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畜産 25年3月号 〔特集〕諸外国におけるアニマルウェルフェア(AW)の現状と課題

EUのアニマルウェルフェア関連規制の現状と見直しの方向性

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調査情報部

【要約】

 アニマルウェルフェアの向上は、現在のEUの農業部門における最優先課題の一つである。欧州委員会は現体制の任期中に、家畜の飼養、と畜および食品表示に関する関連規制について約20年ぶりとなる見直しを行うとしている。見直しでは科学的知見などに基づき、より家畜に配慮した規制案が提案されると見込まれており、コスト増への対応が課題となる。

1 はじめに

 アニマルウェルフェア(AW)の向上は、現在のEUの農業部門における最優先課題の一つとなっている。2024年12月に発足した現欧州委員会において、欧州委員(日本の大臣に相当)の担当職名の一つが「保健・食品衛生」から「保健・アニマルウェルフェア」に変更されたことは、このことを最もよく表している。同委員の主要任務として、任期中に家畜の飼養、と畜、食品表示に関するAW関連規制の見直しを行うことが掲げられている。
 この見直しについては、EU域内の畜産業に影響を与えるだけでなく、輸入製品にも同等のAW基準を求めることを検討すべきとの声があることから、EUに畜産物を輸出する国にとっても、その動向は注視すべきと考える。
 そこで本稿では、EUのAW関連規制の現状を把握するため、現行規制の主な内容を整理した上で、25年1月時点の見直しの方向性などについて報告する。
 なお、本文中の為替相場は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」2025年1月末TTS相場の1ユーロ=161.86円を使用した。

2 EUのAW関連規制の概要

(1)AWの法令上の位置づけ

 EUの法体系は、EUの目的やあらゆる行動の根拠などを規定した条約(一次法)と、条約を法的根拠として、EUの機関が制定する「規則」「指令」「決定」などの派生法(二次法)からなる。
 この一次法の一つである「EUの機能に関する条約」の第2編において、「農業、漁業、運輸、域内市場、研究・技術開発および宇宙に関する政策の策定や実施に当たり、動物が感受性のある存在であることを踏まえ、AWの要件に十分配慮する。その際、宗教儀式、文化的伝統および地域遺産に関する加盟国の法的または行政上の措置と慣例を尊重する」と規定されている。当該条約の同編では、男女平等の促進、雇用・教育・健康保護などの促進、差別の克服、環境保護・持続可能な発展の促進、消費者保護、情報公開、個人情報保護、宗教・思想の尊重といった重要な事項が規定されている。条文上の記述は「十分配慮」という形であるものの、AWがこれら事項と並んで条約中に配置されていることは、EUにおけるAWの重要性を端的に表している。
 

(2)AW関連規制の内容

 二次法として、家畜だけではなく野生動物や実験動物、伴侶動物(ペット)の取り扱いを定めた規則や指令が存在する。「規則(Regulation)」は、すべての加盟国に一律に規制が適用され、直接拘束する。一方、「指令(Directive)」は、指令の中で命じられた結果についてのみ加盟国を拘束し、それを達成するための国内法制は加盟国に委ねられる。そのため、加盟国が指令よりも厳しい基準を設けることが可能となり、実際に、指令よりも厳しい基準で国内のAW規制を設けている加盟国も複数ある。
 畜産業に関連する現在の規制は、その大半が1998〜2009年に制定または大きく改正されたものであり、内容は次の通りである。
 
ア 家畜の飼養
(ア)農業目的で飼養される動物の保護に関する指令(指令98/58/EC)
 食料・毛・皮などを目的に繁殖・飼養される動物(魚類・爬虫はちゅう類、両生類を含む)を対象とする。人員、点検、照明、飼養記録の管理、畜舎・機器などの飼養環境、移動の自由、飼料・飲水の給与、外科的処置、繁殖方法などを十分または適切に実施・確保することと管轄当局による検査の実施を求めているが、数値による基準は、点検(1日1回以上)を除いて設定されていない。畜種ごとの具体的な最低飼養基準は、次の(イ)から(オ)までの各指令で定められている。
 畜種別の各指令の内容、特に禁止事項や具体的な数値が設定されている基準は次の通りである。
 
