本稿は、中国の牛乳・乳製品消費は政府が見込むほどには伸びないという見方を前提としている。「はじめに」で触れた人口の減少と高齢化や他の畜産物で消費拡大が止まりつつあることのほか、牛乳・乳製品特有の課題を以下に紹介する。
農業農村部食物・栄養発展研究所の担当者(注7)は、牛乳・乳製品の消費増に向けた課題は主に次の四つだとしている。1)飲み方を知らない国民がいること(栄養価が高いこと、多様な商品があることや摂取方法を国民が知らないこと)、2)国産品に対する不信感が払拭されていないこと、3)世界的に見ても体質的に牛乳を飲めない国民が多いこと、4)価格が高いこと−である。中国政府が20年以上消費促進策を続けざるを得なかったことには、それなりの理由がある。
中国と日本の違いに着目しながら再整理すると、消費拡大に向けた課題は次のように整理できるだろう。
(注7)農業農村部食物・栄養発展研究所動物食物・栄養政策センターの主任の発言として農業農村部公式ウェブサイトに掲載された「経済日報」(2025年6月24日)の記事に基づく。
(1)「体質的に飲めない国民が多いこと」(乳糖不耐症者が多いこと)
最初に、実際に消費する人の数を確認すべきと考える。14億人以上という人口の数から市場は大きいと思いがちであるが、そのうち3.1億人は乳糖不耐症で、3.5億人は乳糖不耐症の疑いがあるなどの理由から、牛乳を飲む人の数は3.6億人と、総人口の25%程度にとどまるという(注8)。
仮に中国において人口の25%だけが乳糖に耐性があるとした場合、牛乳・乳製品ともに消化(消費)できる人の1人当たり平均消費量は、2024年では143.6キログラムに達すると算出できる(その算出は、総消費量を人口で割って算出された表2の1人当たりの年間消費量〈35.9キログラム〉の分母〈人口数〉を25%〈4分の1〉にしたもの)。
これはすでにかなり高い水準であり、業界やメディアが「これ以上牛乳の消費を伸ばすことは難しい(今後の伸長が期待できるとすれば乳製品である)」とすることと照らし合わせても違和感はない。
(2)「価格が高いこと」(日常的な消費がしにくいこと)
次に消費場面・消費習慣を見ると、農業農村部担当者は、牛乳・乳製品は「保健食品であり、生活必需品にはなっていない」とし、メディアは「三線、四線都市(注9)では贈答品で、知り合いを訪問するときに持参する手土産」だとする。
中国では牛乳の小売価格は生乳価格の3〜4倍程度で、生乳価格が低下しても消費拡大にはつながりにくいとされる。さらにその理由を考えれば、牛乳にはたんぱく質の摂取源としての競合飲料も多く、比較的価格が高い牛乳・乳製品をあえて消費しようとはなりにくいことが考えられる。
競合飲料に関しては、中国には豆乳やココナッツミルク、オーツ(燕麦)ミルクなどの植物性乳、ヤギ、ラクダなどの動物性乳といった多数の代替飲料が存在する。お茶や果汁飲料も強力な競合相手である(注10)。中でも豆乳は用途が似ているだけでなく、伝統的に広く飲用され、安価で手軽に手に入り、朝食に不可欠という国民も多い。日本の2000年代の緑茶飲料に相当する中国の飲料はコーヒーと言えるが、コーヒーはむしろ牛乳の消費を増やしたとも言われており、学校給食で提供された牛乳になじめず隠れて捨てていたけれどもカフェラテを知り、やっと飲めるようになった、という話も聞く。中国ではコーヒースタンドやその場で果実などを加工するドリンクスタンドが広く普及しており、コーヒーチェーンではコーヒーに混ぜるものとして牛乳のほか豆乳、ココナッツミルクあるいはオーツミルクまで選べることが一般的であり乳製品消費促進のための商品開発は激しい(写真1)。
乳製品にも代替品があり、例えば大豆を発酵させた伝統食品「豆腐乳」(写真2)は漬け物や調味料としても使われ、24年の市場規模は81億元(1815億円)とも言われる。調味料として、バターや生クリームの競合品も昔から存在していたということである。
(注9)中国の経済情報メディアが中国の都市を経済力などに応じて分類し、上から一線、新一線、二線、三線、四線、五線都市としていることを踏まえたもの。中国で広く用いられている。
