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調査・報告 周年親子放牧 畜産の情報 2025年11月号

多様化する放牧の実践知と類型化〜繁殖経営の知識創造と課題〜

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東京農業大学 国際食料情報学部 アグリビジネス学科 寺梨 香、井形 雅代、下口 ニナ
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 NARO開発戦略センター
ファディラ シャウカット

【要約】

 わが国の農業には、耕作放棄地の拡大や農業従事者の高齢化という大きな課題があり、大分県も例外ではない。耕作放棄地の再利用や農作業の省力化を考えると、大分県豊後高田市にあるような果樹園や茶園に利用されていた傾斜地を活用するのは困難である。そこで注目されているのが放牧である。肉牛の繁殖経営における放牧は目新しくはないものの、近年、地域の課題に寄り添う省力化・省コスト化を徹底した親子周年放牧技術が確立されている。本稿では、親子周年放牧の新規農家への技術移転について、SECIモデルによる知識創造を援用して課題を明らかにした。

1 はじめに

(1)肉用繁殖経営の置かれた現状

 2024年2月現在、肉用牛を飼養している戸数は3万6500戸、飼養頭数は267万2000頭おり、このうち、子取り用めす牛の飼養戸数は3万1800戸とされる。現在までの変化として、子取り用めす牛の飼養戸数は減少を続け、16年の4万4300戸から24年には3万1800戸となっている。一方で、全体の飼養頭数は増加しており、58万9000頭から64万400頭に増加している(農林水産省「畜産統計」(令和6年))。
 こうした飼養戸数の減少は、肉用子牛価格の下落や生産費の上昇に起因している。例えば、農林水産省によると肉用子牛価格は12年頃から上昇し、16年には黒毛和種の子牛は1頭当たり85万円以上で取引されていた時期もあった。しかし、24年には50万円台まで下落し、地域によっては40万円台となっている(独立行政法人農畜産業振興機構「肉用子牛取引情報」)。また、生産費については、22年から23年にかけての1年間に全国平均で子牛1頭当たり5万1479円増加している。内訳を見ると、特に飼料費が高騰している(農林水産省「畜産物生産費統計」)。子牛1頭当たりの価格が下落している中で生産費が増加することで、肉用子牛の生産者にとって利益を確保するのが難しい状況となっている。
 溝口(1999)による岡山県の事例では、繁殖経営の規模拡大に伴って子牛の個体管理を徹底するために離乳技術が発展し、子牛の下痢や肺炎、事故などを予防するために産後数日で母子を離し、人工育が実施されるようになってきたとしている。このような飼育方法は岡山県だけでなく、九州沖縄地区でも超早期母子分離技術が確立されている(深川、2010)。この飼養方法は利点が多いものの、代用乳の利用によってコストが上昇するため、経営面での課題が指摘されている。そこで注目されるようになったのが、放牧技術である。放牧経営には、前述の子牛の疾病や事故のリスクは伴うものの、牧草など粗飼料の活用によるコスト削減が期待されている(国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、2017)。
 

(2)放牧の推進と実践知の多様化

 農林水産省や国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構の研究成果からも、繁殖用雌牛の放牧には、除草効果や耕作放棄地の有効利用など多くの利点があり、普及が図られている。また、北海道や沖縄県、山口県、熊本県、富山県、鳥取県、大分県などが放牧の盛んな地域として知られており(森田、2019)、放牧は多くの地域で普及している。放牧方式は一様ではなく、九州で伝統的に継承されてきた夏季の山間部・草地にて放牧を行う夏山冬里方式、山口型放牧に見られるような移動放牧や水田放牧(山口型放牧研究会ウェブサイト)など、地域における放牧の目的や農業事情に依拠している。これまでの研究成果や周知されている情報は、放牧経営のマニュアルや導入方法などに特化していると見受けられ、放牧の方式はそれぞれの地域で異なっている。
 

(3)放牧の実践知と本研究の視点

 放牧の方式は、夏に母牛を山林や草地に放す夏山冬里方式が主流であるが、母子を分離せずに周年放牧することで、省力化・省コスト化を徹底した放牧を行うのが親子周年放牧である。本研究では、大分県豊後高田市における親子周年放牧の先駆的実践者として、その飼養技術を確立した永松氏の実践知に着目し、その継承・共創を「SECIモデル(注)」に基づいて整理する。また、放牧経営・技術の研修に参加し、その後独立した元研修生(放牧の新規就農者)に対する聞き取り調査を基に、放牧経営・技術に関する知識の移転と調査地の放牧の類型を明らかにする。本稿では、(1)親子周年放牧を主軸に行う地域・農業振興、(2)繁殖経営の放牧経営と類型化―という二つの視点から分析する。
 
