュリティ
ブラジルでの養鶏場のバイオセキュリティは、PNSAに即した施設の登録、検査、管理に関する技術基準がある。各州はこの技術基準に準拠し、さらに州の特殊性を考慮した基準を定めている。
ブラジル農牧研究公社(EMBRAPA)が商業用採卵養鶏農家向けに作成した基本的なバイオセキュリティ要件によると、(1)施設の設置場所(2)構造(3)人の出入り(4)車両の進入(5)アクセスの記録(6)清掃と消毒(7)家きんに給与する水および飼料(8)生産サイクル終了後の清掃および消毒―などが規定されている(写真1〜4)。
例として、サンパウロ州の養鶏農家が、養鶏施設登録(延長)時に提出する衛生対策申請書には、生産者が具備すべき要件としてチェック項目が列記されている(表2)。
養鶏農家でのバイオセキュリティ(パラナ州肉用鶏農家)
オ リスクコミュニケーション
(ア)MAPAによるコミュニケーション計画
MAPAは、HPAIの予防と正しい知識の普及・啓もう活動を促進するため、生産者、衛生関係者、一般市民を対象とした戦略「HPAI予防・制御に向けたコミュニケーション計画(2023年)」を公表した。
コミュニケーション手段として、対象者に合わせたコンテンツを提供し、HPAIに関する正しい知識や緊急時の公的獣医局への速やかな通報を促すこととしている。
例えば予防のための広報メッセージでは、大規模養鶏農家、小規模養鶏農家、一般消費者、民間獣医師、環境警察官、先住民コミュニティ、環境管理者専門家、教育・研究・動物診療機関の専門家ごとに、HPAIに関する注意喚起を行っている(表3)。
(イ)コミュニケーション活動の事例
a MAPA
MAPAのウェブサイトでは鳥インフルエンザのコンテンツを設置し、総合的に情報発信している。コミュニケーション手段としては、対象者別にビデオ(小規模生産者、民間獣医師、環境警察官、バードウォッチング愛好家、先住民コミュニティ向けの5種類)やリーフレット(一般市民、民間獣医師、環境警察官向け3種類)などを作成し、提供している(図7)。
b ブラジル動物性タンパク質協会(ABPA)
鶏肉などの業界団体であるABPAは2023年5月、鳥インフルエンザについての簡潔で分かりやすいウェブサイトを作成した。また、同年末には、渡り鳥の飛来の可能性の高い海浜地帯へのツーリスト向けビデオを作成、キャンペーンなどを行っている。
c ブラジル農畜産研究公社(EMBRAPA)
MAPA所管の研究機関であるEMBRAPAは、ウェブサイトに鳥インフルエンザ専門ページを開設し、総合的な情報提供を行っている。提供する情報は、Q&A方式の関係者向け解説、政府の通達、関連情報のリンク先および連絡先、バイオセキュリティのガイドライン、推奨する関連文献などがある。