前述した通りスマート畜産技術導入の課題はコスト、費用対効果、使用者の情報リテラシーが挙げられる。投資が先行し固定負債の発生などで経営的な課題が生じる場合もある。導入すること自体が目的とならないようにすることが肝要である。そのためには、導入する手順をしっかり踏む必要がある。
公益社団法人中央畜産会が2021年から23年に「家族経営における畜産DX推進事業」を実施し、導入事例、導入の手順や留意点、判断基準などを取りまとめた(注2)。筆者は同事業の事業推進委員として関与しており、当該事業を基本として筆者が考える導入手順を述べる。
図5に導入のフローを示す。(1)導入目標の設定(2)農場の現状把握(3)目標の再設定と数値化(4)選定(5)修正(6)導入後の評価―の6段階を設けた。フローの横にサポート体制を設けた。重要な点はここである。農場オーナーだけではなく、その地域でのサポート体制を構築することが必要と考える。構成員としては地域の行政、大学あるいは有識者、メーカー、先行して同じ技術を導入した農家、地域の生産組合、金融機関である。多角的な観点からサポートの構成員の助言を得られることが重要である。あるスマート技術を導入するのに、その地域に協議会を立ち上げるのと類似している。以下に各段階について概説する。
(1)導入目標の設定
すべての段階の中で最も重要である。スマート畜産技術の導入自体が目的ではなく、各農場の課題の解決、農場が何をしたいのか、ビジョンを明確にし、ビジョンの実現の道具として導入するからである。例えば収益を上げることを目標とした場合、規模の拡大で達成しようとするのか、生産性、作業効率の向上で達成しようとするのかで、導入する技術が異なってくる。
目標が定まらないまま導入すると、その技術の効果を十分に発揮できず、経済的な課題を生じてしまう。
(2)農場の現状把握
現在の状態を数値で明確にすることである。これによって前述の「導入目標」がより明確になる。例えば、酪農であれば一頭当たりの乳量、乳質、種付け回数、労働時間、経常収益などの生産性や年間の生産費などである。また、ふん尿処理における処理量や大気汚染ガスの排出量の把握も環境に対しての現状把握となる。畜舎内環境の計測によって、AWへの状況が把握できる。
これらの値を地域の平均値や国の平均値と比較することが重要である。なぜなら、比較することで自分の技術レベルのどこが足りないかが分かるからである。自農場の技術レベルが分かれば、導入するスマート技術による効果がより正確に数値的に判断できる。技術レベルが低い場合は導入効果が大きく、高いと導入効果は低く感じる。これは後段の(3)、(4)につながる。
(3)目標の再設定と数値化
前述の(1)、(2)を通じて目標を数値化し、再設定する。担い手の労働力の改善、生産の向上、環境やAWに向けての数値目標を設定する。
(4)選定
これには情報リテラシーが一番重要となり、コストについても検討しなければならない。これらのためにサポート体制が必要となる。特にメーカーのサポート体制が重要である。導入後の生産や運用、通信、メンテナンス費用などを含めた経済性の予測をしておく。
(5)修正
ここからが導入後の取り組みになる。実際に機材を導入して経営をしていく中で、当該技術の運用に対する修正があれば、メーカーと対策を協議する。導入技術の修正や農場における運用システムの変更などである。
(6)導入後の評価
機材導入後に効果を技術面、経営面、農家の精神面から判定をする必要がある(家族経営における畜産DX推進事業、技術普及ガイドブック、pp14、2024)。技術面では導入後に目標の数値が達成されているか検証する。経営面では労働性、生産性、家畜の生産性、収益性に関して経営診断を行う。精神面では導入による軽労化やストレスの軽減あるいは逆に技術の取得や導入機器の運用に対するストレスの増加を検証する。
目標数値が達成されていない場合は、メーカーとの相談により技術的な改善、農場の運用体制の見直し、導入技術以外の他の問題点の特定を行う必要がある。
目標数値が達成されていても経営が改善されない場合は、導入した技術によって飼養管理体制に影響が出る場合があるので、導入技術に合わせた飼養管理体制に変更することも検討が必要である。