(1)生産と単収
最近の中国のトウモロコシ需給を概観するに当たり、はじめに、2023年のトウモロコシ増産の確定を報じた現地報道を確認したい。中国では、トウモロコシも含めた23年の食糧生産量について、まず、23年12月に国家統計局が速報値を公表した。その後、24年1月に国務院新聞弁公室が正式な新聞発布会(記者発表)を開催し、ここで同年の中国全土の食糧生産量確定値の公表となった。
報道記事によると、国家統計局公表の速報値では、23年のトウモロコシ生産量が2億8884万トン(前年比4.2%増)と史上最高値を更新したとされている。この数値はあくまでも速報値であって、確定値ではないとの立場であるが、一般的には、この公表で23年のトウモロコシ増産が確定と認識されたことになる。同年は、収穫が始まった9月下旬ごろから増産予想が出回り始め、穀物関係者の間では、どれぐらいの増産幅になるのかに関心が持たれていた。これは、同時期に世界的なトウモロコシの増産予測から、トウモロコシ国際価格が下落傾向になったことが背景にある。つまり、国際価格が下落する中で、中国の国内価格はどうなるのか、という関心である。
表1では、15年から23年までの中国のトウモロコシ生産量と作付面積、単収の推移を示した。23年のトウモロコシ生産量は前年比4.2%増となり、これは、作付面積の増加(同2.7%増)に加え、単収の増加(同1.5%増)が要因である。
15年以降の傾向を踏まえても、作付面積が減少しても単収が微増することで、トウモロコシ生産量は一定程度支えられている。この単収の増加は21年以降も継続しており、特に22年は単収が前年比2.3%増、23年には同1.5%増となったことで、作付面積の動向に対して生産量は大きく伸びている。
中国のトウモロコシ生産量の動向を見る際、この単収の増加率は一つのポイントとされる。これは、トウモロコシに関し、中国の単収が米国に比べて低いことにある。引き続き中国の単収増が見込まれる中で、生産量の伸び幅も大きいとみられるからである。参考として、米国農務省(USDA)の需給見通しによると、23年の米国産トウモロコシの単収は1ヘクタール当たり11.1トンとされており、同年の中国産トウモロコシの単収である同6.5トンと比較すると、中国は米国の6割弱に過ぎないということになる。このことが、中国産トウモロコシの単収の伸び幅が大きいとするゆえんである。
(2)価格
図1は、同等品質の国産および輸入トウモロコシを同じ条件で比較するため、養豚の主産地の一つである広州省のトウモロコシの港湾到着価格をそれぞれ示したものである。
2022年2月までは国産価格が輸入価格を上回っていたが、3月にはこの状態が逆転し、11月に再度逆転して国産価格が輸入価格を上回るようになった。これは、輸入価格が22年10月をピークに、その後は下落傾向となったのに対し、国産価格は22年12月まで上昇を続け、23年1月になってようやく下落に転じたというタイムラグが生じたことが背景となっている。これは、当然ながら世界のトウモロコシ需給動向と中国国内の需給動向が必ずしも同調していないことによるものとなる。世界のトウモロコシ需給は、22年の増産の後、供給過剰傾向が鮮明になったのに対して、中国国内のトウモロコシ需給は、22年の増産の後も「ややタイトな均衡」という状態が緩和されず、一貫して下落が続くという状態には陥らなかった。このため、中国国内では、トウモロコシの端境期に当たる23年7月以降の価格は上昇に転じた。ただし、早生のトウモロコシの収穫が始まる9月には、23年のトウモロコシ生産量が増産との予測が出始めたことから、主産地である華北地方や東北地方が本格的な収穫期に入った10月には、国産価格は再び下落に転じた。その後、10月以降の国産価格の下落幅は輸入価格の下落幅を上回る勢いとなったため、23年末の国産価格と輸入価格の価格差は急速に縮まってきた。
23年の生産と価格の変化を見てきたが、現地報道ではトウモロコシに関して注目する記事が掲載されていたので、その一部を紹介する。
「2023年中国トウモロコシ市場分析」−糧油市場報網:24年2月2日付け記事−
増産しても供給不足は解消せず
2023/24年度(10月〜翌9月)の中国のトウモロコシ総消費量は、加工用や食用などをあわせて2億9500万トンの水準に近づくことになる。トウモロコシ生産量はさまざまな努力を通じて増産を実現したが、総合的に見ると、中国のトウモロコシ需給は供給不足を解消できていない状態にある。供給不足の量は縮小したが、いまだ500万〜700万トンの不足が存在する。ただし、これは輸入と代替穀物によって容易に穴埋めが可能である。このため、2024年の上半期のトウモロコシ価格は多少の波乱が予想されるが、核心は経済全体の回復の先行きによるものとなる。
