生産者にとってケージフリー化の対応は、新規鶏舎の建設や設備投資、追加の飼養管理などのコスト(費用)を要する。それにも関わらずケージフリーへの移行に踏み切ったのは、州規制や企業の移行宣言を背景に、企業との既存の供給契約を維持するためであったとみられている(注11)。
一方で、生産者からは「消費者需要が伴わなければ、こうした移行は課題やリスクが大きい」といった声もあがっている。本章では生産者の視点から、ケージフリー移行に要するコストや課題、今後の見通しについて確認する。
(注11)付加価値向上による高価格帯市場への参入機会とする見方も一部であった。
(1)飼養管理と契約実態
(ア)飼養形態と設備コスト
米国におけるケージフリーは、コストを抑えられる多段式エイビアリー方式が主流である(注12)(写真6)。多段式とすることで飼養羽数を確保しつつ、ケージ不使用や最小飼養面積の確保といった要件を満たすことが可能となるためである。
しかし、設備投資のコストは通常の2倍以上になるという。具体的には、一羽当たり50〜70米ドル(7878円〜1万1029円)と見積もられ、米国企業の飼養規模が1社当たり数十〜百万羽であることを考えると、一社で数百万〜7000万米ドル(数億〜110億円)に相当する。これは、既存のケージ鶏舎を撤去し、広い床面積やより高い換気・空調性能を備えたケージフリー仕様の鶏舎を新たに建設するだけでなく、巣箱や止まり木、鶏舎の構造に合った集卵装置やふん尿処理装置といった設備も新たに必要となるからである。(図15)。これらの投資回収には、規模にもよるが5〜10年を要するとされる。
このため、供給先との長期的な契約や、費用を上乗せした持続可能な価格設定(費用上乗せ型の契約)が重要となる。ミシガン大学などの報告によると、ケージフリーにおける費用上乗せ型の契約の割合は調査対象の49%と従来に比べ高かった一方、市場連動型の契約も一定数見られた。また、小売店による移行期間中の購入保証が不十分となる場合や、消費者の需要が不透明な中で、銀行が設備投資のための融資をためらう場合もあるとされている。
なお、設備の導入に当たっては、改修より新設が選択される場合が多い。既存構造を大幅に変更するよりも設計の自由度が高く、コスト面でも効率的とされるためである。加えて、既存の鶏群をケージフリー対応させることは、習性や衛生管理の面で課題が多いこともあり、新設鶏舎に若齢鶏を導入する方が合理的とされている。
(注12)2010年代後半には、アタッチメントの脱着によりケージ飼養とケージフリーを切り替えられる「コンバーチブルタイプ」が流行した。需要が不透明な中で、移行期に柔軟性を確保する狙いがあったためである。ただし、複雑な構造から死亡・骨折といった事故率が高まるため、長期的には合理的でないとされる。
(イ)飼養管理の課題とコスト
ケージフリー飼養の場合、減価償却費を含まない飼養管理コストは、ケージ飼養に比べて8〜19%増加すると見積もられている。これは、飼料費や労働費などが追加で必要となるためである。飼養管理上の主な課題としては、1)活動に伴う飼料コスト増、2)ふん尿による汚卵や疾病リスク、3)カニバリズム(つつき、いじめ)や鶏の重なり合いによる窒息の発生、4)これらの対応に伴う労働コスト増―などがある(表6)。また、育成雛の段階から、巣箱周辺を暗くする照明制御により巣箱産卵を習慣化して床卵(注13)を防いだり、止まり木の使用や段差移動を習慣付けたりするといった訓練も必要となる(注14)。こうした対応には、設備導入による改善に加え、従業員のトレーニングや追加労働を要する。
なお、つつきやいじめの防止策として、ロードアイランドレッドなどブラウン系の気性が穏やかな品種の選別や、育種改良の動きも一部見られるものの、白色レグホーンなどの従来種の方が生産性に優れることもあり、小売店でも両者は併存している(写真7)。
(注13)巣箱ではなく床面で産卵された卵。ふん便による汚染リスクなどから、米国では原則として殻付き卵(Grade A)として販売することはできず、加工用または廃棄処理の対象となる。
(注14)訓練の必要性を鑑みて、HPAI発生に伴うオールアウトを機に、ケージフリーに移行する生産者もいるとされる。オールアウトとは、鶏群を一斉に鶏舎から出して空舎にし、清掃・消毒を行う管理。
(2)生産者の認識
生産者は、環境負荷、価格の手ごろさ、生産効率、持続可能性において、ケージ飼養がケージフリーに比べ優位と回答している(図16)。これは、飼料や水、土地、エネルギーといった資源利用において、より効率的と考えているためである。なお、企業・生産者・大学・政府研究機関・非政府組織(NGO)などの連合機関である「持続可能な卵供給連合(CSES)」も、2015年3月に同様の報告を行っている(注15)。
このような中、生産者はケージフリー移行を課題と捉える向きが大きく、「さらなる移行には継続的な消費者需要や、小売店などの供給先によるコミットメントが重要」としている。一方で、ケージフリー化を新たな市場創造・獲得の機会とする見方もある。また、課題についても、設備の導入や市場の拡大、飼養管理技術の向上などにより、徐々に改善しつつあるとする指摘もある。ただし、構造的な課題は現在も共通であることや、ある生産者が「欧州によるシステムを参考に導入したものの、米国の大規模生産にそのまま適合できず、鶏舎設計や飼養管理といった適応に約10年を要した」としている点には、留意が必要と考えられる。
(注15)ケージ、ケージフリー、エンリッチドケージの三つの飼養形態について、AW、食品安全・品質、環境、労働者の健康・安全、価格の手頃さという五つの指標から比較分析を行っている。
(3)防疫体制 〜ワクチンの導入可能性〜
USDAによると、HPAIによる被害状況については、ケージ飼養とケージフリー飼養とで有意な差は認められていない(図17)。これは、飼養形態よりも、外部からの侵入を防ぐバイオセキュリティの水準がより影響するためと考えられている。一方で、ケージフリーでは鶏舎内での移動範囲が広く、導線の複雑化による衛生管理の難しさや、鶏同士や排せつ物との接触による汚染リスクが高まりやすいため、疾病予防にはより高度な管理が求められる。
こうした中、AEBやUEPは25年4月、ワクチンについて業界独自の接種・監視計画を発表し、同年7月には政府に提出した(表7)。この計画は、1)孵化時と成育期の二段階接種による免疫維持、2)ゾーニング管理による貿易リスクの最小化、3)抗体検査での効果確認による信頼性確保―を図るというものである。
一方で、USDAは、25年7月公表予定としていたワクチン戦略を発表していないなど、進捗は不透明となっている。この背景について、国際貿易ルールとの調整、監視体制の構築、業界間の合意形成などさまざま対応が必要となることが考えられる。また、輸出に関するワクチン接種国の扱いが国単位で決定される中、輸出仕向け割合のより大きい鶏肉産業(注16)との横並びの難しさを指摘する声もある。米国におけるワクチンの検討はまだ計画の初期段階とされており、導入には相当の期間を要すると見込まれている。
(注16)生産量の約14%が輸出に仕向けられている。