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話題 畜産の情報 2024年11月号

酪農家の「働き方改革」に向けて 〜将来を見据えた労働改善〜

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北海道根室振興局 根室農業改良普及センター 専門普及指導員 蜂屋 瑞貴

1 はじめに

 根室振興局管内は1市4町からなり、日本国内の生乳生産量の1割以上を生産する酪農専業地帯である(図1)。管内の酪農経営は、フリーストール牛舎や搾乳ロボットの導入など大規模化が進んでいる。その一方、つなぎ飼い牛舎・パイプライン搾乳(TS−PM)の経営体も多く、管内酪農経営体の約60%を占めている(根室振興局2020)。
 TS−PMは、搾乳時の作業姿勢が大きく変化し、作業者の労働負荷がかかりやすい特徴がある(小宮・川上1996)。また、TS−PMの導入が大半を占める年間乳量500トン未満の農場での労働時間は、北海道・全国平均と比べ、長い傾向にある(図2)。
 そこで、作業者の労働負荷を軽減し、健全な経営体維持を図るべく、令和2〜4年の3年間、根室振興局農務課と根室農業改良普及センター共同で、省力的家族経営の確立に向けた調査手法の構築と、農業者への調査・改善提案を行った。

 



2 労働実態調査の方法

 省力化に向けた調査を行うに当たり、生産性向上につながらない「作業ロス」を見つけることが必要と考えた。このことから、1日の搾乳・飼養管理作業に密着する「労働実態調査」を実施し、作業の問題点を把握することにした。調査は、作業者ごとに動きを把握するため、3〜5人体制で実施した。
 調査内容は、主に図3のとおり4項目をポイントに実施した。アクションカメラ(GoPro®)を使用することで、調査を効率的に行い、撮影データを改善提案の検証や説明に利用した。この他にも、搾乳牛のモニタリングや、牛群検定などの生産データの確認など、作業内容だけでなく生産性の観点からも検討を行い、総合的な調査を実施した。
 本活動では、根室管内のTS−PM農家4戸を対象とした。労働実態調査を実施し調査結果を分析することで、作業時間や作業内容が明らかになった(表)。これらの結果をもとに問題点を抽出し、酪農家と問題点を共有して改善提案を実施した。その中で、特に成果のあったB農場とD農場2戸の取り組みを紹介する。




3 B農場の改善事例

(1)B農場の調査結果と改善提案
 B農場の労働力は、経営主と妻の2人である。経産牛頭数は約50頭であり、放牧期以外はパドックに放している。搾乳・飼養管理の1日当たり延べ作業時間は14.2時間と、調査した4戸と比較して長い傾向であった(表)。
 調査結果としてB農場の問題点をまとめ、その解決に向けた改善提案を行った(図4)。特にB農場では、改善項目の中に、農場内にある建物や設備などの見直しや改良など、取り組むまでに手間やコストを要するものが多くあると想定された。そこで、理想とするB農場の将来構想を具現化してB農場に提示し、導入に向けた考えや方針、資金面での条件などを丁寧にくみ取りながら、今後B農場が取り組んでいく内容に優先順位をつけていった(図5)。



 
 (2)B農場の改善効果と行動変化
 提案の結果、搾乳手技が改善され、ミルカー内への空気の流入が減った。これにより、乳の評価指標である、体細胞リニアスコアは、2.2から2.0に減少した(改善前後の12カ月平均)。一方で、B農場では改善提案後も胴締め器の使用を継続してはいるものの、B氏は「おとなしい牛が多くなっている」と感じているという。
 また、粗飼料の食い込み度合いを示すルーメンフィルスコア(RFS)(注)を改善前後で調査したところ、ロールベールサイレージをほぐしてから給与したことで、平均RFSが2.9から3.6に改善された(図6)。このことにより、採食量が増加したと考えられる。その結果が乳量にも反映し、搾乳牛1頭当たり管理乳量は1日当たり0.7キログラム増加した。
 労働時間の短縮など直接的な労働改善は果たせていないが、体細胞数の減少や乳量の増加により労働生産性は向上した。B氏は、「飼料給与の将来構想が提案内容と一致していたので、時期を見て取り組みたい」と、酪農家と普及センターで前向きな方向性の共有ができた。その後、パドックにおける牛の安楽性向上と水はけ改善のため、溝切りを実施した。将来構想の実現に向けて着実に前進している。

