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〔国内特集号〕 スマート畜産技術と導入手順 畜産の情報 2025年2月号

スマート畜産技術と導入手順

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宇都宮大学 農学部 教授 池口 厚男

【要約】

 スマート農業、農業DXの推進の目的には、省力化、生産性の向上はもとより、環境、アニマルウェルフェアにも配慮した生産システムを構築する必要性が増してきていることが背景にある。さまざまなスマート畜産技術やシステムが開発・実装されているが、大きく四つに分類される。また、技術の導入に当たっては、コスト、費用対効果、使用者の情報リテラシーに留意し、導入することを目的とするのではなく、目標を数値的に定め、導入する手順をしっかり踏む必要がある。

1 はじめに

 サーキュラーエコノミー(循環経済)、SDGs(持続可能な開発目標)、農林水産省が推進する「みどりの食料システム戦略」などに見られるように環境に配慮し、資源循環が重視される生産が近年特に求められるようになった。また、畜産においては2023年7月に農林水産省から「アニマルウェルフェア(AW)に関する飼養管理指針」が公表された。この公表に先んじて2016年には、国際獣疫事務局(WOAH)のコードをもとに国際標準化機構(ISO)はAW管理システム認証基準(ISO/TS34700)を公表した。以上のように省力化、生産性の向上はもとより、環境、AWにも配慮した生産システムを構築する必要性が増してきた。
 一方、スマート農業、農業DX(デジタルトランスフォーメーション)が推奨され、さまざまなスマート畜産技術やシステムが開発、上市されており、現場で使われていく中でこれらの技術を淘汰とうたしていく段階にあると思われる。スマート農業の定義は、データ駆動型の農業であり、DXは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立」(経済産業省)することと定義されていることから、概念的にはスマート農業を包含する。一義的には農業の労働力不足を背景に省力化を図ることが目的であるが、前述したAWを背景に家畜個体の生体情報の取得とその活用に向けてもDX化が進められている。
 社会実装の促進に向けて「農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律(スマート農業技術活用促進法)」が24年10月に施行された。スマート技術の一番の課題はコストであり、生産者やスマート農業技術の開発、サービス提供者への財政的な支援がなされるようになった。スマート農業技術の費用対効果が明確に示される必要があるため、対象とする技術の精度、農場の技術レベル、生産状態の把握が必要となる。最も肝要な点は生産者の目標である。
 本稿では、海外の情勢も含めたスマート畜産技術を概観し、現在の技術動向を概説する。また、筆者が事業推進委員として参加した公益社団法人中央畜産会の「家族経営における畜産DX推進事業」での「スマート畜産技術の導入手順」をもとに、技術の選定と導入について解説する。

2 スマート畜産技術の概要

(1)スマート畜産技術の導入の目的

 スマート畜産技術の導入は、各農場の課題解決や目標を達成するための一つのアプローチである。畜産全般では、労働力の不足、防疫、暑熱ストレス、悪臭、輸入飼料依存などが挙げられる。スマート畜産技術の一義的な目的としては、省力化が挙げられる。
 一方、導入の基本的な考え方は、図1に示すようなエネルギーの分配における効率化が基本であると思われる。同じ生産量に対してできるだけ給餌量を少なくすることで、廃棄物の量や環境負荷を抑えることが可能となる。単に飼料要求率を下げることではないかと思われるかもしれないが、図中のエネルギー収支式右辺の生産物以外の各項目を減らし、その減らした分を生産物の方に回したいという意図である。そのために各項目をリアルタイムで連続的にモニタリングし、対象を制御していくためにスマート畜産技術が必要となる。


 
 

(2)スマート畜産技術

 多数のスマート畜産技術が開発されており、日本国内の開発中の技術も含めたものが農林水産省のスマート農業技術カタログ(注1)で公表されている。筆者はこれとは別に、海外の技術も含め、独自にこれらの技術を4項目に分類してマッピングした(図2)。分類は、1)スマート畜舎2)作業の自動化・省力化3)個体のイベント検知、生体情報の取得4)クラウドによる統合制御と経営管理―である。これにより畜種や技術分類で開発状況が概観できる。
 
(注1)農林水産省ウェブサイト(https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/smart_agri_technology/smartagri_catalog.html)をご参照ください。

