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調査・報告 熊本県 畜産の情報 2026年1月号

熊本県酪農業協同組合連合会(らくのうマザーズ)におけるLL商品輸出拡大の取り組み

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鹿児島事務所 佐原 直樹

【要約】

 熊本県下の酪農業協同組合などを会員とする熊本県酪農業協同組合連合会は、国内の牛乳や乳製品の消費が低迷していく中、LL商品の保存性の高さを活かし、新たな市場として海外へのLL牛乳をはじめとしたLL商品の輸出拡大を進めている。
 本稿では、常温で長期保存が可能なLL牛乳などを消費拡大が見込まれるアジア圏に輸出して需要を確保することで、県内産生乳の生産量を維持・確保し、県内の酪農生産基盤の維持を図ろうとする同連合会の取り組みを報告する。

1 はじめに

 令和7年4月11日に閣議決定された食料・農業・農村計画では、農林水産業・食品産業における「海外から稼ぐ力」を強化する方針が示され、令和12(2030)年の目標として、農林水産物・食品の輸出額を5兆円、食品産業の海外展開による収益額を3兆円、インバウンドによる食関連消費額を4兆5000億円とすることが掲げられた。
 これらの目標を達成するため、7年5月の関係閣僚会議において農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略が改訂された。この実行戦略では、輸出拡大に向けた具体的施策の一つとして、海外で評価される日本の強みがあり、輸出拡大の余地が大きく、関係者が一体となった輸出促進活動が効果的な品目として、31のものが輸出重点品目に選定された。この輸出重点品目の一つに牛乳乳製品があり、海外で評価される日本の強みとして、「香港や台湾で品質が高評価。アジアを中心に輸出の伸びに期待」されることが挙げられている。
 こうした中、国内有数の生乳生産量を誇る熊本県に所在する熊本県酪農業協同組合連合会(以下「らくのうマザーズ」という)は、国内で牛乳などの消費が伸び悩む一方で、新たな市場として海外に目を向け、平成19年2月にLL(ロングライフ)牛乳の香港向け輸出を開始し、その後は台湾、シンガポールなどにも輸出を拡大した。本稿では、常温で長期保存が可能なLL牛乳などの輸出により、熊本県産生乳の生産基盤の維持・確保を図ろうとするらくのうマザーズの取り組みを紹介する。
 なお、本稿の為替レートは、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2025年11月末TTS相場の1中国人民元=22.43円及び「現地参考為替相場」の2025年11月末TTS相場の1台湾ドル=4.94円を使用した。

2 熊本県における酪農概況について

 熊本県の令和7年2月1日時点の乳用牛飼養戸数は438戸、飼養頭数は4万1900頭1)である。令和6年度の生乳生産量は、25万4224トン2)で、西日本一の生産量を誇り、全国では北海道、栃木県に続いて第3位に位置し、豊かな自然環境を活かし、酪農を含む畜産業が盛んに行われている。乳用牛については、特に菊池地域、球磨くま地域、阿蘇地域に飼養頭数が多く、各地域に根差した酪農業協同組合が設置されている。
 牛乳などの製造工場数は熊本県内で10工場を抱え、令和6年度の年間生乳処理量は19万492トンで、九州地方の処理量50万6858トンに対して、37.6%も占めている3)

3 熊本県酪農業協同組合連合会(らくのうマザーズ)について

 らくのうマザーズは、熊本県下の酪農業協同組合の連合会として昭和29年4月に設立された。酪農業協同組合など20組合を会員とする連合会で、職員数は300人弱、令和6年度の集乳数量は24万6610トンで、他事業も併せた総売上高は733億7318万円に達する。会員の組合員である酪農家は令和7年6月時点で359戸を抱えるが、毎年、前年比5%のペースで離農者が発生していたところ、6年度はさらに加速して前年比6.6%の離農者が出たことから、酪農家が安心して経営を継続できるよう支援していくことが喫緊の課題となっている。
 らくのうマザーズは、酪農家を直接支援する役割に加えて、集荷した生乳を自工場で処理し、牛乳や乳飲料などを製造、販売する乳業メーカーとしての側面も持ち、生乳生産から製品販売までを一貫して担うという特徴がある。乳業工場は、牛乳や乳飲料、ヨーグルトなどの冷蔵保存が必要なチルド製品を製造する熊本工場と、LL牛乳やロングセラー商品であるカフェ・オ・レなどの常温保存が可能なLL商品を製造する菊池工場がある(写真1)。
 菊池工場は、昭和58年11月に操業を開始したが、当初は余乳が発生しやすい冬季を中心に、生乳の需給調整と余乳処理を行う施設として稼働していた。60年12月には、常温保存可能品製造ライセンスを取得し、LL商品の本格的な製造を開始。直前に大阪と東京に開設した営業所を拠点に、長期保存が可能なLL商品を遠方まで輸送できる利点を活かし、関西圏や関東圏でのLL製品の販路拡大に努めた。
 現在、菊池工場は1日当たりの生乳処理可能数量110トンに対し、令和6年度は1日当たり約82トン処理し、約100トンの商品を製造した。同工場で製造されたLL商品は全国に展開し、らくのうマザーズと製品の認知度を高めることに貢献している。


