(1)牛肉流通の全体像
豪州の牛肉産業のサプライチェーンにおける肉用牛生産者の肉牛販売先は、1)生体牛輸出業者、2)生産者間取引、3)家畜市場、4)フィードロット、5)食肉処理施設−の五つに分けられる。これらを経由した肉牛の供給量は、各年の季節的条件に大きく影響を受ける構造となっており、例えば、干ばつの年はフィードロット経由の牛の供給が増加する一方、降雨量が多い年は牧草肥育されるため、肉牛の出荷が抑制される傾向が見られる。現在では、国際市場動向などの外部要因で供給量が短期的・中期的に変動する傾向が強まっているとされており、食肉処理施設では、供給の不規則な変動に対して柔軟に対応できる体制の維持・構築が求められている。なお、日本では地方公共団体や第三セクター(注2)が公共インフラの一環として食肉処理施設を運営するケースが見られるが、豪州では、民間の食肉加工業者が営利目的で施設を運営する形態が一般的となっている。
(注2)国や地方公共団体(第一セクター)と民間企業(第二セクター)の共同出資によって設立される事業体を指す。公共性と企業性を併せ持つ。
2023/24年度のデータを見ると、食肉処理施設において808万頭の牛が加工処理(注3)され、牛肉生産量(枝肉重量ベース)は240万トンを記録した。このうち約74%が輸出向けに供給され、残る約26%が国内市場向けに供給されている(図3)。食肉処理施設は主に国内向けと輸出向けに分類されるが、約74%が輸出されることから加工処理のほとんどが輸出向け施設で行われており、同施設は輸出管理法2020および関連規則に基づく食肉輸出ライセンスや「AUS-MEAT認証」の取得が義務付けられている。同認証を管理する業界団体オース・ミート(AUS-MEAT)(注4)の公表資料によると、25年9月時点で認証を取得した牛用の食肉処理施設は71カ所に上り、これらの施設は輸出を支える重要なインフラとなっている。また、これらの多くは東海岸沿いに所在しており、特にクイーンズランド(QLD)州南東部が豪州最大の食肉加工地域を形成している(図4)。
(注3)加工処理とは、肥育された肉牛をと畜・解体し、食肉製品としてカット・包装するまでの工程を指す。
(注4)豪州食肉業界における用語や認証プログラムの設定・管理、赤身肉の格付けなどを行う非営利団体。食肉処理施設の輸出認定も行っている。
なお、豪州競争・消費者委員会(ACCC)(注5)が17年に実施した牛肉加工業界における市場支配力に関する調査によると、上位4企業の加工処理能力は全体の約5割を占めているとされ、一定の寡占化が進んでいることが確認されている。次節では、寡占化が進む業界の収益構造や経済価値について考察する。
(注5)消費者の権利と事業を保護し、違法な反競争的行動を防止することを目的とした組織。日本の公正取引委員会に相当する機能を有する。
(2)食肉加工業の経済価値
豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)は2025年10月13日、最新のレッドミート業界の動向レポートを公表した。同レポートで示された部門別売上高および付加価値額データによれば、いずれの指標においても食肉加工部門が最大のカテゴリーとなっており、同部門の経済価値の大きさがうかがえる(図5)。
地域経済への貢献という面でも食肉加工業は大きな役割を果たしており、豪州食肉加工協会(AMPC:Australian Meat Processor Association)の研究によると、同業界は23/24年度において直接雇用および関連産業雇用を含めると、18万9467人分(フルタイム換算)の雇用を創出しており、これは全雇用者数の1.6%に相当する。また、分析対象となった543の地方自治体区域(LGA)(注6)のうち、323のLGA(59.5%)で食肉加工業者の事業活動が確認されており、地域経済への高い貢献度が明らかとなっている。
(注6)各州および準州の細分区域であり、オーストラリア統計局(ABS)が統計目的で定義しているため、実際の地方自治体の境界とは若干異なる。また、地方自治体の名称は州・準州によって異なり、「市」、「町」、「地域評議会」などがあるが、LGAはこれらを区別していない。
