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調査・報告  養鶏 畜産の情報 2025年9月号

動物福祉の向上を目的としたスローグローイング鶏種の利用状況および日本の肉養鶏生産における対応可能性

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株式会社農林中金総合研究所 リサーチ&ソリューション第2部 研究員 片田 百合子

【要約】

 動物福祉の観点から、改良により成長速度が速くなったブロイラー(FG鶏種)をゆっくり育つ鶏種(SG鶏種)に切り替える動きが特に欧州で増えている。SG鶏種はFG鶏種と比べ福祉水準が高いとされるものの、コストや環境負荷の増加は短所だ。日本では、長期飼育タイプの銘柄鶏の一部と地鶏がSG鶏種に相当する。現在、国内では福祉に起因したSG鶏種の需要は顕著でないものの、外資系企業などが日本でSG鶏種への移行を検討する際、国産鶏種、赤鶏、地鶏はその対象となる可能性がある。

1 調査の背景、方法と目的

(1)調査の背景

 鶏肉は世界で最も多く生産されている食肉であり、その生産を支えるのは、効率的な生産を目的に開発された肉用鶏ブロイラーの存在だ。しかし、育種改良によるブロイラーの成長速度向上は疾病の増加を招き、ブロイラーのアニマルウェルフェア(以下「AW」という)を損なうとの懸念から、ゆっくり育つ肉用鶏への移行が欧州などで見られる。こうした鶏種はスローグローイング鶏種(以下「SG鶏種」という)と呼ばれ、基本的には民間主導で利用が拡大している。
 日本では欧州に比べ、AWに配慮する消費者行動は顕著ではない。しかし、採卵鶏の平飼いのように、グローバル企業の調達方針の厳格化が日本の食品企業などの経営にも取り入れられることで、AWへの配慮をうたった畜産物の供給量は拡大傾向にある。このため、日本でも、今後は鶏肉調達企業の意向に応じてSG鶏種の需要が高まる可能性がある。日本では既にブロイラーと比べ成長の遅い肉用鶏の生産体制が構築されており、これらのSG鶏種としての販売可能性を考察する。
 

(2)調査の方法と目的

 デスクトップ調査および業界関係者への聞き取りを実施し、国内外でのSG鶏種の普及状況の把握や、AWに起因するSG鶏種の国内需要への対応可能性を検討した。海外の状況については、オンラインで関係団体に聞き取った。また、国内については、SG鶏種に相当するような鶏種や販売規模に注目して4事例を選択し、聞き取った。

2 ブロイラー産業の概要

 鶏肉は、世界で生産される家きん肉の89%を占め、食肉部門で見ても豚肉と同様に生産量が多い(図1)。鶏肉の大規模な生産を可能にしたのがブロイラーで、これは短期間で出荷される肉用若鶏の総称だ。国連食糧農業機関(FAO)によれば、2015年の鶏肉生産量に占めるブロイラーの割合は93.1%に達する。ブロイラー産業が1960年代に世界中に普及して以降、鶏肉生産量は右肩上がりで推移し(図2)、世界中の人々の重要なたんぱく源となっている。
 世界的な鶏肉の生産量の増加には、ブロイラーの育種改良が大きく寄与してきた。Zuidhofら(2014)は、1957年から2005年にかけてブロイラーの成長率は400%増加、飼料要求率は50%改善し、大胸筋の重量も増加したと報告した1)
 ブロイラー産業の広がりは日本でも見られる。日本のブロイラー生産は1960年代に始まり2)、65年以降の処理羽数は増加の一途をたどった(図3)。89年以降は輸入鶏肉の需要増を背景に減少したものの、2000年以降は再び増加し、23年には過去最多の7億4683万羽に達した。また、1羽当たりの処理重量は、1965年から2023年にかけて2.5倍に増え(図4)、ふ化から出荷までの日数も短縮し(図5)、生産効率は向上している。これには、育種改良だけでなく、生産者による飼養管理方法の改善も寄与していると考えられる。












 