 

4 らくのうマザーズにおけるLL商品輸出の取り組み

(1)輸出の状況

 国内で牛乳などの消費が伸び悩む中、らくのうマザーズは、新たな市場として海外に目を向け、現地の富裕層や邦人をターゲットとし、平成19年2月に菊池工場の主力製品である「LL大阿蘇牛乳」を香港に輸出したのを皮切りに、全国で4例目となるLL商品の輸出を開始した。当時は、年間約3000万円の売り上げを見込み、日本円換算で国内の1.6倍に当たる400円で販売した。その後は、20年8月に台湾、21年2月に上海、29年5月にタイ、同年7月にシンガポールと、アジア圏に輸出先を拡大していった。19年度の輸出量は約12トンであったが、令和6年度には約750トンと、これまで大幅に輸出量を伸張させている。また、輸出先は、香港、台湾、シンガポールの順となっており、政府の農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略における牛乳乳製品の輸出額目標上位の地域・国とも合致する(表1)。なお、平成22年4月に日本国内で発生した口蹄疫(日本は23年2月にワクチン非接種清浄国の認定を受け、現在発生はない)の影響で、現在は上海に輸出をしていない。
 


 
 菊池工場では、NB(ナショナル・ブランド)商品は牛乳、加工乳、乳飲料、その他飲料として22品目のLL商品を製造し、うち21品目を輸出しているが、輸出の大部分を占めるのは、阿蘇山麓産生乳を使用して製造した「大阿蘇牛乳」(1000mlパック、200mlパック)である。また、NB商品とは別に、PB(プライベート・ブランド)商品も2品目製造し、輸出している。
 なお、輸出された商品は、出荷から約1カ月で店頭に並んでいる(写真2)。
 


 

(2)菊池工場で製造されるLL牛乳の特徴

 菊池工場では、国内販売向け、輸出向けのLL商品とも、同等の品質で製造している。以下では、LL商品のうち輸出の大部分を占め、かつ、チルド牛乳と対比しやすいという観点から、LL牛乳の特徴などについて説明する。
 
ア 高品質の生乳と阿蘇ブランド
 菊池工場で製造しているLL商品については、阿蘇山麓産生乳のみを使用している。阿蘇市は、熊本県の北東部に位置し、世界最大級のカルデラや広大な草原を有し、肉用のあか牛(褐毛和種)を中心に放牧も行われている。また、阿蘇山系から供給される栄養分が豊富な水資源は、天然水として販売されるほかに乳用牛にも与えられ、濃厚な味わいの生乳生産に一役買っており、酪農に適した土地と言える。
 菊池工場は、阿蘇市の中心から車で1時間ほどの場所に位置し、搾乳してから短時間で阿蘇山麓産生乳を搬入することができる。さらに、搬入された生乳は、72時間以内にLL牛乳の製造に使用され、他の牛乳と差別化されたLL牛乳「大阿蘇牛乳」が製造される。
 また、阿蘇という名称は国内外での認知度も高く、その地名を商品名に使用していることに加え、熊本県PRマスコットキャラクターのくまモンを一部のパッケージに採用することによる相乗効果が販売促進に貢献している(写真3)。
 



