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調査・報告 経産牛 畜産の情報 2025年12月号

経産牛を価値あるものに 〜沖縄県離島地域における経産牛肥育の取り組み〜

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那覇事務所 近能 真優

【要約】

 沖縄県は、全国有数の子牛生産地である。県内家畜市場で取引される子牛の約90%は県外の肥育農家に出荷され、全国各地でブランド牛(銘柄牛)として育てられる。特に離島地域での子牛取引が盛んであり、毎年多くの子牛を出荷している。しかしながら、食品価格全般の値上がりなどの影響で牛肉の需要が弱まり、子牛や経産牛の取引価格が低迷するとともに、飼料費、資材費など生産費の高騰も繁殖経営の収支を圧迫している。
 このような状況の中で、離島地域の繁殖経営で広がりつつある経産牛肥育については、枝肉の加工や販売先の確保などの課題に対応することができれば、子牛の販売以外で新たな収益を確保するための方策の一つと考えられる。

1 はじめに

 沖縄県は、温暖な気候により周年で牧草の収穫ができ、粗飼料の確保に有利な地域と言える。特に離島地域では、ミネラル豊富な牧草資源を生かした繁殖経営が盛んであり、この地域で生産された子牛の多くは、県外の肥育農家の手に渡っている。
 令和5年における沖縄県の農業産出額は879億円で、そのうち畜産物は393億円(45%)を占めている(図1)。畜産物産出額のうち約4割が肉用牛であり、そのほとんどが子牛生産によるものである。沖縄県では、昭和47年の本土復帰後から繁殖経営が重要な一次産業として地域に根付いている。しかしながら、令和3年以降、物価高による食品価格の値上がりなどにより、牛肉の消費が落ち込んだことを受け、牛枝肉の取引価格が軟調に推移している。これにより、肥育経営の子牛の買い控えが生じ、子牛価格の低迷を招いている。加えて、輸入飼料や資材費などの高騰により生産費が増加し、繁殖経営の収支を圧迫している(図2)。特に離島地域においては、輸送費が上乗せされることから燃油高騰による物流費の上昇の影響もあり、厳しい状況となっている。
 このような状況を打開するため、近年話題に上がっているのが「経産牛肥育」である。経産牛とは出産を経験した雌牛を指し、加齢などで受胎や出産が難しくなるとやがて廃用となる。月齢が進んだ経産牛の肉は臭みが強い、固い、などと評価されることもあり、ミンチなど、いわゆるき材として安価で取引されることが多い。だが、この経産牛に赤身肉としての価値を見出そうと、全国各地で飼養管理の研究や試験飼育が展開され始めている。また、繁殖に供用しなくなった経産牛を再肥育することにより、繁殖経営の新たな収入源になるのではないかと注目が集まっている。
 本稿では、沖縄県宮古島市および国頭くにがみ郡伊江村での経産牛肥育の取り組みについて紹介する。






2 宮古島産泡盛粕を活用した経産牛「宮古島泡盛 ほろよい牛」

(1)宮古島市の概要

 宮古島市は沖縄本島から飛行機で約50分の距離にあり、総面積204平方キロメートル、人口約5万5000人の島である(図3)。六つの島々(宮古島、池間島、大神おおがみ島、伊良部いらぶ島、下地しもじ島、来間くりま島)から成り、その中でも宮古島が最も大きく、宮古島市の総面積の約78%を占めている。温暖な気候と平坦な台地から成る農地を有し、基幹作物であるサトウキビのほか、肉用牛、葉タバコ、マンゴーなどの果樹栽培、野菜ではゴーヤー、カボチャ、トウガンなどの栽培が盛んである。
 


 
 宮古島市の令和5年の農業産出額は143億9000万円で、うち約20%(28億8000万円)は肉用牛が占めており、サトウキビに次ぐ重要な産業である。宮古家畜市場では年間約4400頭の肉用子牛が取引されており、そのうち約85%が県外の肥育農家の手に渡り、各地域のブランド牛のもと牛となる。
 

(2)株式会社ほろよい牛ファーム宮古島での経産牛肥育の取り組み

 新規就農で黒毛和種の繁殖経営をしている株式会社ほろよい牛ファーム宮古島(以下「ほろよい牛ファーム宮古島」という)の中西卓哉、由加里ご夫妻に、経営の概要や経産牛肥育の取り組みについて話を伺った。
 