3 スローグローイング鶏種とは

(1)ファストグローイング鶏種のもたらすデメリット

 育種改良によって速く大きく育つようになったブロイラー(Fast-growing鶏種〈以下「FG鶏種」という〉)は、その増体が原因でいくつかの疾病にかかりやすくなった。例えば、急激な増体による脚の異常や行動発現の低下、接触性皮膚炎、腹水症などが挙げられる3)。これらの疾病は廃棄率を上昇させ、養鶏業者の経済的損失を引き起こす。中村(2013)によれば、腹水症の発生は1990年ごろから世界各国で課題となっていた4)。日本でも、原因は明らかではないが、食鳥検査でと殺・内臓摘出禁止および全廃棄された羽数に占める腹水症の割合は18%と高止まりしている(図6)。
 さらに近年では、鶏肉の品質が低下する「異常硬化鶏肉(wooden breast)」などと成長速度の関連も議論されている。筆者が米国国立医学図書館の論文データベース「Pubmed」でこれら疾病の用語を含む学術論文を検索すると、「wooden breast」と「growth rate(成長率)」を含む論文数は2010年代以降、増加傾向にあった(図7)。また、「Fast growing broiler(chicken)」を含む論文数も、特に10年代以降に増えており、議論の活発化が示唆される。
 このほかにも、速く成長する鶏種は暑熱ストレスを受けやすいとの指摘もある3)。世界的な気温上昇は今後も継続すると想定され、生産効率の向上には耐暑熱性も育種の重要な形質といえる。
 このようなFG鶏種の経営面での弱点は、AWの面でも弱点となり得る。例えば、脚の異常や接触性皮膚炎は、正常行動を発現する自由や苦痛、傷害および疾病からの自由を損なっていると評価されてしまう3)5)6)。大手育種企業のエビアジェン社は、これらの課題を認識してFG鶏種の育種改良を行っているとみられ、生産効率以外にも脚の健康などのさまざまな育種目標を設定している7)
 




 

(2)ファストグローイング鶏種と比べたスローグローイング鶏種の特徴

 成長速度の上昇に起因する課題の解決策の一つが、元々は放し飼いや有機養鶏などのニッチ市場向けに開発されてきた、成長の遅い鶏種「Slow-growing breed」の利用だ。日本での呼び名は「スローグローイング」「スローグローイング鶏種」「スローグローイング品種」「スロー・グロウス種」などさまざまで、比較的新しい概念と推察される。海外では「Slow-growing breed」などの表現が多いため、本調査は、成長の遅い鶏種の呼称として「SG鶏種」を用いる。SG鶏種の日増体量はFG鶏種と比べ少なく、一般的にAWの水準は高いとされる。
 FG鶏種とSG鶏種は日増体量で区分される。ただし、世界共通の明確な定義はなく、区分方法は研究者によって異なる。従来は、日増体量50g以下をSG鶏種としてきたが、Nicolら(2024)は、一般的なFG鶏種の日増体量が60gを超えたことを受けて、60gでFG鶏種とSG鶏種を分け、SG鶏種をさらに3区分した6)(表1)。飼料要求率(1kgの増体に必要な飼料の量)はSG鶏種で高く、SG鶏種はFG鶏種と比べ生産効率が低いと分かる。
 

 
 次に、FG鶏種とSG鶏種の特徴を整理した(表2)。FG鶏種は、日増体量が大きく飼育期間が短いため、産肉能力、生産コスト、環境負荷の点でSG鶏種より優れていると言える。一方、SG鶏種は、疾病の発生しにくさや肉の品質面で優位性がある。なお、SG鶏種に相当する在来種の需要が増えている地域もあることから、SG鶏種には生物多様性に寄与する側面もある。
 SG鶏種への移行などを想定した生産コストの試算を見ると、生産コストはおおむね2〜4割増加する8)-10)(表3)。SG鶏種は飼育期間が長いため飼料費や人件費が増加するほか、鶏舎の回転数の減少によって1羽当たりの施設費も増加する。この生産コストをカバーできる高価格での販売が可能かという点は、今後、SG鶏種の持続可能な生産体制の構築の可否を大きく左右するとみられる。





 

