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海外情報 EU 畜産の情報 2025年1月号

EU農業の後継者対策 〜イタリアとフランスの取り組みと酪農における若手生産者の実例〜

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調査情報部 藤岡 洋太、渡辺 淳一

【要約】

 農業経営者の高齢化が進むEUでは、2023年からのCAPによる新規就農や若手農業者への支援を手厚くするなど後継者対策に一層力を入れている。加盟国ごとに社会情勢や農業経営が異なる中、各国の政府や業界団体はそれぞれの国の実情に合わせた対策を取っており、イタリアでは収入の多角化、フランスでは第三者継承に力を入れている。

1 はじめに

 わが国の農業部門における高齢化の進展や後継者の確保は、喫緊に取り組むべき課題に挙げられている。主要農業生産地域であるEUも同様に、農業者の高齢化や若手農業経営者(若手農業者)が減少しており(図1)、後継者対策は農業分野の最重要課題の一つに挙げられている。2020年には、EUの農業経営者数は907万人と10年から24.8%減少した。このような状況を踏まえて、23年から開始した共通農業政策(CAP)では、若手農業者への支援に充てられる予算を拡大し、持続可能な農業に向けた世代交代の促進に努めている。
 また、各加盟国はそれぞれの実情を踏まえた支援も行っており、支援内容は国ごとに異なっている。
本稿では、EUにおける若手農業者への支援などの状況を概観し、主要な酪農生産国であるイタリアとフランスそれぞれの後継者対策の実態や取り組みなどを報告する。
 なお、本文中の為替相場は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」2024年11月末TTS相場の1ユーロ=160.70円を使用した。

 

2 EUの農業者の概要

(1)EUの農業経営者数の動向

 EUの農業経営者数は肉牛を除き減少が続いている。部門別に見ると、特に畜産部門での減少が顕著であり、2020年には10年比で40.7%の減少となった(図2)。中でも、養豚経営者(同58.0%減)を筆頭に、家きん経営者(同40.5%減)、酪農経営者(同27.5%減)など、肉牛を除くすべての畜種で大きく減少している(表1)。
 




 
 
 年齢別に見ると、45歳未満の経営者の割合は10年の24%から、20年には21%に低下し、経営者数は110万人減少した(図3)。65歳以上も同じく57万人減少したが、全体に占める割合は3ポイント上昇して33%となった。


 
 
 主要農業国別に見ると、ドイツやフランスは45歳未満の経営者の割合が25%前後とEUの中でも比較的高く、65歳以上の割合が15%未満であるのに対して、スペインやイタリアでは45歳未満の割合は15%以下となっており、65歳以上の割合が4割以上を占めている(図4)。
 加盟国間での経営者の年齢構成の違いとして、各国の農業条件のほか、国ごとの年金制度やCAPの受給条件などの違いもあるとみられる。
 

 
 

(2)若手農業者の特徴

 欧州の若手農業者団体である欧州青年農業者協議会(CEJA)によると、若手農業者の多くは農業の持続可能性や収益性、生産性を高めるために、スマート農業などの新たな農業技術や経営手法を積極的に取り入れる傾向があるとされている。若手農業者は、農業に関する本格的な教育や訓練を受けている割合が比較的高いことも特徴の一つである(表2)。
CAPの中で若手農業者支援を受けることができる農業者の条件として、(1)40歳以下(注1)(2)実質的な農地管理者(3)農業訓練を受けたり農業に関する技能を有したりする者−と定義されている。

(注1)CAPによる若手農業者の支援の対象とする年齢の上限は35〜40歳までとされ加盟国ごとに定めているが、ほとんどの加盟国で40歳と定義されている。

 
 

 (3)若手新規就農の課題

 欧州委員会によると、農業経営者の高齢化が課題となるEUでは、若者の新規就農への課題として、農地取得時や農業機材購入時の財政的な問題や農村地域のインフラ不足などが挙げられている(表3)。
 また、畜産・酪農では、近年の環境規制の厳格化やアニマルウェルフェア(AW)に関する基準の引き上げも新規就農への障壁になっているとされている。

