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海外情報 労働力豪州 畜産の情報 2025年12月号

持続可能な労働力確保に取り組む豪州 〜食肉加工業界の現状と展望〜

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調査情報部

【要約】

 豪州の食肉加工業界では、慢性的な労働力不足への対応として、人材育成や先進技術の研究開発・導入に継続的に取り組んでいる。一方で、コンプライアンスコストの上昇や外国人労働者依存度の高まりなど、業界を取り巻く環境には不確実性が増しており、労働力不足への対応については、より発展的かつ柔軟な対応が求められている。今後、政府および業界がどのような施策を講じていくのか、その動向が注目される。

1 はじめに

 豪州においても、家畜のと畜・解体処理を行う食肉処理施設は食肉サプライチェーンの中核であり、地域経済において重要な役割を担っている。また、同国の食肉加工業界は慢性的な労働力不足に直面しており、2020年以降は新型コロナウイルス感染症(COVID―19)拡大に伴う移民の減少により、外国人労働者に頼っていた牛用の大規模食肉処理施設の稼働率が特に低下し、牛肉小売価格が高騰するなど国民生活に大きな影響を与えた(図1)。しかし、23年から労働力の回復が徐々に進み、24/25年度の牛肉生産量は過去最高の275万トンを記録するなど、増加する需要に対応できる体制が整いつつある(図2)。この要因として、業界が長年にわたり推進してきた人材確保・育成の施策、および先進技術の研究開発・導入支援に向けた体系的な取り組みが寄与していることが背景にある。
 本稿では、持続的な労働力確保に向けた豪州の食肉加工業界の取り組みについて、人材育成やイノベーションの先進事例を紹介するとともに、業界の展望について報告する。
 なお、本稿中特に断りのない限り、豪州の年度は7月〜翌6月、為替レートは1豪ドル=103.07円(注1)を使用した。また、本稿で言及する食肉加工業とは、レッドミート(豪州では牛肉・羊肉・山羊肉)を加工する業界を指し、豚肉や家きん肉は含まれない。加えて、食肉処理施設に関するデータや事例は、牛用の施設を対象としている。
 
(注1) 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2025年10月末TTS相場。





2 豪州の牛肉産業の構造と食肉加工の位置付け

(1)牛肉流通の全体像

 豪州の牛肉産業のサプライチェーンにおける肉用牛生産者の肉牛販売先は、1)生体牛輸出業者、2)生産者間取引、3)家畜市場、4)フィードロット、5)食肉処理施設−の五つに分けられる。これらを経由した肉牛の供給量は、各年の季節的条件に大きく影響を受ける構造となっており、例えば、干ばつの年はフィードロット経由の牛の供給が増加する一方、降雨量が多い年は牧草肥育されるため、肉牛の出荷が抑制される傾向が見られる。現在では、国際市場動向などの外部要因で供給量が短期的・中期的に変動する傾向が強まっているとされており、食肉処理施設では、供給の不規則な変動に対して柔軟に対応できる体制の維持・構築が求められている。なお、日本では地方公共団体や第三セクター(注2)が公共インフラの一環として食肉処理施設を運営するケースが見られるが、豪州では、民間の食肉加工業者が営利目的で施設を運営する形態が一般的となっている。
 
(注2)国や地方公共団体(第一セクター)と民間企業(第二セクター)の共同出資によって設立される事業体を指す。公共性と企業性を併せ持つ。
 
 2023/24年度のデータを見ると、食肉処理施設において808万頭の牛が加工処理(注3)され、牛肉生産量(枝肉重量ベース)は240万トンを記録した。このうち約74%が輸出向けに供給され、残る約26%が国内市場向けに供給されている(図3)。食肉処理施設は主に国内向けと輸出向けに分類されるが、約74%が輸出されることから加工処理のほとんどが輸出向け施設で行われており、同施設は輸出管理法2020および関連規則に基づく食肉輸出ライセンスや「AUS-MEAT認証」の取得が義務付けられている。同認証を管理する業界団体オース・ミート(AUS-MEAT)(注4)の公表資料によると、25年9月時点で認証を取得した牛用の食肉処理施設は71カ所に上り、これらの施設は輸出を支える重要なインフラとなっている。また、これらの多くは東海岸沿いに所在しており、特にクイーンズランド(QLD)州南東部が豪州最大の食肉加工地域を形成している(図4)。
 