 
イ 製造工程における品質保持のための取り組み
 菊池工場では、原料となる生乳を搬入から72時間以内に処理することに加え、製造の各工程において、LL牛乳の鮮度や品質保持のための取り組みがなされている。
 まず、原料の基準として、らくのうマザーズが受け入れる生乳については、受入検査時の細菌数の基準を1ミリリットル当たり30万以下としており、これは国の基準の同400万以下より非常に厳しいものとなっている。
 このほか、製造過程においても、常温で長期間の保存を前提としたLL牛乳の品質保持のため、チルド牛乳より高い140度、3秒の殺菌を行っている。殺菌した後は、 LL牛乳の長期保存により脂肪分が浮き上がりクリーム層がパック上層部内にできてしまうことを防ぐため、チルド牛乳よりも高い圧力で均質化(ホモジナイズ)している。均質化後は、冷却と貯乳、充てん前検査を経て、高速充機により紙パックに充する。この充においても、品質保持のための取り組みが行われている。LL牛乳を充する紙パックは、内側から内面ポリエチレン、接着樹脂、アルミはく、ラミポリエチレン、原紙、外面ポリエチレンを六層に重ねたものを使用しており、パック内の製品が外部環境から守られるような容器となっている。その中でも、アルミ箔は、パック内の飲料の風味を外部に逃がさず、さらに外部からの光や酸素、臭気を遮断する役割があり、パック内の飲料が劣化することを防いでいる(図)。
 また、この紙パックについては、充前に過酸化水素水と紫外線ランプにより滅菌処理を施すことに加え、製品の充時に紙ロール(写真4)から直方体の容器を成型することで、容器の接着面の外部から細菌などが入り込む余地を無くし、製品の衛生面を確保している(写真5)。
 充して製品の状態となったLL牛乳は、製品倉庫に保管され、出荷前検査通過後、出荷される。出荷前検査は、法令で規定されている通り、14日間容器包装の膨張の有無などを観察する恒温検査や、恒温検査の通過後に細菌試験を行っている。また、業界ガイドラインによる5日目の検査も行っており、さらに、らくのうマザーズでは3日目にも自主検査を実施し、万が一商品に異常があった場合には、恒温検査を終える前に早期に発見でき、原因究明と対策が可能な体制となっている。
 このように、長期間の賞味期限を設定し、常温流通・保存されるLL牛乳は、製造過程で一貫して無菌的な環境で衛生面や品質を維持する処理が施されている。

 




 
 

(3)輸出拡大への取り組みと課題、今後の展望

 (2)では、輸出する商品としてのLL牛乳について説明したが、以下では具体的な輸出の拡大や販促への取り組みと、輸出における課題や今後の展望について説明する。
 
ア 輸送の効率化
 液体商品である牛乳は、輸送コストがかさむ傾向にあり、輸出に当たっても輸送の効率化が不可欠である。特に、輸送距離のある海外向けについては、一回でまとまった量を輸送することが肝要と言える。
 また、コンテナに商品を積み込むバンニング作業(注)では、派遣会社による専任のバンニング作業員を活用している。段ボール箱を高く積んで輸送すると、船上での揺れなどにより荷崩れするリスクが高くなるため、これを防止するためには経験豊かな作業員によるバンニング作業が不可欠である。単に一回の輸送量を増やすのではなく、輸送事故を防ぎ確実に商品が安全安心に現地に届くよう工場からの搬出時から細心の注意を払っている。
 一方、専任のバンニング作業員の高齢化が課題でもある。経験豊富な作業員は、高齢化によりいずれは引退することが考えられ、その技術を継承した後任が育たないと、計画的な搬出や最適な積み込み作業を行うことが困難となる恐れがあり、安定した人材確保が課題となっている。
 
(注)輸出する貨物をコンテナに積み込む作業のことを指す物流用語。
 
イ パッケージの工夫、くまモンの活用
 香港、台湾という漢字圏向けの輸出が多いらくのうマザーズでは、「大阿蘇牛乳」の「大阿蘇」の部分にふりがなを付すことで、現地店頭において一目で日本の製品であることがわかるように工夫している。
 また、輸出向け「大阿蘇牛乳」では、一部のNB商品を除き、くまモンを容器の大阿蘇山麓のイラストの手前に配置したり、現地で配布するノベルティ(写真6)にくまモンをプリントしたりすることにより、一目で商品が日本産、ひいては熊本県産であることをPRしている。
 特にくまモンは、香港や台湾での認知度が高く、現地企業の商品にデザインされたり、イベントに出演したりするなど、商品の販売促進に欠かせない存在となっている。実際、店頭で親しみやすいキャラクターが展開されることは、購買時の後押しとなる安心感にもつながり、らくのうマザーズの商品を現地で手に取ってもらう機会の一助になっているとのことである。
 