3 EUの後継者対策

(1)これまでの取り組み

 農業の後継者確保は、EU農業の競争力確保だけではなく、持続可能な食料システムや農村地域の存続と発展のためにも重要なことから、EUや加盟国ではこれまでも後継者対策を実施してきた。CAP2014−22(以下「前期CAP」という)では、若手農業者の所得支持のために、新たに第一の柱の直接支払いに青年就農スキーム(YFS)を導入した。
 前期CAPによる後継者対策の効果について欧州委員会は、国や地域などにより状況が異なるものの、若手農業者の経営継続につながったとしており、EUの若手農業者からはおおむね好意的に受け止められている。
 一方、EUの諮問機関である欧州経済社会評議会(EESC)による評価では、前期CAPのYFSは若者が新規就農する上で重要な要素であったとしつつ、根本にある農業所得の低さをカバーするには十分な財政的支援ではなかったと指摘している。
 

(2)CAP2023−27による後継者対策

 CAP2023−27(以下「現行CAP」という)では、掲げている10の目標の中に「世代交代への支援」を掲げるなど、後継者対策を最重要課題の一つとしている(図5)。
 基本路線は前期CAPを引き継ぐものとなっているが、現行CAPでは、直接支払いの予算額の最低3%に相当する額を若手農業者の支援に充てることを条件とするなど、若手農業者への支援を手厚くしている(注2)。また、直接支払い(第1の柱)における若手農業者に対する青年農業者所得支持(CIS−YF)や、農村振興政策(第2の柱)における新規就農支援、投資支援などを加盟国ごとに柔軟に設けることができるようになった。
 CAPの目標に沿った形で、加盟国ごとにCAP戦略計画(以下「戦略計画」という)の中で支援内容が策定され、EU全体では、85億ユーロ(1兆3660億円)が若手農業者支援に充てられ、5年間で約38万人の若手農業者が支援を受ける見込みとされている(表4)。
 
(注2)前期CAPの最低2%から現行CAPでは最低3%へ引き上げられた。これについてCEJAのミーデンドルプ会長は、前向きな進展と評価している。




 
 
 
 
ア 若手農業者に対する直接支払いの上乗せ
 デンマークとポルトガルを除く25の加盟国では、CIS−YF(若手農業者への直接支払いの上乗せ)を設定している。上乗せ額は各国により異なるが、農地面積当たりまたは農場当たりで設定され、支援対象となる農地面積には上限が設けられている(表5)。


 
 
イ 農村振興政策における若手農業者支援
 農村振興政策では、主に新規就農助成と農場への投資に対する支援が若手農業者支援となる。特に新規就農助成については、すべての加盟国の戦略計画に組み込まれ、一定の条件を満たす若手新規就農者が活用できる(4の(3)、5の(3)参照)。投資支援については、補助率を高く設定することや、若手農業者向けの補助金制度や融資プログラムなどがある。
 また、加盟国によっては、農業に関する研修や助言サービスの提供などが組み込まれている戦略計画もある。
 

(3) 農業団体や若手農業者組織による若手農業者支援の取り組み

 欧州の農業団体も後継者確保の重要性を指摘しており、欧州農業協同組合委員会(Cogeca)は2023年12月、深刻化する欧州の農業人口の減少に対応するために、若者や新規参入者の起業家精神と経営能力を伸ばし、農村地域の活性化のための支援に取り組むことを明確にしている。
 また、CEJAは、欧州委員会が24年に実施した「EU農業の将来に関する戦略対話」(注3)にも参加し、若手農業者への支援に関してEU農業の世代交代の重要性を訴えるなど、政策立案者と若手農業者をつなぐ役割を果たすとともに、欧州各国の若手農業者組織間の情報交換や研修を促進するプロジェクトなどを実施している。
 
(注3)海外情報「EU農業の将来に関する共通理解と方向性を示す「戦略対話」の報告書が公表(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003923.html)をご参照ください。

