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話題(1) 畜産の情報 2026年2月号

肉用牛の出荷時の肉質を予測する最先端技術「B−som(ビーソム)診断」

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株式会社ビーフソムリエ 代表取締役社長 松岡 俊樹、佐藤 絵夢
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1 はじめに〜「B-som診断」とは〜

 B-som(ビーソム)診断は、肉用牛の血中タンパク質を解析することで、その牛の出荷時の仕上がりを予測できるサービスで、出荷の1年以上前に「将来の肉質」を見通すことが可能となります。診断に必要なものは、もと牛導入後、その牛が新たな飼養環境になじんだタイミングで採取した血清のみです。血中タンパク質の情報から、枝肉重量、ロース芯面積、バラの厚さ、皮下脂肪の厚さ、歩留基準値、脂肪交雑基準(B.M.S.)のナンバーに加えて、オレイン酸含有量の計7項目を高精度に推定し、その牛が現在どのような生育状態にあるのか、どの方向に伸びていこうとしているのかを可視化し、飼養管理における判断材料として活用できます(図1、2)。
 各農家が長年培ってきた勘や経験を力強く補完する科学的データに基づく「成長予測」の技術であり、個体の状態や伸長傾向がより正確に把握できるため、日々の管理における微調整や工夫を、根拠をもって高度化していくことが可能となります。既存のスマート畜産技術(画像・行動センシング、環境センサー、自動給餌機、農場管理システムなど)を束ねる「統合指標」として機能し、他のICT(情報通信技術)により得られた行動や環境データの変化が肉質・おいしさにどう反映されるのかを、B-som診断による血清由来の評価指標で橋渡しすることで、現場のデータを「記録」から「価値を生む経営資産」へと変えることが可能です。また、連携する専門獣医師による診断結果のカウンセリングも提供することで、より踏み込んだ改善提案をサポートしています。
 血中タンパク質の発現パターンは、飼料構成の変化や牛舎環境などの影響を受けながら数カ月単位で変動します。SNP(一塩基多型)などのゲノミック評価の静的な情報では捉えにくい、飼養管理・気温・湿度・給餌・飲水といった環境条件の影響が、生体内の血中タンパク質に発現するからです。そのため、新しい飼料の導入時や管理方法の変更時の前後にB-som診断の結果を比較することで、肥育現場の改善策が牛の生育にどのような影響を与えたのかを科学的に検証することも可能です。これらの特長から、共進会候補牛の選抜、飼料開発の評価、後代検定牛の特性把握、牛群管理全体の最適化といった多様な場面において、現場の改善プロセスをより高度化するための有効な手段となることが期待されます。





2 「B-som(ビーソム)診断」の発想の原点

 これまで進められてきた牛の「肉質の遺伝」に関するさまざまな研究から、肉質形成に対する遺伝的影響がおおむね6割程度であることが示されています。一方で、残る4割は飼料、飼養環境、管理方法といった「環境要因」によって変動することが分かっており、例えば同じ血統であっても肥育の仕上がりに差が生じる理由が科学的に明らかになりつつあります(図3)。
 良質なもと牛を導入しているにもかかわらず、個体差や環境の違いによって思うように仕上がらない、といった生産現場の悩みや経営上の課題を解決したいという思いから、血中タンパク質に着目した研究が始まりました。遺伝と環境の両面を捉え、牛の「いま」の状態を分子レベルで可視化しようとする試みこそが、現在のB-som診断の発想の原点となっています。
 B-som診断の基盤となるのは、近畿大学生物理工学部・松本和也教授らが開発した「AIビーフ技術」です。20年にわたり、松本教授の研究室では、生体内から得られる多様な生体情報から身体の状態を推定する生物情報学の研究が進められており、日本全国の畜産関連施設と連携しながら、肉用牛の血中タンパク質データと肉の仕上がりの関係性を追究してきました。その成果として、肉用牛の血清に含まれる135種類のバイオマーカータンパク質(注1)をAI(人工知能)で解析することで、出荷時の仕上がりを高精度に予測できることが明らかとなりました。2022年度には、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の「大学発新産業創出プログラム(START)」に採択され、研究成果を事業化へつなげる動きが本格化しました。そして、2024年、株式会社ビーフソムリエが設立され、松本教授らの「AIビーフ技術」を基盤とした「B-som診断」の提供がスタートしました。現在も近畿大学との連携の下、AIモデルの改良、新サービスの開発、現場での実証試験を継続しながら、技術のさらなる深化と普及を進めています。
 
