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調査・報告 依頼原稿 畜産の情報 2024年12月号

小規模でも成り立つ省力的で高付加価値の乳肉複合経営  〜菅原牧場・左草ブラウンスイス牧場の取り組み〜

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尚絅しょうけい大学 現代文化学部 助教 光成 有香

【要約】

 経営環境の悪化に伴って畜産の廃業が相次ぎ、国内の畜産生産基盤に対する危機感が高まっている。コスト削減や高付加価値化による収益性改善は喫緊の課題である。本稿では、岩手県にある菅原牧場で畜産の持続可能性向上に挑戦する若手後継者の取り組みを事例として取り上げる。厳しい外部環境と限られた労働力の中で「女性一人でも続けられる畜産」を目指し、放牧の導入、自給飼料の生産拡大、ブラウンスイス牛肉の加工販売に取り組んできた過程を紹介する。

1 はじめに

 日本の畜産をとりまく経営環境は、近年ますます厳しいものとなっている。生産者の高齢化や担い手不足といった内的要因に加え、ロシアによるウクライナ侵攻や歴史的円安など外的要因の影響も重なり、多くの経営体が存続の瀬戸際で活路を模索している。国内畜産業の持続可能性向上に向けて、国産飼料の生産拡大や自給化、作業の省力化、畜産物の高付加価値化による収益性改善が喫緊の課題である。また、「みどりの食料システム戦略」に基づく気候変動対策や資源循環といった環境配慮も求められる。
 本稿では、これからの持続可能な畜産経営のあり方を考えるに当たり、岩手県和賀わが郡西和賀町で畜産を営む菅原牧場を事例として取り上げ、若手後継者の藤田(旧姓 菅原)春恵氏が「女性一人でも続けられる畜産」を目指して進めてきた経営改善の取り組みを報告する。

2 菅原牧場の概要

(1)これまでの歩み

 菅原牧場は、非農家出身の菅原洋一氏が東京農業大学を卒業後、1979年に岩手県和賀郡旧湯田町(現西和賀町)で始めた酪農経営体である。旧湯田町はかつて1万3000人を抱える鉱山の町としてにぎわい、牛乳もよく売れたというが、閉山後は人口減少の一途をたどり、旧沢内村と合併後、現西和賀町の人口は約4700人と最盛期の3分の1に近い。戦後にこの地域へ集団入植した約40戸の酪農家も、今では数戸を残すのみとなった。
 しかし、そのような環境変化の中でも菅原牧場は経営を続けてきた。入植翌年に生まれた娘の春恵氏も、父と同じ大学を卒業後、公益社団法人国際農業者交流協会の米国農業研修を経て2004年に24歳で親元就農し、今では後継者として菅原牧場を支える(写真1)。20年からは酪農部門に加えて、全国的にも珍しいブラウンスイス種の繁殖・肥育部門を春恵氏が立ち上げ、乳肉複合経営となった。
 

 

(2)現在の経営概要

 菅原牧場の経営概要を表1に示す。畜産に従事するのは、経営主の菅原洋一氏(70代)、妻のひとみ氏(60代)、娘の藤田春恵氏(40代)の3名である。春恵氏の夫は町内で会社員として働き、営農には携わっていない。
 経営規模は、総面積35ヘクタール、総飼養頭数53頭である。育成牛ならびに肥育牛(ブラウンスイス雄子牛)は、放牧主体の飼養管理を行っている。通常5〜10月は放牧地3ヘクタールおよび採草兼用地2ヘクタールに放牧し、豪雪地帯のため冬季は育成牛用のフリーバーン牛舎に収容する。搾乳牛は基本的にフリーストール牛舎でTMR主体の飼養管理を行っているが、屋外にも出られる仕様である。
 日々の作業分担を表2に示す。朝夕2回の搾乳を主に洋一氏が担当し、春恵氏も育成牛・肥育牛の世話をしてから合流する。その間にひとみ氏が給餌、牛舎清掃、乾乳の世話などを行う。この他、後述する通り、春恵氏による別事業「左草さそうブラウンスイス牧場」としてブラウンスイス牛肉の加工販売も行っている。
 飼料は配合飼料のみ購入し、粗飼料は100%自給している。採草地30ヘクタールを有し、収穫作業は一番草および二番草の一部を地域のコントラクターに委託し、それ以外の二番草、三番草は所有のトラクターを用いて家族交代で行う。
 



 

