(1)「選ばれる商品」の開発
後継者として一念発起した後、経営について学ぶため、裕介氏は、熊本県が主催する農業経営塾、同友会やマーケティング研究会に次々と参加した。その中で、講師から投げかけられた「あなたの商品に選ばれる理由はありますか」という問いに衝撃を受けた。それまで、経営を取り巻く外部環境の厳しさを理由に、高いハードルを伴う自家加工販売という挑戦から逃げていた自分に気付くと同時に、「選ばれる商品」を自ら追求することに大きな可能性を感じた。
とはいえ、飲用乳は、原料価格や容器代がかさむ割に量販品との差別化が難しい。アイスクリームは生乳以外のフレーバー要素が「選ばれる理由」に大きく影響する。職人仕事が求められるチーズは加工初心者にはハードルが高い。最終的に、歩留まりがよく、自社の生乳の特徴を余すことなく表現できるヨーグルトで勝負しようと決めた。
それ以前も、両親が委託製造でプラスチックカップ入りヨーグルトを販売していたが、非常に酸味が強く万人受けする商品ではなかった。加えて、委託経費を考慮すると、直売でも利益は1個当たり10円程度に過ぎず、収益性に問題があった。そこで、まずは味を変えようと決め、委託先の工場長にお願いし、温度や発酵時間を調整して何度も改良を重ね、「オオヤブデイリーファームの挑戦」と題したポップを店頭に掲げて、毎回風味の特徴が異なる試作品を販売しながら反応を見た。売れ行きは悪くなかったが、やがて先方事情で委託の継続が困難となり、自家製造への切り替えを余儀なくされた。保健所の許可を得るのに苦心しながらも、2012年に熊本県初の6次産業化認証事例として、中古で譲り受けたコンテナハウスをわずか3メートル×6メートルという極小の製造室に改装し、「半熟よーぐるちょ」の自家製造を開始した。限られたリソースの中で無理なく返済できるよう融資は最低限の600万円にとどめ、補助金を戦略的に活用して、作業効率や品質に優れた海外製殺菌機の導入や、後述する小売展示会への出展などの原資に充てた。
(2)原料乳の高付加価値化
自家製造開始から3年目、前身商品をベースに改良を重ねた「半熟よーぐるちょ」に加えて、新たな看板商品「MILK’OROエイジングヨーグルト」が完成した(写真3)。ジャージー生乳とてん菜糖のみで作られ、濃厚なクリームトップと爽やかな酸味のヨーグルトが特徴のノンホモジナイズド二層式ヨーグルトである。また、「酪農家の強みは、搾った瞬間から他にはないミルクを生み出せることである」と考え、加工技術のみならず、原料乳そのものの高付加価値化にも着手した。契機は、2013年に九州地域バイオクラスター推進協議会と連携協定を結んだフランスの「ブルー・ブラン・クール(BBC)協会」との出会いである。同協会が推進する「ヘルシーファーミングプロジェクト」では、人の健康・家畜の健康・地球(土壌や環境)の健康は一体であると捉え、これに資する亜麻仁由来の飼料を推奨している。これは、畜産物の「オメガ3脂肪酸」を強化し、牛のゲップによるメタン排出量も削減できる。裕介氏は、フランス政府や国際連合にも認められたこの取り組みに共鳴し、飼料を切り替えた。さらに、海外市場の動向も敏感に捉えてA2ミルク(注3)の可能性にいち早く着目し、15年からゲノム解析による牛群選抜を開始して、約8年かけて商品化を実現した。
こうした機能性の追求と地道な商品開発は、18年の「にっぽんの宝物JAPANグランプリ」受賞をはじめ、数々のコンテストでの受賞に結実し、ブランド力を強固にした。これが後述する販路開拓や経営危機の局面で強力な武器となった。
(注3)生乳に含まれるβカゼインタンパク質にはA1型とA2型があり、このうち遺伝的に後者のみを持つ牛から搾った牛乳が「A2ミルク」として販売されている。その健康効果や作用機序に関する科学的根拠は、現時点では未確立の部分があるものの、「従来の牛乳に比べておなかがゴロゴロしにくい」とされる(Jミルク、 2024)。
(3)チャネルミックスによる販路開拓
委託製造時代の販路は牧場内の直売所や地元の物産館などであったが、2012年に自家製造を始めてまもなく、JR九州の車内誌で取り上げられた記事が県内百貨店のバイヤーの目にとまり、取引へ発展した。卸売業者への納品を通じて大手スーパーマーケットにも取り扱いが広がった。
県内需要の安定を受け、裕介氏は、新たな市場を求めて全国の小売バイヤーが集う「スーパーマーケット・トレードショー2015」に出展した。贈答需要を見込んで、前年発売したばかりの「MILK’OROエイジングヨーグルト」のギフトセットを提案したところ、全国の百貨店にも販路が急拡大した。その後も展示会への参加を重ねる中で、人的ネットワークによって品質志向型スーパーやラグジュアリーホテルとの取引へと次々につながり、販路開拓の好循環を生み出した。裕介氏はこれを「ヨーグルトが翼になり、あちこちに連れて行ってくれ、人とつなげてくれた」と表現する。妻の沙紀氏も、多忙な育児の合間を縫ってソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で地道な情報発信を行い、顧客とのコミュニケーションをサポートし続けている。
17年頃からは広告代理店とも連携し、EC事業を強化した。特に定期便が好調で、売り上げは発売初年度からわずか2年で25倍に急伸し、一時は製造部門売り上げの7割を占めるまでに成長した。これを原資に、規模拡大に向けて、19年に製造所と直売所を兼ねる「みるころLab.」を新設した(写真4)。