ここで、食肉加工業の収益構造について整理してみたい。最初に、と畜する家畜の調達手段は、家畜市場もしくはオンラインを介した競売、フィードロットや生産者との直接取引(OTH:Over the hooks)に大別される。一般的に、食肉加工業者はOTHを好む傾向にあり、特に大手は独自に定めるブランド規格に合致する家畜を安定的に仕入れるため、生産者やフィードロットと先渡取引契約を結ぶケースが多くみられる。大手事業者が多い豪州北部地域(主にQLD州)では、と畜頭数の約3分の2がOTHにより調達されていると推計されることから、OTHの価格設定が収益を決める重要な要素となる。OTH取引で用いられる価格表は、枝肉の状態や格付け等級に応じた複数の価格帯が設定されており、と畜後の枝肉評価に応じて代金が支払われる。価格表の内容は事業者によって異なるが、一例を挙げれば、価格帯の幅は1キログラム当たり280〜385豪セント(289〜397円)(枝肉重量ベース)となっている(表1)。なお、価格表で示される枝肉単価には、副産物の価値が加味されている(図6)。
各事業者の価格表は常に変動するが、ウェブサイト上などでその最新情報は一般的に公表されておらず、生産者が直接または仲介業者などを介して食肉加工業者に連絡を取り、その内容を確認する必要がある。そのため、この慣行は価格透明性の観点から批判を受けることも多い。一方で、業界の寡占度や牛肉生産量の約7割が輸出される実態を踏まえれば、食肉加工業者の価格決定に対する影響力は限定的と考えられる。また、近年は大手小売業者との委託加工処理契約「サービスキル」が大幅に増加しており、レッドミート全体の処理量の約3割を占めると推計される。安定した稼働率の確保に寄与する半面、生産者への支払価格に対する影響力は低下していると考えられる。次節からは、食肉処理コストの動向について整理する。
(3)高まる規制への対応
堅調な業績が続く一方で、複雑化する規制環境によるコンプライアンスコストの上昇により、業界は継続的な対応を求められている状況にある。
気候変動の関係では、2024年10月に豪州会社法(Corporations Act 2001)が改正され、豪州の大企業または金融機関に対し、気候変動関連の情報開示義務制度が導入された。同制度は事業規模などに応じた3段階の導入アプローチが採用されており、食肉加工大手は初年度となる2025/26年度から義務対象になっていると想定される。同制度により、食肉加工業者は気候変動に関するガバナンスや企業戦略に加え、家畜加工処理などに伴うスコープ1、スコープ2、および関連するスコープ3の活動全体の温室効果ガス排出量(注7)の報告が必要となる。スコープ3の報告義務は2年目(26/27年度)からの適用が予定されており、相応のコスト負担が懸念されている状況にある。
(注7)スコープ1:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出、スコープ2:他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出、スコープ3:スコープ1、2以外の間接排出(事業者に関連する他社の排出)。
また、アニマルウェルフェア(AW)の関係では、豪州家畜加工業AW認定制度(AAWCS)の改正により、認定を受けている食肉処理施設は、26年1月1日から施設内の五つの地点(注8)でのビデオ監視システム設置が義務化されている。同制度は、業界の自主的な取り組みではあるものの、牛・羊・豚の総処理量の約8割がAAWCS認証を取得した施設で処理されており、これらの施設では認定継続に当たり、監視システム設置や運用管理に係る追加コストが必要となる。
(注8)五つの地点とは、1)家畜の積み下ろし場所、2)家畜の待機場所(施設前)、3)家畜を拘束・気絶させる場所、4)家畜を吊り上げて移動させる場所、5)家畜を放血させる場所−を指す。