4 収入の多角化を目指すイタリアの取り組み

(1)イタリアの農業経営者数の動向

 2020年のイタリアの農業経営者数は113万530人となり、10年から30.3%減少した(図6)。ただし、近年はほぼ横ばいで推移している。
 イタリア政府によると、同国の若手農業者の特徴として、(1)農地面積が大きい(2)農業教育を含む教育水準が高い(3)事業の多角化やイノベーションへの投資を行っていること−などが挙げられている(表6)。




 
 

(2)後継者の確保への課題

 イタリアでは、社会全体で高齢化が大きな問題となっており、特に農業経営者の高齢化が目立っている(図7)。
 他のEU主要農業国との経営規模を比較すると、中小規模の農業経営が多いことから、限られた農地での安定した収益の確保が課題となる。他方で近年の農地を含めた土地価格の高騰により、農地を他の産業向けに売却して廃業する農業経営者も増えている。
 さらに、イタリア固有の状況として、家族内の結び付きが強いことから、家族経営に第三者が入ること(第三者継承)は難しい状況にある。
 イタリア最大の農業団体であるコンファグリコルトゥーラ(Confagricoltura)と同団体の若手農業者部門であるANGAでは、イタリアでの農業経営や継承の実態を踏まえた収益確保の方法として、アグリツーリズムや直接販売、再生可能エネルギーなどによる経営の多角化を提案している。これにより競争力のある農業経営を重視し、既存の農業経営内の世代交代に注力すべきとしている。
 また、イタリアにおいては、農業を引退した農地所有者が年金とCAPの両方を受給している実態にある。このため、本来は支援を必要とする若手農業者の受給額が目減りしていることも問題とANGAは指摘している。
 

 

(3)イタリアの後継者対策

ア CAPによる支援
 コンファグリコルトゥーラの試算によると、イタリアの農業者所得に占めるCAPからの補助の割合(2017〜21年平均)は21%とされ、EU平均(32%)に比べて低いものの、重要な収入源となっている。
 イタリアに対しては、現行CAPによる若手農業者への支援に約11億ユーロ(1768億円)の予算が割り当てられている。このため、第1の柱のCIS−YFでは、通常の直接支払いに加え、90ヘクタールを上限に、農地面積に応じた上乗せ支給をしている。支給額は予算額と申請者数により変動するものの、23年は1ヘクタール当たり87ユーロ(1万3981円)となっている。また、第二の柱の農村振興政策では、農地取得の支援と持続可能な社会に適合した農業の多角的な取り組みを支援するとしている。
 
イ エミリア・ロマーニャ州の取り組み
 酪農などが盛んなイタリア北部のエミリア・ロマーニャ州(図8)では、2014〜22年にかけて、新規就農を希望する若者のための支援として、CAP予算などを活用して新規就農助成と施設の改修や機材の購入などの投資への支援が行われた(表7)。




 
  これらの支援により、同州では14〜22年の9年間で2087人の若者が新規就農を行った(うち28%が酪農生産者)。申請時の平均年齢は29歳であり、既存農場の継承が66%、このうち80%が親子間の継承であることから、同州では親族間継承が一般的であった。ANGAの担当者によると、この傾向はイタリア全体でも同様とされている。
 23年以降の現行CAPでも、条件などに若干の変更はあるものの、同様の支援が行われており、新規就農助成の支援額は5万ユーロ(804万円)(注4)に増額されている。また、新たに助言サービスの活用や機械化などの新技術の導入も支援している。
 
(注4)条件不利地の場合の支援額は6万ユーロ(964万円)。
 
ウ 収入の多角化への支援
 エミリア・ロマーニャ州では、現行CAPで農業者による他事業の展開に対して5万ユーロ(804万円)の支援を行っている。支援対象には、アグリツーリズムや農業の指導活動なども含まれる。同州の担当者は、「農業者の収入の多角化を促進し、経営を安定させていく狙いがある」としている。
 また、イタリア最大の乳業メーカーであるグラナロロ(Granarolo)社は、取引を行う酪農家に対し、バイオメタン生産などの新たな収入源の確保の推奨などを行うとともに、23年には若手農業者向けの教育コースを設立し、酪農経営に関する指導を行っている。
 

