2023年の中国の牛飼養頭数は約1億509万頭(前年比2.9%増)、と畜頭数は5023万頭(同3.8%増)であり、うち肉牛と畜頭数は3157万頭(同4.9%増)、牛肉生産量は753万トン(同4.9%増)といずれも増加した。一方、23年の生産額は約6024億元(1287億3288万円、同11.2%減)とかなり大きく減少した(注1)。近年、牛肉消費需要に対応し、肉牛飼養頭数、と畜頭数、牛肉生産量は増加の一途をたどっているが、生産額の減少は憂慮すべきものである。全体として、中国の肉牛産業は前例のない課題と転換期に直面しており、現状ではいくつかの点が浮き彫りとなった。
(注1)出典は中国国家統計局統計。
(1)牛肉輸入量の増加
まず、3年にわたるCOVID−19の流行と、この間に輸入された牛肉の累積が大きく影響し、「累積供給過剰現象(注2)」が生じたことで、国産の生体牛と牛肉価格の大幅な下落につながった。
中国の牛肉輸入量を見ると、2021年に233万2500トン、22年に268万9900トンと、この2年間の輸入増から牛肉在庫は積み上がり、さらに23年は273万7400トンを輸入するなど、輸入牛肉が国内の牛肉消費市場を席巻している。この要因として、輸入牛肉は国産に比べて安価であり、必要な部位のみの購入が可能なことから、中国の牛肉消費市場の中心である外食産業での取り扱いが容易となり、非常に人気があることが挙げられる。
23年の中国の主な牛肉輸入先はブラジル(輸入量全体の43.0%)、アルゼンチン(同19.3%)、ウルグアイ(同10.0%)、豪州(8.3%)、ニュージーランド(7.5%)、米国(5.7%)である。このうち、輸入先上位3カ国の1トン当たりの単価は、ブラジルが5073.37米ドル(77万8458円)、アルゼンチンが4127.50米ドル(63万3324円)、ウルグアイが3995.51米ドル(61万3071円)である。全体として、輸入牛肉の平均価格は23年初めに1トン当たり5497.92米ドル(84万3601円)まで上昇したが、同年末には同4815.18米ドル(73万8841円)まで下落した。
筆者による市場調査では、中国の生体牛の市場価格は、近年(19〜22年)の1キログラム当たり36〜42元(769〜898円)から、23年には同26〜30元(556〜641円)となり、この間に27.8〜28.6%もの大幅下落となった。また、同期間の牛肉価格は、同76〜91元(1624〜1945円)から、同62〜72元(1325〜1539円)となり、同じく18.4〜20.9%の大幅下落となった。
これらを比較しても、輸入牛肉は国産牛肉と比べて価格面で大きな優位性を維持しているのである。
中国国内では、生体牛と牛肉価格の異常ともいえる下落により、肉牛の生産では、企業経営の50〜60%、家族経営の80〜90%が大幅な損失を出している。また、国家肉牛ヤク牛産業技術体系の分析結果によると、23年は肉牛繁殖経営体の60%以上が損失を出しており、繁殖規模の最適化、飼養頭数の削減、さらには繁殖経営から撤退する企業も現れているという。肉牛業界全体にとって、23年は肉牛産業の発展に影を落とす厳しい年となった。
(注2)「2023肉牛ヤク牛産業技術発展報告書」(国家肉牛ヤク牛産業技術体系発行)の分析を参照。
(2)高級牛肉輸入量の減少による国産中・高級肉の台頭
輸入牛肉の増加に伴い、中国国内の牛肉産業に影響が生じる中で、同国内で中・高級牛肉を生産する企業には、異なる変化がみられている。
継続的な調査を実施している「国秀和牛」「隆銘牛」「村上和牛」「君博黒牛」「龍江和牛」「和合牛」「草原和牛」「伊泰和牛」(注3)などの中・高級牛肉を生産する企業各社では、COVID−19の収束後、中・高級牛肉の生産、流通状況が改善されたことで、卸売業者を含めて経営は好調としている。他方、中国の牛肉輸入量全体では年々増加しているが、海外から輸入される中・高級牛肉のうち、特に高級牛肉の輸入量は減少しており、供給減から外食店での利用は芳しくないとされる。このような中で、国内の中・高級肉牛生産企業の中には、需要の大幅な増加を受けて生産規模の拡大を図るところもあり、国内の中・高級肉牛業界にとっては明るい兆しとなっている。