この他にも、食品安全基準強化、輸出規制厳格化、ならびに労働安全に関する監督強化など、各種規制対応は、食肉加工業を含む関連事業者にとって、事業継続上の優先課題として認識されている(表2)。なお、24年の食肉処理施設における加工処理コストは、1頭当たり約450豪ドル(4万6382円)と推計されており、前回推計された16年と比較して、約25%上昇している(表3)。労働関連コストは、全体の約6割を占める最大の項目となっており、賃金増などの影響でコストは年々増加している。次節では、食肉加工業における労働力の実態について整理する。
(4)食肉加工業の労働力の実態
食肉加工業における労働力確保は、技能専門性や作業環境特性などを背景として、長年にわたり継続的課題として認識されてきた。食肉加工業の雇用形態は、常勤と非常勤に分かれるが、非常勤は日雇い(Daily hire)(注9)と呼ばれる日単位契約を結ぶ雇用形態が多い。これは、食肉処理量の季節的変動に対応するための業界特有の慣行とされている。また、大規模事業者ほど一時就労ビザ保有者を常勤雇用する傾向がある。2020年時点で、食肉処理施設で勤務する従業員の常勤割合は約6〜7割、利用されるビザの種類はワーキングホリデービザ(サブクラス417)と食肉産業労働協定(MILA)(注10)枠のスキルインデマンドビザ(サブクラス482)が全体の7割を占めると報告されている(図7)。
(注9)日単位で雇用される雇用形態。細かな必要作業者数の調整が可能なことから、業界で広く採用されている。被雇用者にとっては、長期雇用の保証がないものの、賃金が10%割増になるなどの利点も存在する。
(注10)豪州の食肉加工業界の労働力不足を解決するため、豪州連邦政府と業界が結んでいる労働協定。当該協定の枠組みを利用することで、通常の技能ビザの職種リストにない技能職(食肉加工処理)の外国人労働者を雇用することが可能となる。
続いて、労働力確保の課題について整理するに当たり、これまでの豪州食肉加工業の労働環境の変化について概説する。
1998年に豪州生産性委員会(注11)が発表した報告書では、食肉加工業界は労働環境の厳しさが一因となり、不人気職種と見なされていると指摘されている。こうした課題に対応すべく、2000年以降、同業界の雇用問題を分析する研究や報告書が相次いで発表されるようになった。また、2000年代半ばには、アフリカ諸国などへの難民支援の一環として受け入れた移民が食肉加工業に従事するケースが増え、労働力の多様化が進んだ一方、言語や人種の壁といった新たな課題が浮き彫りになったとされている。
(注11)豪州連邦政府の経済政策諮問機関。経済・産業・社会政策などに関する政府の依頼を受け、調査・報告を行う。
2000年代後半から10年代前半までは、労働力確保に向けた課題への理解が深まり、食肉加工業でのキャリアをより魅力的にするための提言が多く行われた。10年代半ばから20年までは、一時就労ビザを持つ外国人労働者依存の高まりが大きなテーマとなり、外国人労働者に対する包括的な支援体制の必要性が議論された。20年から24年までは、COVID―19の影響により、深刻な労働力不足が顕在化した。この状況を受け、従業員の定着率向上、職場におけるウェルビーイング(注12)の推進などを目的とした複数の大規模プロジェクトが実施された。また、太平洋豪州労働力移動計画(PALM)(注13)の利用により、太平洋島しょ国出身者の割合が急増したと報告されており、25年8月時点では、同制度を介した労働者約3万人のうち、36%が食肉加工業に従事している(図8)。
(注12)個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念。
(注13)太平洋島しょ国9カ国(フィジー、キリバス、ナウル、パプアニューギニア、サモア、ソロモン諸島、トンガ、ツバル、バヌアツ)および東ティモールからODAの一環として、労働者を雇用するための豪州連邦政府が管理するスキーム。
過去20年間にわたり、高い離職率や労働力・技能不足、人材誘致の困難さは継続的な課題として認識されてきたが、これらの課題に対する業界の取り組みは一定の成果を挙げ、人材定着の促進および阻害要因は体系的に整理されている(図9)。次章からは、具体的な業界の労働力確保に向けた取り組みについて紹介する。