ア 新規就農の経緯
 平成11年に京都府から宮古島市に移り住んだ中西ご夫妻。卓哉氏は地場産業に従事していたが、前職の離職を契機に、当時一番興味があった畜産業を開始した。就農当初は、市内の繁殖経営農家の元で畜産業のノウハウを学び、研修を経て、25年に独立。独立後は卓哉氏1人で飼養管理を行っていたが、事故により入院生活を余儀なくされたため、由加里氏が入院期間中の飼養管理を担うこととなった。由加里氏はこの出来事がきっかけとなり、家畜人工授精師(注1)と家畜商(注2)の資格を取得。卓哉氏の退院後も変わらず由加里氏が中心となって飼養管理を行うとともに、現在は法人の代表も務めている。
 
(注1)牛、豚などの家畜に人工授精を行うために必要な国家資格。各都道府県の家畜保健衛生所で実施される家畜人工授精師講習会を受講して修了後、免許を申請することで取得できる。
(注2)家畜商は、牛、豚などの家畜を家畜市場で売買、交換、斡旋する者のことを言う。家畜商として取引をするためには家畜商免許が必要であり、各都道府県の家畜商講習会を受講して修了後、免許を申請することで取得できる。
 
イ 経営の概要
 畜舎は、繁殖用雌牛および子牛用牛舎3棟、経産牛・肥育牛舎1棟を所有している。元々、沖縄県農業協同組合が使用していた牛舎やトラクター用倉庫を活用している。
 
労働力は卓哉氏と由加里氏が主で、息子の颯汰そうた氏も通信制の高校に通いながら飼養管理に従事し、両親の経営を支えている。颯汰氏がいることで、卓哉氏が自社ブランド牛(経産牛)のPRのために、県外のイベントなどに参加できるようになり、とても助かっているという。
 飼養頭数は令和7年6月(取材時)時点で、繁殖用雌牛12頭、子牛12頭、肥育中の経産牛9頭、肥育牛1頭である。繁殖用雌牛と肥育中の経産牛は自家生産の他、外部導入した個体も飼養している。
 子牛は平均8カ月齢で宮古家畜市場に出荷しており、基本的に全頭県外の購買者に引き取られている。特に九州の購買者が多く、来島時には定期的に食事会を開くなど、情報交換の場も大切にしているという。昨今の子牛市場では、見た目よりも系統を重視する購買者が多く、繁殖用雌牛への種付けには、肉質、増体のバランスが良い系統を選んでいるという。種付け作業は、家畜人工授精師の資格を持つ由加里氏が行っている。また、生産した子牛のうち、体型が良い雌牛は繁殖用雌牛として自家保留している。
 経産牛は、宮古地区(伊良部島、多良間たらま島を含む。)から導入している。近年は、高齢化や子牛価格の低迷から離農する繁殖経営も多く、牛を買い受けてほしい、譲り受けてほしいと相談されて引き取ることもあるという。
 法人化は令和6年に行った。泡盛粕を活用した経産牛肥育のブランドを確立し、経営が軌道に乗ってきたことから、販路の拡大など、さらなる経産牛肥育部門の強化を図るために法人化に至ったという。
 



 
ウ 経産牛肥育に取り組んだ経緯
 前述の通り、宮古島市の繁殖経営が生産した子牛の大半は宮古家畜市場に出荷され、県外の肥育農家の手に渡るが、卓哉氏は自分が生産した子牛が成長し、最終的に食卓に並ぶまでを見届けたいという思いがあったという。加えて、子牛相場の下落を考慮すると、収入が子牛の市場出荷だけでは経営上のリスクが大きく、リスク分散や保険として新たな収入源を確保する必要があると考えた。一貫経営は肥育期間が長期にわたるため、収入を得られるまでに時間を要する。そこで考え付いたのが経産牛肥育だったという。経産牛の再肥育であれば、導入から販売までのサイクルが約6カ月と短く、繁殖経営をしながら、短期間で収入を得られるというメリットがある。こうして卓哉氏の希望と経営の安定のため、令和3年に経産牛肥育事業の立ち上げを決意した。
 