(注)野中郁次郎が考案した知識創造モデルを指し、SECIとは共同化(socialization)、外部化(externalization)、結合化(combination)、内面化(internalization)という知識創成のプロセスを示している。SECIモデルは人々の知識や経験は暗黙知から形式知へどのように変化するのかを描き、その工程がスパイラルとなっていることを表し、知識は個人に蓄積されるものではなく、実践知として共有されていくものとしている。

2 大分県豊後高田市の概要と放牧の支援

(1)豊後高田市の地域概要

 大分県内の肉用牛繁殖経営において、放牧の割合は全体の2割を占めているとされる(大分県庁ヒアリングより)。歴史的に見て九州地方は放牧が盛んな地域であり、その中でも大分県は、夏山冬里方式に代表されるような母牛放牧による繁殖経営が盛んである。同県では、昭和50年代に畜産総合整備事業が実施され、放牧を中心とした地域振興が現在の竹田市や豊後大野市を中心とする地域で大規模に行われた。林間地、雑木林や里山を利用した畑作などと放牧との複合経営、共用の里山で複数農家が共に放牧することなどを広く「おおいた型放牧」と呼んだが、個別農家の所有頭数の増加によって里山放牧は個別管理に変化していった。
 近年、県北に位置する豊後高田市と近隣地域では、新規就農者による親子周年放牧が行われている。豊後高田市は、農業を基幹産業とする自然豊かな地域である。瀬戸内型気候に属し、降水量の少ない温暖な気候と言える(国土交通省)。米、そば、大豆に加え、ネギなどを特産品とし、肉用牛生産や酪農などの畜産も盛んである。畜産については、酪農経営3戸、肉用牛経営14戸(繁殖・肥育農家)が肉用牛の飼育に携わっている(農林水産省「市町村の姿 グラフと統計でみる農林水産業 豊後高田市」(令和6年))。
 

(2)親子周年放牧を主軸に地域振興を目指す豊後高田市の方針・施策

 豊後高田市は農業が盛んであるものの、農業従事者の高齢化に伴う耕作放棄地という課題を抱えている。同市は、新規就農者の育成を目的とした研修事業や耕作放棄地の再生利用について土地所有者への指導を行っている。新規就農者の研修の対象となっている作物は、花き、果樹、野菜、畜産であり(農林水産省九州農政局)、同市は作物栽培・家畜飼育のために新規就農支援事業を行っている(豊後高田市)。市単独事業として新規就農者家賃助成事業、新規就農者促進事業、国庫事業として新規就農者育成総合対策事業(就農準備資金)、大分県中高年移住就農給付金を整備している。移住者への農業就業に関する支援、助言は、豊後高田市役所や大分県北部振興局などが積極的に行っている。
 

(3)親子周年放牧の開始経緯と先駆者

 こうした新規就農者支援を行う中で、耕作放棄地の縮小に特に貢献しているのが、畜産分野における肉用牛の放牧繁殖である。大分県北部振興局によると、放牧導入は44ヘクタールもの耕作放棄地の縮小に貢献している(2015年時点)。豊後高田市で親子周年放牧が導入されたきっかけは、2005年以前に同市と九州大学との官学連携をベースにした取り組みにさかのぼり、有限会社冨貴茶園(以下「冨貴茶園」という)と有志6人で構成された「西高の農地を守る放牧の会」を中心に進められた。大分県では同時期に、県の振興局と畜産研究部が連携して牛の貸し出しを行う「レンタカウ」(大分県畜産振興課) の取り組みを開始し、冨貴茶園代表の永松氏はこれを利用して借り受けた牛3頭をもともと茶園であった山林に放した。1年間の試験的な放牧で、母牛の出産や低コスト・省力化した放牧に牛が適応したことなどから、その後、牛を購入して繁殖用雌牛の放牧を開始した(豊後高田市役所ヒアリングより)。
 

