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〔国内特集号〕 岡山 畜産の情報 2025年2月号

畜産業におけるDXの可能性〜持続可能な家族経営のために〜

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一般社団法人岡山県畜産協会 経営支援部経営対策班 副調査役 高尾 奈々

【要約】

 家族経営の維持発展には、DX技術による省力化・生産性向上が有用であり、県内酪農家へのDX技術の普及定着のために必要なポイントや、その機能を最大限生かす管理手法について調査を行った。その結果、(1)導入した技術の性能を理解し、飼養管理を見直すこと(2)作業者と関係機関が共通認識をもち、経営改善に取り組むこと(3)ICT技術自体の機能の改善およびメーカーによる継続的なフォローアップをすること―などが重要であることが分かり、岡山県では関係機関の連携強化を進めている。

1 はじめに

 公益社団法人中央畜産会が公募団体となり、情報通信技術や人工知能技術を活用した畜産のデジタルトランスフォーメーション(畜産DX)が労働負担軽減や所得向上に与える効果を調査し、その導入効果を評価することで、家族経営における畜産DXの推進および魅力ある家族経営の育成を図ることを目的とした「家族経営における畜産DX推進事業」が、令和3〜5年度に実施された。
 岡山県(以下「本県」という)においては、経産牛80頭規模未満の中小規模の酪農経営が7割以上を占め、この飼養規模における戸数および飼養頭数の減少が顕著であるため、今後安定的な生乳生産を維持するためには、家族経営をいかに維持させるかが重点の課題であった。また、畜産・酪農収益力強化整備等特別対策事業(畜産クラスター事業)や酪農労働省力化対策事業(楽酪GO事業)といった機械導入・施設整備事業の窓口業務を行う本会にとって、経営体に最適な技術・機械の選定や導入した機械の効果測定、フォローアップ体制の確立は有益なものと考えられた。
 そこで、一般社団法人岡山県畜産協会(以下「本会という」)では本県酪農業において大部分を占める家族経営を持続させ、一戸でも廃業を防ぐことを目的として、コンサルティング業務を活用し、日常作業の省力化、家畜生産性の向上、経営の収益向上を実現可能にするためのDX技術導入のビジョンを示すため、当事業に取り組むこととした。

2 調査内容

(1)機械選定

 本県における畜産DXのビジョンを示すための調査を始めるに当たり、まず機械の選定を行った。前述の通り、本県では中小規模の酪農経営が大部分を占めるが、その約8割がつなぎ飼養方式を採用している。そのような経営体にとって導入コストが低く、日常作業の省力化や生産性向上、収益向上が期待できる機械として、搾乳ユニット自動搬送装置に乳量計付自動離脱装置が付属し、自動給餌機と連動、飼養状況を一括管理するソフトを複合させた精密飼養管理システム「チャレンジマン20P」を選定した(図)。
 ICT機器としてよく挙げられる搾乳ロボットも、生産性向上と省力化において、より高い能力を発揮するが、導入コストに関しては現状がつなぎ飼養の場合、飼養方式の変更に伴う牛舎の新築、高額なロボット本体価格、TMRミキサーなど関連機械の新規取得が生じ、導入コストが高くなり、減価償却費や維持費が増加し、コストの押し上げとともに、借入金償還額の増加につながるおそれがある。一方、「チャレンジマン20P」の場合は、機械と管理ソフトの導入、牛舎の一部改造のみでコストが低く抑えられるメリットがある。実際の機械導入では、労働力や資本、土地などの個別の条件を勘案していくことになるが、つなぎ飼養方式が多くを占める本県家族経営におけるモデル事例として、上記DX技術を選定した。

 

(2)機械の概要

 当該DX技術の性能をより詳細に説明すると、乳量計付自動離脱装置で個体ごとの乳量、乳温、電気伝導度を測定し、乳量を乳牛飼養管理ソフトに取り込み、乳量に最適の給餌量を算出するものである。
 乳牛飼養管理ソフトを中心に、乳量計付自動離脱装置と自動給餌機が相互に連動し、乳牛の要求に合った給餌量を多回数給餌することで、乳牛の健康維持、産乳量の増加、繁殖改善、飼料費の削減、診療衛生費の削減、種付け料の削減が期待できる。また、搾乳ユニット搬送装置による搾乳作業の軽労化や、自動給餌機による給餌作業の省力化も期待される。
 