(注3)加工処理とは、肥育された肉牛をと畜・解体し、食肉製品としてカット・包装するまでの工程を指す。
(注4)豪州食肉業界における用語や認証プログラムの設定・管理、赤身肉の格付けなどを行う非営利団体。食肉処理施設の輸出認定も行っている。
 



 
 なお、豪州競争・消費者委員会(ACCC)(注5)が17年に実施した牛肉加工業界における市場支配力に関する調査によると、上位4企業の加工処理能力は全体の約5割を占めているとされ、一定の寡占化が進んでいることが確認されている。次節では、寡占化が進む業界の収益構造や経済価値について考察する。
 
(注5)消費者の権利と事業を保護し、違法な反競争的行動を防止することを目的とした組織。日本の公正取引委員会に相当する機能を有する。
 

(2)食肉加工業の経済価値

 豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)は2025年10月13日、最新のレッドミート業界の動向レポートを公表した。同レポートで示された部門別売上高および付加価値額データによれば、いずれの指標においても食肉加工部門が最大のカテゴリーとなっており、同部門の経済価値の大きさがうかがえる(図5)。
 地域経済への貢献という面でも食肉加工業は大きな役割を果たしており、豪州食肉加工協会(AMPC:Australian Meat Processor Association)の研究によると、同業界は23/24年度において直接雇用および関連産業雇用を含めると、18万9467人分(フルタイム換算)の雇用を創出しており、これは全雇用者数の1.6%に相当する。また、分析対象となった543の地方自治体区域(LGA)(注6)のうち、323のLGA(59.5%)で食肉加工業者の事業活動が確認されており、地域経済への高い貢献度が明らかとなっている。
 
(注6)各州および準州の細分区域であり、オーストラリア統計局(ABS)が統計目的で定義しているため、実際の地方自治体の境界とは若干異なる。また、地方自治体の名称は州・準州によって異なり、「市」、「町」、「地域評議会」などがあるが、LGAはこれらを区別していない。
 



 
 ここで、食肉加工業の収益構造について整理してみたい。最初に、と畜する家畜の調達手段は、家畜市場もしくはオンラインを介した競売、フィードロットや生産者との直接取引(OTH:Over the hooks)に大別される。一般的に、食肉加工業者はOTHを好む傾向にあり、特に大手は独自に定めるブランド規格に合致する家畜を安定的に仕入れるため、生産者やフィードロットと先渡取引契約を結ぶケースが多くみられる。大手事業者が多い豪州北部地域(主にQLD州)では、と畜頭数の約3分の2がOTHにより調達されていると推計されることから、OTHの価格設定が収益を決める重要な要素となる。OTH取引で用いられる価格表は、枝肉の状態や格付け等級に応じた複数の価格帯が設定されており、と畜後の枝肉評価に応じて代金が支払われる。価格表の内容は事業者によって異なるが、一例を挙げれば、価格帯の幅は1キログラム当たり280〜385豪セント(289〜397円)(枝肉重量ベース)となっている(表1)。なお、価格表で示される枝肉単価には、副産物の価値が加味されている(図6)。
 各事業者の価格表は常に変動するが、ウェブサイト上などでその最新情報は一般的に公表されておらず、生産者が直接または仲介業者などを介して食肉加工業者に連絡を取り、その内容を確認する必要がある。そのため、この慣行は価格透明性の観点から批判を受けることも多い。一方で、業界の寡占度や牛肉生産量の約7割が輸出される実態を踏まえれば、食肉加工業者の価格決定に対する影響力は限定的と考えられる。また、近年は大手小売業者との委託加工処理契約「サービスキル」が大幅に増加しており、レッドミート全体の処理量の約3割を占めると推計される。安定した稼働率の確保に寄与する半面、生産者への支払価格に対する影響力は低下していると考えられる。次節からは、食肉処理コストの動向について整理する。
 





 
 

