(1)硝酸塩指令
欧州委員会の硝酸塩指令(91/676/EEC)(注2)では、2026年時点で家畜排せつ物由来の窒素施用量の上限が1ヘクタール当たり170キログラムと定められている。オランダでは2006年以降、施用上限を同250キログラムに緩和する措置が認められてきたが、14年には砂質土壌で、22年には栄養塩汚染地域で上限が同230キログラムへと引き下げられた。23年にはその他の土壌でも同240キログラムへと引き下げられ、26年以降は一律で同170キログラムとなった。
このため、家畜密度が高いオランダでは自家堆肥を全量施用できず、費用を負担して経営外に搬出している(図12)。一方、作物によっては同170キログラムでは不足する場合があり、別途化学肥料の購入が必要となる。
(注2)土壌や地下水、河川への窒素やリン酸塩の過剰流出による汚染の防止を目的とする指令。
(2)RENURE
欧州委員会は2020年10月、化学肥料と同様に使用可能な堆肥由来肥料の基準の必要性を提案し、硝酸塩指令の上限である1ヘクタール当たり170キログラムを超えて施用可能なRENURE(REcovered Nitrogen from manURE:堆肥由来窒素回収)をその候補として位置付けた(図13)。
RENUREとは家畜排せつ物を原料とする窒素肥料のうち、無機態窒素の比率を高めた製品を指す。通常の堆肥には有機態と無機態が混在するが、加工により無機態成分を高めることで化学肥料に近い性質を持たせ、上限外での施用を可能にしようとするものである。
欧州委員会は26年2月9日、RENUREを正式に採択した(注3)。これにより、輸入肥料への依存度低下、コスト削減、農業部門の戦略的自立性の強化が見込まれる。使用量は窒素換算で1ヘクタール当たり年間80キログラムまでとされ、結果として06年当時のオランダでの緩和措置と同等の同250キログラムの利用が可能となる(図14)。現地報道では、ロシアおよびベラルーシ産化学肥料の使用低減にも資するとの見方も示されている。
オランダの堆肥に関する情報プラットフォームであるオランダ堆肥資源協議会(NCM:Nederlands Centrum voor Mestverwaarding)のヤン・ロエフ代表によれば、EUでのRENUREの正式採択を受け、オランダ国内でも近く承認が進む見込みである。承認されれば、窒素施用量の上限が1ヘクタール当たり年間250キログラムまで増えることになり、国内で余剰となる堆肥由来窒素の有効活用が進展すると期待される。
(3)RENUREの製造
欧州委員会は、RENUREの要件を、1)製品中の窒素の90%以上が無機態であること、2)C/N比(注4)が3以下であること、3)重金属や病原体の含有量が極めて少ないこと−としており、品質の安定化と作物の迅速な吸収が可能な方法を対象とし、次のア〜ウの3種を認めている。
ア アンモニアを含む気体から、アンモニアを取り除く処理工程で生成されるアンモニウム塩
イ 家畜排せつ物成分を逆浸透法により濃縮して得られる無機物濃縮液
ウ 家畜排せつ物の処理過程で沈殿し得られる窒素を多く含むリン酸塩
(注4)C/N比(炭素率)とは、有機質肥料や堆肥などに含まれる炭素(C)と窒素(N)の割合を示す指標。値が低いほど窒素含有量が多く、値が高くなると窒素含有量が少なくなる。
NCMによれば、上記3種の生成方法などは次の通りとされる。
ア アンモニアを含む気体から生成されるアンモニウム塩
家畜ふん尿を固液分離した後、液体部分を揮散槽に送り、蒸気などでアンモニアを揮散させ、硝酸や硫酸などと反応させてアンモニウム塩を回収する(図15)。硫酸などの薬品と、蒸気発生のための燃料を要する。NCMによれば、現時点では、オランダの北ブラバント州に拠点を置き農業残さの利用技術の開発などを行うFARMCUBES社の家畜排せつ物から窒素を回収するQUADROにより生成されるアンモニウム塩は、RENUREとして認められる見込み(写真1)。
イ 逆浸透法により濃縮して得られる無機物濃縮液
固液分離後の液体部分を逆浸透(RO:Reverse Osmosis)膜装置に送り、加圧して水分子のみを透過させることで無機成分濃縮液を回収する(図16、写真2)。RO膜の定期的な交換が必要だが、上記アの方法に比べ燃料消費を抑えられる。
