(1)生産構造
ア 繁殖セクター
いわゆる米国産Wagyuの生産者というと、その多くが繁殖農家に当たる。この場合、フルブラッドWagyuあるいはピュアブレッドWagyuの繁殖雌牛を飼養することがほとんどであり、AWA会員である生産者・生産企業の繁殖雌牛の平均飼養頭数は約35頭と小規模農家が多い。このような繁殖農家は、米国の一般的な肉用牛繁殖農家と同様に放牧形態を取っており、6〜8月ごろに種雄牛を農場に導入することで自然交配させる。種雄牛にはアンガス種が用いられることが多く、3〜5月にはフルブラッドWagyuの母とアンガス種の父を持つ交雑種の子牛が生まれる。そして、子牛は9〜10月に離乳し、肥育もと牛として肥育農家(フィードロット)に送られる(図2)。
一方で、米国産Wagyuの種雄牛を用いて子牛を生産することもある。この手法は比較的大規模な米国産Wagyuの生産企業に多く、アンガス種などの繁殖雌牛を飼養する肉用牛繁殖農家との契約の上、繁殖農場に生産企業所有の米国産Wagyuの種雄牛を導入する。アンガス種などの母とフルブラッドWagyuの父を持つ交雑種の子牛を生産し、9〜10月の離乳後の肥育もと牛を買い戻すという方法である。なお、アンガス種の繁殖雌牛が用いられることが多いが、中にはホルスタイン種などの乳用種が用いられることもある。
繁殖農家が用いる繁殖雌牛や種雄牛はフルブラッドが多いため、生まれてくる交雑種の子牛が繁殖に仕向けられることは少ない。つまり、フルブラッドの繁殖雌牛や種雄牛は別途生産あるいは購入する必要がある。フルブラッドの繁殖雌牛や種雄牛はセリや相対取引による売買が主流である。その他にも、フルブラッドの受精卵や精液もセリや相対取引、あるいは遺伝資源販売企業を通して売買がなされている。そのため、米国産Wagyuの繁殖農家の中には、販売目的で受精卵や精液を採取する農家も増えているという。
米国産Wagyuの生産者は全米に散在しており、一つの地域に集中していることが少ないため、生体、受精卵および精液の売買の手段として、オンライン・オークションが重宝されている。主要なオンライン・オークション主催企業であるWAGYU365社は、月に1〜3回程度のオンライン・オークションを開催している。同社開催のオンライン・オークションの2024年1〜9月の平均落札価格は表4の通りである。このうち、いわゆる黒毛和種とされるフルブラッドの繁殖雌牛は1頭当たり8023米ドル(115万3146円)、種雄牛は同3700米ドル(53万1801円)、受精卵は1個当たり331米ドル(4万7575円)、精液は215米ドル(3万902円)である。また、いわゆる褐毛和種とされるフルブラッドの繁殖雌牛は同7909米ドル(113万6761円)、種雄牛は同5958米ドル(85万6343円)、受精卵は同1001米ドル(14万3874円)、精液は106米ドル(1万5235円)である。
全米家畜育種協会(NAAB)によると、米国産Wagyuの精液の販売量は近年増加傾向にあるとされる(図3)。23年には21万2080ユニットが販売されており、肉用種全体に占める割合としては2.3%と依然としてニッチな品種ではあるが、混合精液と交雑種を除くと、肉用種の中では5番目に多く、人気は徐々に高まりつつある(表5)。
イ 肥育セクター
前述の通り、米国産Wagyuの生産者の多くが繁殖農家であり、米国産Wagyuの飼養に特化した肥育農家は少ない。ほとんどの場合、米国産Wagyuの生産者・生産企業は一般的な肥育農家(フィードロット)と契約の上、米国産Wagyuの肥育を委託する。生産者・生産企業によって異なるが、300〜500日間の肥育期間を経て出荷される。一般的に90〜300日間と言われる米国肉用牛の肥育期間よりも長く、おおむね600日間と言われる日本国内の和牛肥育期間よりも短い。
(2)飼養動向
米国産Wagyuの飼養戸数および飼養頭数に関する統計データは存在せず、AWAも、これらに関する調査結果を残している調査会社や業界団体もないため、推計することしかできないという。
米国産Wagyuの飼養戸数については、AWAの会員である生産者・生産企業から類推することが可能である。すべての米国産Wagyuの生産者・生産企業がAWAの会員であるとは限らないが、AWAによる遺伝的評価を受けることで米国産Wagyuの品種の証明を行うことができるため、生産者・生産企業の多くがAWAの会員になっていると推察できるという。AWAの会員である米国内の生産者・生産企業数は2024年9月時点で1439である。州別に見ると、テキサス州が361と多数を占め、オクラホマ州が70、フロリダ州が59、ミズーリ州が51と続く(表6)。
