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話題(1) 畜産の情報 2026年4月号

日本畜産学会初のイグ・ノーベル賞(生物学賞)受賞研究の意義と背景

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京都大学大学院農学研究科 名誉教授 広岡 博之
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1 はじめに

 2025年9月、筆者もその著者の一人であるKojimaら(Kojima T, Oishi K, Matsubara Y, Uchiyama Y, Fukushima Y, Aoki N, Sato S, Masuda T, Ueda J, Hirooka H, Kino K (2019) Cows painted with zebra-like striping can avoid biting fly attack. PLoS ONE 14(10): e0223447. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0223447)の論文が、イグ・ノーベル賞(生物学賞)を受賞することとなりました。そして、この受賞は日本畜産学会員初のものになりました。この論文が科学雑誌「PLoS ONE」に掲載されると、論文の中にあるしま模様にペイントされた黒毛和種の写真やその内容の斬新さからか、すぐにニューヨークタイムズやCNN、CBSなど海外のマスコミに取り上げられました。その後、少し遅れて日本のマスコミにも取り上げられたので、テレビやインターネットで目にしたことを記憶されている方もいらっしゃると思います。さらに、この年、研究・論文の影響度を評価する指標の一つであるオルトメトリックス(altmetrics)指標で、約130万件の研究成果のうち75位にランクインしたという知らせを受けました。イグ・ノーベル賞もそうですが、オルトメトリックスでこのような100位以内の順位は狙っても取れるものではなく、著者一同、大変名誉なことと喜んでおります。
 このKojimaらの論文は、すでに他誌などで日本語でも解説されている(兒嶋朋貴(2024)牛体をシマ模様にしたシマ「ウシ」による吸血昆虫対策. 畜産技術 824号:20-22)ので、本誌では少し違う視点から解説したいと考えています。

2 研究の内容

 まず、実施された試験の内容について簡単に触れることにします。Kojimaらの論文の試験は、筆頭著者の兒嶋が、当時所属していた愛知県農業総合試験場で実施し、同試験場と京都大学との共同研究として発表したものです。その内容は、体表が黒(黒褐色)一色である黒毛和種をシマウマ様に白と黒になるようにペイントすることで、アブやサシバエのような吸血昆虫の回避につながるかどうかを調べるものでした。本研究では、(1)ペイントしない対照区、(2)黒色の体表に白色のラッカー塗料で縞模様にペイントした区(白シマ区)、(3)黒色の体表に黒色のラッカー塗料で(2)と同様にペイントした区(黒シマ区)の三つの区を設定しました(写真1)。ここで(3)の黒シマ区を設定したのは、ラッカーを塗った影響の可能性を排除したかったからです(写真1)。この三つの区においてウシに付着した吸血昆虫の数とウシの回避行動((@)30分当たりの首振り、(A)耳振り、(B)足踏み、(C)皮膚の振戦(ふるえ)、(D)尾振りの5行動)の回数を比較しました。
 その結果、表で示すように(2)の白シマ区では、他の区と比べて吸血昆虫の付着数は半分程度であり、回避行動の回数(5行動の合計)も25%少ないものとなりました。一方で、(3)の黒色の体表に黒色のラッカー塗料でペイントした区(黒シマ区)では、ペイントしていない(1)の対照区と有意な差は得られませんでした。これらの結果から、ラッカー塗料は吸血昆虫の行動に影響を及ぼさず、シマウマ様の黒と白の縞模様がこれらの吸血昆虫の忌避につながることが実証されました(表)。
 




