NZでは、1999年に動物福祉法が制定された。この背景には、70〜90年代にかけて、NZ畜産物の重要な輸出先であった英国が加盟するEC(欧州共同体)において、「農用目的で飼育される動物の保護に関する欧州協定」(注2)が締結されるなど、AWに関する規制が本格化したことが挙げられる。この流れを受けて、NZ国内でも輸出への影響が懸念されたことからAWの向上を求める声が高まった。約10年の歳月をかけて検討・成立した同法は、動物への虐待防止を限定的に規定していた動物保護法(1960年)を抜本的に改革し、動物の所有者や管理者に対して「5つの自由」(注3)の確保を義務付けた世界初の法律とされている(図2)。
(注2)動物が不必要な苦痛やけがを負うことを避け、飼養環境を快適に保つことを目的として、1976年に締結、78年にEEC(欧州経済共同体)理事会に承認されたAWの法的枠組み。締結以降、本協定を実現するためさまざまなAW規制が制定されている。
(注3)1965年に英国で提唱されたAWの理想的な状態を定義する枠組み。「飢え、渇きおよび栄養不良からの自由」「恐怖および苦悩からの自由」「身体的および熱の不快からの自由」「苦痛、傷害および疾病からの自由」「通常の行動様式を発現する自由」の五つからなる。
一方、同法の施行に当たっては、さまざまな問題点が指摘されている。同法では40以上の具体的な犯罪行為(虐待罪など)を規定しているが、「5つの自由」の確保を義務付けている第10条、11条に明確な基準は設けられていない。違反行為があっても福祉規範(COW:Code of Welfare)(注4)を順守していれば、抗弁が可能な罰則体系となっていた。そのCOW自体に法的拘束力はなく、同法の義務の順守に支障を与えるCOWを容認する例外規定が存在したことから、法の目的と実態に乖離があるとして、国内外からの評価は徐々に低下していった。加えて、資金や人員の不足により、農場における法の順守状況の把握が難しいことや、COWの策定・見直しプロセスが迅速に進まないことが課題として認識されていった。
このような状況を背景に、2015年に動物福祉法が大幅に改正された。特筆すべきは、同法の義務とCOWの最低基準との間の乖離を埋めるため、新たに「規則」の制定が可能となったことにある(表1)。「規則」を制定することで、法律で規定されている重大な犯罪行為に該当しない軽〜中度のAW義務違反であっても、罰則の適用が可能となる。動物福祉法の改正後、業界の要請に応える形でさまざまな「規則」が導入された。一方で、資金・人員不足による基準策定プロセスの停滞や、同法の5つの自由を確保するためのAWの水準と、規則やCOWの順守事項とのかい離といった課題は依然として指摘されている。実際に、豚のCOWおよび関連規則で限定的な利用が認められていた分娩ストールと交配ストールについて、5つの自由の義務に反するとして20年に訴訟が起こされ、高等裁判所はCOWおよび関連規則の該当条項を「違法かつ無効」と判決を下している。
このように、法制度の早期構築という点では、NZがAW先進国という評価に違和感はないものの、その内実には課題を抱えていることが分かる。14年に国際的な動物保護団体World Animal Protectionが公表した国別の動物保護指数(API)(注5)ランキングでは、NZは最高評価の「A」を獲得しているが、20年に更新されたランキングでは、規則やCOWの基準が動物福祉法の義務の順守に不十分であることなどの理由から、その評価が「C」に引き下げられている。次章からは、NZの最新のAW政策の全体像や業界の取り組みを俯瞰する。
(注4)特定の動物種、施設などの取り扱いに関する最低限のAW基準と推奨事項を定めたもの。動物福祉法によって作成プロセスなどが規定されている。
(注5)World Animal Protectionが策定した指数。畜産が盛んな50カ国を対象に、動物愛護に関する法律や規制の有無、政策の動向などを評価し、国別にランク付けしたもの。