農林水産省は、令和6年12月24日、「農業経営統計調査 令和5年畜産物生産費統計」を公表した。同調査は、子牛、育成牛、肥育牛、肥育豚および牛乳の生産に要した経費などの実態を明らかにし、畜産物価格の安定をはじめとする各種政策の推進に必要な資料を整備することを目的として実施されている。調査により得られた結果は、肉用子牛の保証基準価格・合理化目標価格、肉用牛肥育経営安定交付金、肉豚経営安定交付金、加工原料乳生産者補給金単価の算定資料などに利用されている。
本稿では、5年(1〜12月)の肥育牛、肥育豚および牛乳の概要について紹介する。
【肉用牛生産費(肥育牛)】すべての肥育牛において飼料費が過去最高となる
1.去勢若齢肥育牛
去勢若齢肥育牛の1頭当たりの全算入生産費(注1)は、146万8063円(前年比4.1%増)となり、前年をやや上回り、同統計開始以降で過去最高となった(表1、図1)。
このうち、もと畜費は、平成26年以降、枝肉相場の上昇や子牛の取引頭数の減少により高騰が続いていたが、30年をピークにやや低下傾向にあったところ、令和5年は80万608円(同2.5%増)と5年ぶりに前年を上回り、費用合計の54.7%を占めた。5年に販売された去勢若齢肥育牛の肥育期間が20.7カ月であることから、子牛導入時期はおおよそ3年4月ごろから4年4月ごろと推定される。当時は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により低下していた子牛価格(黒毛和種)が枝肉価格の上昇などにより回復期にあったため、5年のもと畜費は4年を上回ったとみられる。
また、飼料費(注2)は、配合飼料価格の高騰により48万8726円(同8.0%増)と前年をかなりの程度上回り、費用合計の33.4%を占めた。この配合飼料価格高騰の要因には、配合飼料の主な原料であるトウモロコシの国際価格がウクライナ情勢などを受けて上昇していたことや、為替相場の影響などが挙げられる。
なお、1経営体当たりの販売頭数は40.7頭(同3.0%増)と前年をやや上回った。一方、1頭当たりの販売価格は、物価の上昇による消費者の生活防衛意識の高まりなどの影響により、130万2077円(同2.5%安)と前年をわずかに下回った。
(注1)「資本利子・地代全額算入生産費」の略称。
(注2)飼料費には、配合飼料価格安定制度の補 填 金は含まない。以下同じ。
2.交雑種肥育牛
交雑種肥育牛の1頭当たり全算入生産費は、85万425円(同1.3%減)と同統計開始以降で過去最高となった前年をわずかに下回った(表1、図2)。
このうち、もと畜費は、35万4931円(同8.1%減)と前年をかなりの程度下回り、費用合計の41.7%を占めた。令和5年に販売された交雑種肥育牛の肥育期間が17.8カ月であることから、子牛導入時期はおおよそ3年7月ごろから4年7月ごろと推定される。当時の子牛価格(交雑種)は、取引頭数の増加などにより低下傾向にあったため、5年のもと畜費は4年を下回ったとみられる。
また、飼料費は、去勢若齢肥育牛と同様の理由により41万4234円(同4.9%増)と前年をやや上回り、費用合計の48.6%を占めた。
なお、1経営体当たりの販売頭数は152.4頭(同9.3%増)と前年をかなりの程度上回った一方、1頭当たりの販売価格は74万4069円(同3.3%安)と前年をやや下回った。
3.乳用雄肥育牛
乳用雄肥育牛の1頭当たり全算入生産費は、59万8641円(同3.3%減)と前年をやや下回った(表1、図3)。
このうち、もと畜費は、22万9570円(同14.0%減)と同統計開始以降で過去最高となった前年からかなり大きく下回った。なお、費用合計に占めるもと畜費の割合は38.3%となった。5年に販売された乳用雄肥育牛の肥育期間が11.9カ月であることから、おおよその子牛導入時期は4年1月ごろから5年1月ごろと推定される。当時は、国産牛肉需要の高まりや生産量の減少などを背景に堅調に推移してきた子牛価格(乳用種雄)が、需要の低迷により下落傾向にあったことから、5年のもと畜費は4年を下回ったとみられる。
また、飼料費は、去勢若齢肥育牛と同様の理由により30万3780円(同5.9%増)と前年をやや上回り、費用合計の50.7%を占めた。
なお、1経営体当たりの販売頭数は222.2頭(同12.8%増)とかなり大きく、1頭当たりの販売価格は50万6344円(同2.1%高)とわずかに、いずれも前年を上回った。