(3)経営の特色

 菅原牧場の特色を以下に三点挙げる。
 第一に、日本では希少なブラウンスイス種が占める割合が高い点である。これは、ホルスタイン牛にブラウンスイスの種を付け、生まれた交雑種(F1)にさらにブラウンスイスを交配していく「戻し交雑」を洋一氏が経営を開始した頃から地道に続けた結果で、8世代目となる現在は全体の3割弱がブラウンスイスの血統である。ブラウンスイスは乳量が少なく繁殖力が低い品種とも言われるが、経営全体で見ると特に問題となっていない。ホルスタインに比べ乳量は2〜3割少ないものの、TMRを与えれば経産牛の泌乳ピークには十分な乳量があり、むしろ頑丈で安産かつ穏やかな性格であるため飼いやすいという。
 第二に、出荷生乳が地域ブランドの原料乳に使用されている点である。牧場開業以来45年にわたって出荷先となっている株式会社湯田牛乳公社は、1966年に町・JA・酪農家らの出資により設立された第三セクターの乳業(注1)で、岩手県内産生乳のみを使用し、こだわりの商品づくりを行う。生乳本来の風味を生かしたパスチャライズド牛乳は、県内の学校給食牛乳やいわて生活協同組合の産直牛乳として長年親しまれている(写真2)。また、看板商品の「プレミアム湯田ヨーグルト」は全国にファンも多い(写真3)。流通広域化と分業が進み、特定ブランドと生産者を紐づけることが難しい系統共販の枠組み内にあって、一貫して同一乳業のブランドに供給されている極めて少ない事例である(注2)

(注1)2024年3月に、第三セクターを解消して民間企業に移行することとなった(日刊酪農乳業速報)。
(注2)左草ブラウンスイス牧場では、ブラウンスイス生乳も合乳出荷しており、戸別の商品化やプレミアム乳価取引は行われていない。




 
 
 第三に、若手後継者による積極的な挑戦である。畜産をとりまく情勢が年々厳しくなる中、今後高齢の両親に代わって経営を担う春恵氏は「大好きな酪農の仕事を女性後継者一人でも続けていけるように」と、就農から現在までに以下の3点に取り組んできた。
(1)放牧を取り入れた飼養管理
(2)コントラクターを利用した自給飼料の生産拡大
(3)ブラウンスイス牛肉の加工販売
 以下では、これらの取り組みに至った経緯や、それぞれの現状と課題について述べる。

3 飼料自給に向けた取り組み

(1)放牧を取り入れた飼養管理

 放牧の導入は、春恵氏が就農3年目に、強健な育成牛づくりのために自ら提案した。フリーストール牛舎で一群管理方式をとる菅原牧場では、まだ体の小さな初産の牛が経産牛の群れに交じるといじめられ、十分に採食できない、怪我を負うなどのトラブルが発生していた。そこで、育成牛担当の春恵氏は、「足腰の強い牛を育てるには放牧がよいだろう」と考え、育成牛舎に隣接する土地3ヘクタールを囲って放牧地とした。
 しかし、周囲に放牧技術に詳しい人はおらず、知識も経験も乏しいまま実践に移したため、最初の数年は失敗も多かった。できるだけ放牧地で採食してほしいとの思いから、粗飼料はあえて与えず、配合飼料も1日1回の補助的給与にとどめた。すると、みるみる牛が痩せ、繁殖成績が著しく下がった。放牧を許してくれた両親も見かねて継続を反対するようになり、前向きだった春恵氏もさすがに落ち込んだという。
 そんな折、茨城県で放牧酪農を行う農事組合法人新利根協同農学塾農場を訪ねたことが転機となった。ブログ記事を通して同農場を営む上野裕氏の存在を知り、ぜひ一度話を聞かせてもらおうと岩手から車を走らせた。上野氏の姿勢に学ぶ中で、放牧に対する自身の考え方が大きく変わったと春恵氏は振り返る。それまでは「放牧とは牛を舎外に出すこと」「牛にとって良い飼い方なのだろう」と単純に考えていたが、「牛が十分に食べられ、快適に満たされた状態を保てなければ、適切な放牧飼養管理とは言えない」と気づき、認識を改めた。
 それからの10年間、農業改良普及員に協力を仰ぎつつ、自分なりに放牧飼養管理のあり方を模索し続けた。子牛の哺乳プログラムを再検討し、育成牛も毎月増体チェックをしながら飼料の給与量を見直し、放牧中も草地の状況に応じて牧草ロールを積極的に併用するようにした。そうした試行錯誤の末、直近5〜6年はようやく育成牛の増体や繁殖成績が安定するようになったという。初産の牛も、経産牛に交じっても劣らないほど強く育ち、当初の目的も無事達成できた。遠回りしたものの、今では放牧を取り入れてよかったと実感している。
 放牧の効果の一つに、飼料費の削減がある。導入後、育成牛の年間購入飼料費が4分の1ほど減り、昨今の飼料価格高騰下でも大きな影響を受けずに済んだ。また、自給飼料の生産コスト削減にもつながった。二番草・三番草は一番草より収量が落ちるのに、かかる労力や燃料費は同じであるため課題に感じていたが、採草地の一部を放牧兼用地に充て、二番草以降は牛にそのまま食べさせるようにしたことで省力化できた。
 一方で、課題もある。放牧中の怪我に起因する痩せや種付けの遅れ、アブによる被害である。幸い発生件数が少なく大きな問題とはなっていないが、安全な牛舎の外へ出せばリスクが伴う。加えて、近年は気候変動の影響で、東北地方でも寒地型牧草の生育不良が見られる。菅原牧場はこれまで寒地型牧草(オーチャード主体の混播こんぱに、ペレニアルライグラスを追播ついは)を利用してきた。今後の状況次第では、草種選定の変更も検討しなければならない。
 

