(1)イタリアの農業経営者数の動向
2020年のイタリアの農業経営者数は113万530人となり、10年から30.3%減少した(図6)。ただし、近年はほぼ横ばいで推移している。
イタリア政府によると、同国の若手農業者の特徴として、(1)農地面積が大きい(2)農業教育を含む教育水準が高い(3)事業の多角化やイノベーションへの投資を行っていること−などが挙げられている(表6)。
(2)後継者の確保への課題
イタリアでは、社会全体で高齢化が大きな問題となっており、特に農業経営者の高齢化が目立っている(図7)。
他のEU主要農業国との経営規模を比較すると、中小規模の農業経営が多いことから、限られた農地での安定した収益の確保が課題となる。他方で近年の農地を含めた土地価格の高騰により、農地を他の産業向けに売却して廃業する農業経営者も増えている。
さらに、イタリア固有の状況として、家族内の結び付きが強いことから、家族経営に第三者が入ること(第三者継承)は難しい状況にある。
イタリア最大の農業団体であるコンファグリコルトゥーラ(Confagricoltura)と同団体の若手農業者部門であるANGAでは、イタリアでの農業経営や継承の実態を踏まえた収益確保の方法として、アグリツーリズムや直接販売、再生可能エネルギーなどによる経営の多角化を提案している。これにより競争力のある農業経営を重視し、既存の農業経営内の世代交代に注力すべきとしている。
また、イタリアにおいては、農業を引退した農地所有者が年金とCAPの両方を受給している実態にある。このため、本来は支援を必要とする若手農業者の受給額が目減りしていることも問題とANGAは指摘している。
(3)イタリアの後継者対策
ア CAPによる支援
コンファグリコルトゥーラの試算によると、イタリアの農業者所得に占めるCAPからの補助の割合(2017〜21年平均)は21%とされ、EU平均(32%)に比べて低いものの、重要な収入源となっている。
イタリアに対しては、現行CAPによる若手農業者への支援に約11億ユーロ(1768億円)の予算が割り当てられている。このため、第1の柱のCIS−YFでは、通常の直接支払いに加え、90ヘクタールを上限に、農地面積に応じた上乗せ支給をしている。支給額は予算額と申請者数により変動するものの、23年は1ヘクタール当たり87ユーロ(1万3981円)となっている。また、第二の柱の農村振興政策では、農地取得の支援と持続可能な社会に適合した農業の多角的な取り組みを支援するとしている。
イ エミリア・ロマーニャ州の取り組み
酪農などが盛んなイタリア北部のエミリア・ロマーニャ州(図8)では、2014〜22年にかけて、新規就農を希望する若者のための支援として、CAP予算などを活用して新規就農助成と施設の改修や機材の購入などの投資への支援が行われた(表7)。
これらの支援により、同州では14〜22年の9年間で2087人の若者が新規就農を行った(うち28%が酪農生産者)。申請時の平均年齢は29歳であり、既存農場の継承が66%、このうち80%が親子間の継承であることから、同州では親族間継承が一般的であった。ANGAの担当者によると、この傾向はイタリア全体でも同様とされている。
23年以降の現行CAPでも、条件などに若干の変更はあるものの、同様の支援が行われており、新規就農助成の支援額は5万ユーロ(804万円)(注4)に増額されている。また、新たに助言サービスの活用や機械化などの新技術の導入も支援している。
(注4)条件不利地の場合の支援額は6万ユーロ(964万円)。
ウ 収入の多角化への支援
エミリア・ロマーニャ州では、現行CAPで農業者による他事業の展開に対して5万ユーロ(804万円)の支援を行っている。支援対象には、アグリツーリズムや農業の指導活動なども含まれる。同州の担当者は、「農業者の収入の多角化を促進し、経営を安定させていく狙いがある」としている。
また、イタリア最大の乳業メーカーであるグラナロロ(Granarolo)社は、取引を行う酪農家に対し、バイオメタン生産などの新たな収入源の確保の推奨などを行うとともに、23年には若手農業者向けの教育コースを設立し、酪農経営に関する指導を行っている。
(4)親族間継承の実例
イタリア北部のロンバルディア州で家族経営の酪農を行うピエーヴェ・エコエネルジア農場では、父のダニオ・フェデリチ氏から息子のジュリオ氏に経営が引き継がれた(表8、写真1)。
同農場では、新たな技術の導入に積極的だった父ダニオ氏が2009年と12年に建設したバイオガスプラント2基に加えて、ジュリオ氏が経営を継承する直前の22年にイタリアの農業分野では初となるバイオメタンプラントを建設し、収入の多角化を図ってきた(コラム1参照)。
父から酪農経営を引き継いだ理由についてジュリオ氏は、「父が積極的に投資してきたこの農場を引き継ぐことが自分の使命だった」と述べた。イタリアの酪農関係者によると、酪農は休みが少なく収入が不安定であることから、情熱や使命感がなければ継承することは難しいとされている。
主に飲料向けの生乳を生産する同農場では、GI(PDO、PGI)(注5)チーズ向けの生乳に比べて乳価は低い。しかし、このような現状を踏まえてジュリオ氏は、「消費者がエコな食品を求め、EUの環境規制が厳格化されているため、畜産経営は再生可能エネルギーの生産と一体となって考える必要がある」と述べ、環境に配慮した持続可能な経営が乳価の維持に役立っていると考えている。