エ 宮古島産泡盛 ほろよい牛の誕生
 経産牛肥育事業を開始した当初は、経産牛の再肥育の認知度が低い上に、前述の通り、臭みが強い、肉が固いというイメージから、簡単には軌道に乗らなかったという。何か価値を付加して、宮古島市ならではの経産牛肥育ができないかと模索し、同市の特産品に利用することを思い付いた。その後、琉球大学や国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センターに協力を仰ぎ、肉質を研究しながら雪塩や黒糖などさまざまなものを飼料として試したが、安定供給が難しい、採算が合わないといった問題があり、なかなか思うようなものに出会えなかったという。そのような中、昔の宮古島の肉用牛生産者が牛に泡盛粕を給与していたという話を耳にし、試験的に泡盛粕の成分分析を行った結果、粗たんぱく質と粗脂肪が豊富であることが分かった。卓哉氏は、この泡盛粕を給与した経産牛をブランド化するため、「宮古島産泡盛 ほろよい牛」と名付け、令和4年5月、記念すべき第1号のほろよい牛の精肉販売を開始した(写真2)。
 


 
オ 泡盛粕の給与について
 泡盛粕は、島内の菊之露酒造株式会社から提供を受けており、同社は毎日泡盛を製造していることから安定供給が可能となっている。また、泡盛粕は副産物としての活用が難しく、その多くは産業廃棄物として処理されるものであったため、安価かつ安定的に提供してもらえることも決め手の一つだった。酒造会社としても廃棄処理に係る費用を抑えられ、互恵関係が築けたという。
 泡盛粕は、夏場には2日ほどしか保存できないため、卓哉氏自身が毎日酒造会社に足を運んで引き取っている。引き取り直後の泡盛粕は約100度と高温であるため、常温で1日冷ます必要があり、翌日に給与する(写真3)。粕と聞くと固形物を想像するが、泡盛粕は液状である。経産牛導入直後は飲水に泡盛粕を少量混ぜて給与し、徐々に割合を増やして慣らしていく。嗜好しこう性が高く、最終的には原液を飲用するが、粗脂肪が豊富なため、過剰給与にならないように注意しているという。なお、泡盛粕にアルコール成分はほとんど入っておらず、実際に牛がほろ酔いになることはない。
 
 ほろよい牛の再肥育期間は約6カ月だが、1頭1頭状態を見極めて、早めに仕上がれば早期に出荷している。売れ行きが好調で商品の供給が追い付いていないため、できるだけ早い出荷サイクルを確保したいと考えている。また、ほろよい牛の販路が確保できるようになって(後述)以降、経産牛肥育をやってみたいという生産者が増え、他島から視察に来ることもあるという。経産牛肥育は、一般的な肥育と異なり、繁殖用雌牛を用いることから、すでにルーメンマット(注3)が完成しており、必要な飼料を適切に給与していれば、ある程度きちんと仕上がるという。しかしながら、導入する繁殖雌牛は血統や出産回数もさまざまで個体差が大きいことから、飼料の給与時期や給与量、出荷時期などの見極めが重要である。そこで、ほろよい牛生産に挑戦したいという生産者が参入しやすいよう、飼料の指定と給与量、泡盛粕の給与量とタイミングなどを示した「ほろよい牛飼育マニュアル」を作成した。マニュアルの詳細は企業秘密だが、連携してくれる農家が増え、ほろよい牛をますます盛り上げていけたらと思っているとのことである。
 
(注3)ルーメンは牛の四つある胃のうち第1胃を指す。ルーメン内では摂取された飼料が階層構造を作っており、中央の層の大きな飼料片の固まりをルーメンマットと呼ぶ。ルーメンには微生物が生息しており、牛が食べた草などを分解するという役割を担う。十分な厚さのルーメンマットが形成されると、牛が食べた草などがルーメンにとどまる時間が長くなり、消化吸収されやすい。また、ルーメンマットには反すうを促す作用もある。
 