(2)コントラクターを利用した自給飼料の生産拡大

 粗飼料は自給率100%で、放牧による省コスト化もかなった。そこで、次は配合飼料の購入量をさらに減らそうと、2017年からコントラクターを利用したデントコーンの栽培も始めた。
 収穫を委託するので作業負担自体は大きくなかった。しかし、粘土質の土壌で水はけが悪いことや、豪雪地帯のため春の雪消えを待たないと作業が開始できず播種はしゅの遅れが生じたり、除草剤散布などの管理を適期に行えず病気が生じたりと、目標単収(10アール当たり3トン)に達しない年も多かった。その上、獣害が深刻で、クマ対策に割く余計な労力が増えた。5年ほど続けてみたが、サルやシカ、イノシシも出没するようになり、やむなく継続を断念した。現在は県内産デントコーンを購入している。
 デントコーン栽培を機に始めたコントラクター利用はその後も続け、牧草収穫の一部(一番草20ヘクタール、二番草5〜10ヘクタール)を委託している。以前は家族総出で1カ月近くかかっていた作業が2日で完了する。区画によって採草時期がずれることもなくなり、品質も良くなった。穀物飼料の自給には至らずとも、粗飼料生産の省力化と品質向上の良いきっかけになったようである。

4 畜産物の高付加価値化に向けた取り組み

(1)「左草ブラウンスイス牧場」立ち上げの経緯

 こうした飼料自給と省力化に取り組む一方、高付加価値化にも挑戦してきた。春恵氏が就農して間もない頃、希少かつ加工向きの乳質を持つブラウンスイス種の強みを生かそうと、手始めにアイスクリームづくりを試みた。しかし、アイスクリーム店の協力を得て試作に漕ぎつけたところで、本業との兼ね合いや販売ノウハウ不足が障害となり事業化は頓挫した。
 ブラウンスイス種は乳肉兼用種のため肉も利用できるが、日本の市場では個体販売価格が低く、自家消費にとどまっていた。ブラウンスイス種特有のまろやかでうま味のある肉のおいしさは知っていたものの、焼き材に不向きな部位も多く、それがビジネスになるとは考えていなかった。
 ところが、盛岡市から西和賀町へ移住してきたシャルキュトリー職人・佐々剛氏との出会いで新たな可能性が拓けた。シャルキュトリーとは、フランス語でハムやソーセージなどの食肉加工品を指す。焼き材などとして扱いづらい部位もこうした商品にすれば無駄にせず価値を高められることを知った。こうして2020年9月、春恵氏の個人事業として食肉販売業を開始し、「左草ブラウンスイス牧場(注3)」の立ち上げに至ったのである。

