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調査・報告 全酪アカデミー 畜産の情報 2026年6月号

全酪アカデミーによる酪農の第三者継承支援と就農事例〜福島県塙町「らっきーべこファーム」高橋夫妻のケース〜

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秋田県立大学 生物資源科学部 助教 津 英俊

【要約】

 後継者不在による離農が相次ぐ都府県酪農。その打開策として2021年に設立された一般社団法人全酪アカデミーは、給与付き研修と全国ネットワークを活かした継承先マッチングを通じて、新たな担い手の育成に取り組んでいる。本稿では、非農家出身の高橋夫妻が同アカデミーの支援を受け、福島県東白川郡塙町で50年続いた牧場を第三者継承した事例を取り上げる。その上で、研修生を守りつつ地域に結びつける同アカデミー独自の伴走支援、すなわち職員による「セコンド」と「接着剤」の役割が、継承の成功をいかに導いたかを明らかにする。

1 はじめに

 酪農経営において後継者不在は全国的な問題であるが、都府県では北海道と比較して第三者継承を支援する制度や研修機会が限定的であった。後継者不在による離農が相次ぐ中、牛舎や機械といった有形資産のみならず、飼養管理技術や地域との信頼関係といった無形の資産も失われ、地域酪農の生産基盤が弱体化する深刻な問題が生じている。こうした問題に対し、2021年に設立された全酪アカデミーは、酪農の第三者継承を支援する制度的な受け皿として機能し始めている。
 本稿では、まず全酪アカデミーの概要と支援の仕組みを整理した上で、同アカデミー修了生による第三者継承の具体的事例として、福島県の塙町で就農した「らっきーべこファーム」の高橋夫妻の経営継承プロセスと経営状況を報告する。非農家出身の若い夫婦が、いかにして酪農への志を育み、継承先と出会い、就農し、現在に至ったのか。そのプロセスを詳述することで、全酪アカデミーの支援システムが実際にどのような役割を果たしているのかを明らかにする。なお、本稿の内容は、2025年12月に実施した高橋夫妻および関係機関への現地調査に基づくものである。

2 全酪アカデミーの概要

 一般社団法人全酪アカデミー(以下「全酪アカデミー」という)は、2021年8月に全国酪農業協同組合連合会(以下「全酪連」という)と一般社団法人全国酪農協会(以下「酪農協会」という)により共同で設立された。全酪アカデミーは、第三者継承を前提とした酪農家の育成機関であり、全酪連が運営する牧場でのOJT方式の研修と座学研修を通じて酪農人材を育成するとともに、第三者継承により就農させるためのマッチングなどを含めた支援を行っている。事務局長1人・職員3人の4人体制で運営され、全酪連と酪農協会が正会員、全国で44の農協組織が賛助会員、一般社団法人中央酪農会議や一般社団法人家畜改良事業団など8組織が特別会員として参加している(2026年3月時点)。
 事業目的を「酪農就農や牧場従事等を志す担い手を育成し、就農に結び付けること」と定め、全酪連関連牧場や賛助会員傘下の契約農場などを活用した就農支援プログラムを提供している。研修を受けた4組全てが2026年1月までに就農し、着実に成果を見せている。従来、都府県における酪農の第三者継承は、個別の酪農協や自治体による散発的な取り組みにとどまっていたが、全酪アカデミーは、全国規模のネットワークを活かした支援モデルを構築している点が注目に値する。

3 研修内容と第三者継承支援

 研修期間は最長3年間であるが、研修生の技術レベルや就農環境に応じてカスタマイズされる。1年目は、福島県または熊本県の全酪連関連牧場で、飼養管理の基礎研修と年間10回程度の座学研修を受ける。2〜3年目は、継承予定の契約農場で、前経営者からの経営ノウハウの手ほどきや地域住民との関係構築を含む実践的研修を行う。2026年5月現在、16の賛助会員から28戸の候補地がリストアップされている。
 
 