(3)高まる規制への対応

 堅調な業績が続く一方で、複雑化する規制環境によるコンプライアンスコストの上昇により、業界は継続的な対応を求められている状況にある。
 気候変動の関係では、2024年10月に豪州会社法(Corporations Act 2001)が改正され、豪州の大企業または金融機関に対し、気候変動関連の情報開示義務制度が導入された。同制度は事業規模などに応じた3段階の導入アプローチが採用されており、食肉加工大手は初年度となる2025/26年度から義務対象になっていると想定される。同制度により、食肉加工業者は気候変動に関するガバナンスや企業戦略に加え、家畜加工処理などに伴うスコープ1、スコープ2、および関連するスコープ3の活動全体の温室効果ガス排出量(注7)の報告が必要となる。スコープ3の報告義務は2年目(26/27年度)からの適用が予定されており、相応のコスト負担が懸念されている状況にある。
 
(注7)スコープ1:事業者自らによる温室効果ガスの直接排出、スコープ2:他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出、スコープ3:スコープ1、2以外の間接排出(事業者に関連する他社の排出)。
 
 また、アニマルウェルフェア(AW)の関係では、豪州家畜加工業AW認定制度(AAWCS)の改正により、認定を受けている食肉処理施設は、26年1月1日から施設内の五つの地点(注8)でのビデオ監視システム設置が義務化されている。同制度は、業界の自主的な取り組みではあるものの、牛・羊・豚の総処理量の約8割がAAWCS認証を取得した施設で処理されており、これらの施設では認定継続に当たり、監視システム設置や運用管理に係る追加コストが必要となる。
 
(注8)五つの地点とは、1)家畜の積み下ろし場所、2)家畜の待機場所(施設前)、3)家畜を拘束・気絶させる場所、4)家畜を吊り上げて移動させる場所、5)家畜を放血させる場所−を指す。
 
 この他にも、食品安全基準強化、輸出規制厳格化、ならびに労働安全に関する監督強化など、各種規制対応は、食肉加工業を含む関連事業者にとって、事業継続上の優先課題として認識されている(表2)。なお、24年の食肉処理施設における加工処理コストは、1頭当たり約450豪ドル(4万6382円)と推計されており、前回推計された16年と比較して、約25%上昇している(表3)。労働関連コストは、全体の約6割を占める最大の項目となっており、賃金増などの影響でコストは年々増加している。次節では、食肉加工業における労働力の実態について整理する。
 




 

(4)食肉加工業の労働力の実態

 食肉加工業における労働力確保は、技能専門性や作業環境特性などを背景として、長年にわたり継続的課題として認識されてきた。食肉加工業の雇用形態は、常勤と非常勤に分かれるが、非常勤は日雇い(Daily hire)(注9)と呼ばれる日単位契約を結ぶ雇用形態が多い。これは、食肉処理量の季節的変動に対応するための業界特有の慣行とされている。また、大規模事業者ほど一時就労ビザ保有者を常勤雇用する傾向がある。2020年時点で、食肉処理施設で勤務する従業員の常勤割合は約6〜7割、利用されるビザの種類はワーキングホリデービザ(サブクラス417)と食肉産業労働協定(MILA)(注10)枠のスキルインデマンドビザ(サブクラス482)が全体の7割を占めると報告されている(図7)。
 
(注9)日単位で雇用される雇用形態。細かな必要作業者数の調整が可能なことから、業界で広く採用されている。被雇用者にとっては、長期雇用の保証がないものの、賃金が10%割増になるなどの利点も存在する。
(注10)豪州の食肉加工業界の労働力不足を解決するため、豪州連邦政府と業界が結んでいる労働協定。当該協定の枠組みを利用することで、通常の技能ビザの職種リストにない技能職(食肉加工処理)の外国人労働者を雇用することが可能となる。
 



 
 続いて、労働力確保の課題について整理するに当たり、これまでの豪州食肉加工業の労働環境の変化について概説する。
1998年に豪州生産性委員会(注11)が発表した報告書では、食肉加工業界は労働環境の厳しさが一因となり、不人気職種と見なされていると指摘されている。こうした課題に対応すべく、2000年以降、同業界の雇用問題を分析する研究や報告書が相次いで発表されるようになった。また、2000年代半ばには、アフリカ諸国などへの難民支援の一環として受け入れた移民が食肉加工業に従事するケースが増え、労働力の多様化が進んだ一方、言語や人種の壁といった新たな課題が浮き彫りになったとされている。
 