4 海外におけるSG鶏種の利用推進に関する取り組み

(1)SG鶏種の実施を含む動物福祉にかかる指針や認証ラベル

 日増体量の大きいFG鶏種の利用は肉用鶏のAWを低下させるとの懸念から、欧米の肉用鶏のAWを認証するいくつかの枠組みには鶏種の基準が設けられている(表4)。これらのほとんどは動物福祉団体によって運営されており、デンマークのように国が認証ラベルを設立した事例もある。認証を受けるには、日増体量が基準内の鶏種を使用するか、日増体量、生存率や疾病、脚の健康(歩様スコア)などを考慮して各団体が選定した特定の鶏種を使用する必要がある。なお、多くの団体は制限給餌によってFG鶏種をゆっくり育てることを認めていない。
 



 

(2)海外におけるSG鶏種の普及状況

 このように、SG鶏種の利用は基本的に民間主導で推進されている。SG鶏種の普及状況把握のため、動物福祉団体が立ち上げたBetter Chicken Commitment(BCC)の進捗状況を見てみよう。BCCは、動物福祉団体が作成した肉用鶏の福祉に関する飼養などの基準に企業が参画し、参画した企業は期限までにBCCの基準を満たす鶏肉の調達割合を100%まで引き上げるという仕組みだ。基準には鶏種や飼育密度、と畜などさまざまな項目が含まれる。
 BCCは2016年に米国で発足し、欧州でも17年に始まった。その取り組みは英国、豪州・ニュージーランド、カナダ、ブラジルにも広がっている。BCCが求める鶏種の基準は地域によって若干異なるものの、英国の動物福祉団体英国王立動物虐待防止協会(RSPCA)やGlobal Animal Partnership(G.A.P.)の認定鶏種との互換性を持たせている。達成期限は地域によって異なり、欧州では26年末となっている(注1)(表4)。
 特に参画企業数の多い北米と欧州の進捗を見ると、23年時点で、北米ではグローバル企業を含む230社以上、欧州では378社がBCCに参画した11)12)。しかし、その進捗を23年に報告した企業数は北米で52社、欧州で55社(注2)に限られる11)13)。特に鶏種の移行に関する進捗は、飼育密度の低減など他の項目と比べて遅れている。これは、飼育期間の長いSG鶏種の採用によって生産コストが上昇し得るためとされる14)。実際、SG鶏種への移行を完了した企業(米国2社、英国1社(注3))は高価格帯の製品を販売する業態で、現状のSG鶏種の鶏肉は高所得層への流通が主とみられる。大手外食企業がSG鶏種の供給量不足を理由に達成期限を先延ばしする動きもあり、期限通りの目標達成は見通しにくい。
 
(注1)2023年末までに参画した場合。
(注2)動物福祉団体の調査対象となった85社のうち55社。
(注3)生鮮鶏肉のみ移行が完了している。
 
 次に、国別のSG鶏種の市場シェアを見てみよう。2017年に公表された国別のSG鶏種の市場シェアは、オランダ、フランスで21〜30%と高い15)(表5)。オランダでは、動物福祉団体の積極的な活動の影響もあり、24年初頭にはスーパーマーケットで販売されるプライベートブランドの生鮮鶏肉はすべてBeter Leven1つ星(SG鶏種対応の鶏肉)の製品に移行し16)、24年には外食産業での使用も始まった17)ため、足元のシェアは3割超と推測される。
 



 
 最後に、グローバル企業の取り組みからSG鶏種の普及状況を考察したい。「IKEA」のブランド名で小売事業を展開するInter IKEA Groupは、AW対応のためSG鶏種への移行目標を公表している18)19)(表6)。23年には、中国、北米、欧州の同グループ店舗で提供する鶏肉ミートボールの原材料は調達要件の大部分を満たしたとのことだ20)。しかし、北米とアジア地域におけるSG鶏種の供給の少なさを課題としている20)ことから、SG鶏種への移行状況には地域差があると推察される。
 



 