(イ)子牛の保護のための最低基準の設定に関する指令(指令2008/119/EC(以下「子牛指令」という))
 子牛(生後6カ月齢までの牛)について、単飼ペンでの飼養(8週齢以降)、繋留けいりゅうおよび口をふさぐ器具による給餌制限を禁止し、群飼1頭当たりの最低面積を定めている(表1)。なお、飼養する子牛頭数が6頭未満の場合は適用除外となる。


 
 この他、子牛の健康維持に必要な機械器具などの最低1日1回の点検、飼養者による最低1日2回の子牛の健康状態などの観察(屋外の場合は1日1回)、血中ヘモグロビン濃度基準(1リットル当たり4.5ミリモル以上)を維持するのに十分な鉄分を含む飼料および繊維質(8週齢:1日当たり50グラム、20週齢:1日当たり250グラム)の確保、最低1日2回の給餌、生後6時間以内の初乳給与などが規定されている。
 また、域外から輸入される生体子牛には、本指令で定める基準と同等程度以上の取り扱いが求められる。
 なお、牛の飼養に関する規制は子牛指令のみとなっている。
 
(ウ)豚の保護に関する最低基準の設定に関する指令(指令2008/120/EC(以下「豚指令」という))
 繁殖雌豚について、繋留の禁止や交配4週間後から分娩予定の1週間前までの期間の群飼の義務付け(すなわち特定期間における妊娠ストールの禁止)を定めている。豚舎の最低面積や環境などの飼養基準なども規定している。また、EU域外から輸入される生体豚には、本指令で定める基準と同等程度以上の取り扱いが求められる。
 飼養基準について、具体的には次の通り。
 
a すべての豚に関する事項
 85デシベル相当以上の騒音の回避、1日当たり最低8時間・40ルクス以上の照明の確保、エンリッチメント資材(注1)による探索行動などの確保、1日1回以上の給餌、自由に飲める給水の実施、治療目的以外での身体の損傷などの禁止(例外措置(表2)あり)、豚舎でコンクリート製すのこ床を使用する場合の隙間の間隔上限値(離乳前子豚11ミリメートル、肥育豚18ミリメートル、繁殖雌豚20ミリメートル)、すのこ幅下限値(離乳前子豚50ミリメートル、肥育豚および繁殖雌豚80ミリメートル)、飼養者の訓練受講など。
 
(注1)豚の探索行動や遊戯行動などの正常な行動促進のためのわらや木材遊具など。
 

 
b 種雄豚に関する事項
 1頭当たり最低床面積が6平方メートル以上(自然交配に使用される場合は10平方メートル)など。
c 繁殖雌豚に関する事項
 つなぎ飼いの禁止、群飼の義務付け(前述の期間は除く)、分娩予定の1週前からの十分な巣材の提供、離乳後の経産豚と未経産豚への高カロリー・十分な繊維質の飼料の給与、1頭当たり最低面積と平床面積の設定(表3)など。

 
d 離乳前子豚に関する事項
 分娩クレート使用時における哺乳および子豚が同時に休めるための十分なスペースの確保、原則として生後28日未満での離乳の禁止など。
e 離乳子豚、肥育豚に関する事項
 生体重に応じた1頭当たり最低面積の設定(表4)、群飼における闘争行動の防止措置やなじみのない豚との混合をできる限り回避することなど。
 

 
(エ)肉用鶏の保護に関する最低基準の設定に関する指令(指令2007/43/EC(以下「肉用鶏指令」という))
 最大飼養密度(1平方メートル当たり33キログラム、死亡率などの所定の要件を満たす場合には最大同42キログラムまで可能)を定めている。
 この他、水のこぼれを最小限とする給水機の設置、と畜予定時刻から12時間以上前の給餌中止の禁止、適切な敷料、十分な換気、騒音の抑制、照明の管理(点灯期は20ルクス以上、24時間周期で合計6時間以上の暗期など)、1日2回以上の健康状態などの点検、清掃と消毒、記録管理、飼養従事者の訓練受講などが規定されている。また、治療・診断目的以外の外科処置は原則禁止となっている(ただし、デビーク(注2)と去勢は条件付きで加盟国が許可することは可能)。
 なお、本指令は飼養羽数が500羽未満の場合には対象外となる。
 