(注11)豪州連邦政府の経済政策諮問機関。経済・産業・社会政策などに関する政府の依頼を受け、調査・報告を行う。
 
 2000年代後半から10年代前半までは、労働力確保に向けた課題への理解が深まり、食肉加工業でのキャリアをより魅力的にするための提言が多く行われた。10年代半ばから20年までは、一時就労ビザを持つ外国人労働者依存の高まりが大きなテーマとなり、外国人労働者に対する包括的な支援体制の必要性が議論された。20年から24年までは、COVID―19の影響により、深刻な労働力不足が顕在化した。この状況を受け、従業員の定着率向上、職場におけるウェルビーイング(注12)の推進などを目的とした複数の大規模プロジェクトが実施された。また、太平洋豪州労働力移動計画(PALM)(注13)の利用により、太平洋島しょ国出身者の割合が急増したと報告されており、25年8月時点では、同制度を介した労働者約3万人のうち、36%が食肉加工業に従事している(図8)。
 
(注12)個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念。
(注13)太平洋島しょ国9カ国(フィジー、キリバス、ナウル、パプアニューギニア、サモア、ソロモン諸島、トンガ、ツバル、バヌアツ)および東ティモールからODAの一環として、労働者を雇用するための豪州連邦政府が管理するスキーム。
 



 
 過去20年間にわたり、高い離職率や労働力・技能不足、人材誘致の困難さは継続的な課題として認識されてきたが、これらの課題に対する業界の取り組みは一定の成果を挙げ、人材定着の促進および阻害要因は体系的に整理されている(図9)。次章からは、具体的な業界の労働力確保に向けた取り組みについて紹介する。


3 食肉加工業界における人材育成・確保の取り組み

 豪州の食肉加工業界では、業界団体主導のキャリアポータル整備や認知度向上キャンペーン、学校教育との連携、職業資格制度の活用など、多角的な人材育成・確保策が展開されている。業界の人材育成を主導する食肉産業訓練諮問委員会(MINTRAC)は、新規参入者から経営層向けまで、食肉加工業を含む食肉業界のトレーニングパッケージを開発・提供している。現在では、持続可能性、自動化・ロボットシステムなど、業界ニーズが高まっている新たなスキル分野への対応を目的として、同パッケージの包括的見直しが進められている。次節からは、人材育成・確保施策の具体的な事例について、業界レベルの取り組みを中心に紹介する。
 

(1)AMPCキャリアポータルの展開

 AMPCは2024年、食肉加工業界におけるキャリア促進、特に若年層をターゲットとして、ユーザーのキャリアパス設計などを支援するデジタルコンテンツ「AMPCキャリアポータル」を開発・公表した。同ポータルでは、食肉処理施設で働く36の職種が可視化されており、各職種のアイコンを選択することで、その職種で働く実在の人物プロフィールにアクセスすることが可能となっている。プロフィール画面には、当該人物のキャリアパスや保有資格、インタビュー動画などが掲載されており、ユーザーが対象職種に対する理解を深めるための情報提供機能を備えている。また、雇用主のマップ検索や質問形式の職種マッチング、ポータルを介した双方向コミュニケーション機能など、複数のコンテンツが実装されており、今後も継続的に機能拡張される予定となっている(図10)。
 



 

(2)多様性を重視した人材戦略

 労働力の多様性は、多くの産業における熟練労働者の不足と労働力確保に向けた競争を背景に、世界中の組織・企業にとってますます重要な課題になっている。豪州の食肉加工業界では、外国人労働者依存を背景に、多様性・公平性・包摂性(DEI)を備えた職場の創出が望まれてきた。そのような中、豪州食肉産業協議会(AMIC)は2023年、「外国人労働者の雇用に関する自主行動規範」を公表した。同規範は、AUS-MEATが独立した監査を実施する認証プログラムとして運用されており、食肉加工業が多様性に富み、安全で魅力的な雇用先として認識されることを目指す取り組みの一つとされている。認証ロゴマークも整備されており、事業者は自社の認定ステータスを対外的に示すツールとしての利用が可能となっている(図11)。
 