(3)海外でスローグローイング鶏種の利用が進展する要因

 このように、地域差はあるものの、特に欧州の一部でSG鶏種への移行が進んでいる。その要因は、投資家向けの企業価値の向上と消費者のAWへの関心の高さと考えられる。
 近年、企業のAWに関する取り組みが投資家から注目されるようになり、「畜産動物投資リスク・リターン(FAIRR)」や「畜産動物の福祉に関するビジネス・ベンチマーク(BBFAW)」といった機関がAWに関する企業の格付を行っている。両者の評価項目にはSG鶏種の利用も含まれるため、投資家の評価向上を目的にSG鶏種の利用は進展する可能性がある。
 また、欧米にはAWの思想に共感する消費者が多い。これはキリスト教(プロテスタント)圏では教義を通じて「動物を搾取・と畜してよいが、その利用に不可欠でない限り動物のあらゆる苦痛を避けねばならない」という思想が広がったためだ21)。しかし、動物福祉団体によれば、鶏種からはケージフリーのように「行動の自由」が連想されにくく、消費者の鶏種への関心はまだ低い。欧州委員会は、「屋外へのアクセス」といった消費者の関心の高いAWの基準に対してはプレミアム価格の支払意欲が高い傾向が見られたと指摘しており22)、SG鶏種とAWの関連がさらに認知されれば、消費者のSG鶏種需要は拡大すると考えられる。

5 日本における肉用鶏の生産動向

(1)日本で生産されている肉用鶏の種類

 次に、日本の肉用鶏の分類を踏まえ、SG鶏種に相当する肉用鶏の国内での生産状況を見ていくことにする。日本で生産されている肉用鶏は、若どり(いわゆるブロイラー)、銘柄鶏、地鶏の3種類に分類される(表7)。ブロイラーは海外の育種企業が開発したFG鶏種で、一般的な飼育期間は47日前後と、SG鶏種には該当しない。長期飼育タイプの銘柄鶏はSG鶏種に該当するが、海外の動物福祉団体はFG鶏種の長期飼育を認めていないため、増体の遅い鶏種のみSG鶏種に相当すると考える。例えば、独立行政法人家畜改良センター兵庫牧場(以下「兵庫牧場」という)によって開発された国産鶏種や、フランスの育種企業Hubbard社の種鶏を両親とする赤鶏などだ。地鶏は、「地鶏肉の日本農林規格(JAS)」の飼養基準を満たすもので、飼育期間はふ化後75日以上であることから、SG鶏種と呼べる。
 すべての地鶏が網羅されていない点には留意すべきだが、表8を見ると肉用鶏全体に対する地鶏の出荷羽数の割合は0.6〜0.7%、国産鶏種は0.4〜0.5%で推移しており、FG鶏種の割合が圧倒的に高い。
 





 
 

(2)肉用鶏の動物福祉に係る取り組み

 農林水産省は、日本のAWの水準を国際水準とすべく、国際獣疫事務局(WOAH)コードの内容に基づき「ブロイラーの飼養管理に関する技術的な指針」を2023年に策定した。同指針に記載されたAWの測定指標には、歩様や接触性皮膚炎、各種行動の減少といった、増体との関連も報告されているものが含まれる。しかし、同指針には日増体量低減のため鶏種を指定するような記載はなく、日本では著しい増体をAW上の問題とは捉えていないと考えられる。
 また、鶏種の基準を含む鶏肉の認証制度は、国産鶏種の指定がある「持続可能性に配慮した鶏卵・鶏肉JAS」(注4)と地鶏肉JASの2種類に限られる。しかし、いずれもAWの向上を目的に鶏種を指定したものではない。
 
(注4)国産鶏種や飼料用米の利用などを通じて、SDGsの実現に資する取り組みの一環として制定されたもの。

6 日本におけるスローグローイング鶏種の利用事例

 このように、日本ではゆっくり育つ鶏種のシェアは低く、AWの観点から鶏種を定める認証も見られないが、SGに相当する鶏種を利用しブロイラーとの差別化を図る生産事例がある。以下では、SGに相当する鶏種の国内事例として、兵庫牧場が開発した国産鶏種を使用した銘柄鶏である「丹精國鶏」と「純和鶏」、海外でSG鶏種として用いられている育種企業Hubbard社の種鶏を両親とする赤鶏(銘柄鶏)、地鶏に着目し、それぞれの特徴や生産販売動向を比較したい。
 これらの事例は、飼育期間がブロイラーよりも長い(図8)。(@)の飼育期間は55日以上、(A)は約60日以上、(B)は60〜80日程度、(C)は75日以上―で、出荷時の生体重(3kg程度が多い)から日増体量を計算すると、すべてSG鶏種に分類される。長期飼育により餌の必要量は増え、生産コストも高くなる。国産鶏種や赤鶏の卸売価格はブロイラーの2倍前後、地鶏の小売価格は2〜4倍程度である。
 