(4)実践知の伝承者

 永松氏は、2015年から現在まで7人の研修生を受け入れてきた。親子周年放牧技術の開拓者である永松氏の存在は大きく、研修を終えた7人は国東くにさき市内および近隣地域へ新規就農者として移住した。永松氏が掲げる低コストで多くの労働力を要さない粗放的な放牧経営は、田舎生活を満喫したい若い世代の人や牛を自然な環境で飼育したい動物福祉を考える人など、さまざまな人のニーズを満たす経営・農法として注目されるようになった。
 豊後高田市で3法人、10農家で繁殖・放牧経営が行われている(24年2月1日時点)。同市の繁殖・放牧経営は、耕作放棄地の活用や畜産業の振興だけでなく、若手の新規就農者を魅了し、移住者の増加にも貢献している。繁殖用雌牛の放牧を目的に同一市内、地域に人が集まる同市の事例は全国的に見ても珍しい。

3 放牧の多様な実践知と類型化

 豊後高田市では、放牧経営・技術の研修期間を通じて研修生に実践知が伝承されているが、実際に元研修生は永松氏の技術をどの程度継続して実践しているのか、調整、変更がなされているのか、その実態は不明である。また、各農家の放牧方法が経営にどのような影響を与えているかについても明らかでない。そこで本章では、SECIモデルを援用し、永松氏の実践知が研修生との「共同化」を通じて「表出化」され、研修生に伝承された後に、それぞれの経験や知識と「連結化」し「内面化」するという過程に着目した。知識創造のスパイラルに倣って、まず研修生に共同化される前の永松氏の実践知を0型、親子周年放牧のノウハウが共同化、表出化し、研修生がそれぞれの経営指針や経験と連結化・内面化させることによって0型から放牧方法を変更した農家を1型と2型、伝統的な舎飼いを行う農家(永松氏の下で研修を受けていない)を3型と4型に分類している。
 

(1)事例から見る経営・技術の類型化

 本研究では、豊後高田市とごく近隣の周辺地域に位置する繁殖経営10者にヒアリング調査を行い、経営・飼養における類似点・相違点を整理して類型化を試みた。プライバシーの観点から各経営体の特徴の明記は避け、0型から4型までの整理にとどめている。また、10者の中には 放牧農家として就農した7者の他、母牛・子牛について舎飼いを基本とする経営体3者も含まれている。その理由としては、舎飼いを行う経営体についても放牧の要素を含むことが現地調査によって明らかになったことから、比較対象として類型に含めているためである。3者のうち2者は、いわゆる夏山冬里方式を採用しており、夏季には母牛の放牧を行っている。
 放牧を実践する繁殖経営9者は、1〜2年間、永松氏の下で研修を受けて就農している。放牧0型を永松氏の飼養方法とし、放牧方法(舎飼いの有無)や飼料、親子周年もしくは母子分離という観点から類型化した。1・2型は、永松氏の研修を受けた繁殖経営が分類される。3・4型は、永松氏の研修を受けておらず、一般的な舎飼いを行っている繁殖経営が該当する。以下、5分類について整理をしている(表)。
 
【0型】
 永松氏が採用する飼養・経営方針のことで、後述する1型の経営体はすべて永松氏の飼養方法に倣っているとのことであったが、飼料などに各経営体独自の工夫が反映されていることが分かったため、0型と1型には若干の違いが見られる。
i)放牧方法
 母牛・子牛に給餌する際に、単管パイプとスタンチョンを組み合わせた簡易的な牛舎を用いるものの、季節や天候を問わず放牧する。妊娠中の母牛に特段問題がない場合は、分娩も自然に任せ、飼養者は介助しない。出生後は親子周年放牧を行っており、家畜市場に出荷する前日まで母牛と子牛は一緒に過ごすことができる。また、生産した子牛が雌であった場合、市場出荷せずに繁殖用雌牛として保留する場合がある。
A)哺育・飼料配合
 育児放棄された場合は母牛に替わって哺乳をするため、代用乳を購入する必要があるが、ほとんどが母乳で育てられ、離乳後は母牛と同じ飼料を与えられる。牧草(主にバヒアグラス)と稲WCS(ホールクロップサイレージ)、濃厚飼料を毎日2回(主に朝と夕方)与えている。
 