政府は、トウモロコシも含めた食糧作物の生産能力を向上させ、食糧安全保障能力を引き上げるために次のような政策的措置を強化・推進することとしている。
高標準農地の整備を引き続き強化
中国農業農村部は、2022年末に全国で累計10億ムー(6667万ヘクタール)の高標準農地(注2)を整備し、中国の全耕地面積19億1800万億ムー(12億7867万ヘクタール)の約半分が高標準農地に改良されたことを公表した。23年には新たに4500万ムー(300万ヘクタール)の高標準農地を整備し、3500万ムー(233万ヘクタール)の農地を高標準農地に改良したとしている。
(注2)被災が多いところでは減災させ、被災が軽微なところでは被災をなくし、被災のないところでは増産を可能にする農地である。この措置により、中国のトウモロコシ生産の単収は引き続き向上することが可能とされる。
豪州産大麦の輸入促進
中国商務部は2023年8月に公告を発出し、豪州産大麦の輸入に対するアンチダンピング税と反輸出税の徴収停止を公表した。豪州は19年まで中国にとって最大の大麦輸入先であり、また、豪州産大麦は廉価なことで、中国国内ではビール業界や飼料業界から広く利用されていた。大麦はトウモロコシ飼料の代替穀物として費用対効果に優れており、これまでもトウモロコシ需給がひっ迫した際には、大麦がトウモロコシの代替としての役割を発揮してきた。このため、今回のこれら税の徴収停止は、今後の大麦輸入量の増加につながるものであり、中国国内の食糧安全保障能力を一段と向上させることになる。
遺伝子組み換えトウモロコシの促進
2023年に中国農業農村部は、遺伝子組み換え(GM)トウモロコシ37品種、GM大豆14品種が国家農作物品種審査委員会の審査を経て、使用に供されることを公告した。これで、これらトウモロコシと大豆の品種は合法的に利用可能となったため、今後はGMトウモロコシの商業化が促進されることになる。GM農産物は、耐病性、害虫抵抗性、耐旱性に優れており、単収の向上が期待されている。GMトウモロコシの商業化が進めば、中国のトウモロコシ生産能力は著しく向上するとみられている。
この記事について、最近の中国のトウモロコシ需給の特徴として二つの点に注目したい。その一つは、中国では増産になっても、まだトウモロコシの供給不足が存在している点である。もう一つは、GMトウモロコシ品種の商業利用を決定した点である。
まず、一つ目のトウモロコシの供給不足に関し、中国農業農村部が公表している「中国トウモロコシ需給均衡表」によると、2023/24年度の生産量は2億8884万トン、消費量は2億9500万トンとされる。輸入量を除く供給不足量は616万トンとなり、記事の内容にほぼ見合う数量といえる。
次に、GMトウモロコシとGM大豆の品種について商業化に踏み切ったのは、長らく争点になっていたGM作物の本格的な生産を認めるか認めないかについて、最終的な決着が着いたということになる。中国では1990年代から、綿花についてGM品種が普及し始めていたが、食糧作物のGM品種については、試験・研究段階にとどめるという方針が続いてきた。かつて中国政府は、13年10月に米国から輸入する100万トンのトウモロコシについて、未承認のGM品種であることを理由に輸入を差し止めたことがある。これは中国の対米交渉において、米国をけん制するカードの一つに利用した例とされ、中国政府にとっては、GM品種は米国との交渉カードという色彩が強かったともいえる。
しかし最近では、トウモロコシも大豆も、中国の輸入量に占める米国産の割合が低く、対米交渉カードの役割も低下している。さらに、ブラジルなど米国以外から輸入されるトウモロコシや大豆は、その大部分がGM品種であるため、これを理由に二国間の問題とするようなことはなくなっている。
このため、23年には実用化に向けての小規模な試行が行われ、この結果を受けた形で、国内でのGM品種の商業化を促進することになったとみられる。GM品種について中国政府は、建前的には安全性を重視する姿勢を取ってきたが、完全に方向転換することになったということである。それほどまでに、引き続きトウモロコシの単収を向上させなければならないという強い切迫感の表れかもしれない。