 
ウ 現地製品や他国製品との競合
 輸出先の現地で販売される地場産牛乳や、他国から現地に輸入される牛乳との競合も課題である。例えば、「大阿蘇牛乳1000」は、台湾で販売される現地のチルド牛乳に比べ2倍以上の販売価格となり、価格面では不利と言える(表2)。加えて、大阿蘇牛乳の賞味期限が製造日から90日間(香港向けPB商品は100日間)である一方、他国産LL牛乳は半年から1年とより長い期間が設定されており、この点でも不利な状況にある。
 しかし、これに対して、らくのうマザーズは、味の濃さや風味など品質面での付加価値を現地の消費者に対して訴求し、購入に結びつくようにしている。例えば、輸出先は、成分調整牛乳や成分無調整牛乳でも乳脂肪率が低いものが主流であるところが多いため、「大阿蘇牛乳」の風味や味の濃さを前面にすることで、消費者からおいしいとの評判を得ているとのことである。
 


 
 また、賞味期限については、他国産に比べ短期間であることへの問い合わせを現地で受けることもあるが、他国産と同等の賞味期限では、品質の劣化を免れることは難しいと判断している。そのため、日本産の商品として食品の安全安心と品質への信頼維持の観点から、販促資材により、正確で分かりやすい情報を提供し、賞味期限が他国産より短い理由を現地消費者に対して丁寧に説明し、購入してもらえるように取り組んでいる。
 
エ 今後の展望
 これまで順調に海外輸出を進めてきたらくのうマザーズは、さらなる輸出販路の拡大を視野に入れている。
 新たな輸出先としては、これまでと同様にアジア圏を見据えており、フィリピンやベトナムといった国を想定しているようである。欧米などの地域は、海上輸送に1カ月以上を要することから、現地で販売する頃には賞味期限までの期間が短くなり、航空輸送ではコストが割高となるため、遠方の地域への販路開拓は困難で、比較的地理的に近いアジア圏を選択せざるを得ないという。
 また、既存輸出先での需要拡大に向けて海外のニーズに応えようと、容器の見直しも予定している。「大阿蘇牛乳」の1000mlパックでは、はさみを使用して開封する必要があり、それが手間との声が寄せられている。そこで、新たにパックの上部にキャップを取り付ける機械を令和6年12月に導入し、海外で主流のキャップ付きパックでの販売ができるよう準備をしている(写真7)。
 新たな国への輸出は、国ごとに食品衛生基準や輸入制度が異なり、とりわけ乳製品については基準などが厳格だという。また、現地の言語に合わせた表記や、信頼できる現地の輸入業者の選定など課題は多岐に渡るが、これまでの輸出の経験を踏まえ、新規の国・地域への輸出も軌道に乗せることが期待される。

5 おわりに

 LL商品は、チルド向け商品に比べて冷蔵保存しなくてもよい点から扱いやすく、また、賞味期限が長く保存性に優れていることから、国内では冷蔵設備が少ない飲食店で多く利用され、災害時用の保存食で栄養源としても活用されている。加えて、長期保存が可能なため、牛乳の需要が減退する時期でも用途別取引価格の高い牛乳を製造しやすくなり、酪農家の収入を引き上げて経営を支える効果もある。
 らくのうマザーズは、長年にわたってLL商品を製造して国内に供給し続け、その実績を活かし輸出にも取り組んでいる。国内のみならず海外にも販路を見出し、生乳の処理量を拡大していくことで、酪農家の経営安定に貢献していくらくのうマザーズの取り組みについて、今後のさらなる飛躍を期待したい。
 最後に、本稿の執筆に当たり、御協力いただきましたらくのうマザーズ菊池工場、品質保証部、熊本支店、営業課と多くの関係者の皆さまに心より御礼申し上げます。
 
 
【参考文献】
1)農林水産省「畜産統計(令和7年2月1日現在)」参照。
2)一般社団法人中央酪農会議「都道府県別の生乳生産量」参照。
3)農林水産省「牛乳乳製品統計」参照。
乳及び乳製品の成分規格等に関する命令別表二の(一)の(3)のa