カ ほろよい牛の精肉、加工、販売について
 卓哉氏は、と畜後、部分肉まで加工したほろよい牛を自社で買い取り、精肉への加工処理および島内飲食店などへの販売も手掛けている。
 ほろよい牛の出荷頭数は年間約24頭で、1頭当たりの枝肉重量は平均370キログラムである。と畜は月2〜3頭で、株式会社宮古食肉センターで行っている。と畜後、大分割および内臓処理も同センターで行い、その後の加工は自社で行っている。加工の技術は、卓哉氏が同センターで働いていた頃の知り合いから学んだ。ほろよい牛の飼養を開始した翌年には精肉販売を開始したが、売り先の確保に苦労したという。繁殖経営は、生産した子牛の売り先が子牛市場などに限られている反面、自分で売り先を見つける必要がない。一方、経産牛肥育は、精肉など商品の売り先を自分で開拓しなければならない。ほろよい牛は、きめ細かなサシが入った上位等級にこだわるのではなく、経産牛肥育でしか出せない深みのある赤身肉をセールスポイントにしていることから、その特徴をしっかり理解して取り扱ってくれる取引先を見つけなければならないという。卓哉氏は島内のホテルや飲食店などに自ら売り込みに行き、地道に販路を拡大していった。現在は島内のホテルや飲食店を中心に約50者と取引があり、焼肉用のカットやハンバーグ用のミンチ処理など、取引先の要望に応じて加工している。また、配達は必ず自ら行い、取引先の感想や要望を聞くように心がけている。ホテルのシェフから厳しい言葉をもらうこともあるが、生の声を聞くことで、すぐに飼養管理の改善につなげられることが自社販売のメリットだという。その他、レトルトカレーや牛汁、ブレザオラ(注4)などの加工品の製造を外部に委託し、それらの商品も島内空港やお土産店、電子商取引(EC)サイトで販売している。
 
(注4)北イタリアで作られている牛肉の赤身を用いた生ハム。
 
キ 今後の展望
 牛は肉だけでなく、脂肪や骨、皮もすべてを余すことなくいただくことを目標に、卓哉氏は「命を余すことなくいただくプロジェクト」と題して関連企業と連携し、「廃棄から価値へ」をコンセプトとした取り組みを推進している。牛革製品の加工・販売や後産(胎盤)からプラセンタ(胎盤抽出物を主成分とする製剤や商品のこと)を製造する取り組みを試験的に始めた。観光客向けに革製品やエステ商品の開発、販売を目指しているという。
 また、黒毛和種の経産牛肥育だけでなく、外部導入した未経産肥育牛の黒毛和種1頭を試験的に飼養しており、ほろよい牛のプレミアム規格として育て上げる予定だという。今後は褐毛和種の経産牛肥育にも挑戦し、いずれはあか牛のほろよい牛を販売できたらと考えている。

コラム1

〜豚汁ならぬ牛汁!?汁物料理が豊富な沖縄県の食文化〜
 
 沖縄県の汁物料理はおかずという立ち位置にあり、マカイと呼ばれるどんぶりで食すのが一般的。「いなむどぅち」、「山羊汁」、「馬汁」、「あひる汁」など、さまざまな汁物料理があるが、その中でも、昔から地元の人々に親しまれてきた滋養豊かな一品が「牛汁」である。豚肉文化が根強い沖縄県では珍しい牛肉料理であるが、モツを一緒に煮込んだボリューム満点の牛汁もあり、暑さに負けないスタミナ料理として重宝されている。親戚などが一堂に会する旧盆や年中行事、冠婚葬祭といった大切な行事の際に提供されることが多く、骨付きの牛肉を大根や人参などの根菜とともに長時間煮込み、時間をかけて仕上げられる。味付けは塩や醤油などシンプルなものが多く、牛肉の旨味が感じられる。繁殖経営が多い沖縄県では、昔から経産牛を牛汁の具材として食してきたというが、近年では、観光客からも注目される料理となっており、輸入牛肉を用いたお土産用の牛汁もよく目にする。
 ほろよい牛ファーム宮古島では、今年度からレトルトパウチの牛汁を販売している(コラム1―写真)。なかなか味が決まらず、何度も製造委託業者とやり取りを重ねたという。牛肉やモツがゴロゴロと入っており、ほろよい牛のうま味を感じられる牛汁に仕上がっている。