(3)調査経営体の概要

 当DX技術をすでに導入している2経営体と導入を検討している2経営体について、コンサルティング(以下「コンサル」という)を行った。なお、導入済み2経営体について、導入時には本会によるコンサルは行っていない。
 本稿では、導入済み経営体のうち、A農場の事例について紹介したい(表1〜4)。

3 調査結果(導入効果の評価)

 A農場では平成29年3月に当DX技術を導入したことから、28年(導入前)、30年(導入初期)、令和2〜4年(導入後、飼料費高騰などの外部環境の変動下)における経営診断を実施した。DX技術の導入効果を検証するに当たり、「労働生産性」「家畜生産性」「経済性」の三つの観点から評価を行った。
 

(1)労働生産性

 表2を見ると、労働力員数は、導入前の平成28年で3.5人であったが、導入後の令和3年には3.3人に減少し、4年には3.7人に増加した(平成28年比6%増)。一方、経産牛飼養頭数は、2年にかけて33頭から42.6頭へと増加し、3年は40頭に減少したものの、4年には43.9頭に増加した(同33%増)。従って、労働力1人当たり経産牛飼養頭数は、9.5頭から11.9頭に増加した(同25%増)。その結果、表3の損益計算書の推移(経産牛1頭当たり)の雇人費も5万6348円から4万7082円と同16%削減できた。
 4年からは自給飼料利用による牧草の裁断作業が加わったことで、経営者の労働時間は増加したものの、DX技術導入による乳量連動給餌や給餌作業の省力化、搾乳作業の軽労化により、表4の通り3年時で投下労働時間は6275時間へと平成28年比で6%削減できている。また、導入の主たる動機であった「搾乳機器が重く、担いで移動することが年々苦痛になり、パルセーターの抜き差しで手首も痛くなってきた」という労働強度の軽減についても、数値として表れていないが、経営者への聞き取りで「担ぐ必要がなくなり、楽になった」との感想があり、達成されている。
 上記の点から、作業の軽労化・省力化については、労働生産性の面からは一定の効果があったといえる。






 
 

(2)家畜生産性

 表2の経産牛1頭当たり年間産乳量は、導入前は8865キログラム、導入初期の平成30年は8117キログラムと減少したが、その後、令和2年は8554キログラムまで回復し、3年は9342キログラムまで増加したものの、4年には8607キログラムと減少した。(平成28年比97%)。一方、乳質については、DX技術導入前後で変化は見られない。この背景には、飼料高騰による給与メニューの変更があると思われる。
 また、繁殖関連項目については、受胎に要した種付け回数が2.4回から2.7回に増加し、空胎日数は208.8日から232日に延長している。平均分娩間隔についても、令和4年岡山県牛群検定成績の平均値435日に対して、導入前の平成28年と導入後の30年、令和2〜4年までのいずれも470日を超えており、改善すべき最重要項目である。
 さらに、A農場は、経産牛頭数に対して育成牛の飼養頭数割合が高く、更新率も導入前から33%を超えており、令和4年も45.6%と高い。また、経産牛廃用時の平均産次数が年々下がっており、同年は2.4産と若い点も要注意事項である。
 

(3)収益性

 表2および3を見ると、導入前と比較して、労働力1人当たり経産牛飼養頭数が9.5頭から11.9頭へ増加し(平成28年比25%増)、経産牛1頭当たりの所得が12万3000円から▲11万1000円へ減少したことから、労働力1人当たり経常所得は116万7000円から▲106万8000円に減少した。
 飼料費については、経産牛1頭当たり購入費が47ポイント、生乳1キログラム当たり飼料費では52ポイント上昇しているが、令和4年度/平成28年度比の配合飼料価格が53ポイント(農林水産省「飼料月報」〈速報版〉、(公益社団法人配合飼料供給安定機構「飼料月報」より)上昇していることを考慮すると、現状維持に近いものといえる。
 また、繁殖成績の低迷が、経産牛1頭当たりの種付料・診療衛生費の増加に影響している。