(注3)「左草」は地名に由来する。
 

(2)仕入れ・加工

 まず、左草ブラウンスイス牧場が菅原牧場からブラウンスイス種の廃用牛または雄子牛を生体で買い取る。買取価格は乳牛の市場相場の約2倍と高い。これは、(菅原牧場に限らず)出荷側にも利のある仕組みづくりを通して、「乳量が少なく個体価格も安いので酪農経営に向かない」と言われるブラウンスイスの評価を変えていきたいと考えてのことである。
 と畜後、1頭当たり約250キログラムのブロック肉を引き取って商品に加工する。当初、年間1〜2頭分の出荷から徐々に増やし、5年目の現在は年間5頭分となる。約3分の1(サーロイン、ヒレ、モモなど)はブロックのまま県内外の飲食店などへ卸す。残った3分の2のうち、ブロック状では扱いにくい部位(バラ、ウデなど)はカット肉やひき肉にし、スジの多い赤身などを生ハム、ソーセージ、コンビーフ、パストラミといった約10種類のシャルキュトリーに加工して余すところなく使う(写真5、6)。
 加工は佐々氏の経営する合同会社33トントロアの工房を借り、衛生管理や製造方法を教わりながら始めた。作業は、気温が高く採草の繁忙期とも重なる夏場を避ける狙いから、晩秋と春先にまとめて行い、商品は冷凍ストックしておく。冷凍することで賞味期限を半年と長めに設定でき、添加物も減らせるので本来の味を楽しんでもらえるという。
 


 

(3)販売チャネルと顧客ニーズ

 秋と畜分を夏までに、春と畜分を秋までに売り切らなければならない。特にシャルキュトリーは日本ではなじみが薄く高価格帯のため、地元よりも都市部に需要があると考えた。とはいえ、本業を放って営業活動に専念することも、宣伝広告費を捻出することも難しい。
 そこで、まずは無料で利用可能なFacebookグループ(SNSを利用したオンラインコミュニティ)を立ち上げ、知人を中心としたネットワークに商品を紹介し、個別に買い手を募ることから始めた。SNS上では生産者側からの情報発信だけでなく、メンバーとの交流もでき、購入した顧客からの感想や写真などの投稿も見られる。シェア機能によってグループの輪は広がり、現在の参加者は450名を超える。その後、新設したInstagramや牧場のウェブサイトでも注文受付を開始したほか、飲食店や小売店への卸、地元直売所での販売、西和賀町のふるさと納税返礼品や地場産品を扱う外部EC(電子商取引)サイトなど、徐々に販路を増やしてきた(表3)。日々の情報発信、受注管理や発送作業は、春恵氏が朝夕の酪農の仕事の傍らすべて一人で行う。
 コロナ禍に開業したにもかかわらず、売上は順調に伸び続けている。顧客は県内外、個人・事業者を問わず多様だが、商品カテゴリーごとに一定の傾向が見られる。シャルキュトリーは、初期から一貫して個人によるEC利用が大半である。ブロック肉は、定期顧客の町内旅館をはじめ、県内外の飲食店や小売店など事業者への卸が主体となっている。ただ、最近は一般の個人からの注文も増えているという。カット肉は個人からも事業者からも注文があり、後述する学校給食への提供も行う。事業全体で見ると、個人よりも事業者(学校給食含む)のシェアがやや高まりつつある。


 
 販路拡大には、赤身牛肉を求める料理人の存在と、そのネットワークが重要な役割を果たしている。フレンチやイタリアンの本場では脂が少なくうま味のある赤身肉を用いることが多く、飲食店には一定の需要がある。しかし、日本では脂が多く柔らかい霜降りが好まれるので、質の良い赤身の国産牛肉は手に入りにくい。岩手県内には上質な赤身で有名な日本短角種の主産地もあるが、流通量は極めて少なく高価である。一方、左草ブラウンスイス牧場の商品は、乳牛としては高めの価格設定とはいえ、日本短角種の半額程度である。そうした事情もあり、日頃から新たな食材を探し求める料理人同士の情報網を介して「西和賀町で良質な赤身牛肉が安価で手に入る」といった口コミが自然と広がっていくのだという。既存取引先の紹介から新たな取引に結びつくことも増えた。そうしたケースは自ら営業をかけるより成約がスムーズで、リピート率も高い。肉の希少性や価格優位性のみならず、春恵氏の考え方や放牧という飼い方に共感し支持してくれる人も少なくない。
 赤身肉は熱で硬くなりやすいため調理が難しく、ブラウンスイスという品種も一般にはなじみがない。しかし、食材の特性への理解と高い調理技術を備えた料理人が架け橋となり、左草ブラウンスイス牧場の商品や取り組みの価値を消費者へ広める役割を果たしている点は、非常に興味深い。
 