(注10)中国の牛乳・乳製品の消費量は地域間格差が大きく、南方(広西チワン族自治区、湖南省など)の家庭内消費量(中国統計年鑑)は北方(北京市、内モンゴル自治区など)の半分以下である。北は酪農に適した緯度にある一方、南は土地の起伏が激しく放牧適地が少ないことのほか、ココナッツなどの果物が豊富で競合品が多いことが理由に挙げられる。学生飲用乳が目に付きやすいと感じるのも南の方であり、例えば湖南省のヤギ生産企業は「学生飲用乳活動は良い取り組み。ぜひヤギのミルクも計画の対象にしてほしい」と語っていた。
(3)「飲み方を知らないこと」
農業農村部担当者はこの課題を、牛乳・乳製品の栄養価が知られていないという意味のほか、文字通りの意味としても挙げている。そこには、消費者がまだ自分でおいしいと思えるような飲み方や食べ方を知らない、あるいは飲食が習慣づくまでに至っていない、ということも含まれると考える。
栄養価について、中国では高血圧、高血糖、高脂血症を「三高」と呼び、これを避けようという意識や健康を維持することへの関心は高く、良質で低カロリーのたんぱく質含有食品の人気が高くなっている。そのような風潮の中、牛乳・乳製品を摂取する効果として免疫増強、睡眠促進、消化改善などが連想されるというが、このような意識を持つ消費者は大都市には比較的多いものの、農村にはまだ少ない。農村住民が牛乳・乳製品の栄養価を知り、意識や食習慣が変われば中国全体の消費は増える可能性がある。
また、飲み方や使い方について、ミルクティーやカフェラテの普及で牛乳は一般消費者にも身近になったが、チーズ以外の乳製品(バターやクリーム)は家庭での消費が広がらないと聞く。ここで連想されるものに、消費が急速に伸びた牛肉の増加理由として挙がることがある「預制菜」(半完成品、ミールキット、調理済み食品などの総称)がある。これは、「牛肉を扱ったことがない」、「どう調理したらいいかわからない」、「豚肉に置き換えればいいというものではない」、という調理者に対して、「これを炒めればいい」という原材料のキットが厨房に届くから消費が増えたという見方である。バターを使って調理をしたことがない利用者に「豆腐乳をバターに置き換えてみよう」と呼びかけるより「バターと、バターに合う〇〇の肉、〇〇野菜を用意した、後は炒めるだけで大丈夫」と提案した方が受け入れられやすいということである。乳製品消費が増えた理由として、前述の預制菜やベーカリー市場の拡大が挙げられるが、それも、家庭ではなく業界で利用が進んだこと、つまり利用方法が確立している場面での消費が進んだことによるものと言えるだろう。牛乳・乳製品を既存の何らかの食材の一つと置き換えるよりもパンという新しい商品の素材として飲食店やセントラルキッチンで調理することから、消費が伸びたとも言える。
(4)不信感が払拭されていないこと
牛乳・乳製品に関して中国政府が枕ことばのように使う「決まった表現」として、消費促進に向けて安全性を訴え続けることを意味する「国民の科学的な理解を得ながら」という表現がある。
2008年に発生したメラミン混入事件の影響は今でも大きい。中国で牛乳・乳製品が食されてきた歴史は古いものの、長らく一部の地域または社会階級に留まっていた。それが、経済成長がある程度進んだ2000年に入り政府の目が国民の健康に向けられたことで消費促進政策の対象となり、政府主導の「学生飲用乳計画」(学校に牛乳を配布する取り組み)が家庭内消費を伸ばす契機ともなった(図3)。生産拡大政策によって品物が入手しやすくなるなどの変化も、消費を後押しした。
08年には、中国は初めてオリンピック開催国となり、2年後には万博の開催国となることも決定していた。いずれも中国の発展を世界に印象付けることが目的とされ、立ち並ぶ高層建築物といった街の外観だけでなく「文明的な社会」が実現されつつあることもアピールするとされた。メラミン混入事件は正にそのような折に発生した、中国でも例を見ない規模の食中毒事件であり、入院した被害者は1万人を超え、かつ、その多くは乳幼児で、「一人っ子政策」(注11)が実施されていた当時の中国社会を震撼させた。中国乳業メーカーの悪質な行為が原因で発生したこの事件は、09年の食品安全法制定の直接の契機ともなった。
中国の牛乳・乳製品の置かれている状況について、端的にまとめれば、もともと飲食の習慣がなく、一度普及しかけたもののその途上で国民から大きな不信を被り、その間に社会は物が余る時代に突入したことで、もはや国民が慣れ親しんだ他の何かと置き換えなければ消費が増えなくなってしまったと言えるだろう。
(注11)「一人っ子政策」とは、一夫婦当たりの子供の出生数を制限する政策のこと。2015年に緩和された。