ウ 家畜排せつ物から沈殿して得られるリン酸塩
家畜排せつ物にマグネシウムを反応させ、沈殿したリンやアンモニアの結晶(Struvite:リン酸マグネシウムアンモニウム)を回収する。リン酸塩の少ない土壌においてリン酸主体の緩効性肥料として有効であるが、窒素の回収率が相対的に低く、実証例の乏しさが課題とされる。
オランダ政府は上記3手法による製品をRENUREとして認める一方、尿を分離しただけの液体や、固液分離により得られる薄層液は承認対象外としており、通常はRENUREとして使用は認められない。現在「循環型酪農の再構築(Reinventing Circular Dairy Farming)」とするパイロット事業に限り、特殊な尿分離システム由来の窒素をRENUREとして扱う特例が認められている。具体的には、ヘルダーラント州に拠点を置き牛舎内での家畜管理技術を開発するハンスカンプ社の牛舎管理の効率化を目的とした総合システムのVrijLevenStalや、牛の尿を採集・分離するCowToilet、南ホラント州に拠点を置き搾乳ロボットなどを開発するレリー社のLely Sphere(以下「LS」という)が対象となっている。ただし、これはあくまで試験的措置であり、基本は個別に認定された製品の使用に限られる。
LSは、家畜排せつ物を固体と液体に分け、無機態窒素を生成可能とする一連のシステムの総称である(図17、写真3)。LSは、ふん回収機(Discovery Collector)、N-Capture、無機態アンモニア貯蔵サイロ、牛舎の床に設置するふん尿分離ストリップおよびデータ管理ソフトで構成される。慣行の牛舎に比べ、アンモニア排出量の77%を削減可能とし、牛舎内のアンモニア濃度を抑制し、1)飼養環境の改善、2)牛の疾病リスクの低減、3)健康状態の良好保持−などを可能にするとのことである。レリー社によれば、120頭規模の酪農場ではN-Capture1台、ふん回収機2台、サイロ1基、分離ストリップおよびデータ管理ソフトが必要となり、これらの導入経費は概算で16〜19万ユーロ(2647万〜3144万円)とされている。なお、年間4000ユーロ(66万円)のメンテナンス費用も必要となる。

(4)リン酸塩排出権
オランダ政府は2018年1月、リン酸塩の排出権(リン酸権)を酪農家間で売買可能な制度を導入した(注5)。15年7月2日時点の飼養頭数に基づき政府からリン酸権が配布され、酪農家は飼養頭数に応じたリン酸権の保有が必要となった。同政府は国全体でのリン酸塩の排出量上限を定めており、オランダ中央統計局(CBS)によれば、25年以降の上限は13万5000トンとなる。
リン酸権はインターネット経由で常時売買やリースが可能であり、価格は需給により変動する(図18)。フリースラント州の酪農家からの聞き取りによると、24年のリン酸権は、1年リースが1キログラム当たり5ユーロ(827円)、買い取りは同210ユーロ(3万4745円)程度であった。リン酸塩の排出量は、オランダ企業庁(RVO)が、牛が育成段階にあるのか搾乳段階なのかといった成育段階や生乳生産量などに基づき設定している(表2)。例えば、年間9500キログラムの生乳を生産する経産牛を1頭増やす場合、44.9キログラムのリン酸権が必要となり、24年の平均価格で試算すると、買い取りで9429ユーロ(156万28円)、1年リースでは224.5ユーロ(3万7144円)のリン酸権費用の負担が生じる。リースは、短期の増頭や、購入資金の融資が難しい場合などに利用される。政府からリン酸権の新たな配布はないため、多くは他の酪農経営の廃業や規模縮小時などが購入の機会となる。
リン酸権の売買では、譲渡分の10%を政府が回収するため、売買に伴い国全体のリン酸権は減少し、乳牛飼養頭数の削減圧力として働く。リン酸権の需要が高まり価格が高騰すれば、新規参入や規模拡大のハードルは上がり、酪農家は規模拡大によるコスト削減を目指す経営方針から、環境規制対応や付加価値創出などで収益を確保する方向への転換が求められる。なお、家族間でのリン酸権の譲渡においては、政府による回収は発生しない。