以上のように、全算入生産費は、去勢若齢肥育牛では前年を上回った一方、交雑種肥育牛と乳用雄肥育牛では前年を下回る結果となった。これは、すべての肥育牛において、飼料費が前年を上回り、同統計開始以降で過去最高となったものの、交雑種肥育牛と乳用雄肥育牛においては、近年、全算入生産費を押し上げていたもと畜費が減少したためとみられる。なお、全算入生産費の増減率を品種間で比較すると、去勢若齢肥育牛が同4.1%増、交雑種肥育牛が同1.3%減、乳用雄肥育牛が同3.3%減となった。また、10年前に当たる平成25年度と比較すると、もと畜費については、去勢若齢肥育牛は75.0%増、交雑種肥育牛は37.6%増、乳用雄肥育牛は107.7%増となっており、飼料費については、去勢若齢肥育牛は50.5%増、交雑種肥育牛は26.3%増、乳用雄肥育牛は17.0%増となっている。
また、肥育期間については、去勢若齢肥育牛は前年をわずかに上回り、交雑種肥育牛は前年並み、乳用雄肥育牛は前年をやや下回った。販売時生体重については、去勢若齢肥育牛は前年並み、交雑種肥育牛は前年をわずかに上回り、乳用雄肥育牛は前年をわずかに下回った。
【肥育豚生産費】全算入生産費、飼料費、労働費のいずれも過去最高となる
肥育豚の1頭当たりの全算入生産費は、4万5816円(前年比5.2%増)と前年をやや上回り、3年連続で同統計開始以降(注3)の最高値を更新した(表2、図4)。
このうち、飼料費は、そのほとんどが配合飼料によるものであることから、輸入配合飼料原料価格の変動が全算入生産費に与える影響が大きい。令和5年は、配合飼料の主な原料であるトウモロコシの国際価格がウクライナ情勢などを受けて高止まりしていたことや、為替相場の影響などから、3万869円(同5.3%増)と前年をやや上回り、3年連続で同統計開始以降の最高値を更新した。なお、費用合計に占める飼料費の割合は67.3%となった。
また、飼料費に次いで割合が高い労働費は、5422円(同6.9%増)と前年をかなりの程度上回り、同統計開始以降で過去最高となった。同統計によると、5年の肥育豚1頭当たりの飼育労働時間のうち、「飼料の調理・給与・給水」は前年から0.01時間減の0.89時間(同1.1%減)と前年をわずかに下回った一方、「敷料の搬入・きゅう肥の搬出」は同0.15時間増の0.82時間(同22.4%増)と前年を大幅に上回った。これらの作業を含む総労働時間の増加が労働費上昇の一因として挙げられる。なお、10年前に当たる平成25年度と比較すると、飼料費については35.1%増、労働費については34.7%増となっている。
1経営体当たりの販売頭数は1573.2頭(同1.3%増)とわずかに、1頭当たりの販売価格は4万2814円(同6.5%高)とかなりの程度、いずれも前年を上回った。また、販売時月齢については、6.3カ月(同0.0%)と前年並みであった一方、販売時生体重については、116.6キログラム(同1.4%増)と前年をわずかに上回った。なお、令和5年1月1日より26年ぶりに公益社団法人日本食肉格付協会の豚枝肉取引規格が改正され、各等級の重量範囲について、上限・下限ともに3キログラムずつ引き上げられている。
(注3)調査対象農家が肥育経営農家から一貫経営農家に変更となった平成5年以降。
(畜産振興部 小森 香穂)
【牛乳生産費】令和5年の牛乳生産費、前年度比2.3%増と7年連続上昇
全国の搾乳牛1頭当たりの全算入生産費は、配合飼料価格の上昇や子牛価格の下落による副産物価額の減少などにより、103万2548円(前年比2.3%増)と増加し、7年連続の上昇となった(表3、図5)。地域別に見ると、北海道は97万9878円(同2.8%増)、都府県は109万5103円(同1.7%増)といずれも増加した。費用の内訳は、物財費と労働費に大別され、令和5年におけるそれぞれの割合は、85.0%、15.0%と、ほぼ前年並みとなっている。さらに、物財費のうち、特に大きな割合を占める飼料費は高騰が続いており、全国、北海道および都府県すべてにおいて前年を上回った。
1頭当たりの労働時間は、全国平均では94.89時間(同0.2%減)と、5年連続で短縮した。北海道では87.31時間(同0.7%増)と前年をわずかに上回ったが、都府県においては103.91時間(同1.2%減)と前年をわずかに下回った。
(酪農乳業部 山下 侑真)