現在、酪農現場では「省力化」が進みつつある。これは、作業時間の短縮や労働負担の軽減といった「量的な負担の削減」を意味し、非常に重要な取り組みである。しかしながら、筆者は省力化と「スマート化」は本質的に異なる概念であると考えている。
スマート化とは、これまで労力やコストの面で困難だったことを、新たな技術によって可能にすることであり、単なる省力化にとどまらない「質的な飛躍」を意味する。今回紹介したLiDARを活用した体重推定・体尺測定アプリは、まさにその代表的な例である。従来は手間やコスト、安全性の懸念などにより現場で実施されていなかった体重測定が、技術の導入によって実現可能になったという点で、スマート化の恩恵を体現している。
もちろん、このような技術導入によって作業項目が増える側面もあるが、それでも「体重」は飼料設計において不可欠な情報であり、把握することで飼料効率を高め、無駄を削減することが可能となる。
一方、集積されるビッグデータを活用して乳量を予測する試みは、省力化とスマート化を組み合わせた応用事例といえる。例えば、2週間後の乳量を高精度に予測できれば、急な気温上昇に対して後手に回ることなく、余裕を持って暑熱対策を準備することができる。逆に、対策を終了する適切なタイミングも判断可能となり、無駄なコストを避けることができる。
このようなAIによる予測技術は、個別の酪農場単位で導入する場合、システム構築・維持にかかるコストが課題となる可能性もある。しかし、都道府県や地域単位でデータを集約し、広域的にAI解析を行うことで、予測の汎用性を高めながら費用対効果の向上も図ることができると考えられる。
今後、スマート化の意義は「労力の削減」だけでなく、「意思決定の質向上」にシフトしていくべきであり、その鍵を握るのが現場データの可視化とAIによる解析技術である。現場に根ざしたスマート酪農の実現に向け、今後も現場ニーズに即した技術開発を継続していきたいと考えている。
【プロフィール】
杉野 利久
広島大学酪農エコシステム技術開発センター センター長
同大学院統合生命科学研究科 教授
2004年3月 北里大学大学院獣医畜産学研究科博士課程修了
2003年4月 広島大学 助教 大学院生物圏科学研究科
2015年6月 広島大学 准教授 大学院生物圏科学研究科
2019年4月〜 広島大学 教授 大学院統合生命科学研究科
2023年4月 広島大学 生物生産学部附属農場長
2025年4月〜 現職