(4)親族間継承の実例

 イタリア北部のロンバルディア州で家族経営の酪農を行うピエーヴェ・エコエネルジア農場では、父のダニオ・フェデリチ氏から息子のジュリオ氏に経営が引き継がれた(表8、写真1)。
 同農場では、新たな技術の導入に積極的だった父ダニオ氏が2009年と12年に建設したバイオガスプラント2基に加えて、ジュリオ氏が経営を継承する直前の22年にイタリアの農業分野では初となるバイオメタンプラントを建設し、収入の多角化を図ってきた(コラム1参照)。
 父から酪農経営を引き継いだ理由についてジュリオ氏は、「父が積極的に投資してきたこの農場を引き継ぐことが自分の使命だった」と述べた。イタリアの酪農関係者によると、酪農は休みが少なく収入が不安定であることから、情熱や使命感がなければ継承することは難しいとされている。
 主に飲料向けの生乳を生産する同農場では、GI(PDO、PGI)(注5)チーズ向けの生乳に比べて乳価は低い。しかし、このような現状を踏まえてジュリオ氏は、「消費者がエコな食品を求め、EUの環境規制が厳格化されているため、畜産経営は再生可能エネルギーの生産と一体となって考える必要がある」と述べ、環境に配慮した持続可能な経営が乳価の維持に役立っていると考えている。
 
(注5)地理的表示。『畜産の情報』2018年12月号「EU産チーズの輸出見通し〜地理的表示(GI)で保護された伝統的なチーズ〜」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000394.html)をご参照ください。

 



 

コラム1 イタリアの酪農生産者のバイオエネルギー生産

 1990年代からバイオガスの生産に力を入れてきたイタリアでは、プラント建設費の支援や税制面の優遇措置、固定価格買取制度(FIT)などの政策が行われてきた。
 2021年には、FITの対象を化学燃料の代替として期待でき、既存のガスパイプラインに供給できるバイオメタンに変更し、バイオメタン生産の拡大を目指している。
 ロンバルディア州のピエーヴェ・エコエネルジア農場では、生産規模拡大による家畜排せつ物の増加とバイオガス発電のFITの契約期間終了に伴い、22年にバイオメタンプラントを建設し、従前のバイオガス生産からの転換を図っている(コラム1−写真1、写真2)。現在、同農場のバイオガス発電やバイオメタンの販売による収入は、農場収入全体の半分を占めている。



 
 
 しかし、バイオメタンの生産にはいくつかの課題もある。
 エミリア・ロマーニャ州のボローニャ近郊で2基のバイオガスプラントを有するアントニオ農場では、ピーク時には農場収入の半分をバイオガスによる売電が占めていた。しかし、建設当初の売電契約が切れた24年からは売電価格が引き下げられたため、現在は収入の3割程度になっている。同農場の経営者であるステファノ氏は、「プラントの費用対効果の分析を改めて行い、今後のバイオガス生産を検討する段階に来ている」と話す。
 

 
 アントニオ農場では、バイオメタン生産に取り組もうとしたものの、農場が既存のガスパイプラインから離れているため、プラントの建設を断念したという。イタリアバイオガスコンソーシアム(CIB)によると、イタリアでバイオメタンの生産を促進するためには、複雑なインフラの整備や管理が必要となることを指摘している。ステファノ氏は「立地の問題により、バイオメタンプラントを設置できない農業者もいる。政府は幅広い再生可能エネルギーの生産への支援を続けてほしい(注)」と述べた。
 
(注)イタリアのエネルギー・環境局(ARERA)は2024年4月、バイオメタンの生産に転換できないバイオガスプラントにより発電した電力の最低保証価格導入に向けた審議を行うことを発表した。

