豊後高田市では、放牧経営・技術の研修期間を通じて研修生に実践知が伝承されているが、実際に元研修生は永松氏の技術をどの程度継続して実践しているのか、調整、変更がなされているのか、その実態は不明である。また、各農家の放牧方法が経営にどのような影響を与えているかについても明らかでない。そこで本章では、SECIモデルを援用し、永松氏の実践知が研修生との「共同化」を通じて「表出化」され、研修生に伝承された後に、それぞれの経験や知識と「連結化」し「内面化」するという過程に着目した。知識創造のスパイラルに倣って、まず研修生に共同化される前の永松氏の実践知を0型、親子周年放牧のノウハウが共同化、表出化し、研修生がそれぞれの経営指針や経験と連結化・内面化させることによって0型から放牧方法を変更した農家を1型と2型、伝統的な舎飼いを行う農家(永松氏の下で研修を受けていない)を3型と4型に分類している。
(1)事例から見る経営・技術の類型化
本研究では、豊後高田市とごく近隣の周辺地域に位置する繁殖経営10者にヒアリング調査を行い、経営・飼養における類似点・相違点を整理して類型化を試みた。プライバシーの観点から各経営体の特徴の明記は避け、0型から4型までの整理にとどめている。また、10者の中には 放牧農家として就農した7者の他、母牛・子牛について舎飼いを基本とする経営体3者も含まれている。その理由としては、舎飼いを行う経営体についても放牧の要素を含むことが現地調査によって明らかになったことから、比較対象として類型に含めているためである。3者のうち2者は、いわゆる夏山冬里方式を採用しており、夏季には母牛の放牧を行っている。
放牧を実践する繁殖経営9者は、1〜2年間、永松氏の下で研修を受けて就農している。放牧0型を永松氏の飼養方法とし、放牧方法(舎飼いの有無)や飼料、親子周年もしくは母子分離という観点から類型化した。1・2型は、永松氏の研修を受けた繁殖経営が分類される。3・4型は、永松氏の研修を受けておらず、一般的な舎飼いを行っている繁殖経営が該当する。以下、5分類について整理をしている(表)。
【0型】
永松氏が採用する飼養・経営方針のことで、後述する1型の経営体はすべて永松氏の飼養方法に倣っているとのことであったが、飼料などに各経営体独自の工夫が反映されていることが分かったため、0型と1型には若干の違いが見られる。
i)放牧方法
母牛・子牛に給餌する際に、単管パイプとスタンチョンを組み合わせた簡易的な牛舎を用いるものの、季節や天候を問わず放牧する。妊娠中の母牛に特段問題がない場合は、分娩も自然に任せ、飼養者は介助しない。出生後は親子周年放牧を行っており、家畜市場に出荷する前日まで母牛と子牛は一緒に過ごすことができる。また、生産した子牛が雌であった場合、市場出荷せずに繁殖用雌牛として保留する場合がある。
A)哺育・飼料配合
育児放棄された場合は母牛に替わって哺乳をするため、代用乳を購入する必要があるが、ほとんどが母乳で育てられ、離乳後は母牛と同じ飼料を与えられる。牧草(主にバヒアグラス)と稲WCS(ホールクロップサイレージ)、濃厚飼料を毎日2回(主に朝と夕方)与えている。
【1型】
0型から飼料に変更を加えている繁殖経営が該当する。飼料の変更内容は各経営体で異なっているが、1型でも親子周年放牧で飼育する、舎飼いを導入していないという点で0型と同様である。
i)放牧方法
基本的に0型と同様、簡易牛舎で給餌し、季節・天候を問わず放牧している。永松氏が実践する親子周年放牧に倣っており、出荷まで母子が一緒に生活する。0型と異なる点は、永松氏の親子周年放牧の手法に加え、第一子が雌である場合は繁殖用雌牛として残す、つまり生後9カ月経過した時点で出荷せず、同牧場の繁殖用牛として保持して母子を離さない、という方法を試みている。母子の管理については、主導的に行う経営体1者と、この経営体に倣い母子管理を行う経営体2者がある。
A)哺育・飼料配合
育児放棄や生育不良の子牛に哺乳する以外は、人口哺乳は行わないという点で0型と同じであるが、飼料については、各経営体が牛の健康状態や育成状況により飼料の配合を変更している点が異なる。0型と同様の飼料を給与するが、1型では濃厚飼料を減らし、代わりにオーツヘイを与えている。また、1型に該当する経営体3者のうち2者は、出荷前の子牛にも多めにオーツヘイを与えている。飼育頭数に対して飼育面積が小さい経営体では、牧草が不足する冬季には、牧草サイレージを購入・給与している。体の小さな母牛・子牛におからを与える経営体もあり、0型の牧草や稲WCS、濃厚飼料という組み合わせに工夫を加えている。