 
 鶏の健康や福祉水準の高さをPRしているのは、「丹精國鶏」と、Hubbard社のSG鶏種が両親の赤鶏(銘柄鶏)である。「丹精國鶏」は、主に生活クラブ事業連合生活協同組合連合会の組合員向けに販売されている。ゆっくり健康に育った健康な鶏というコンセプトが「丹精國鶏」の購入につながっているようである。後者の赤鶏には複数の銘柄があり、G.A.P.や北米版BCCで利用可能なものもある。赤鶏のサプライチェーンに関わる企業が2018年に設立した一般社団法人日本赤鶏協会は、「スロー・グロウス」というキャッチコピーを掲げ、肉用鶏のAWに関する情報発信や小売業者へのラベル提供などを通じて、赤鶏は健康な鶏と消費者にPRしている(図9)。このPRを評価して赤鶏を採用する小売店もある。会員企業の株式会社ヤマモト(以下「ヤマモト」という)も、24年に鶏専門の飲食店を開き、店舗で鶏種とAWに関する情報発信を行っている。このような活動を通じたSG鶏種の認知度向上が期待される。
 一方、「純和鶏」と地鶏はそのようなPRを鶏種の観点から行っていない。株式会社ニチレイフレッシュが販売する「純和鶏」は、筋繊維の細さによる食感の差別化、種鶏から国産、飼料用米の利用や鶏ふん還元による循環型農業の実践が強みである。「純和鶏」の成長が緩やかであるのは種鶏の特性に起因しており、AWと関連付けたPRは行っていない。なお、「純和鶏」が国内で初めて取得した「持続可能性に配慮した鶏肉の特色JAS」の要求事項にはAWへの配慮が含まれるため、認証取得によりAWへの配慮をPRしやすくなっている。地鶏は、食味、地域性、希少性が強みで、高価格帯の外食店や百貨店向けの販売が多い。成長速度の遅さは鶏の特性に起因する一方、それをAWの観点でPRしていない。また、SG鶏種に関連した地鶏の需要も確認できなかった。


7 考察

 育種改良によって速く育つようになったFG鶏種の弱点を解決するため、SG鶏種の利用は増えつつある。FG鶏種とSG鶏種は日増体量で区分されるが、FG鶏種は常に育種改良されて日増体量も変化するため、区分方法は固定されない点に留意すべきだろう。また、FG鶏種の健康面も改良されているため、本調査で整理したFG鶏種の弱点も変化し得る。
 欧州や北米では、民間企業主導でSG鶏種への移行を進める動きが見られる。しかし、AWへの関心が高い欧州であっても、SG鶏種とFG鶏種のシェアは逆転していない。この理由は、供給量の不足や、SG鶏種とAWの関連が十分に認知されていないことによる、高い販売価格に対する消費者受容性の低さと考えられる。西欧では鶏舎の新設は環境規制などで困難と見られ、鶏肉生産量の維持を考慮するとSG鶏種への完全移行は難しいと推測されるものの、輸出国のブラジルやタイでSG鶏種の飼育が拡大すれば、生産面の課題は解決する可能性もある。
 日本では、SG鶏種に相当する肉用鶏の割合は欧州の一部と比べて低く、鶏の健康に着目した調達事例も少ない。このような観点でのSG需要がわずかなのは、日本人は欧米と比べAWへの関心が低く、鶏種に関する知識も普及していないためと考えられる。ヤマモトのように消費者に直接PRする事例が増えることで、消費者が鶏種の違いを理解し、鶏肉に対する需要の幅が広がると期待される。
 欧米の事例を見ると、日増体量が小さい鶏種か、日増体量が基準値以内で、FG鶏種で発生しやすい疾病などにかかりにくい鶏種をSG鶏種として用いている。したがって、海外のSG鶏種と同一の鶏種でなくても、これらの条件を満たせばSG鶏種として評価されると考えられる。赤鶏は、欧米でSG鶏種として使われるHubbard社の種鶏を両親とし、G.A.P.などで採用された交配様式で飼育する企業も国内にあるため、SG鶏種としての需要を期待できる。国産鶏種や地鶏も、日増体量や歩様スコアなどの福祉指標の測定結果を示すことで、SG鶏種として調達されやすくなるだろう。ただし、生産量の比較的多い国産鶏種や赤鶏は、大量生産を行う食品メーカーや小売業者などの需要を比較的満たしやすいが、地鶏の多くの銘柄は生産量が少なく、生産コストも高いため、価格転嫁の進みやすい高級ホテルなどからの調達に限定されるだろう。
 日本では、川下企業の調達方針の変更に伴うSG鶏種への移行は現状見られないものの、今後このような動きがあった場合、前述の対応を取れば、既存の生産体制で需要を満たせる可能性がある。ただし、消費者がSG鶏種のメリットに共感しなければSG鶏種の需要は拡大しない。消費者のSG鶏種への反応や受容性を調査し、日本の消費者に合った販売戦略の検討も求められる。
 