4 コンサルの実施

 上記調査分析結果を踏まえ、DX技術の機能を最大限生かし、県内酪農家への普及定着を図るための地域研究会(構成員:生産者、行政、メーカーなど)で協議を行った。
 

(1)機械メーカーとの連携

 導入したDX技術は、ユーザーインターフェイスの使いづらさがあったため、バーンミーティング(現場で状況を確認しつつ、改善点の検討や意見交換を行うこと)を通して経営者から改善要望を挙げてもらい、メーカーによるシステムの改修が行われた。
 一つ目は、標準仕様が2レール向けであり、1レールのA農場では、搾乳開始前に搾乳ユニットに表示される牛床番号がずれるため、改善してほしいという経営者の要望に対し、メーカーにより、1レール仕様に対応するようソフトが修正された。
 二つ目は、一時的に牛の体調に合わせて手動で給餌量を調整し、体調が戻った際に乳量連動給餌に設定を戻すと、本来給与したい量と差が生じるので、改善してほしいという要望に対し、メーカーにより、手動調整量と乳量連動給餌量が近くなった時点で乳量連動給餌に切り替えられるよう、自動計算した給餌量を閲覧できる列が追加された。
 

(2)指導機関との連携

 本県には、酪農の生産基盤強化を図ることを目的に、畜産関係団体や県などの関係機関で構成された「酪農経営支援チーム」が設置されている。そのうち、酪農専門農協(おかやま酪農業協同組合)の管轄ごとに、地域に密着した活動をしている「地域チーム」を地域研究会の構成員とし、技術指導を実施した。
 地域チームからは、乳量や繁殖成績の低迷、死廃事故多発の要因として、濃厚飼料給与量の過剰や粗飼料摂取量(採食量)が基準より低いことが指摘された。実際に農場においては、乳牛の多くは起立しており、反芻はんすうしている姿はあまり見られず、餌槽は常に空であった。自動給餌機を1日8回、独自の乾草自動給餌機を1日16回稼働させ、24回の給飼を行っているが、独自の乾草自動給餌機で必要十分な粗飼料が給与できていないと思われる(写真)。また、夏季分娩を避けるあまり、乳量低下を引き起こしており、暑熱対策の必要性も挙げられた。
 経営者には改善策として、ステージに応じた配合飼料の選択、自給粗飼料の細断、乾草用自動給餌機の設定変更、ソーカーシステム(牛体を冷やすための散水装置)の導入などを提案した。自給粗飼料の細断など一部は実施されたものの、経営者と指導機関で目指す方向が合致しなかったため、課題の解決には至らなかった。今後も定期的なモニタリングと支援を継続していく必要がある。

5 おわりに

 機械やデジタル技術を導入しさえすれば、すぐに期待された効果が発揮され、DXが図られるというものではない。その機能を最大限に発揮させるためには、データと牛の状態に基づき、経営者自ら飼養管理を最適化する努力をする必要がある。つまり、機械の特性を理解した上で、その活用方法や飼養管理の改善を検討、実行していく必要がある。そのためには、経営者や従業員、関係機関が共通認識をもち、継続的に指導していくことが望ましい。
 併せて、システム改善による技術自体の向上も不可欠である。その基盤として、困ったことや要改善事項があれば、メーカー担当者に相談できる関係性の構築が必要である。関係機関には、生産者とメーカーをつなぐ窓口の役割も期待される。また、ICT機器には遠隔操作によるサポートが可能なものもあり、導入後のフォローアップ体制を知っておくことも重要である。
 一方、県内で同DX技術を導入した他事例の調査では、地域に根差した酪農経営の継続、そのための収益性の向上という長期目標の実現のために、規模拡大や1頭当たりの乳量、繁殖成績の向上を実現したいという明確な短期目標を設定した上で、最適な技術を入念に検討し、経営シミュレーションを行い、導入を決めた経営も存在する。このように、目指す経営の姿とそのために必要なものを明確にしておくことも欠かすことのできない手順である。
 乳価の値上げがあったものの、飼料や資材価格などの高騰が続いており、酪農経営は依然として厳しい状況にある。家族経営の維持には、収益の確保と労働環境の改善、ライフサイクルの過程で生じる酪農労働力の変化にフレキシブルに対応できるDX技術導入が不可欠である。大規模農場と比較すると、新たな技術を活用した経験が乏しいものの、一方で家族経営こそ技術を適切に導入し活用すれば、大きく収益性を向上させることが期待できる。当会のコンサル業務や、関係機関が一体となりその強みを生かせる酪農経営支援チームが連携することで、生産者のマネジメント能力を向上できるよう努めていきたい。