(注1)生体内の生理的状態を定量的に評価するための科学的な分子指標となるタンパク質。


 

3 ICT技術やAIを利用した飼養管理の進展

 近年、畜産分野ではウェアラブルデバイス(装着端末、着用端末)、インプランタブルデバイス(胃内で滞留させるカプセル型デバイス)、各種センサー、カメラ画像解析、飼料給与データなど、多様なICT技術が急速に普及しつつあります。これらは労働負荷の軽減や事故防止に加え、日々の飼養管理の効率化と生産性向上に寄与する「現場の道具」として定着し始めています。牛の行動や状態を定量的に把握できるようになったことで、従来の経験や勘に頼っていた領域にもデータが入り込み、畜産経営のスタイルそのものが変わりつつあります。
 これらのICT技術が主に扱うのは、行動量、反芻はんすう、採食、体表温度など、外部から観察可能な「生体外の情報」が中心ですが、B-som診断は、血液中のタンパク質という「生体内の情報」を解析し、牛の内部状態や成長の方向性を読み解くことのできる技術です。まだまだ発展途上ではありますが、生体外と生体内、双方のデータを組み合わせることで牛をより深く理解することができるこれらの技術は、今後の畜産現場への貢献が期待されます。
 現在、個体差や突発的な事故によって経営が左右され、また、技術の継承が難しいことから新規就農が進まないなど、肉用牛農家が抱える問題は複雑化しています。こうした背景の中で、再現性のある牛づくりや科学的根拠に基づく経営判断を支える技術への期待は高まっており、農家の現場の力を確実に底上げする新しいアプローチが必要です。こうした課題を解決するために、牛の内部状態を科学的に把握して活用できる新しいスマート畜産技術への期待は高まりつつあります。B-som診断も、その「生体情報」に基づくアプローチによって、現場の経験を確かな根拠で支え、再現性のある牛づくりを実現する新たな選択肢となり得ると期待されます。

4 おわりに―今後の展開・展望―

 株式会社ビーフソムリエが目指すのは、「みえるおいしさ」を起点に、畜産の価値づくりそのものをアップデートしていくことです。B-som診断による「血清タンパク質情報×AI予測×SaaS(注2)」サービスは、肥育牛の生体情報を科学的に読み解き、肥育状態や枝肉品質、さらには嗜好(しこう)特性・品質特性の総合的価値概念である「おいしさ」を可視化して、現場の意思決定に結び付けるための基盤になります。
 現在、国内の肥育現場において、血清採取・前処理の標準化、質量分析からAI予測までの解析基盤、農家向けダッシュボードを一体として提供し、飼養管理や出荷判断を「経験と勘」から「データに基づく再現可能な判断」へ移行させています。これにより、日々の給餌設計や環境管理、出荷適期の見極めといった現場の工夫が、最終的にどのような品質や味わいとして結実しているのかを、客観的に説明できるようになります。生産者が積み重ねてきた努力が「見える化」されることは、現場の改善を加速させるだけでなく、その価値を正しく伝えるための新しい言語をつくることでもあります。
 今後は、B-som診断のサービスで蓄積されたデータを元にAIモデルを継続的に高度化し、産地・品種・季節・飼養条件の違いを含めた「おいしさの多様性」をより精緻に表現できるようにしていきます。従来の「サシが多いか赤身か」といった二軸の評価だけでなく、香り、うま味、食感といった複雑な風味を含む多面的な価値へ拡張することで、消費者にとっては選ぶ楽しさを、生産者にとっては差別化と適正な価値還元をもたらす市場環境の形成を目指します。
 「みえるおいしさ」は単なるワードではなく、生産現場の努力を正しく伝え、産地ブランドの価値を育て、消費者の理解を広げるための共通言語です。B-som診断の展開を通じて、この共通言語を社会に実装し、畜産の高付加価値化と持続可能性を同時に前進させる―それが私たちの今後の展望です。
 
(注2)Software as a Serviceの略。クラウド上のソフトウェアをインターネット経由で利用するサービスであり、ソフトウェアのインストールを必要とせず、ウェブブラウザやアプリを通じて利用するもの。