(1)日本産牛肉の米国への輸入状況について
前述の通り、米国に輸入される牛肉には低関税の関税割当制度の数量枠(TRQ)が設けられている。日本は「その他」のカテゴリーに含まれ、TRQは6万5005トンである。2022年以降、この枠は毎年1月から5月の間に全量が消化されているが、近年では消化のタイミングがさらに早まっており、25年は1月17日に全量が消化された(図3)。枠の消化分の大半をブラジル産牛肉が占めており、24年は6万2458トン(その他TRQの96.8%)であった。また、TRQ内のほとんどは冷凍品であり、同年は6万3994トン(同98.2%)であった。これは、ブラジルが米国内で大きな需要があるひき肉用の牛肉を、年末にかけて米国の港内の保税エリアで冷凍保管して、年明けと同時に通関するためである。
日本から米国への牛肉輸出は、指定施設で食肉処理されたものに限られている。25年5月1日にIHミートパッカー株式会社が新たに輸出可能な施設として認定され、対米国輸出施設における日本国内認定施設は合計17となった(図4)。
米国における日本産牛肉の輸入量は、USDAの統計によると2024年は合計で1939.2トン(前年比19.6%増)と大幅に増加した(図5、表2)。輸入時期については、前述の通り、TRQ枠を活用してより多くの米国内での在庫を確保するため、近年では1〜2月の輸入量が最も多くなっており、TRQ枠の消化後は24年第3四半期までは毎月100トン前後、第4四半期以降は100数十トン前後で推移している。25年は1月の輸入量が特に多く、また、4月以降の相互関税措置を前に追加輸入が進んだ結果、6〜7月の輸入量は前年同期を大幅に上回った。1〜8月までの累計で前年の輸入量を超え、2082トンとなっており、米国内の流通や在庫は増加している。
日本からの牛肉の輸入については、距離的なメリットやこれまでの取扱量が多く通関トラブルの頻度が低い、カリフォルニア州のロサンゼルス・ロングビーチ港(LA・LB港)やロサンゼルス空港が使用されることが多い(図6)。なお、LA・LB港は、米国が取引を行うコンテナ量の約4割が取り扱われているとされており、特にアジア圏との取引で大きな割合を占める。ハリケーンや吹雪などの影響を受けにくく天候が安定しており、鉄道やトラックへのアクセスの良いことが理由となっている。
一部の日本産牛肉は、シカゴ(イリノイ州)、ニューアーク(ニュージャージー州)などから航空貨物として輸入されることもあり、輸入後は、主にトラックおよび鉄道で各企業の拠点まで配送される。
日本産牛肉は、これまで人口が多く所得が高いエリアで消費されてきた。特に、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、マイアミ、ラスベガスなどの大都市ではこれまで多くの事業者が日本産牛肉の販売を行ってきたため、需要に対する供給はほぼ飽和状態であるとされる(図7)。一方、これらの地域においては、住宅費の高騰や税負担を背景に、新型コロナウイルス感染症(COVID−19)の感染拡大以降、テキサス州などの地域への移住が広がっており、日本産牛肉の消費地もそれに応じて徐々に広がりを見せている。シカゴ、フィラデルフィア、ヒューストン、ダラスなどはすでに日本産牛肉の流通が進んできているところであるが、サンアントニオ、オースティン、フェニックス、アトランタ、シャーロット、シアトル、デンバーなどが新たな注目地域となっている。
(2)商流拡大に向けた課題について
日本産牛肉の商流は、日本国内の産地から北米向け輸出施設や輸出事業者を経て、米国内の輸入事業者やディストリビューター(卸売事業者)からレストラン・小売店などの実需者に供給され、現地の消費者まで販売される仕組みとなっている(図8)。
現時点で、米国内での日本産牛肉の輸入は、日系の輸入事業者が大部分を担っている。その先の流通については、米国内に拠点を置くディストリビューターや実需者の顧客基盤の維持・獲得が、輸出拡大に向けた重要な要素となる。特に大きなポイントは、1)大都市圏以外の地域における新たな商流の獲得、2)既存の商流の中における取引量や非ロイン系部位などの取扱商品の拡大−である(図9)。