【2型】
0型とは、飼料と放牧方法のいずれとも異なっている。2型は母子分離や子牛の舎飼いを行っており、後述の3型に近いと言える。人工哺育を行っているため、コスト面で放牧の利点を活かせていない。また、子牛を舎飼いしており、牛舎の清掃や敷料の交換などの必要から労働時間が0型・1型よりも長くなっている。
i)放牧方法
母牛は放牧するものの、子牛は舎飼いを基本としている。親子周年放牧は採用せず、早期の母子分離を進める点も0型・1型と異なる。
A)哺育・飼料配合
子牛は、出生後数日で母乳での飼育から人工哺育に切り替える。また、子牛の成長を促すため、飼料にビタミン剤や複数の濃厚飼料を用いている。
【3型】
舎飼いをベースにし、夏季に母牛を放牧する夏山冬里方式の経営体。子牛は母牛から分離して舎飼いし、一部放牧を取り入れている。
i)放牧方法
母牛のみ夏季に放牧するため、敷地内にはバヒアグラスが播種されている。また、疾病のまん延防止を徹底するため、早期もしくは出生後に初乳を授乳させることなく、母子を分離する。母子分離するタイミングは経営体により異なり、母牛の初乳を飲ませることなく母子を分離し、人口哺乳で子牛を育成する経営体と、産後3〜4カ月で母子を分ける経営体がある。中には、完全に母子分離を徹底するため、子牛を舎飼いする経営体もある。
A)哺育・飼料配合
母牛と子牛の牛舎は分かれており、子牛牛舎では哺乳ロボットを導入している経営体もある。子牛は、1〜2カ月齢まで母乳の人工哺乳で育てる。
【4型】
繁殖・肥育一貫経営を4型と分類した。繁殖経営部分については、母子分離は行わず親子周年放牧を行い、9カ月齢で子牛のみ肥育用牛舎に移動させる。
i)放牧方法
0型から1型までの放牧方法に倣っている。
A)哺育・飼料配合
育児放棄がない限り母牛から授乳され、飼料は山口型放牧に倣っているということで、牧草を中心に濃厚飼料を与えている。
(2)知識創造スパイラルの共存〜永松氏 (0型)と伝統的な繁殖経営(3型)〜
(1)の通り、0型は、親子周年放牧を確立した永松氏の実践知を示すものとし、飼料を工夫する(種類を増やす)元研修生を1型とした。0型・1型は子牛の誕生から出荷まで母子を離さずに放牧することで、哺乳にかかるコストが低減されていると推測される。2型には母子分離をして人工哺乳を導入する経営体を分類した。これらの経営体は、永松氏の元で研修したものの、舎飼いによる母子分離の繁殖経営から影響を受けていると考えられる。親子周年放牧の低コストという利点を手放し、代用乳の給与や複雑な飼料の組み合わせを実践していた。こうした2型に分類される経営体が大きな影響を受けているのは、3型に分類される経営体のように伝統的な放牧方法(夏山冬里方式)を伝承する経営体である。母子分離を出生後早い段階から実践し、放牧は夏場の母牛に限っている。4型の経営体が行う肥育までの一貫経営と異なり、3型では子牛の体重や胴回りを気にかけて、より大きく育てるために代用乳や飼料(ビタミンなど) を給与する傾向にある。コスト削減を最優先としていないという点が、放牧との一番の違いである。
ヒアリング調査の範囲では、いずれの類型においても種付けや出生率について明確な差異は確認できなかった。つまり、収益性は肉用子牛相場、出荷頭数、経営コストにより変化するものと考えられる。市場でセリに出す際には、体重や腹囲の大きさなどが重要視される中で、放牧牛はいずれも小さい傾向がある。また、放牧されて育った子牛は牛舎でつながれることに慣れていないため、肥育農家に敬遠されるという話があった。さらに、家畜市場によっては、上場される子牛の一覧の備考欄に「母子周年」と書かれることもあり、セリの前から購買者に敬遠されるのではないかという心配の声も大きい。
買い控えされる、または落札価格が思うように伸びないという可能性があるため、放牧においては、コストの抑制が経営の安定につながると考えられる。0型・1型の経営体がコスト抑制・省力化を徹底する中で、3型の経営体は舎飼いの利点(母子分離で疾病のリスクを低減し、人工哺乳と濃厚飼料の給与で子牛を大きく育てる)を技術的に確立させている。SECIモデルを援用すると、0型・1型、3型が実践知の共同化、実践知の理解による表出化、地域の関係者の知見を取り入れる連結化、各経営体で新たな飼養管理が実践される内面化といった独自の知識創造スパイラルを形成する中で、2型は両者の技術を融合させている。技術の融合には一定の可能性があるものの、背景や目的の異なる0型と2型の融合は、経営・技術的な矛盾を生じさせてしまう可能性がある。