(4)地元学校給食への提供

 菅原牧場の生乳は、湯田牛乳公社を通じて長年、学校給食用牛乳に供給されている。それに加え、食肉も学校給食への提供を始めた。きっかけは、2021年に新設された西和賀町総合給食センターの栄養教諭との出会いである。食育に力を入れる同センターでは、生産者と連携して地域食材をふんだんに使ったメニューを提供している。「毎日給食で牛乳を飲む子どもたちに、その乳を出す役目を終えた牛がどうなるのかも知ってほしい」という春恵氏の思いに共感した栄養教諭の計らいで、左草ブラウンスイス牧場の牛肉を使った献立が西和賀町内の全小・中学校で毎年8回提供されるようになった(写真7)。
 2024年7月には菅原牧場が西和賀町、隣接する北上市の学校栄養士の合同研修会場となり、試食品が参加者から好評を得た。おいしさもさることながら、予算の限られた学校給食において、牛肉、それも希少な地場産を利用できるのは大きなメリットであろう。最近では町内外の保育園からも注文が入った。給食食材としての需要が増えている様子がうかがえる。未来の消費者である子どもたちにブラウンスイス牛肉を知ってもらう機会が広がっていくことが期待される。
 

 

(5)今後の展望

 2024年は自らの加工施設を持つことを次なる目標に掲げ、準備に奔走してきた。ようやく資金調達のめどが立ち、10月30日に竣工した(写真8)。食肉製品製造業の営業許可に必要な国家資格「食品衛生管理者」は、大学時代に履修した科目で取得申請要件を満たせることが助けになった。
 今後は女性一人でも続けられる作業体系づくりを念頭に、飼養規模は維持または縮小しつつ、ブラウンスイス種の割合を増やしていくつもりである。需要が確保できれば年間10頭分程度の加工販売ができる体制を整えていく。生乳生産量は減る可能性もあるが、その分、加工販売で付加価値を高めれば全体収入に大きな影響はない。
 大口取引を増やしたり特定販路の拡大に注力するよりも、価値を理解してくれる顧客を少しずつ増やしながら、都市部のニーズに合う加工品の開発や、地元の消費者により手頃な価格で楽しんでもらうための方法を考えることを大切にしていきたい考えである。

5 おわりに

 本稿では、小規模でも成り立つ省力的かつ高付加価値の畜産経営に向けて、試行錯誤しながら挑戦を続ける若手後継者の取り組みを紹介した。
 紆余曲折を経ながらも、放牧による育成牛強化や省力化、飼料費削減を達成し、ブラウンスイスの特色を生かした高付加価値化の事業も5年目を迎えて軌道に乗ってきた。いずれはブラウンスイスの肉だけでなく乳も活かし、地域に根づかせたいと春恵氏は意気込む。加工次第でおいしさを引き出せるブラウンスイスの乳肉は、調理に手間暇のかかる山菜や川魚を楽しむ西和賀の食文化と相性が良いかもしれない。ゆくゆくは他の地場産品とともに「西和賀のテロワール(注4)」を育んでいければと夢は膨らむ。労力が限られる中でそれらすべてを独力で実現することは難しいが、春恵氏は「自分で何でもやらなくていいんです」と語る。大好きな酪農のある暮らしを守っていく方法を模索し努力を続けるうちに、共感や支持を示してくれる仲間や顧客が増えてきた。そうした人々の力も味方に付け、身の丈に合った持続可能な経営を目指している。
 規模拡大やスマート化によって生産性向上を図る大規模経営がある一方、そうした投資が困難な中小規模の家族経営も多い。本稿の事例のように、既存の経営資源を活かした多様な畜産の形が展開され、日本の畜産の持続可能性向上につながっていくことが期待される。

(注4)一般に、ワインとその原料となるブドウが生産される土地の地形、気候、土壌などの自然条件・風土に、それらと共生・結合した人々の営みを含んだ空間を示す概念として使われている。そこで生産されるワインの品質や特徴、味わいに強く影響を及ぼすといわれている。現在、その概念は農畜産物や水産物、農産加工品に至るまで幅広く用いられている。


【謝辞】
 本稿の調査の一部は、乳の学術連合「学校給食牛乳に関する領域横断的共同研究」の助成を受けて実施されたものです。また、藤田春恵様にはお忙しい中、調査や写真提供に快くご協力いただきました。厚く御礼申し上げます。

【引用文献】
株式会社湯田牛乳公社「製品一覧」,https://shop.yudamilk.com/?mode=f1(2024年9月30日閲覧)
左草ブラウンスイス牧場「購入のご案内」,https://www.saso-brownswiss.com/(2024年9月30日閲覧)
日刊酪農乳業速報(2024年4月18日付)「湯田牛乳公社、3セク解消し民間企業へ移行」,https://dailydairynews.jp/post/5057(2024年9月30日閲覧)