 
1)スマート畜舎
 AWの飼養管理の技術的な指針においても畜舎に関する項目、舎内環境、特に熱環境が言及されており、畜舎の持つ機能としての環境制御が重要である。温度や温熱指標による換気扇の回転数、ミスト散布制御は中小家畜の閉鎖型畜舎でよく見られる。
 環境を高度に制御するスマート畜舎としては、次世代閉鎖型LPCV(low profile cross ventilation)搾乳牛舎がある。牛舎内の牛を画像により識別し、4区画の各ゾーンに何頭牛がいるかを判別して、各ゾーンの環境を個別に制御する。
2)作業の自動化・省力化
 近年では人が行う作業を単に自動化するだけではなく、センシング機能(センサーを用いた計測・判別機能)を装備してさまざまな情報を収集している。これらは専用管理ソフトと連携して、自動機器の制御にフィードバックされる。あるいはクラウドと連携される場合もある。代表的なものとして搾乳ロボットがある。
3)個体のイベント検知、生体情報の取得
 この項目の技術開発が世界的に近年盛んに行われている。特に健康状態の把握を目的としている。養牛においては、個体の電磁気的識別により、個体の高度管理を行う。中小家畜に対して個体別にこれらを行うことのコストと効果については議論のあるところではあるが、養鶏では個体の健康状況の検知技術が開発されている。また、体重の推計を目的とした画像センシング技術が製品化されている。
4)クラウドによる統合制御と経営管理
 生産現場のさまざまなデータがクラウドに集められ、アラート通知やデータの見える化などが行われ、飼養管理、経営にフィードバックされる。生産現場の情報だけではなく、ステークホルダーや金融機関などとのデータベース連携を行い、経営全体に反映される場合もある。
 

(3)近年の開発動向

 現状の開発技術動向としては個体の生体情報、特に健康状態、ストレスや異常の検知技術の開発が挙げられる。個体の生体情報では画像からの体型、体重計測、画像・行動からのイベント(発情、分娩、疾病)検知がすでに製品化されたものが複数あるが、ストレスという観点からは少ない。
 研究開発段階では心拍測定から精神的ストレスを把握する研究が進められている。その例として、養牛では耳につけるタイプのセンサーがすでに販売されている(図3)。養鶏では、鳴き声から暑熱による肉体的ストレスや恐怖による精神的ストレスを識別する研究開発が行われている。ブロイラーでは、天井カメラから鶏の行動や生体情報をセンシングして飼養管理にフィードバックするシステムが研究され、一部で製品化されている。
 台湾の国立中興大学(National Chung Hsing University)では、ユニークな技術が開発された。解像度が高い3Dカメラで鶏の目、トサカを撮影し、それらの状態と健康状態との関係から異常を通知するシステムを開発した(図4)。個体識別は行っていないが、異常と検知された羽数割合から飼養管理の異常を作業者に通知する。
 また、センシングデバイスも非接触、非侵襲、すなわち画像、音声によるセンシングの方向の開発が多い傾向にある。中小家畜では個体識別のコストの課題もあるが、研究としては牛も含め、画像による個体識別の研究が進められている。



3 導入の手順

 前述した通りスマート畜産技術導入の課題はコスト、費用対効果、使用者の情報リテラシーが挙げられる。投資が先行し固定負債の発生などで経営的な課題が生じる場合もある。導入すること自体が目的とならないようにすることが肝要である。そのためには、導入する手順をしっかり踏む必要がある。
 公益社団法人中央畜産会が2021年から23年に「家族経営における畜産DX推進事業」を実施し、導入事例、導入の手順や留意点、判断基準などを取りまとめた(注2)。筆者は同事業の事業推進委員として関与しており、当該事業を基本として筆者が考える導入手順を述べる。
 図5に導入のフローを示す。(1)導入目標の設定(2)農場の現状把握(3)目標の再設定と数値化(4)選定(5)修正(6)導入後の評価―の6段階を設けた。フローの横にサポート体制を設けた。重要な点はここである。農場オーナーだけではなく、その地域でのサポート体制を構築することが必要と考える。構成員としては地域の行政、大学あるいは有識者、メーカー、先行して同じ技術を導入した農家、地域の生産組合、金融機関である。多角的な観点からサポートの構成員の助言を得られることが重要である。あるスマート技術を導入するのに、その地域に協議会を立ち上げるのと類似している。以下に各段階について概説する。
 