このうち「龍江和牛」(龍江源生集団)では、地方政府による投資促進政策の下で、融資、保険、繁殖、肥育、と畜を一体化した「企業+政府+農家+協同組合」のビジネスモデルを採用している。具体的には、同社は、豪州Wagyuや米国Wagyuの受精卵・精液により中国国内で生産されたWagyuの受精卵や凍結精子を用いて既存のシンメンタール種で繁殖し、Wagyuの血統を有する子牛を協同組合(肥育部門)が導入して肥育した後にと畜する。凍結精子を用いて生産した交雑種(F1)を中級牛肉、両親ともWagyu由来の受精卵移植により生産されたWagyuを高級牛肉とすることを基本概念としている。同社が生産する中・高級牛肉は、マクドナルドやケンタッキーなどの中級市場向けに販売されるほか、北京、上海、広州、深圳などの高級品を取り扱う小売市場向けに供給されている。
同社は、農家との契約段階に入っており、初期段階として、2024年初めには2万頭規模の繁殖牛を農家と契約して確保し、5月から6月にかけて繁殖牛への受精卵移植や人工授精(受胎)が予定されている。子牛は生後6カ月を過ぎると、1頭当たり1万1000元(23万5070円)で農家から引き取られ(23年は、生後約6カ月齢のシンメンタール子牛で同4500〜5000元程度(9万6165〜10万6850円))、龍江源生集団が自社農場で1カ月間飼養して子牛の状態を整えた後に、協同組合(肥育部門)に移送して16〜18カ月間肥育し、と畜される。「龍江和牛」は、内モンゴル自治区(赤峰市アルホルチン旗)に中・高級牛肉の生産、肥育拠点を計画し、3年以内に10万頭の肥育牛出荷を計画しているほか、吉林省と黒竜江省に所有する直営牧場も拡張している。その他の企業では、「国秀和牛」が甘粛省張掖市に3500頭規模の中級肉牛牧場を新設し、「伊泰和牛」が箱馬生鮮(注4)からの需要に応え、高級肉牛の生産規模を拡大するなど、中・高級肉牛生産企業の生産状況は良好である。
(注3)いずれも豪州Wagyuや米国Wagyuの受精卵・精液により中国国内で生産された肉用牛。
(注4)アリババグループが直営している中・高級生鮮スーパーマーケット。中国語表記で「盒?生?」。
(3)集約化による生産規模の拡大やブランド化の進展
最後に、地域で分散する零細農家については、さまざまな課題はあるものの、市場の需要や国の政策などを通じ、連携による集約、それに伴う飼養規模の拡大、また、ブランド化の進展などがみられている。
中国の肉牛生産は、大きく企業経営と家族経営に分類される。企業経営は安定的な発展の状況にあるが、家族経営は最適化に大きな課題がある。
この家族経営とは、家族単位での分散型農業が主な特徴であり、「家族単位での肉牛の飼育」と言った方が正確である。伝統的な牧畜地域の家族経営では、放牧、半畜舎(半舎飼い)、畜舎飼育などが季節に応じて行われ、農耕地域の家族経営では、基本的に半畜舎、畜舎飼育方式が採用される。ただし、牧場ごとの肉牛飼養頭数と基礎的な設備、畜舎整備レベルにはばらつきが大きい。
家族経営では、飼育規模は一般的には数頭から数百頭までであり、牧場によっては肉牛の飼養だけではなく、並行して農作物の生産やその他の家畜の飼養なども行っている。家族経営に共通する主な課題は、(1)肉牛のと畜時期のばらつき(2)市場との非連動性(3)肉牛価格の不安定性―などが挙げられる。飼養する肉牛の品種は、シンメンタール種、アンガス種などの肉専用種と、黄牛、赤牛などの地方の優良品種に分かれる。肉牛の品種によって、適応性や生産能力に大きな差があるほか、家族経営がおかれている自然条件や飼育環境上の制約、飼養管理技術に由来する条件があるため、飼養規模は小さく、集約化の度合いも低い。その結果、飼養する肉牛の品種や頭数、と畜月齢、肉質、と畜時期などに大きなばらつきがあり、規格化と標準化が進む近年の牛肉市場の需要にうまく対応できていない面がある。全体として家族経営で良質な肉牛を育てることに問題はないが、市場とうまく連動できていないことが大きな課題となっている。この課題を解決できなければ、肉牛経営全体の不安定化を払拭することは難しい。
国際市場と国内市場の競争が進む中で、家族経営を単位とする零細分散農家にとって、肉牛品種の統一、飼養技術の標準化、安定的な肉質を前提とした肉牛飼養の規模拡大とブランド化を図ることが、肉牛産業のさらなる発展のための必須条件となった。消費者の食の安全と品質への要求が高まる中、外食産業からは、安定した牛肉の規格や品質への需要が高まっており、そのことが伝統的な肉牛飼養農家の経営形態の変化や経営向上を促すものとなっている。国段階では、地域の共通ブランドの育成、無農薬・有機製品を推進する政策が強化され、外食店と小売店では、製品の特徴の宣伝と表示に力を入れており、そのことによって製品の差別化を図っている。