(1)環境規制に対応する生産現場での取り組み
ア スペイン養豚における一般的な排せつ物処理
スペイン農業食料環境省 (MAPA)によると、スペインの養豚生産における環境対策は、飼料中の粗たんぱく質含量の削減や飼養段階ごとの配合飼料の調整などによる飼料管理や飼養管理の徹底、豚舎内の排せつ物の頻繁な除去によるGHGやアンモニアの排出削減が一般的とされる。排せつ物の貯留や処理については、農地が多くあることなどから、排せつ物の約90%は農地に散布され、この過程で固液分離や曝気処理、脱窒処理を行う養豚場は限られるのが現状である。残りの10%は硝酸塩指令などにより農地に散布できない余剰分としてバイオガス発電の原料などに使用されている。
イ スペイン養豚における主な環境規制
スペインの養豚に関連する環境規制は、EUの規則や国際的な目標に準じた制限を国内法に反映させたものであり、EUからの指摘などを踏まえて主にアンモニアの排出量の削減に焦点が当てられている。
家畜排せつ物の管理に関しては、スラリーラグーンなどの土壌などへの漏水防水処理の義務化などに加えて、2016年からはEUの産業排出指令(IED)に準じた国内法により、飼養頭数が2000頭以上の肥育農家と母豚飼養頭数が750頭以上の繁殖農家について、毎年の窒素排出量の報告とアンモニアなどの排出削減の取り組みが義務化されている(図11)。
また、20年には、粗たんぱく質含有量の低減や排出削減技術の導入の厳格化などが定められ、養豚場でのアンモニア排出を豚舎内で30%、スラリーラグーンなどの貯留施設では40%、それぞれ削減することが義務化された。22年には家畜排せつ物の農地への散布期間の一部制限が導入されるなど、実質的な家畜排せつ物生産量の削減と排せつ物処理の高度化に向けた規制面の厳格化が続いている。
また、環境移行・人口問題省(MITECO)によると、主要養豚地域であるアラゴン州やカタルーニャ州では、豚飼養頭数の増加に伴い地下水の硝酸塩濃度が上昇傾向とされている(図12)。これにより、地下水の硝酸塩濃度がEUの硝酸塩指令で定める基準を超える地域が増加しており、スペイン政府は、EUからの勧告を踏まえて脆弱地域の指定拡大を進めている。
脆弱地域の拡大によって、21年のアラゴン州の脆弱地域の面積は19年から2.7倍増加し、同州の29.5%が同地域に含まれることになり(図13)、養豚場の窒素排出削減の必要性が高まっている。
ウ アンモニア排出削減や家畜排せつ物の利活用に向けた動き
スペイン白豚生産加工者協会(INTERPORC)によると、2022年のスペインの豚1頭当たりGHG排出量は90年比で43.6%、アンモニアは同49%、それぞれ削減しており、スペインの豚排せつ物管理由来のアンモニア排出量は2000年をピークに減少傾向で推移している(図14)。
MITECOによると、飼料管理の義務化や家畜排せつ物の農地への散布に関する規制を強化したことがアンモニアの排出削減につながったとされており、スペインではEUからの指摘を踏まえた規制に対応することによってアンモニア排出削減に取り組んできた。
また、スペイン政府は、気候変動対策としてバイオガスプラントの利活用を促進させるとして、22年にロードマップを発表し、10年間でバイオガス発電量を3.8倍に増加させることを目標とした。同政府によると、家畜排せつ物の生産量が多いことから、この目標達成のために、地域の産業全体で共同したバイオガスプラント建設などの支援を行うとともに、一定規模の畜産農場でのメタンやアンモニアの排出削減となるバイオガス生産に向けた分析の義務化なども今後の検討課題としている。
スペインの豚肉業界を代表する団体であるINTERPORCが22年に策定した持続可能性戦略では、GHGやアンモニアの削減に焦点を当て、排せつ物処理への投資により環境への低減を図ることを目指すとしている。
(2)AW規制の強化と養豚産業への影響
ア スペインのAW規制
スペインのAWに関する規制はEU指令(注7)と同等のものとなっているが、慣行的な断尾を禁止し、飼養環境の改善などを行っても尾かじりが発生した場合のみ断尾を行うとするEU指令の順守を求める、欧州委員会による勧告(EU)2016/336に従い、2017年にMAPAとANPROGAPORなどが「尾かじり防止と慣例的な断尾防止に向けた行動計画」を策定した。
さらに、断尾を行う理由となる尾かじりを減らすことなどを目的に、23年に新たに肥育豚などの飼養密度を厳格化する勅令159/2023が施行され、26年3月から全面的に適用される予定となっている(注8)(表5)。
