酪農は、養豚と並ぶデンマークの主要な畜産業である。平たんな土地が多いため1戸当たりの農地面積がEUの主要農業国の中でも広く、大規模酪農による高い生産性、製販一体の協同組合組織、高い輸出志向が特徴である。
(1)有機酪農と慣行酪農の主要指標比較
最近の酪農経営における有機酪農と慣行酪農の主要指標の比較を表5に示した。有機酪農の慣行酪農と比較した利点は、高い乳価である。一方で、1頭当たり生乳生産量の低さと有機飼料生産のために広大な農地面積を要することが課題である。有機酪農は、1頭当たり生乳生産量が慣行酪農の9割程度にとどまり、乳牛の平均飼養頭数が8割程度である一方で、慣行酪農の約1.5倍の農地面積を要している。
(2)有機酪農拡大の状況とその要因
有機酪農は、同国内で一定の生産・市場シェアを占めており、2024年の有機生乳出荷量は63万5000トン(生乳生産量の11%)となった。21年に74万6000トンを記録して以降は減産傾向にあるものの、過去30年で見ると5倍以上に拡大している(図9)。
15年以降の有機酪農の拡大要因は、有機生乳への高い乳価による利益率の高さである。有機市場の拡大に併せて、15年から20年までの間の有機生乳には慣行生乳よりも2〜5割ほど高い乳価が支払われており、飼養する乳用牛1頭当たり純利益(注3)は、有機が慣行を上回って推移した(図10)。先述したCAPによる補助金も一定の役割を果たしている。一方で、22年以降は乳価差が縮小してきたことにより、乳用牛1頭当たり純利益が逆転し、これが有機生乳の減産につながったとみられる。
(注3)有機、慣行別に、それぞれの酪農経営における純利益を表5で示した乳用牛飼養頭数で除して算出したもの。酪農経営の純利益の算出の基となる算出額(アウトプット)には、牛や穀物の販売など生乳以外によるものを含むことに留意いただきたい。
高い乳価を支えたのは堅調な有機市場であったと考えられる。有機牛乳・乳製品の小売販売数量を見ると、15年の14万9000トンから20年の20万1000トン(15年比34.6%増)と大幅に増加している(表6)。他方、20年以降、22年までは減少傾向で推移し、インフレによる物価高と生活費の高止まりの影響が見られる。23年以降は回復傾向にあるものの、いまだ20年の水準には及んでいない。
また、輸出も需要確保に貢献しており、有機乳製品の輸出額は17年までは右肩上がりの成長を見せた(図11)。ただし、こちらも18年以降は減少傾向となっている。なお、乳製品は有機製品の輸出において最大の品目であり、主な仕向け先はEU域内である。
(3)食肉類の動向
表6を見ると、食肉類(加工品含む)の販売量は7500トン(2024年)にとどまっている。有機食肉は慣行品との価格差が大きいことが要因である。22年における有機食肉の生産シェア(金額ベース)は、牛肉6%、豚1%、鶏肉2%となっており、今後これらの拡大が課題となっている。
(4)主な課題の一つは飼料たんぱく質の供給
今回、有機養豚農家と有機酪農家を訪問し、有機生産の課題について聞く機会を得た(経営概要は表7、写真4)。
両者が共通して挙げたのは、飼料たんぱく質の確保である。両者ともに十分な農地面積を所有しているため、穀物や牧草など飼料の大部分(8〜9割程度)を自給しているものの、たんぱく質だけは有機大豆・大豆かすなどを購入する必要が生じている。
政府はその対応策の一つとして、大学や研究機関などと協力して、クローバーおよびアルファルファに含まれるたんぱく質を抽出する研究に取り組んでいる(図12)。
クローバーやアルファルファなどたんぱく質を豊富に含む牧草を収穫し、スクリュー圧搾機で圧搾する。圧搾時に得られる固体分は牛の飼料やバイオガス生産に利用可能である。圧搾後に得られたジュースから、遠心分離により濃縮たんぱく質を分離し、豚や家きんの飼料として利用する。現在は商業的利用に向けた研究が進められている。
デンマーク政府は、輸入大豆への依存度の低減や、より環境に配慮したたんぱく質増産のため、上記のようなグリーンバイオリファイニング(注4)に対して、2022年から26年までの間に、プラントの設立支援などに2億6000万DKK(62億8680万円)の支援を計画している。
(注4)バイオマス、農業廃棄物、牧草などを処理し、食品用たんぱく質、飼料、バイオ素材、バイオエネルギー、バイオ肥料など多様な高付加価値製品を生産するプロセス。
(5)有機市場拡大における今後の課題
デンマークでは、有機に対して生産から流通、研究まで幅広く政策的な支援を実施している。有機ラベルのような支援が長期的に継続されてきた要因の一つは、有機が持続可能な社会実現のための選択肢として、いわゆる右派・左派を問わずその時々の政権からの広い支持があるという。ただし、有機に関する教育効果は世代交代に伴って希薄化しているため、それに対応する再教育の重要性が高まっている。
また、昨今関心が高まっている食料安全保障の観点も課題である。有機農業の生産性は低くなってしまうため、環境規制などで農地面積が縮小する中、有機の推進理由を改めて関係者や消費者に周知していく必要がある。