(注2)羽つつき防止のために行うくちばしの切断処置。
 
(オ)採卵鶏の保護に関する最低基準の設定に関する指令(指令1999/74/EC(以下「採卵鶏指令」という))
 鶏舎を従来型バタリーケージ、改良型ケージ(エンリッチドケージ)、非ケージ(注3)の三つに分類し、従来型バタリーケージについては、2012年から使用禁止。
 この他、1日1回以上の点検、騒音の抑制、照明の管理(十分な光量、24時間周期で1日の3分の1以上の暗期など)、清掃と消毒、適切なケージ(逃走の防止、多層ケージにおける検査・搬出の容易性の確保、搬出が安全に実施されるような扉のデザイン・寸法)、身体の一部の切断処置の禁止(ただし、デビークは、10日齢未満の採卵に仕向けられる鶏に対して、有資格者が行うことを条件に加盟国での許可は可能)などを定めている。
 また、改良型ケージおよび非ケージ方式の最低基準は表5の通りであり、本指令は飼養羽数が350羽未満の場合には対象外となる。
 この指令が実施された結果、2023年時点ではケージ(エンリッチドケージ)飼いの割合(羽数ベース)は4割となっている(図1)。
 
(注3)平飼い、エイビアリー(多段式平飼い)、放し飼いなど。



 
 
イ と畜(と殺時における動物の保護に関する規則(規則(EC)1099/2009(以下「と殺規則」という)))
 本規制は規則のため、全加盟国に共通で適用される。食料、毛、毛皮などの生産のために飼養される動物(爬虫類と両生類を除く脊椎動物)のと畜および殺処分時には、苦痛を回避するため表6に示す方法での気絶処置を行うことを義務付けている。ただし、宗教的な儀式により定められたと畜時には気絶処理を行わなくても可としている。
 と畜については、と畜場のAWに配慮したレイアウト・装置や従事者の作業(動物の取り扱い、放血方法など)の基準や各と畜場に1名のAW担当者の設置義務を定めている。また、EUに食肉を輸出する第三国の食肉処理施設に対し、本規則と同等の基準の順守を求めている。同等性を評価する際には、国際獣疫事務局(WOAH)の基準が考慮される。

 
ウ 家畜の輸送(輸送中および関連作業中における動物の保護に関する規則(規則(EC)1/2005(以下「輸送規則」という)))
 動物の輸送手段や積み込み・積み下ろしなどの輸送作業、輸送時間などの基準を規定している。規則ではあるが、条文中で加盟国が本規則よりも厳しい基準を設けることを可としている。
 本規則については、他の分野に先駆けて2023年12月に欧州委員会から改正案が提出された。改正案は、輸送時間上限の厳格化、輸送時の1頭当たり面積の拡大、外気温による輸送制限の導入などが規定され、より動物に配慮した内容となっている(注4)
 しかし、この改正案は提案から1年が経過した25年1月時点においても欧州議会やEU理事会の審議が続いており、未発効である。審議の状況を見ると、欧州議会議員の一部からは、外気温による輸送制限に対応するための輸送コスト増加などについて懸念する意見が出されており、調整は難航している。
 
(注4)『畜産の情報』2024年6月号「動物輸送に関するEUのアニマルウェルフェア規則の改正案について」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_003271.html)をご参照ください。
 
エ ラベル表示
 食品表示規制に関してAWに関連するものとしては、有機生産および有機製品の表示に関する規則(規則(EU)2018/848(以下「有機規則」という))による「有機」表示に関する基準に加え、卵の市場基準に関する規則(規則(EC)589/2008)および家きん肉の市場基準に関する規則(規則(EC)543/2008)で飼養方法の表示基準が定められている。
 有機表示については、つなぎ飼い・ケージ飼育の禁止や屋外への常時アクセス、デビーク・除角・去勢実施の条件付き許可など高いAW基準(注5)を求めている。
 家きん肉の飼養方法である「平飼い」「放し飼い」などの表示は任意であり、その基準は表7の通りとなる。
 一方、卵については、その飼養方法をコード(表8)により卵に表示することが義務付けられている(図2)。卵の価格は、飼養方法のAW水準の高さに比例しており、2024年12月の卸売価格(100キログラム当たり)は、「有機」が429ユーロ(6万9438円)、「放し飼い」が305ユーロ(4万9367円)、「平飼い」が260ユーロ(4万2084円)、「ケージ飼い」が242ユーロ(3万9170円)となっている。小売価格も同様の価格形成となっている(表9)。
 