(注)牛のルーメンの充満度を5段階で示すもので、スコアが高いほど乾物摂取量が多い。


4 D農場の改善事例

(1)D農場の調査結果と改善提案
 D農場の労働力は、経営主と両親の3人である。経産牛頭数は48頭である。搾乳・飼養管理の1日当たり延べ作業時間は10.5時間と、調査した4戸では短い傾向だった。その要因として、作業が分業化され効率化していることが考えられた。
 調査結果としてD農場の問題点をまとめ、その解決に向けた改善提案を行った(図7)。特に、改善提案は、農業者の意向で費用をかけない手法との要望があったため、搾乳手順の見直しを提案した。

 
(2)D農場の改善効果と行動変化
 D農場では改善提案から1年後に、改善後の変化を調査した。その結果、1頭当たりの搾乳時間(実測平均値)は、16分45秒から7分30秒へ約55%の短縮となった(図8)。ミルカー装着までの時間が短縮されただけでなく、ミルカー装着からミルカー離脱までの時間も短縮された。それは、乳汁の分泌を促進するホルモンであるオキシトシンの分泌に合ったタイミングで搾乳されることで、泌乳スピードが増加したことによると推測される。
 また搾乳1回当たりの作業時間も20分の短縮になり、1日の延べ労働時間は約1時間の短縮となった(図9)。生乳の体細胞数も低く維持できている。D氏は、乳房炎多発時期の乳房炎発生頭数が減少したと実感している。
 搾乳担当の母と経営主が声を掛け合いながら作業し、ミルカー装着までの時間が適正になるよう連携している。そのことが顕著な改善につながった。D氏は「搾乳手順を変更して良かった」と改善効果を実感している。





5 調査手法の普及

 本活動で得られた調査手法や労働改善の取り組みを、冊子『酪農家の「働き方改革」に向けて』にまとめ、電子データとともに普及職員および関係機関に配布した(図10)。
 根釧地域のJA営農指導員技術研修では、講義と調査手法の演習を実施し、地域一丸となって労働環境の改善に取り組むことを確認した(写真)。また、根室管内A町の青年農業者組織ではこの調査手法を活用して、労働時間の短縮に向けたプロジェクト活動を実施している。その結果、搾乳作業での問題点が確認でき、今後の改善活動が期待される。
 さらに、根室振興局と普及センターのウェブサイトでも本活動を掲載し、その後、酪農専門の業界紙でも取り上げられた。そこから、道内にとどまらず、全国各地から活用したいと問い合わせがあり、関心の高さを実感している。問い合わせのあった他県普及職員からは、「労働の改善のみならず、生産性の改善にもつながるので、本調査手法を取り入れて指導に当たりたい。」と好意的な意見をいただいた。





6 おわりに

 酪農経営において、労働改善はケースによって日々の作業を大きく変える必要があり、酪農家が改善をためらうことがある。そのため、改善したいという酪農家自身の意欲が大切である。今回、調査手法を確立し、客観的なデータに基づいて問題点を提示したことや、一日を通して作業を見せてもらい信頼関係が生まれたことで、酪農家が課題を明確に認識し改善意欲が醸成された。そのことが、労働改善の下支えになったと考える。
 日本の酪農を持続性のあるものにしていくためには、酪農経営の労働生産性を向上させ、ゆとりのある酪農を作り上げることが必至である。今後も引き続き「働き方改革」に向けた取り組みを推進していきたい。


【プロフィール】
北海道根室振興局 根室農業改良普及センター
専門普及指導員 蜂屋 瑞貴

令和元年度から現職。
根室市・別海町で乳牛・飼料作物の普及活動に努めている。

参考文献
1) 根室振興局(2020)『新搾乳システム等導入状況調査』
2) 小宮道士・川上克己(1996)「搾乳時の作業姿勢と労働負担に関する研究」『農作業研究』31巻4号249頁−256頁
3) 根室生産農業協同組合連合会、道総研酪農試験場、JA北海道中央会根釧支所(2020)『平成30年度根室管内酪農経営分析報告書』
4) 農林水産省(2020)「平成30年度畜産物生産費」『農業経営統計調査』
5) 北海道農政部(2018)『北海道農業生産技術体系(第5版)』