また、AWAが米国産Wagyuの飼養頭数をAWAの遺伝子登録数から推計すると、フルブラッドWagyuが約1万頭、ピュアブレッドWagyuが約4万頭であるという。ただし、AWAの非会員で米国産Wagyuを飼養している生産者がいること、AWAの会員であっても必ずしも遺伝子登録を行っていないことから、この推計値は必ずしも正確とは言えない可能性もある。
(3)流通動向
生産された米国産Wagyu肉は、食肉卸売事業者への販売の他、外食事業者や小売事業者への販売、eコマースを活用した消費者への直接販売とあらゆるチャンネルで流通している。事業者への販売は自社所有のトラックによる配送やFedEx社などの配送会社を利用しての配送など、個別の生産者・生産企業の方針によってさまざまである。また、eコマースを活用した消費者への販売は生産者・生産企業の約40%が取り組んでおり、食肉卸売事業者や小売事業者を通さず流通コストを抑えることで、比較的手頃な価格で販売が可能になっているという。
他の米国産牛肉と比較して特徴的な点としては、豊富な部位が小売店で販売されていることと言えるだろう(写真1、2)。生産企業や小売事業者によると、ロイン系以外の部位でも他の米国産牛肉よりも肉質が良好で需要があることから、ステーキカットのままでも高水準の価格で販売が可能であるためとされる。
また、日本産和牛やその他のWagyuとの違いとしては、小売店でのパック製品の多さが挙げられる。日本産和牛やその他のWagyuは、精肉店やスーパーマーケット内に設置される精肉コーナーでの取り扱いがほとんどであるのに対し、米国産Wagyuはスネーク・リバー・ファームズ社
(注3)(アグリ・ビーフ社)などの大手生産企業の製品を中心にスーパーマーケットのパック製品コーナーでの販売も多く見られる(写真3、4)。
(注3)米国食肉大手であるアグリ・ビーフ社が1988年に開始した米国産Wagyu生産プログラムを前身とした同社の米国産Wagyu生産部門。米国最多の米国産Wagyu生産量と圧倒的な知名度を誇る。
一般的に米国産Wagyuの米国市場規模は、拡大傾向にあるとする見方が多い。英国に拠点を置く調査会社Straits Research社によると、2020年の市場規模は15億9400万米ドル(2291億562万円)であったが、23年には18億8200万米ドル(2704億9986万円)に拡大したと評価した(図4)。さらに同社は、32年には31億9200万米ドル(4587億8616万円)にまで拡大すると予測している。また、日本産和牛および他のWagyuを含む米国Wagyu市場は、20年の27億4000万米ドル(3938億2020万円)から23年の32億3000万米ドル(4642億4790万円)まで拡大し、32年には53億800万米ドル(7629億1884万円)にまで拡大するとの予測である。米国Wagyu市場の米国産Wagyuが占める割合は20年の58.2%から23年の58.3%とほぼ横ばいで推移したが、32年には60.1%まで徐々に上昇する予測を示している(図5)。
同社が評価・予測する米国Wagyuの販売チャンネル別市場規模を見ると、23年は小売店が15億7100万米ドル(2257億9983万円)、eコマースが9億8200万米ドル(1411億4286万円)、レストランが6億7700万米ドル(973億521万円)と小売店が主要な販売チャンネルとしている(図6)。なお、同社は、32年も小売店が主要な販売チャンネルであることに変わりはないが、eコマースが占める割合が上昇するとの予測を示している(図7)。
さらに、米国食肉業界に精通する調査会社であるMidan Marketing社によると、実店舗を持つ小売店での米国産Wagyuの販売量は、20年が400万ポンド(1814トン)、21年が730万ポンド(3311トン、前年比82.5%増)、22年が1020万ポンド(4627トン、同39.7%増)とされ、米国産牛肉全体と比較すると微々たる量ではあるものの大きく増加している(図8)。米国牛肉業界でもUSDAプライム等級の需要が増加し、生産量が増えていることからも分かるように、高品質な牛肉に対する米国の消費者の需要が増加していることが米国産Wagyuの販売量増加を後押ししているものとみられる(図9)。
一方で、筆者がスーパーマーケットおよび精肉店を調査
(注4)したところ、米国産Wagyuの平均小売価格はロイン系部位が1ポンド当たり74.39米ドル(100グラム当たり2357円)、ロイン系以外の部位が同30.75米ドル(同974円)とUSDAプライム等級に比べて高値であるものの、特にロイン系以外の部位では日本産和牛や豪州産Wagyuに比べて安値であった(表7)。米国産Wagyu業界は、輸入牛肉と単純比較はできないものの、比較的安価で販売されている現状を踏まえ、付加価値を高める取り組みが必要であるとしている(後述)。
(注4)2023年2月から24年7月までに16都市56店舗を対象に調査。