 
 また、特徴的な取り組みとしては、ニューロダイバーシティ(神経多様性)(注14)の推進が挙げられる。AMPCは、豪州農林水産省(DAFF)と連携し、神経多様性を持つ人々の雇用機会創出に向けた研究を進めている。この背景には、豪州人口の15〜20%が神経多様性を有すると推計され、組織内でこうした人々と円滑に協働するために文化的適応力の構築が、今後ますます重要になるとの認識がある。現在、AMPCはこれまでの研究成果を踏まえ、「自閉症雇用パイロットプログラム」を展開しており、企業による自閉症の求職者採用・定着を支援するとともに、彼らの能力が職場で適切に活用される環境づくりを促進している。未活用人材プールを積極的に活用する狙いとともに、DEIを備えた職場環境構築に向けた、長期的人材戦略の一環として位置付けられている。
 
(注14)Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)という二つの言葉が組み合わされて生まれた、「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性(自閉症、注意欠如、多動症(ADHD)、学習障害など)の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方。

4 イノベーションによる業務効率化・付加価値向上の取り組み

 労働力不足への対応策として、食肉加工業ではロボット工学やAI(人工知能)、ICT(情報通信技術)などスマート技術導入による省力化・自動化も積極的に模索されている。AMPCは2025年6月に新たな5カ年計画(2025-2030)を公表し、優先的に投資する三つの戦略的柱の一つとして、「イノベーションと最新技術の導入」を掲げた。25/26年度の事業計画では、同分野の研究開発とマーケティングに1566万豪ドル(16億1408万円)を支出する計画となっている。本章では、AMPCが助成する二つの大型プロジェクトについて紹介する。
 

(1)牛枝肉分割・脱骨完全自動化システム(Leap4Beef Project)

 Leap4Beef Projectとは、世界初の完全自動化牛枝肉分割・脱骨システムの実現を目指すプロジェクトで、AMPCが主導している。2016年頃から業界内で検討が進められ、牛枝肉の部位ごとにモジュール化された自動分割・脱骨装置を開発し、段階的に統合する戦略が取られている。現在は、六つのモジュール開発に対する投資対効果などの分析が完了し、それぞれ独立したプロジェクトとして進行している(図12)。
 



 
 最も進展しているのは、第一モジュールに当たるロイン部分の背骨および横突起おうとっき除去装置で、23年末から最大手食肉加工業者JBS社の施設にプロトタイプが導入され、実証試験が繰り返されている。新型装置による最新の試験結果では、画像解析技術の改善により脊椎湾曲度の高度な分析が可能となり、除去精度が向上したと報告されている。装置導入による歩留まり向上により、1頭当たり1.44豪ドル(148円)の収益が生じ、また、作業員2人分の代替が可能とされている(図13)。
 



 
 この他にも、リブロース部分の自動加工処理を目指す第二モジュールは、第一モジュールの横展開を想定しており、その実現可能性は高いとされている。また、肩ロース部分の第三モジュールも試作機による初期試験結果が報告されており、その費用便益について精査が進んでいる段階にある。
 発表当初は壮大な構想とされていたが、少なくとも第一モジュールについては、一定の技術的ハードルはあるものの、商業化の道筋が具体的に示された段階と言える。一方、設備投資額が巨額となるため、投資対効果を得られるのは大規模食肉処理施設に限られる可能性が高い。また、モジュール単位での導入に際し、既存の加工処理ラインとの構造的整合性に課題が残るとの指摘もある。今後は、導入施設規模や既存設備との親和性を踏まえた検証、さらなる歩留まり向上効果の追求が普及拡大の鍵を握ると考えられる。
 

(2)牛枝肉の自動スクライビングシステム

 「スクライビング」とは、枝肉が解体工程に入る前に枝肉の複数箇所に切り込みを入れ、後工程のガイドとする作業を指す。高価値部位の境界を定める重要な工程であり、この切断精度が歩留まりと製品価値に直結することから、従来は熟練作業者の手作業で行われていた。そのような中、AMPCの支援の下、豪州のIntelligent Robotics社は2023年にAI画像解析と3Dセンサー技術を駆使した豪州初の牛枝肉自動スクライビングシステムを開発した(図14)。同システムは、固定保持した枝肉をカメラで撮影・計測し、AIが枝肉形状を解析して最適な切断面を判断した上で、ロボットアームに装着した丸鋸まるのこで縦方向2カ所、横方向2カ所に切り込みを入れる仕様となっている。
 