(注5)『畜産の情報』2021年11月号「EUにおける有機農業の位置付けと生産の現状」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001853.html)をご参照ください。
 






 
 
 この他に、消費者に対し家畜の飼養環境などAWの実施状況を具体的に情報提供することを規定したEUの法令は現時点ではない。ただし、ドイツやオランダなどの一部の加盟国では業界団体などが任意の表示制度を実施している(図3)。また、ドイツでは、2025年8月から飼養環境に関する5区分の表示ラベルの義務化措置(注6)が導入されることになっている。
 
(注6)『畜産の情報』2024年8月号「輸出需要減退や規制強化により減産が続くドイツ養豚産業」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_003343.html)をご参照ください。

3 現在のAW関連法令実施のコスト

 ドイツのホーエンハイム大学は2022年、現在のAW規制への対応に要するコストを算出し、費用対効果の分析を行った。このコストは、各指令の適用前と比較して、指令の内容を順守するために要したEU全体のコストを推計したものであり、その結果は、欧州委員会が同年に公表した「AWのフィットネスチェック」(注7)で使用されている。
 当該コストは試算自体がかなり困難であり、推計している部分が多いことに留意が必要とされているが、調査結果は以下の通りである。
 
(注7)欧州委員会が実施する科学的根拠に基づく当該政策・措置の遂行状況の分析。
 

(1)コスト

 畜産生産者が最も費用を要したと推計されたのは、従来型バタリーケージの使用が禁止されるなどした採卵鶏指令への対応である。そのコストは、EU全体で年間5億9200万ユーロ(958億円)と推計された(表10)。この内訳は、初期費用(建築物などの新設や改修などに要する費用を当該建築物などの耐用年数で除して算出。以下同じ)に年間4億4000万ユーロ(712億円)、継続的に発生する費用として年間1億5200万ユーロ(246億円)である。このコストは2012年当時の生産コストの約11%に相当したと推計されている。
 豚指令では、エンリッチメント資材の導入や繁殖雌豚の群飼などに対応するため、計4億490万ユーロ(655億円)のコストを要したと推計された(表11)。この内訳は、初期費用に年間2億4730万ユーロ(400億円)、継続的に発生する費用として年間1億5760万ユーロ(255億円)である。これは2003〜07年の生産コストの約1.5%に相当したとされている。
 この他、子牛指令および肉用鶏指令では、数値の定量化は豚や採卵鶏よりもさらに困難という前提の下で、それぞれ年間4210万ユーロ(68億円)、同3580万ユーロ(58億円)と推計されている。輸送規則は同17億2600万ユーロ(2794億円)、と畜規則は同2300〜4900万ユーロ(37億〜79億円)とそれぞれ試算された。



 
 

(2)コストに対する評価

 当該分析では、2011年から20年にかけてEUにおける抗菌性動物用医薬品の売り上げが43%減少したことなど、AWの向上による健康状態の改善などに寄与したとみられる例を挙げ、生産性、環境、公衆衛生、消費者に寄与した効果は一定程度認められるとしたものの、定量化はできていない。
 AW対応のためのコストに対する評価は、業種により分かれている。「AWのフィットネスチェック」によれば、食肉処理業者と小売業者の過半数が、メリットがコストを上回ると回答した一方、生産者と運送業者は、メリットがコストを上回ると考えているとの回答が過半数を下回った。
 また、関係者の認識として7割の者が、AW関連規制の要件順守は、生産者にとって負担が大きく、コストに見合うリターンは得られていないと考えていた。今後予定されているAWの見直しについても、コスト負担をどうするのかは課題となっている。

4 見直しの方向

 現行の各規制が制定されてから約20年が経過しているため、最新の科学的知見などに基づいて、欧州委員会から家畜の飼養、と畜、表示に関する新たな規制案が2026年中に提示されることが予定されている。
 