 

3 伊江村経産牛「緋桜肉」のブランド化の取り組み

(1)伊江村の概要

 国頭郡伊江村は沖縄本島の北部半島からフェリーで約30分の距離にあり、総面積22.73平方キロメートル、人口約4200人の島である(図4)。島の中央やや東よりに海抜172メートルの古生代のチャート層から成る城山(伊江島タッチュー)がそびえ立ち、島のシンボルとなっている。農業においては、サトウキビや肉用牛の生産が盛んで、モズク養殖やソデイカ漁などの水産業も行われている。
 伊江村の令和5年の農業産出額は30億8000万円で、うち47%(14億4000万円)を肉用牛が占めており、肉用牛の拠点産地として知られている。伊江村家畜市場では年間約1600頭の肉用子牛が取引されており、そのうち約88%が県外の肥育農家の手に渡り、宮古島市と同じく各地域のブランド牛のもと牛となる。
 
 

 

(2)内田畜産、イノベスタ株式会社が手掛ける経産牛肥育とブランド化の取り組み

 伊江村で繁殖経営の2代目として黒毛和種の子牛を生産している内田畜産の代表・内田大也氏に経営の概要や経産牛肥育の取り組みについて話を伺った。また、コンサルティング会社として伊江村経産牛のブランド「緋桜肉」を確立させ、販路の拡大を図っているイノベスタ株式会社(以下「イノベスタ」という)の代表である根路銘ねろめ一亮氏にブランド化の経緯や販路拡大の取り組みについて話を伺った。
 
ア 内田氏就農の経緯
 内田氏が就農したのは、21歳の頃。葉タバコ生産を本業としていた父が子牛10頭ほどを趣味で飼養しており、その子牛を受け継いだ。就農当時は、村内の家畜人工授精師にすべて種付けを依頼していたが、自ら精液を導入し、種付けを行った方が安価ではないかと考えた。そこで、当時の村長に相談した上で、沖縄県の推薦を得て農業大学校に1カ月通い、家畜人工授精師の資格を取得した。資格取得後は、九州の農家の元へ足を運び、精液の購入先を確保し、村内の畜産経営の種付けに要する費用を低減することに成功した。当時は若手の畜産農家が少なく、年齢の離れた先輩生産者たちの輪の中に入っていくのに苦労したというが、種付け費用低減により村内の畜産農家の経営が守られ、大きな功績となった。
 
イ 経営の概要
 畜舎は繁殖用雌牛および子牛用牛舎2棟、経産牛・肥育牛舎1棟を所有している。
飼養管理は内田氏の他、父と従業員1人の計3人で行っている。
 飼養頭数は、令和7年6月(取材時)時点で、繁殖用雌牛約50頭、子牛約30頭、肥育中の経産牛約100頭(うち内田氏が所有する牛舎では約15頭を飼養)。繁殖用雌牛は自家保留の他、導入牛もいる。肥育中の経産牛は自家生産が主だが、村内の繁殖経営農家から引き取ってほしいという要望があれば、相対取引で購入しているという。また、肥育中の経産牛は内田氏の牛舎だけでは入りきらないため、7軒の提携農家で飼養している(写真4)。
 


 
 生産した子牛は、9〜10カ月齢で伊江村家畜市場に出荷している。子牛購買者の90%以上は県外の肥育農家で、熊本県、鹿児島県の購買者が多いという。購買者の肥育農家からは定期的に枝肉成績を共有してもらい、種付けする血統の参考にしている。また、内田氏は、若い頃から県の共進会にも出品し、農林水産大臣賞を過去3回受賞している他、第11回全国和牛能力共進会宮城大会にも沖縄県代表として出場するなど、高い評価を得ている。
 粗飼料はすべて自家生産で賄えているが、濃厚飼料はすべて購入していることから、近年の配合飼料価格の高騰が経営を圧迫しており、もろみ粕などのエコフィードをうまく活用できないかと考えているという。
 