【1型】
 0型から飼料に変更を加えている繁殖経営が該当する。飼料の変更内容は各経営体で異なっているが、1型でも親子周年放牧で飼育する、舎飼いを導入していないという点で0型と同様である。
i)放牧方法
 基本的に0型と同様、簡易牛舎で給餌し、季節・天候を問わず放牧している。永松氏が実践する親子周年放牧に倣っており、出荷まで母子が一緒に生活する。0型と異なる点は、永松氏の親子周年放牧の手法に加え、第一子が雌である場合は繁殖用雌牛として残す、つまり生後9カ月経過した時点で出荷せず、同牧場の繁殖用牛として保持して母子を離さない、という方法を試みている。母子の管理については、主導的に行う経営体1者と、この経営体に倣い母子管理を行う経営体2者がある。
A)哺育・飼料配合
 育児放棄や生育不良の子牛に哺乳する以外は、人口哺乳は行わないという点で0型と同じであるが、飼料については、各経営体が牛の健康状態や育成状況により飼料の配合を変更している点が異なる。0型と同様の飼料を給与するが、1型では濃厚飼料を減らし、代わりにオーツヘイを与えている。また、1型に該当する経営体3者のうち2者は、出荷前の子牛にも多めにオーツヘイを与えている。飼育頭数に対して飼育面積が小さい経営体では、牧草が不足する冬季には、牧草サイレージを購入・給与している。体の小さな母牛・子牛におからを与える経営体もあり、0型の牧草や稲WCS、濃厚飼料という組み合わせに工夫を加えている。
 
【2型】
 0型とは、飼料と放牧方法のいずれとも異なっている。2型は母子分離や子牛の舎飼いを行っており、後述の3型に近いと言える。人工哺育を行っているため、コスト面で放牧の利点を活かせていない。また、子牛を舎飼いしており、牛舎の清掃や敷料の交換などの必要から労働時間が0型・1型よりも長くなっている。
i)放牧方法
 母牛は放牧するものの、子牛は舎飼いを基本としている。親子周年放牧は採用せず、早期の母子分離を進める点も0型・1型と異なる。
A)哺育・飼料配合
 子牛は、出生後数日で母乳での飼育から人工哺育に切り替える。また、子牛の成長を促すため、飼料にビタミン剤や複数の濃厚飼料を用いている。
 
【3型】
 舎飼いをベースにし、夏季に母牛を放牧する夏山冬里方式の経営体。子牛は母牛から分離して舎飼いし、一部放牧を取り入れている。
i)放牧方法
 母牛のみ夏季に放牧するため、敷地内にはバヒアグラスが播種はしゅされている。また、疾病のまん延防止を徹底するため、早期もしくは出生後に初乳を授乳させることなく、母子を分離する。母子分離するタイミングは経営体により異なり、母牛の初乳を飲ませることなく母子を分離し、人口哺乳で子牛を育成する経営体と、産後3〜4カ月で母子を分ける経営体がある。中には、完全に母子分離を徹底するため、子牛を舎飼いする経営体もある。
A)哺育・飼料配合
 母牛と子牛の牛舎は分かれており、子牛牛舎では哺乳ロボットを導入している経営体もある。子牛は、1〜2カ月齢まで母乳の人工哺乳で育てる。
 
【4型】
 繁殖・肥育一貫経営を4型と分類した。繁殖経営部分については、母子分離は行わず親子周年放牧を行い、9カ月齢で子牛のみ肥育用牛舎に移動させる。
i)放牧方法
 0型から1型までの放牧方法に倣っている。
A)哺育・飼料配合
 育児放棄がない限り母牛から授乳され、飼料は山口型放牧に倣っているということで、牧草を中心に濃厚飼料を与えている。
 



 