ANPROGAPORによると、同規制により飼養頭数が300万〜800万頭程度減少する可能性があると試算されたものの、輸出市場の縮小などにより22年、23年に飼養頭数が減少したため、26年の全面適用に向けてこれ以上の飼養頭数の減少は見込まれないとされている。
なお、スペインでは、イベリコ豚などの一部を除き、出荷月齢が早いことから子豚の去勢はほとんど行われておらず、ANPROGAPORによると、スペインで飼育される肥育雄豚の9割が未去勢とされる(写真2)。
イ 影響が懸念されるEUのAW規制見直し
EUで議論が進む家畜輸送と飼養段階でのAW基準の厳格化も、スペインの養豚業界にとっては大きな影響が見込まれる。
(ア)輸送規則の改正
欧州議会で議論が進む家畜輸送時のAW基準の厳格化は、輸送密度や輸送時間、輸送時の外気温の厳格化により、夏に高温になり広い国土を有するスペインの畜産業界への影響は大きいとされる(注9)。
EUの畜産団体などが行った試算によると、スペインのと畜用出荷豚1頭当たりの追加輸送コストは7.61ユーロ(1311円)上昇するとされ(図15)、EU全体の年間追加輸送コストは16億ユーロ(2756億円)に上るとされた。同試算によると、これは枝肉価格を1キログラム当たり8セント(14円)、生鮮豚肉の小売価格を同30セント(52円)それぞれ押し上げることに相当するとされる。スペイン貨物輸送連盟(CETM)によると、輸送密度の厳格化により、豚の輸送コストは28%上昇すると試算している。また、ANPROGAPORによると、輸送時間の制限などによりスペインの子豚などの生体輸入は8割ほど減少すると見込まれている。
(イ)分娩ストールの使用規制
欧州委員会は2025年6月、家畜の飼養に関するAW関連法令の見直しに向けた意見募集を開始した(注10)。この見直しは、欧州市民イニシアチブ「ケージ時代の終わり(End the Cage Age)」への対応であり、同イニシアチブでは分娩ストールの使用を禁止すべきと提案されている。
このような動きを受けて、欧州最大の農業団体である欧州農業組織委員会・欧州農業協同組合委員会(Copa−Cogeca)などが行った分娩ストールの使用を制限した場合の生産コストや飼養頭数への影響評価によると、EUの母豚飼養頭数が20.7%減少し、子豚の事故率上昇に伴う生産効率低下により、子豚の生産コストが32%上昇すると試算された(図16)。また、豚舎改修などへの投資は、スペインなどの西欧地域で特に大きくなり、スペインで17億ユーロ(2928億2500万円)、EU全体では最大66億ユーロ(1兆1369億円)を要すると試算されるなど、生産者団体などからは大きな懸念が示されている。
ウ 業界主導のAW向上の取り組み
スペインでは、インテグレーターが中心となりAW向上に向けた取り組みを行っている。スペインの大手食肉企業であるVall Companys(Vall社)では、品質向上と生産性向上のために自社のパイロット肥育農場でAWや豚の健康管理に関する技術の導入テストを行っている(写真3)。
同養豚場では、各種センサーなどのスマート農業技術の導入による省力化により、4200頭を従業員1人で管理し、実証された効果的な飼養システムはインテグレーション下の生産者に対してインセンティブを付けることにより導入を推奨している。実際に、同養豚場でAW上の効果が実証された豚舎内の独自の冷却技術は、導入農家に対して1頭当たり1ユーロ(172.25円)の導入インセンティブが支払われた。
Vall社によると、このパイロット養豚場は、政府などの支援は受けておらず、あくまでも激しい競争を勝ち抜くために自社とインテグレーション内の生産者の生産効率を最大限に高めるためにさまざまな検証を行い、生産現場での導入につなげるために設置したとされている。
INTERPORCは、2019年にAWとバイオセキュリティに関するIAWS技術規則を策定し、高いAW水準を求める消費者ニーズに応えるとともに、国内の豚肉業界が高い品質を誇ることをアピールするための業界の自主的な取り組みとなる任意の認証制度を開始した。
22年には、スペイン産の豚(イベリコ豚を含む)や牛、家きん類などの業界団体による統一的なAWラベル「B+ Commitment to Animal Welfare」が導入された。豚についてはIAWS技術規則を満たす製品が対象となり、7000を超える養豚生産者が認証を受けている(写真4)。