(注2)家族経営における畜産DX推進事業ウェブサイト(https://jlia.lin.gr.jp/chikusandx/)をご参照ください。
 


 

(1)導入目標の設定

 すべての段階の中で最も重要である。スマート畜産技術の導入自体が目的ではなく、各農場の課題の解決、農場が何をしたいのか、ビジョンを明確にし、ビジョンの実現の道具として導入するからである。例えば収益を上げることを目標とした場合、規模の拡大で達成しようとするのか、生産性、作業効率の向上で達成しようとするのかで、導入する技術が異なってくる。
 目標が定まらないまま導入すると、その技術の効果を十分に発揮できず、経済的な課題を生じてしまう。
 

(2)農場の現状把握

 現在の状態を数値で明確にすることである。これによって前述の「導入目標」がより明確になる。例えば、酪農であれば一頭当たりの乳量、乳質、種付け回数、労働時間、経常収益などの生産性や年間の生産費などである。また、ふん尿処理における処理量や大気汚染ガスの排出量の把握も環境に対しての現状把握となる。畜舎内環境の計測によって、AWへの状況が把握できる。
 これらの値を地域の平均値や国の平均値と比較することが重要である。なぜなら、比較することで自分の技術レベルのどこが足りないかが分かるからである。自農場の技術レベルが分かれば、導入するスマート技術による効果がより正確に数値的に判断できる。技術レベルが低い場合は導入効果が大きく、高いと導入効果は低く感じる。これは後段の(3)、(4)につながる。
 

(3)目標の再設定と数値化

 前述の(1)、(2)を通じて目標を数値化し、再設定する。担い手の労働力の改善、生産の向上、環境やAWに向けての数値目標を設定する。
 

(4)選定

 これには情報リテラシーが一番重要となり、コストについても検討しなければならない。これらのためにサポート体制が必要となる。特にメーカーのサポート体制が重要である。導入後の生産や運用、通信、メンテナンス費用などを含めた経済性の予測をしておく。
 

(5)修正

 ここからが導入後の取り組みになる。実際に機材を導入して経営をしていく中で、当該技術の運用に対する修正があれば、メーカーと対策を協議する。導入技術の修正や農場における運用システムの変更などである。
 

(6)導入後の評価

 機材導入後に効果を技術面、経営面、農家の精神面から判定をする必要がある(家族経営における畜産DX推進事業、技術普及ガイドブック、pp14、2024)。技術面では導入後に目標の数値が達成されているか検証する。経営面では労働性、生産性、家畜の生産性、収益性に関して経営診断を行う。精神面では導入による軽労化やストレスの軽減あるいは逆に技術の取得や導入機器の運用に対するストレスの増加を検証する。
 目標数値が達成されていない場合は、メーカーとの相談により技術的な改善、農場の運用体制の見直し、導入技術以外の他の問題点の特定を行う必要がある。
 目標数値が達成されていても経営が改善されない場合は、導入した技術によって飼養管理体制に影響が出る場合があるので、導入技術に合わせた飼養管理体制に変更することも検討が必要である。

4 おわりに

 情報通信技術(ICT)や生成AI(人工知能)の技術進歩に伴って、スマート畜産技術の更新も著しい状況にある。世界的には家畜個体の健康状態の把握を非接触で検出する研究が各畜種で進められており、これらのデータを飼養管理、経営に活用するシステムが開発されている。また、データベース連携も実施されている状況である。ツールとしてさまざまな技術が開発されているが、畜産農場自体がどのようなビジョンを抱いているかが最も重要であると思われる。それを実現するためのツールとしての効率的な活用がなされるためには、農場での対応だけではなく、サポートする体制が必要である。
 開発、サービス提供側はニーズだけではなく、クリティカルビジネス(注3)的な観点で新たなスマート畜産技術の開発が行われることを期待したい。
 
(注3)社会的な課題として明確に認識されているわけではないものを取り上げ、独自にそれを解決すべきものとして取り組むビジネス手法。