(2)知識創造スパイラルの共存〜永松氏 (0型)と伝統的な繁殖経営(3型)〜

 (1)の通り、0型は、親子周年放牧を確立した永松氏の実践知を示すものとし、飼料を工夫する(種類を増やす)元研修生を1型とした。0型・1型は子牛の誕生から出荷まで母子を離さずに放牧することで、哺乳にかかるコストが低減されていると推測される。2型には母子分離をして人工哺乳を導入する経営体を分類した。これらの経営体は、永松氏の元で研修したものの、舎飼いによる母子分離の繁殖経営から影響を受けていると考えられる。親子周年放牧の低コストという利点を手放し、代用乳の給与や複雑な飼料の組み合わせを実践していた。こうした2型に分類される経営体が大きな影響を受けているのは、3型に分類される経営体のように伝統的な放牧方法(夏山冬里方式)を伝承する経営体である。母子分離を出生後早い段階から実践し、放牧は夏場の母牛に限っている。4型の経営体が行う肥育までの一貫経営と異なり、3型では子牛の体重や胴回りを気にかけて、より大きく育てるために代用乳や飼料(ビタミンなど) を給与する傾向にある。コスト削減を最優先としていないという点が、放牧との一番の違いである。
 ヒアリング調査の範囲では、いずれの類型においても種付けや出生率について明確な差異は確認できなかった。つまり、収益性は肉用子牛相場、出荷頭数、経営コストにより変化するものと考えられる。市場でセリに出す際には、体重や腹囲の大きさなどが重要視される中で、放牧牛はいずれも小さい傾向がある。また、放牧されて育った子牛は牛舎でつながれることに慣れていないため、肥育農家に敬遠されるという話があった。さらに、家畜市場によっては、上場される子牛の一覧の備考欄に「母子周年」と書かれることもあり、セリの前から購買者に敬遠されるのではないかという心配の声も大きい。
 買い控えされる、または落札価格が思うように伸びないという可能性があるため、放牧においては、コストの抑制が経営の安定につながると考えられる。0型・1型の経営体がコスト抑制・省力化を徹底する中で、3型の経営体は舎飼いの利点(母子分離で疾病のリスクを低減し、人工哺乳と濃厚飼料の給与で子牛を大きく育てる)を技術的に確立させている。SECIモデルを援用すると、0型・1型、3型が実践知の共同化、実践知の理解による表出化、地域の関係者の知見を取り入れる連結化、各経営体で新たな飼養管理が実践される内面化といった独自の知識創造スパイラルを形成する中で、2型は両者の技術を融合させている。技術の融合には一定の可能性があるものの、背景や目的の異なる0型と2型の融合は、経営・技術的な矛盾を生じさせてしまう可能性がある。

4 まとめと今後の研究展望

 永松氏が確立した親子周年放牧は、大分県における放牧の歴史の中でも新しい経営・技術であり、伝統的な放牧方法を実践する経営体においては、舎飼いをベースとした母子分離が広く普及している経営・技術と言える。永松氏と他の繁殖経営が継承する放牧の実践知は共有化、表出化されて、新規就農者や他の放牧経営に継承され、分類し切れない細かな経営・技術の違いが存在し、各経営体は技術の選択を繰り返しながら現場で実践している。親子周年放牧は低コストを徹底しているため、新規就農者にとって参入しやすい放牧様式であると言える。
 しかし、放牧の知識スパイラル形成、つまり、永松氏を含む放牧関係者との技術の共有化を経る内面化までのプロセスは経営体間にいくつも存在し、地域全体が知識創造の場となり、子牛繁殖を通じて併存している。放牧農家は、こうした多くのスパイラルがある中で技術の取捨選択(もしくは技術融合)を行っているが、新規就農者として放牧経営を行う者にとって選択すべき技術の判断や実装のハードルは高く、慎重な検討と多くの知見が必要となる。放牧を組み入れた理想とする農業経営を実現できるよう、新規就農者が実践知と経験の共有を通じて適切な選択ができる場を地域に作り、支援者(普及員や自治体他)が実践知の橋渡しをできるような広範な知識スパイラルの構築が求められる。
 
【参考文献等】
農林水産省「わがマチ・わがムラ―豊後高田市」
豊後高田市(2024)「新規就農支援事業について」豊後高田市公式ウェブサイト
森田聡一郎(2019)「放牧をめぐる情勢報告」
農林水産省生産局畜産部飼料課、令和元年10月16日
公益社団法人 山口県畜産振興協会「山口型放牧研究会」
国土交通省「地方振興 活力と魅力ある地域づくり」
農林水産省「畜産・酪農をめぐる情勢」
深川祐介(2010)「超早期母子分離した黒毛和種子牛における代用乳多給の効果」『畜産試験研究成果情報(畜産草地関係)』国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 九州沖縄農業研究センター
溝口 豊(1999)「和牛繁殖経営の低コスト化」『畜産だより』1999年9月号、岡山県経済農業協同組合連合会
農林水産省「畜産統計」
農林水産省「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」
農林水産省九州農政局「耕作放棄地解消に向けた地域事例集:豊後高田市」
大分県北部振興局 夏迫紗綾・石本歩「豊後高田市における新規放牧者の育成」
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 畜産研究部門(2017)「我が国の畜産(牛)の動向」平成29年度放牧活用型畜産に関する情報交換会資料
農林水産省「畜産物生産費統計」
大分県畜産振興課(2022)「大分県における『レンタカウ』の取り組み」
大分県豊後高田市「市町村の姿 グラフと統計でみる農林水産業」