5 フランスの第三者継承の取り組み

(1)フランスの農業経営者数の動向

 フランスの農業経営者数は減少傾向で推移しており、2020年には39万3030人となり、10年から23.8%減少した(図9)。また、EU加盟国の中では若手農業者の割合が高いものの、今後10年以内に全農業者の45%が引退すると言われている。特に畜産・酪農で高齢化は顕著であり、収益性が低く融資を受けることがより難しい状況にあるため、新規就農の割合も低い。
 同国の農業経営の特徴として、前述のイタリアとは異なり、家族経営の割合が低いことが挙げられる。20年には、EU全体の家族経営の割合は93.1%であったのに対し、フランスは59.3%と加盟国の中で最も低かった(イタリアは98.5%)(注6)。また、フランスの若手農業者組織であるJA(Jeunes Agriculteurs)によると、22年の新規就農者1万4132人(うち40歳以下は9929人)のうち、第三者継承による就農が25%程度を占めたとされている。これは、同国が新規就農に対して第三者継承を積極的に推進してきた結果と言えるだろう。
 
(注6)農業労働力の50%以上が家族労働者である経営体の割合。
 


 

(2)後継者確保への課題

 フランスの新規就農については、資金の調達や農地の確保が課題となっている。同国の戦略計画によると、一例として、高齢の農業者が引き続き直接支払いを受給するために経営継承を行わない点を問題視している。全国酪農経済センター(CNIEL)によると、フランスではCAPと年金を重複して受給することはできないため、対象となる農業者はいずれかを選択することになるが、農業者年金の給付額が少ないことから、CAPによる収入を選ぶ高齢農業者も多いとされる。
 また、JAの担当者によると、大規模化が進んでおり、第三者継承では農地の譲渡額が高額になることも参入障壁になるとされている。さらに、過去の酪農危機(注7)などの経験から、親が子に酪農を継ぐことを勧めないこともあるとされる。
 
(注7)2014年8月からのロシアの農産物禁輸措置、15年3月のクオータ制度の廃止および同時期の中国の需要減少などによる生乳および乳製品価格の低迷など。
 

(3)フランスの後継者対策

ア CAPによる支援
 フランスでは、約17億ユーロ(2732億円)を若手農業者支援に充てている。CIS−YFに相当する若手農業者所得支援(PJA)は、従来、農地面積に応じた給付を行っていたが、現行CAPでは農場当たりの定額給付に変更された(表9)。
 また、農村開発政策の中の青年就農者助成金(DJA)では、新規就農者に対して、1万5000〜8万ユーロ(241万円〜1286万円)(注8)を給付している。
 その他、デジタル技術の導入や再生可能エネルギーの生産施設の建設などへの支援や税制優遇措置などを行っている。
 
(注8)受給条件や給付額は地域圏ごとに異なる。

 
イ 農地の譲渡や取得への支援
 フランスでは、第三者継承による就農を促進するために、農地譲渡や取得への支援が行われてきた。2017年に導入された「農地の譲渡を支援する制度(AITA)」では、就農を希望する若者向けの相談窓口の設置や農業訓練の実施、農地を譲渡したい農業者と就農を希望する若者とのマッチングなどを行っており、相談窓口へは毎年2万人以上から相談が寄せられている。
 また、農地保護制度の下で、農地の売買などを仲介する土地整備農事創設公社(SAFER)を通じ、若者の農地取得や規模拡大への支援が行われてきた。同公社は農地の先買権(注9)を有し、取得した農地を販売する際には、購入希望者の審査を行い、40歳以下の希望者を優遇している(図10)。
 
(注9)農地売却の際に、優先して農地所有者と売買の交渉を行える権利。
 



 

(4)第三者継承の実例

 JAの副代表を務めるデビレール氏は、フランス東部のドゥー県でコンテチーズ用の生乳を生産する50頭規模の酪農経営を行っている(表10、写真2)。





 
 