ウ 経産牛肥育取り組みの経緯
 昔から繁殖経営が盛んな伊江村では、経産牛が身近な存在だったが、内田氏は、長年連れ添った母牛が安価で取引されている実態に歯がゆさを感じていたという。経産牛の肥育方法を確立し、価値のあるものに変えたいという思いから、令和2年ごろに経産牛肥育の取り組みを始めた。かつては経産牛特有の臭みが美味しいという評価もあったが、今は時代が変わり、消費者に受け入れられにくくなっている。経産牛の売りである牛肉の味の濃さを残しつつ、どのようにして臭みを消していくか、時代に合った嗜好しこう性を求め、試行錯誤を繰り返したという。肥育方法の確立までは、集落の公民館を借りて地元の島民に向けて定期的に販売会を行っていた。経産牛肉は、高齢者など足腰が悪く、集落から出ることが難しい方に特に好評で、いつしか経産牛の美味しさが村内に広がっていった。販売会を実施しながら、日々肉質の研究を重ね、現在の「緋桜ひざくら肥育」という独自の肥育方法にたどり着いたという。
 
エ 伊江島経産牛「緋桜肉」の誕生
 前述の通り、内田氏は令和2年ごろから経産牛肥育に取り組んでいるが、当初の販売は村内に限られていた。この伊江島経産牛を緋桜肉としてブランド化したのは、約1年前のことだという。ブランディングを手掛けたのは、コンサルティング業を営むイノベスタの根路銘氏。約3年前に内田氏の元に足を運んだことがきっかけだった。
 根路銘氏は、会社設立前、アマゾンジャパンや楽天グループでECコンサルタント、地域の特産品の販売支援などに従事していた。その一方で、コロナ禍で農作物などの生産、流通が停滞している状況を目の当たりにし、これまで培った知識や技術を生かして地元沖縄県に貢献できないかと考え、令和2年7月にネット通販のコンサルタント会社を設立した。当時、巣ごもり需要でインターネット通販が伸びている時期だったため、沖縄県に特化したショッピングサイトの運営を手掛けた。その中で根路銘氏は、沖縄県産のさまざまな食材、商品に出会い、沖縄県の魅力を発信するためには、自分自身が生産の現場に入り込み、商品を開発し、マーケティング、販売に至るまで、川上から川下の流通過程を経験する必要があると考えた。そのような中、知人との会話の中で、経産牛肉というものを初めて知り、興味を持ったという。ここ最近は少しずつ経産牛肉のことを耳にすることが増えたが、当時はほとんど市場に出回っておらず、認知度が低かった。この経産牛肉をブランド化できないかと考えていた時に、たまたま伊江村出身の社員から内田氏を紹介してもらった。その後、根路銘氏は伊江村に足を運び、内田氏の人柄と牛を愛する情熱に触れ、この伊江島産経産牛肉をブランディングしたいと思ったという。研究を重ねてきた内田氏の経産牛肉は、当初から臭みがなく、うま味が凝縮されており、すでに商品化できるクオリティだったといい、内田氏との出会いからわずか2年でブランド化まで至った。



 
オ 長期肥育方法「緋桜肥育」のこだわり
 内田氏の長年の研究から生み出された緋桜肥育だが、最大の特徴は8カ月以上の長期肥育である。通常、経産牛の再肥育期間は食い止まりが生じる6カ月前後が一般的だが、6カ月を経過した後に仕上げ肥育を行うことで、肉が締まり、うま味を引き出せることができるという。この   
 仕上げ肥育は、全頭内田氏が行っており、7軒の提携農家で飼養している経産牛についても、再肥育6カ月目からは全頭内田氏の牛舎で仕上げ肥育を行っている。
仕上げ肥育で重要なのが、1頭1頭の体調管理だという。個体差があるため、一定の品質を確保するためには牛それぞれの個性をしっかりと見極めなくてはならない。特に飼料の給与量には気を使っており、どの牛が配合飼料を何キログラム食べたのかを把握するため、給餌の際は牛の前から離れず、食べ残しがあればすぐに片付けるようにしている。食い止まりの時期は無理に飼料を与えず、牛の個性や体調、食べ方の癖を見極めながら給餌量を調整していくことで、この時期を乗り越えると、配合飼料を1日当たり12キログラムほど平らげるようになるという。配合飼料にもこだわり、抗生物質などは一切使用していない。
 