 
 実はこの研究の裏話としては、当初は単年の試験で良い結果が得られたので、1年のみの結果で論文にする予定だったのですが、このような結果が偶然に得られた可能性があるため、2年目も同様の試験を実施し、ほぼ同様の結果が得られたことから論文として投稿することにしました。一度の試験結果だけでなく、二度繰り返し試験を実施し、同様の結果が得られて投稿したことで、結果の信頼性が向上したことも論文の受理につながったと考えています。さらに、投稿先の科学雑誌PLoS ONEにおける審査の過程では、査読者の一人から特に高い評価が得られたものの、膨大な指摘とコメントがなされ、その対応には、論文を書く以上の労力と論文と同じ程度の返答を書く必要がありました。しかし、そのおかげで、論文の質が大いに向上でき、匿名の査読者には大いに感謝しています。このように、査読者が真剣に指摘とコメントをくれるのは、査読者もこの研究に強い興味を持ち、協力してくれる気持ちになってくれたからだと思います。このように、ボランティアであるにもかかわらず、真剣に査読して厳しい指摘やコメントをくれる匿名の査読者とのやりとりも、科学の進歩の上では欠かすことのできないものです。
 この論文が世に出てからですが、同様の試験が岩手県(農業研究センター)で行われ、また、山形県では実証事業によって同様の結果が得られています。このことからも、Kojimaらの研究結果の再現性が実証されています。

3 論文の産業的意義

 この論文には、畜産における産業的意義と生物学に関する科学的意義の二つが含まれていると考えています。
 まず、畜産における産業的な意義ですが、国内外を問わず、また、舎飼いや放牧といった飼養形態の違いにかかわらず、家畜生産に対するアブ類やハエ類による被害は甚大で、深刻な問題となっています。吸血昆虫は、刺咬しこうに際しての痛みやその後のかゆみを家畜に生じさせ、その精神的、肉体的なストレスは多大で、アブ類だけでもウシ1頭当たり1日に200〜500ミリリットル吸血されているという報告もあります。また、家畜にまとわりつくことにより、家畜の頻繁な忌避行動を誘発することから、採食や休息といった通常の行動が阻害され、その結果として生産性を低下させます。
 この問題は、日本の生産現場でも深刻です。日本において問題となっている種は、アブ類ではニッポンシロフアブ(Tabanus nipponicus)、アカウシアブ(Tabanus chrysurus)、ウシアブ(Tabanus trigonus)、ヤマトアブ(Tabanus rufidens)などで、これらのアブはいずれも刺咬性です。ニッポンシロフアブは東日本に多い中型のアブで、草地に生息し、雌のみが産卵のために吸血します。アカウシアブはスズメバチに似た大型のアブで、主に背中側から吸血することが多く、ウシアブは逆に腹側から吸血することが多いとされています。ヤマトアブは、湿った林床や朽木くつきに生息しています。
 一方、ハエ類ではサシバエ(Stomoxys calcitrans)、ノサシバエ(Haematobia irrtans)、イエバエ(Musca domestica)が数多く確認され、中でもサシバエとノサシバエは刺咬性で雌雄ともに吸血のため家畜に飛来します。サシバエの生息場所としては、家畜の糞尿や堆肥場、牛舎で多く見られますが、ノサシバエは放牧中のウシに多く飛来します。イエバエは非刺咬性ですが、数が多いため、心理的・神経的な影響は大きいと考えられています。
 本試験の畜産における意義は、ウシをシマ模様にすることによって、薬剤を使用しない新たな吸血昆虫対策手法となることが示されたことになり、アニマルウェルフェアの向上や薬剤耐性といった環境問題を回避する可能性を示した点にあると考えています。