 両親が教師だった同氏は、畜産に関する2年間の教育を受けたのち、2012年から酪農場で従業員として働き始めた。13年には同農場の経営者から資本の50%を引き継ぎ、17年には農場の資本をすべて買い取った。
 同氏は、酪農への就農の際にはコンテチーズ向けの生乳生産を行うことを決めていたという。その理由として、PDOに登録されているコンテチーズ向けの生乳は高値で取引されるため、より収益を確保しやすいという。
 JAによると、フランスでは、デビレール氏のように、経済的および社会的な要因により、家族経営の農場や家族経営以外の農場であっても、第三者継承が増え、伝統的な家族経営の農業モデルが減少傾向にあるという。

コラム2 フランスの農業教育機関における労働改善の取り組み

 フランス・パリ近郊にある私設の農業教育機関エクタール(HECTAR)では、就農を希望する若者に対し慣行農業や有機農業などの農業訓練や若手農業者向けのセミナー、農場体験を通じた教育を行っている(注)。加えて、若い世代の酪農への就農を奨励することを目的に、酪農の労働改善に向けた取り組みを行っている。
 60ヘクタールの放牧地に60頭の乳牛(ノルマン種)を飼養する酪農試験場では、大型投資を必要としない方法で酪農家のワークライフバランスを改善する取り組みを行っている(コラム2−写真1)。
 
(注)私設農業教育機関のため、運営費などは研修参加費から賄われており、研修の受講はフランスの若手農業者支援の要件となる農業訓練の資格に該当するものではない。
 

 
 エクタールの創設者の一人であるブロロー氏によると、農業の人材確保の課題の一つに、農場内の作業ノウハウを農業者の経験などに頼っていることが多く、これが経験の少ない後継者や従業員にとって分かりにくい作業となり、結果として休暇を取得できないなどの重労働につながる点を挙げている。
 これを解消するために、マニュアルの整備や農場内の作業の進捗を共有するアプリの開発などを行っている(コラム2−表、写真2)。



 
 
 ブロロー氏は、「この試験場では、酪農経営を目指す若者が自身の収入や生活、環境に合わせた就農を検討するため、参考となる酪農経営のモデルを構築したい」と述べていた。同農場のこれまでの従業員には、退職後に第三者継承で就農した者もいる。

6 おわりに

 EUでは、農地を含む農村地域に住む人口が全体の3割を占め、その面積はEUの土地面積の8割を占めるものの、都市部などと比較すると高齢化が進行している。このため、現行CAPでは、若手農業者や新規就農への支援を通じた農村地域の活性化も重要なテーマとされる。
 一方、現在のEUの農業は、欧州グリーン・ディール政策の下、気候変動対策や持続可能な農業への移行を推進しており、農業者はこれらへの対応を求められている。さらに、ロシアによるウクライナ侵攻の影響などから生産コストがかさんでおり、メルコスールとの貿易協定交渉の最終合意などEUの農畜産物生産者を取り巻く状況は厳しい状況にある。畜産部門では、環境規制やAWに関する基準の厳格化など、生産動向や生産者の収益性の見通しが不透明な状況も特筆される。
 こうした中、EUの農業業界では、若者向けに農業の魅力を発信する取り組みなども進めており、政府と業界が共通の課題認識の下、後継者確保という課題解決に取り組んでいる。主要酪農生産国でありながら農業経営者の年齢構成が対照的なイタリアとフランスでは、それぞれの実情に合わせた後継者確保の取り組みが行われている。イタリアでは現状に合わせた既存の農業経営の継続を目指して収入の多角化を促し、フランスでは第三者継承を支えるべく若者の農地取得を優遇する制度を整備するなど、それぞれの地域の特色を生かした経営モデルや収入確保の見通しの提示による後継者確保に取り組んでいる。
 日本においても農業者の減少が進んでいるが、EU加盟国におけるそれぞれの実情を踏まえた後継者対策が日本における後継者の確保に向けた取り組みの参考になれば幸いである。EUの生産者にとって将来の不確実性が大きい中、EUの後継者対策がどのような成果を出すのか、今後の動向が注目される。