日本産牛肉は、日米間の商習慣や販売形態などの違いにより、日系およびアジア系のレストランや小売での商流を拡大しやすい傾向があり、実際に日系・アジア系の顧客を多く見かける。一方、大都市圏以外では日系・アジア系の人口割合が少なく、レストランや小売も少ないため、新興市場を開拓していくためには、そもそもの日本に対する認知度を高めつつ、現地の外食産業や食生活の中で活用される食材としての日本産牛肉のプロモーションを積極的に行っていくことが重要である。
米国には畜産業に関する全米規模および州ごとの協議会や業界団体があり、独自のネットワークが食肉の流通に関する情報交換の場にもなっている。日系企業がこのようなネットワークへ参入するのは容易ではないが、地域の経済活動や教育活動への貢献が新たな商流につながる場合もある。最近では、中西部の総合大学において日系企業が協力した高校生向けの教育プログラムが地域内コミュニティで評価されたことにより、地域の畜産関係事業者間で情報が共有され、米国で数百店舗の展開を行う小売店と新たな日本産牛肉の販売に向けた取引が開始された例がある。
輸出促進に取り組む日本の事業者にとっては、一般的な営業活動や流通管理だけではなく、プロモーション活動やきめ細やかなカスタマーサービス、教育指導ができるようなチームを構築することが有用となっている。米国内での販売を拡大するためには、パートナーとなる現地のディストリビューターや実需者の信頼を獲得し、消費者に対して価格に見合う納得感や感動を与えられるストーリーを説明してもらうことが不可欠である。日本産牛肉は米国内で流通する一般的な牛肉などと比較しておおよそ2〜3倍以上の高価格で販売されているが、付加価値を理解する顧客・消費者に対して、適正な価格で販売することで、サプライチェーンを通じて利益を出すことができる。価格競争を避けつつ、米国で特にハイエンドなマーケットへの商流を拡大するためには、例えば、最終消費者から食感についてクレームが発生したときに調理時のカットの方法や事前の下処理についてシェフに助言したり、季節や催しのスケジュールに合わせて販売する部位や形態の変更を精肉店のブッチャー(注2)へ提案したりするなど、宝石や車の販売にも通じるようなきめ細かな対応が求められると言える。
なお、米国へ輸出されている日本産牛肉の大部分はロイン系部位であり、米国において日系・アジア系以外の飲食店や肉を専門に取り扱う精肉店では、非ロイン系部位はほとんど取り扱われることはなかった。引き続き、消費はロイン系部位を使用したステーキが中心ではあるが、飲食店においては炙りにした状態で寿司ネタとして提供するほか、前菜やどんぶりのような形態での提供も増加しつつある(図10)。また、最近では日系・アジア系の飲食スタイルである焼き肉や火鍋などのメニューにおいて、日本産牛肉の非ロイン系部位が使用されることもあり、そのような需要に応じた輸出も始まってきている。大都市以外では日本産牛肉の使用・喫食経験自体が無い実需者や消費者がほとんどであり、米国内で新規市場へ商流を拡大していく場合には、まずはロイン系部位のプロモーションを進め、流通量を確保しながら必要に応じて新たな部位として非ロイン系部位の提案を行っていくこととなる。
(注2)ブッチャーは、肉の品質を見極めながらブロックからステーキ用のポーションなどへ切り分けて提供することを専門とする職人。精肉店でブッチャー自らがオーナーとなって販売促進に取り組む例もある。
また、米国内の販路拡大における課題に加え、輸入通関および米国内における流通・配送にもハードルがある。牛肉輸入については、前述の通りTRQが設けられており、輸入者にとっては消化時期が不明瞭である。予想以上に早く消化された場合、高額な関税が課されてコスト増につながってしまう。低関税枠内で輸入する場合、冷凍で輸入した上で長期間保管されることになるが、米国の飲食店では冷蔵牛肉をステーキなどに使用するため、冷凍で保管されてきた日本産牛肉については、実需者による品質に対する誤解や値下げの要求が生じる可能性がある。