 
 豪州の大手食肉加工業者であるKilcoy Pastoral Companyは、23年から同システムの試験運用を開始しており、約1年間の稼働を経て費用便益に関する報告書を発表している。同報告書によると、装置導入による歩留まり向上や労働コスト削減により、1頭当たり5.40〜5.66豪ドル(557〜583円)の利益を生み、投資回収に要する期間は1.15〜1.21年と、高い投資効果を示している(図15)。AMPCは本プロジェクトを豪州食肉産業における最も成功した先進自動化事例の一つと位置付けており、業界の投資意欲の活性化に寄与している。


コラム Mayekawa Australiaの挑戦

 株式会社前川製作所は、産業用冷凍機を中心とする各ガス圧縮機の製造・販売やエンジニアリングを事業基盤とする日本の企業であり、食肉加工分野では、自動脱骨ロボット開発のパイオニアとして知られている。今回、同社の豪州現地法人であるMayekawa Australiaで代表取締役を務めるTad 木村氏から、豪州の事業環境や食肉加工分野における新たな挑戦についてお話をうかがった。
 
1.豪州の事業環境
 1985年に豪州シドニーで現地法人を開設した同社は、代理店へ圧縮機、パーツ供給を行うことから事業を開始した。現在では、市場ニーズに合わせた産業用冷却設備やチラーユニット、アンモニアヒートポンプなどを製作しており、豪州の食品加工施設における冷却設備のシェアは約60%に上る。また、食肉加工業界における労働力不足への対応として、鶏モモ肉全自動脱骨ロボット「トリダス(TORIDAS)」の引き合いが急増しており、販売が伸びているということだった(コラム―写真1)。同製品は、94年に開発された第1世代から第3世代MKVまでを含め、これまで世界各国で2900台以上販売されており、同社が持つ自動脱骨・除骨技術「DAS(ダス)」を用いた代表的な製品として知られている。
 



 
2.新たな自動化ロボットの開発
 同社はこれまで、「DAS」シリーズとして、鶏、七面鳥、豚の各部位に対応した自動脱骨ロボットを開発してきたが、豪州のレッドミート業界からの需要を踏まえ、羊(ラム)および牛向けの自動化ロボットの開発を進めている。
 一つ目は、主に牛の背中部分に当たるストリップロインでの活用を想定した自動脂肪除去ロボット「トリムダス(TRIMDAS)」を開発している(コラム―写真2)。超音波技術を用いた非破壊での脂肪厚測定や均一なトリミング機能により、労働力不足への対応に加え、過剰なトリミングによる歩留まり低下を防ぐ効果が期待されている。
 


 
 二つ目は、AMPCの助成を一部受けている羊(ラム)・牛の脚部の自動脱骨ロボット(名称未定)である。既存のDASシリーズの製品群の拡張であり、現在は羊(ラム)用の装置の開発が進められている。同氏によると、既存の脱骨装置の水平展開による羊(ラム)の後脚の脱骨試験などが行われており、将来の牛への応用を見据え開発中ということだった。
 豪州のレッドミート産業は地域経済を支える基幹産業の一つであり、その規模は養鶏や養豚産業よりはるかに大きい。2028年には生体羊の輸出が禁止される見込みとなっており、国内での加工需要はさらに高まることが予想される。この機会を捉えた同社の新たな挑戦を注目するとともに、この取り組みが日本の食肉業界への新たなソリューションの提供に繋がることを期待したい。

5 おわりに

 豪州の食肉加工業界にとって、慢性的な労働力不足は依然として困難な課題であるが、近年の牛肉需要の増加に対する対応状況を踏まえると、業界による取り組みは一定の成果を挙げていると評価できる。一方で、外国人労働者への依存構造に大きな変化は見られず、COVID―19拡大に伴う移動制限のような事態が発生した際の脆弱性は、業界の課題として残されている。このため、加工処理の自動化・機械化の推進は、持続可能な労働力確保に向けた重要な施策と位置付けられており、業界もその必要性を認識し、今後も積極投資を継続していくと見込まれる。また、外国人労働者への依存度低減に向けた国内人材の掘り起こしも、同様に重要課題として認識されており、これら施策の今後の動向が注目される。
 日本でも食肉処理施設は生産性の維持や輸出拡大への対応が求められており、持続的な労働力確保は共通課題とも言える。豪州の食肉加工業の取り組みに関する本報告が、日本の関係者が持続可能な食肉バリューチェーンを検討する上での一助となり、畜産業界の発展につながれば幸いである。
 
(渡部 卓人(JETROシドニー))