カ 緋桜肉の精肉、加工、販売について
 長期の再肥育を行った経産牛は、本島の株式会社沖縄県食肉センターに運ばれる。と畜後は同センター内で脱骨、部分肉加工まで行い、その後、内田氏が全量買い取っている。内田氏は食肉の卸売業も営んでおり、伊江村内の農産物加工センターを間借りしてカット作業を行っている。卸売業は内田氏を含め4人体制だというが、最終的な品質チェックは内田氏が行う。内田氏は自ら「緋桜肉認証士」として独自の認証過程を設け、歩留まり、肉の締まり、色沢など細部にわたり確認を行った後、合格した精肉は、全量イノベスタが買い取り、緋桜肉というブランド商品として世に届けられる。
 イノベスタは精肉販売の他、ビーフソーセージやハンバーグ、レトルトカレーといった加工品の開発、販売も手掛けており、県内外の沖縄フェアなどのイベントやインターネット通販で購入することができる。経産牛肉は臭みが強く、固いというイメージから市場価値が低く、安価で買い叩かれることも少なくないといい、緋桜肉の魅力を最大限消費者に伝えるため、自らの手で売ることにこだわっている。飲食店への卸売りは行っておらず、これまで店舗での緋桜肉の販売は、伊江港にある物産センターのみだったが、多くの人に緋桜肉の魅力を発信するため、令和7年8月に直営の飲食店「緋桜精肉店」を伊江港にオープンした。
 また、社会貢献活動として伊江村を離れる中学3年生に、緋桜肉ビーフソーセージとカレーの提供を行っている。自分の生まれ育った伊江村に恩返しをしたい、そして次世代を担う子供たちに伊江島の和牛を知ってもらいたいという想いから、3年前に内田氏が始めた取り組みで、7年度からは根路銘氏がその想いを引き継いで活動している。毎年11月29日の「いい肉の日」にも、小・中学校に緋桜肉を提供するなど活動の幅を広げているという。さらに、7年7月には、沖縄県北部の国頭郡今帰仁村なきじんそんに開業したテーマパーク「ジャングリア」のコース料理に緋桜肉が採用された。一方、現在の課題は、知名度が向上し、「緋桜肉」の名が広まっているが、商品の供給が追い付いていないことだという。これまで月2〜3頭の出荷だったが、7年7月からは月7〜8頭に増やし、安定的に供給できるよう努めている。
 
キ 沖縄県事業「稼ぐ企業連携支援事業」の活用した販路開拓
 緋桜肉のブランド化から精肉・加工品の販売、さらには飲食店の経営など、マルチに活躍する根路銘氏だが、加工品の開発・商品化とテレビCMによる販売促進には沖縄県の「稼ぐ企業連携支援事業」を活用したという。これは「複数の中小企業者等が連携して新たな商品やビジネスモデルの開発、県外市場の販路拡大等、企業の『稼ぐ力』の強化や域内経済循環の促進等を支援する事業」(沖縄県ウェブサイト。サイトURLは参考文献の箇所をご参照ください)で、内田畜産を連携企業として令和6年度に採択。7年度も引き続き同事業を活用している。活用の決め手は、プロモーション活動が補助対象となるという点だった。本事業はCM制作費や広告費に対して補助金が交付されるため、ブランドのアピールに活用できるのではと考えたといい、特にテレビCMの放送はインナーブランディング(注5)の効果が大きかった。CMを機に伊江村を挙げて緋桜肉のPRをしてくれるようになり、7年4月には那覇市のショッピングモール「パレットくもじ」を運営する久茂地都市開発株式会社、伊江村、イノベスタとの3者間で包括連携協定を結んだ。11月からはパレットくもじで伊江村特産品のアンテナショップが開設され、緋桜肉ハンバーガーなどの販売も行っている。緋桜肉、そして伊江村の魅力を多くの方々に知ってもらう場が増えたという。
 加工品は、ウデ・モモなどの部位を活用するために那覇市内の加工業者と協力し、開発を行ったが、特にビーフソーセージの売れ行きが好調で、他の加工品まで供給が追い付いておらず、現在は原料となる部位が不足している状況だという(写真6)。
 