加えて、米国内の通関時に一定の課題があり、例えば、商品の箱に和牛(Wagyu)などの表記がある場合、事前に米国農務省食品安全検査局(USDA/FSIS)への品種登録が必要となる。登録がない場合、通関およびUSDA/FSISによる確認のため想定以上の時間がかかる場合がある。また、輸入時にはランダムで開封検査が行われ、開封されたブロック肉については、通関後の移動の最中に品質が著しく低下することがあるため、事業者にとっては大きな損失となってしまう(図11)。さらに、米国内の拠点での倉庫への積み下ろしや配送時などの物流体制についても、盗難のリスクや冷蔵・冷凍の商品が顧客の玄関口に放置される事例もあるため、適切な輸送パートナーを見つける必要がある。
(3)関係機関および業界の取り組み
民間事業者が行う日本産牛肉の輸出については、農林水産省を中心とした関係機関がそれぞれの役割に応じて側面的な支援を実施している。主な活動機関としては、一般社団法人日本畜産物輸出促進協会(J–LEC)、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)および日本食品海外プロモーションセンター(JFOODO)などがある(図12)。
J–LECについては、日本国内の会員企業や産地と調整しながら日本産牛肉をオールジャパンブランドとして世界各国・地域におけるプロモーションを行っている(図13)。米国においては、特にダラスやフェニックスといった新興地域を中心としたセミナーイベントを開催し、現地の実需者であるディストリビューターやレストランシェフなどを対象に日本産牛肉に関する情報提供・発信に加え、ブロック肉を小さなポーションに切り分けるカッティングデモンストレーションや日本産牛肉を活用したメニューの紹介、ビジネスマッチングなどを行っている。メニューの紹介については、非ロイン系部位を含め、米国の消費形態に合わせて各地域の著名なシェフが開発したレシピブックを取りまとめており、新たに日本産牛肉を導入したレストランなどでも速やかに活用できるようになっている。また、民間事業者と連携した米国への試験輸出による輸入通関時における課題調査、JETROと連携したシェフや精肉店のブッチャー養成機関(Culinary Institute of AmericaおよびRange Meat Academy)における教育活動や新規ディストリビューターの招聘などに取り組んでいる。
JETROについては、日本国内に加え世界各国・地域において事務所があることから、現地の市場情報や規制状況などに関する情報提供やブリーフィングの実施、食品見本市への出展支援、現地企業とのマッチングや商談会の機会の提供などを行っている。特に米国への日本産牛肉の輸出については、ディストリビューターや実需者向け(B向け)と最終消費者向け(C向け)のプロモーションをそれぞれ個別商流に着目し、新興市場におけるプロモーションを実施している(図14)。具体的には、日本産牛肉輸入事業者とディストリビューターが組み合わさった実需者へのセミナー活動、実需者による最終消費者へのプロモーション活動などを組み合わせたものであり、振興地域を対象にした日本産牛肉の商流開拓に加え、既存の商流に対して非ロイン系部位の活用についても提案を行っている(図15)。また、上述のJ–LECが実施するものに加え、JETROにおいても牛肉を含む日本産食材に関する教育活動をシェフなどの養成機関で実施している。米国では食肉に関する団体や会合が多数あり、米国の関係事業者が集まるAnnual Meat Conferenceなどの会合・展示会での日本産牛肉のPRやウェブ掲載記事における周知活動などを通じて日本産牛肉の商流拡大に取り組んでいる。
J–LECやJETROに加えて、JFOODOによる消費者向けに特化したプロモーションが行われているほか、都道府県によっては、自治体・生産者・輸出事業者が一体となったコンソーシアムが組織されており、米国において知事によるトップセールスや地域に特化したブランド牛のプロモーション活動が行われている。また、日本産牛肉をめぐる規制や関税などの課題を解決するため、在米日本大使館や日本総領事館は現地の専門家や関係団体と連携の上、当局間との交渉、規制情報の発信などを行っている。