(1)豪州の政府構造とそれぞれの役割
豪州政府は、連邦憲法に根拠規程を置く連邦政府と州憲法に基づく六つの州政府、自治権を持つ二つの特別地域(北部準州・首都特別地域)政府、州・準州の下部組織である地方自治体からなる(図1)。
AWに関する主要な権限は州・準州政府が有しており、連邦政府は州・準州の法律によるAW関連規制の一貫性を確保する責務や、動物および動物由来製品の輸出入に関する法律を制定する権限などを持つ(図2)。
(2)連邦政府による規制・ガイドライン
ア 輸出管理法2020
「輸出管理法2020」は、輸出許可証の取得や輸出時の賦課金の徴収、独立監査機関による輸出業者の監視などを義務付けた法律である。AWについては、輸出業者が家畜を輸出する際に順守すべき最低限の要件として、同法および関連規則に基づく豪州家畜輸出基準(ASEL)、輸出業者サプライチェーン保証システム(ESCAS)の二つのシステム
(注2)によって管理されている(図3)。
(注2)『畜産の情報』2022年11月号「豪州およびニュージーランドにおける生体牛輸出の現状(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_002464.html)をご参照ください。
イ 豪州AW基準・ガイドライン(AAWSG: Australian Animal Welfare Standards and Guidelines)
AAWSGは、従前から豪州のAW基準に位置づけられていた「AWのためのモデル行動規範(MCOP: Model Code of Practice for the Welfare of Animals)」
(注3)に置き換わるものとして、開発・導入が進められているものである。AAWSGは各州・準州の法令を改正し、要件化することを前提とした「基準」と、任意の推奨事項である「ガイドライン」に分かれており、これまでに家畜の陸上輸送、牛、羊、家畜市場・出荷場、展示動物、家きん向けが開発されている(表1)。
(注3)1980年代から2000年代にかけて、第一産業大臣審議会制度の基で運営されていた動物福祉委員会(Animal Welfare Committee)が作成したAWについて推奨される最低限の基準と実践を定めたもの。
(3)州・準州政府による規制
各州・準州はAWに関する立法責任を持ち、例外なくAWまたは動物虐待の防止に関する法律が整備されている(表2)。いずれの法律も動物への残虐的な行為を禁止しており、その下位法
(注4)に位置する関連規則や規範では、各州・準州の特徴(家畜生産の規模など)に合わせた独自の規制も多く見られる(図4)。
(注4)法解釈における概念。豪州では、法令の下に位置付けられる規則や規範を指し、法令と同様に法の効力を有する。制定する権限を国会から行政機関に委任されていることから、「委任立法」と呼ばれることが多い。
(4)AW戦略の改定とそれに至る経緯
州・準州が主導する形でのAW問題への対応は、一貫性を欠き国民に混乱を与えるとして、これまでさまざまな議論が行われてきた。1980年代には、AWの基準設定には全国統一的な対応が必要という機運が高まり、連邦政府主導でMCOPの開発が進められたが、科学的根拠の不足など、その基準策定のあり方を問題視された経緯もあり、各州・準州の法令などへの適用は限定的な範囲にとどまった。
その後、特にAW分野で全国的に統一した基準設定を行うため、2004年に豪州AW戦略(AAWS:Australian Animal Welfare Strategy)が策定された。本戦略に基づき、豪州動物衛生局(Animal Health Australia)が主となり、MCOPをAAWSGに転換する取り組みが進められたが、AW関連の研究資金投入が少なく、必要なデータ収集の困難性などの理由により、進捗(しんちょく)は非常に遅かった。その結果、14年に政府公約の一環としてAAWSが失効されるまでに策定されたAAWSGは、家畜の陸上輸送のみが対象となった。現在では、AWを所管する各州・準州の政府部門およびDAFFの代表者、ニュージーランド第一次産業省の代表(オブザーバー)から構成されるAWタスクグループが新たにAAWSGの開発を主導している。
23年5月、連邦政府は23/24年度予算案の中で、AAWSを改定することを目的として、4年間(23〜27年)で500万豪ドル(5億365万円)を措置すると発表した。24年3月から改定に向けた協議が始まっており、連邦政府から示された草案
(注5)では、目指すべき方向性として三つの目標を提示している。
1)主要な利害関係者が互いに納得できる国家的枠組みの確立
2)国際・地域社会からの期待に応える豪州におけるAWの方向性の提示
3)科学的根拠に基づいた近代的で持続可能なAWの実践
この新たな戦略は今後3年間の協議期間を経て、27年に最終版が公表される予定となっている。また、連邦政府は、新たな戦略の策定を主導し、国内外に対して豪州がAW対応を重視していることを示すため、24年度中に「AWに関する国家声明(National Statement of Animal Welfare)」を発表する予定としており、新たな戦略の方向性と合わせてその動向が注目されている。
(注5)議論を円滑に進めるための参考資料。参考となる情報や論点を提示し、関係者から意見を求める際に利用される。
(5)注目すべき最近の動向
これまで豪州では、欧米に比べて家きん用バタリーケージに対する規制の議論が進んでおらず、小売大手がケージ卵の販売を停止するなど、民間側の取り組みが主となっていた。このような中、連邦政府が2023年に策定した家きんのAAWSGにおいて、ケージ飼養システムで鶏1羽当たりの最低飼養面積
(注6)が定められた。これは、従来規格のバタリーケージでは達成が困難な要件であり、実質的にはバタリーケージの使用を禁止する規制とされている。このため、飼養システムの移行には最大36年までの猶予期間が設けられており、業界は本規制への対応を迫られている状況にある。採卵鶏の業界団体である豪州鶏卵協会(Australian Eggs)は、卵の供給に影響が出る可能性があるとした上で、猶予期間の延長とシステム移行に要する支援パッケージの構築を連邦政府に求めているが、現在(24年9月時点)までに特段の対応はみられない。一方で、動物福祉団体からは猶予期間を短縮すべきという声も出ており、実行には課題を残す状況となっている。
(注6)1羽を一つのケージで飼養する場合は1000平方センチメートル以上、2羽以上をケージで飼養する場合は1羽当たり750平方センチメートル以上の飼養面積が必要とされている。