(注5)企業において社内などの内側に向けて行うブランディング活動のこと。
 



 
ク 今後の展望
 内田氏と根路銘氏2人の共通の想いとして、経産牛肥育のノウハウを伊江村内にとどめず、他の地域にも広めていくことによって、沖縄県内の畜産業の活性化につなげたいということがある。そのために、伊江村の緋桜肉だけでなく、各地域の緋桜肉がブランド化できればよいと考えているという。

コラム2

〜寒空の下、見ごろを迎える「寒緋桜カンヒザクラ」〜
 
 沖縄県では、桜といえば「ソメイヨシノ」ではなく、「寒緋桜」。気温が下がっていくことにより開花するのが特徴で、1〜2月にかけて見ごろを迎える(コラム2―写真1)。ソメイヨシノに比べ、濃い赤色の花を咲かせ、ベルのような形をしている。
 伊江島産経産牛は旨味たっぷりの濃い赤身肉が特徴であり、その色合いから寒緋桜の花の色を連想させるとして「緋桜肉」と名付けられた。緋桜肉ブランドの認証マークは寒緋桜の花をモチーフにしている(コラム2―図)。一番上の花びらは緋桜肉の産地、伊江島の形、中央には黄金の牛を描き、経産牛が魅力的で価値のある牛であることをたくさんの人に知ってもらいたいという想いが込められている(コラム2―写真2)。






4 おわりに

 日本の和子牛価格は、平成28〜29年にかけてピークを迎え、「和牛バブル」と言われた。国内需要の増加や輸出拡大に向け、国も肉用牛の増産を促してきたが、コロナ禍以降、価格は低迷し、飼料費、資材費などの高騰も相まって不安定な状況が続いている。また、繁殖経営は子牛を生産し、家畜市場などを通して肥育経営に送り出すのが生業であるが、枝肉価格同様、子牛価格も相場に左右される。子牛価格が低迷する時期には、家畜市場での子牛の販売以外に、自ら利益を生み出す何らかの取り組みを始めようという経営も多くあると思われる。今回取材した経産牛肥育は、繁殖経営による子牛生産を維持しながら比較的短い肥育期間で収益を得ることができ、次の子牛生産の資金に充てることができる。一貫肥育に比べ、取り組みやすい点は魅力と言える。
 一方で、販路の確保に苦慮したことは、今回話を伺った2者とも共通していた。自ら精肉加工を行うのか、もしくは取り扱ってくれる精肉加工業者を見つけるのか、また、加工できたとしても、経産牛の特長やストーリーを十分理解し、取り扱ってくれる売り先を確保しなくてはならない。再肥育から販売まで一貫して経営を考える必要があり、新たに取り組みを始める繁殖経営にとっては、この点が課題となる。
 消費者にはまだなじみが薄い経産牛肉であるが、食肉嗜好の多様化やSDGs(持続可能な開発目標)という観点からも、新聞などのメディアで目にする機会が増えている。今回は沖縄県内の離島での取り組みを紹介したが、沖縄県に限らず、今後、その土地に合った特色ある経産牛肥育技術が確立され、多くの消費者にその魅力が伝わることを願っている。
 最後に、今回取材にご協力いただいたほろよい牛ファーム宮古島の中西卓哉さま、由加里さま、颯汰さま、内田畜産の内田さま、イノベスタの根路銘さまに深く感謝を申し上げます。
 
(参考文献)
・沖縄県庁「令和6年7月おきなわの畜産 第6章畜産経営」
・公益財団法人沖縄県畜産振興公社「家畜市場肉用牛取引実績報告書」
  〈https://ma-san.jp/work/beef-cattle-market〉(2025年6月閲覧)
・宮古島市役所「宮古島市の概要」
・農林水産省「市町村別農業産出額」
・株式会社ほろよい牛ファーム宮古島
  〈https://hfm-miyako.com/〉(2025年6月閲覧)
・伊江村役場「伊江村の概要」
  〈https://www.iejima.org/document/2015011300023/〉(2025年6月閲覧)
・伊江島和牛「緋桜肉」公式オンラインストア
  〈https://hizakurabeef.jp/〉(2025年6月閲覧)
・沖縄県庁「稼ぐ企業連携事業(中小企業基盤強化プロジェクト推進事業)」