4 論文の科学的意義

 この論文が海外で評価された理由の一つに、単に畜産における問題に対するだけでなく、広く生物学的にも興味をそそる内容が含まれていたことがあると思います。シマウマの縞模様は何のためにあるのだろうか、という素朴な疑問を、多くの方が子供の頃に持たれたと思います。シマウマの縞模様の機能についてはさまざまな仮説が提唱されており、約150年前のダーウィンの時代から議論されています。Wallaceは、シマウマの縞模様は背の高い草の茂った草原において、肉食獣に対するカモフラージュのために進化してきたものだと述べています(Wallace AR. (1867). Mimicry, and other protective resemblances among animals. Westminster Foreign Q. Rev. 31, 1–43.1867, Mimicry, and other protective resemblances among animals. Westminster Foreign Q. Rev. 31, 1–43.; Wallace AR. (1879). The protective colours of animals. Science 2, 128–137.)。それに対してDarwinは、シマウマの生息する草原には背の高い草はなく、背の低い草で覆われたサバンナ地域が主であるので、Wallaceの仮説は正しいとは言えないと批判しました(Darwin C (1871) The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex, Vol. 2. London: John Murray)。また、Darwinは、野生馬や家畜馬においてまれに発現するシマウマ様の縞模様について例を挙げ、そのようなウマの縞模様はシマウマに起源を持つことを示唆しています(Darwin C(1868) The Variation of Animals and Plants Under Domestication. Murray, London)。その後、シマウマの縞模様の機能については、捕食回避、社会的相互作用(社会的行動)の促進、体温調節および吸血昆虫の忌避などが提唱されていますが、Kojimaらの本研究は、最後に示した吸血昆虫の忌避を実証したものと位置付けることができます。実際に生きた動物にシマウマ様の縞模様をペイントして、吸血昆虫の忌避の可能性を実証した研究は、本研究が初めての試みであったと考えられます。
 なお、筆頭著者の兒嶋が施したペイントによる縞模様は、子供を連れて名古屋市の東山動植物園に行き、そこで飼育されているシマウマの縞模様を参考にしたもので、このような遊び心もまた、多くの人の関心を引いたのかもしれないと思います(写真2)。


 

5 おわりに

 今回、本研究がイグ・ノーベル賞(生物学賞)に選ばれたことを、心から誇りに思っています。この賞はそもそも、「人々を笑わせ、その後、考えさせる(make people laugh, then think)」研究に与えられるもので、この賞に対してはいろいろな評価があるようですが、日本人や英国人の受賞者が多く、最近、この賞が受賞者の経歴(キャリア)に及ぼした良い影響や科学に対する貢献について、Nature誌でも取り上げられています(Clarke C (2024) How a silly science prize changed my career. Nature 635(8039):538-539)。
 ここで紹介した研究は、筆頭著者の兒嶋が愛知県の普及指導員として農家を回る中で、放牧和牛に対する吸血昆虫対策の必要性を痛感し、愛知県農業総合試験場に異動になった時に上司や同僚を説得して実施したものです。ここで特筆すべきは、1人の若手研究員の発案に基づいて、黒毛和種を用いたこのような奇天烈きてれつな試験を許可してくれた上司や同僚の度量の深さです。膨大な研究費の下で実施された試験ではなく、限られた研究費によりたった2年で実施された試験ですが、世界中の人々を笑わせ、関心を持ってもらい、また、考えてもらえたことには重要な意味があると確信しています。
 畜産業の発展には技術的な進歩が必要であり、研究者は斬新な発想とオリジナリティーを持ち、また創意工夫を凝らして研究に取り組んでいる一方、最近は待遇や研究費の面で苦労している研究者も多いのが現状です。本研究がイグ・ノーベル賞を受賞したことを通じて、畜産業の発展という社会貢献に向けた研究者の取り組みについて再認識していただき、今後の研究環境の充実につながれば、それに勝るものはないと考えています。
 
【プロフィール】
京都大学大学院農学研究科 名誉教授 広岡 博之
 
(経歴)
1982年3月 京都大学農学部畜産学科(家畜育種学)卒業
1984年3月 京都大学大学院農学研究科修士課程熱帯農学専攻 修了
1987年3月 京都大学大学院農学研究科博士課程熱帯農学専攻 単位取得
1987年4月 日本学術振興会特別奨励研究員
1988年9月 京都大学農学博士
1990年10月 龍谷大学経済学部 専任講師
1993年4月 龍谷大学経済学部 助教授
2001年10月 京都大学大学院農学研究科 教授
2024年3月 京都大学大学院農学研究科 定年退職
名誉教授の称号授与