(1)家畜の飼養管理

 AWに関する規制の見直しについては、2022年から23年にかけて欧州食品安全機関(EFSA)が科学的知見に基づいた提案を行っている。この提案は今後の規制の見直し案のベースになると見込まれ、現行よりも家畜への配慮を求めるものとなっている。
ア 乳用牛
 現行では、牛については子牛に対してのみ個別の指令が規定されているが、乳用牛についても具体的な基準を定めることが望ましいとしている。つなぎ飼いを避けることや、1頭当たり9平方メートルの面積を設け、乳用牛が快適に動き回り横たわれる十分なスペースを確保することなどを提言している。
イ 子牛
 2〜7頭の群飼や1頭当たり3平方メートル(現行水準の約2倍、遊戯行動のためには20平方メートルを推奨)の確保、柔軟性のある寝床の提供などを提言している。また、母子分離は少なくとも生後1日以降に行うこと、生後4週間は体重の20%相当の牛乳を給与することも提言している。
ウ 豚
 分娩用クレートの使用を避け分娩用ペンを使用するよう提言している。また、断尾の実施を避けるため(注8)、尾がみの発生予防としてスペースの確保、エンリッチメント資材の提供、適切な飼料・換気、床材の改善などを提言している。
 
(注8)EUの多くの加盟国では、豚の断尾(一部を含む)は依然として日常的に行われており、年間約1億5000万頭で断尾が行われているとされている(2023年のEUにおける豚のと畜頭数は約2億2000万頭)。
 
エ 採卵鶏、肉用鶏
 ケージの使用や強制換羽を避けること、飼育密度最低基準の引き上げ(より広い1羽当たり面積)、探索・採餌行動ができるような屋根付きの屋外エリアや適切な敷料とエンリッチメント資材の提供などを提言している。
 

(2)と畜

 EFSAによる豚および家きんのと畜に関する調査によれば、と畜時の気絶と放血時に多くのAW上の懸念事項が確認され、そのほとんどが作業員の技術不足や疲労に起因するものであった。そのため、この是正措置や管理強化を提言している。また、AW上の懸念がある従来慣行の他の手法(例えば高濃度〈80%以上〉の二酸化炭素による気絶措置)を他の手法への置き換えや再設計なども提言している。
 

(3)ラベル表示

 2023年に行われたEUの消費者に対する意識調査によれば、回答者の約3分の2が家畜の飼養環境に関心があり、回答者の約6割が小売店でAWに関連したラベルを探し、AWに配慮された製品に対してより高い金額を支払う意思があるとされている(表12)。
 こうした調査結果を背景に、24年9月にEU域内の29の農業関係団体などで構成された戦略対話が欧州委員会に対して行った提言では、域内のすべての生鮮および加工された食肉・乳製品を対象とした包括的な多段階のAW表示制度を設定し、これによりAWの向上に取り組む生産者がより多くの収入を得られるようにすべきとされており(注9)、今後、欧州委員会からもこれに沿った提案がなされると見込まれる。
 
(注9)海外情報「EU農業の将来に関する共通理解と方向性を示す「戦略対話」の報告書が公表(EU)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_003923.html)をご参照ください。

 

5 おわりに

 EUでの現行AWの実施に当たっては、サプライチェーン全体、特に飼養と輸送に少なくないコストを要しており、さらに今後の見直しの内容によっては、多くの費用が必要になると見込まれている。そのコストを誰が負担するのかという問題は難しい課題であり、欧州委員会はラベル表示などを通じて消費者がAWの取り組みに対価を払う環境を整備しようとしている。
 また、AWの向上は、飼養頭数や畜産物の生産量を引き下げるとみられている。欧州委員会が2024年12月に公表した今後10年間の需給見通しでは、牛肉や豚肉、生乳の生産動向は、AWや環境対策の推進などにより転換期を迎え、減産傾向で推移するとされている。にもかかわらず、EUがAW向上に注力する背景には、消費者の農業に対する理解が都市化などにより減少する一方、AWを求める声は大きくなっていることがある。関係者からは、畜産物の自給率は100%を超えているため(図4)、多少の減産は許容してもAWを推進するという政治的な判断がある、との意見が聞かれた。
 現欧州委員会は域内産業の競争力強化を最優先課題に掲げており、農業に関しては、環境対策やAWの推進を経済性とのバランスに配慮して行うとしている。また、生産者への配慮という観点から、EU域内に適用されている環境規制やAWなどの基準が輸入品に適用されない不公平感の解消という点も課題として挙げている。今後のAW関連規制の見直しにおいて、これらの要素がどのように反映されるのか、差し当たり2月に公表される「農業と食料に関するビジョン」の内容が注目される。
 


 
(前田 昌宏(JETROブリュッセル))