謝辞
 本調査にご協力いただいた、独立行政法人家畜改良センター兵庫牧場、一般社団法人日本赤鶏協会、一般社団法人日本食鳥協会、群馬農協チキンフーズ株式会社、全農チキンフーズ株式会社、株式会社ニチレイフレッシュ、生活クラブ事業連合生活協同組合連合会、FAIRR、The Humane Leagueをはじめとする皆さま方に深く感謝の意を表します。
 
参考文献
1)Zuidhof, M. J. et al. (2014), ”Growth, efficiency, and yield of commercial broilers from 1957, 1978, and 2005,” Poultry Science, 93(12), pp.2970-2982.
2)駒井亨(2010)『肉用鶏の歴史』養賢堂
3)Riber, A. B., and Wurtz, K. E. (2024), “Impact of Growth Rate on the Welfare of Broilers,” Animals, 14(22), 3330.
4)中村菊保(2013)「ブロイラーの腹水症の病態と予防」『鶏病研究会報』49巻, 25〜32頁
5)瀬公三(2014)「家禽の趾蹠皮膚炎」、鶏病研報50巻2号、51〜61頁
6)Nicol, C.J., Abeyesinghe, S.M. and Chang, Y-M. (2024), “An analysis of the welfare of fast-growing and slower-growing strains of broiler chicken,” Frontiers in Animal Science, 5, 1374609.
7)Neeteson, A. M. et al. (2023), “Evolutions in Commercial Meat Poultry Breeding,” Animals, 13(19), 3150.
8)Lusk, J.L.,Thompson, N.M., and Weimer, S.L. (2019), ”The Cost and Market Impacts of Slow-Growth Broilers,” Journal of Agricultural and Resource Economics, 44(3), pp. 536–50.
9)van Horne, P. and Vissers, L.(2022), ” Economics of slow growing broilers.”
10)The Association of Poultry Processors and Poultry Trade in the EU Countries(2024), “Costs and implication of the European Chicken Commitment in the EU.”
11)Compassion in World Farming(n.d.), “2023 Report: United States.”
12)Open Wing Alliance(2024), “European Chicken Commitment (ECC) Progress Report 2024. “
13)Compassion in World Farming (n.d.), “Chicken Track 2023 REPORT Europe.”
14)片田(2024)2024年7月24日オンラインにて行った筆者によるThe Humane Leagueへのインタビュー
15)European Commission(2017), “Study on the application of the broiler directive DIR 2007/43/EC and development of welfare indicators.”
16)Wakker Dier(2024), “Jumbo als eerste supermarkt over op Beter Leven halal kip.”
17)KFC Nederland(2024), “Zinger Hot Wings, finger licking good en vanaf nu met Beter Leven keurmerk.”
18)IKEA Food Services AB(2018), “IKEA Food Better Programmes.”
19)IKEA(2022), “Better Chicken Programme.”
20)IKEA(2024), “Our view on animal welfare in the food supply chain.”
21)平澤明彦(2014)「農林水産省平成25年度海外農業・貿易事情調査分析事業(欧州)報告書 第 III 部 EUにおける動物福祉(アニマルウェルフェア)政策の概要」
22)European Commission and ICF(2022), “Study on Animal Welfare Labelling Final Report.”