 
 表1に示すように、研修生は全酪アカデミーの職員として採用され、1人当たり月額21万円(夫婦の場合、42万円)の基本給に加え、社会保険、別途家賃補助、引っ越し費用助成などの福利厚生を受けながら技術習得と就農地探しを行うことができる。この経済的な安定が、第三者継承という経済面における不確実性の高い挑戦への心理的な障壁を下げている。
 こうした環境の下で、第三者継承に向けた活動も同時に進行する。1)物件リストの精査と継承方式の検討、2)現地調査と協議会の発足、3)移譲者との面会と資産評価、4)近隣住民の同意獲得から資産譲渡契約の締結―という四つのステップを経て就農する牧場を決定する。全てのステップに全酪アカデミー職員が関与し、調整や交渉を支援している。
 全酪アカデミーの職員は、自らの役割を「研修生のセコンド」と表現している。ボクシングの試合で選手を支えるセコンドのように、研修生が第三者継承に集中できる環境を整えるという意味である。同時に「接着剤」とも称し、行政、酪農協、移譲者、地域住民との関係を事前に構築して、研修生と各主体を結びつける。図に示すように、「セコンド」が研修生と外部との間の緩衝機能を持つのに対し、「接着剤」は研修生を地域社会の中に組み込む結合機能を指している。全酪アカデミーは、この緩衝と結合という一見相反する二つの機能を就農段階に応じて使い分けることで、第三者継承の実現を支えている。
 広報活動としては、新・農業人フェアなど、求人イベントへの出展や個別相談を実施している。酪農未経験者からの相談も多く、まず酪農法人でのインターンを推奨するほか、大学生や高校生には第三者継承に伴う多額の投資を踏まえ、他産業での経験を積んでからでも遅くはないと助言している。修了生による講演など、生の声を伝える取り組みも始まっているが、この修了生こそが、次章で取り上げる高橋夫妻の妻・帆乃佳氏である。

4 就農事例「らっきーべこファーム」の高橋夫妻

 本章では、全酪アカデミーの仕組みを活用して第三者継承による就農を実現した具体的事例として、福島県東白川郡塙町で設立された「らっきーべこファーム」の高橋夫妻の就農プロセスと経営実態を報告する(写真)。この事例は、非農家出身者のアカデミー生が第三者継承を果たした成功事例としても注目されている。
 
 
 

(1)高橋夫妻の出会いと就農希望の契機

 夫の純真氏(30歳)と妻の帆乃佳氏(30歳)は、ともに埼玉県の非農家出身者であり、大学の同級生として出会った。
 帆乃佳氏は、高校時代から動物関係の仕事に興味があり、動物園や牧場など幅広い進路を視野に入れて畜産を学べる大学を選んだ。在学中には、岩手県の中洞牧場で山地酪農を、静岡県では搾乳ロボット導入農場での搾乳を体験し、「酪農経営の形がこんなに幅広いものなのか」と面白さに気付いた。実習先では「技術は後からでも身に付けられるものだから、経営者として選んでもらえるような人間性を磨く方が大切だ」との助言を受け、その一つの手段として大学院進学を決意した。大学院では、性判別精液の普及が後継牛確保に与えた影響について研究した。修了後は全酪連に入り、北関東の酪農家への購買営業を通じてさまざまな経営の現場を見てきた。
 一方、純真氏は、大学3年生の終わりに、帆乃佳氏から突然「酪農をやりたい」と告げられ、仰天した。しかし「一人の労働力でできる職業ではない」と考え、帆乃佳氏を支えたいと覚悟を決め、酪農を学ぶために卒業後は削蹄会社に就職し、削蹄師として約100軒の牧場を訪問する中で牛の爪(蹄)に現れる飼養管理の良否を見極める観察眼を養った。「良い牧場と悪い牧場の違いは、本当に見える。何より牛自身の爪にも現れる」と語る通り、この経験が継承先の選定で決定的な役割を果たすことになる。
 

(2)佐藤牧場への視察と継承プロセス

 具体的な一歩は、全酪アカデミーの設立により開かれる。純真氏が2022年4月に第2期生として、帆乃佳氏が翌23年4月に第3期生として入社している。前述の通り、研修生は全酪アカデミーの職員として採用されるので、高橋夫妻は、月額42万円(夫婦)の基本給を得ながら、研修と就農先の選定を並行して進めることができた(表2)。
 転機は2022年の夏に訪れる。福島県東白川郡塙町で50年にわたり酪農を営んできた佐藤勝氏(当時71歳)は引退を決めていた。佐藤氏は1979年の開拓入植以来、乳価暴落や生産調整、土壌障害による家畜事故といった幾多の経営危機を克服し、地域トップクラスの経営を築き上げた。これらの経験から導き出された「土壌分析の徹底」という佐藤メソッドとも言うべき指針は、経営の持続性を担保する重要な知見として高橋夫妻に継承されている。引退直前には30頭規模で、1日当たりの乳量1トンという高い生産性を維持し、各種表彰を受けるなど、完成度の高い経営を確立していた。当初は牧場施設ごと廃止する予定だったが、福島県酪農業協同組合(以下「福島県酪農協」という)を通じてアカデミー研修生の存在を知り、「後継者として継承してくれるなら」と受け入れを決断した。ここで、全酪アカデミーの賛助会員ネットワークを通じたマッチング機能が発揮されたのである。
 2022年7月、高橋夫妻は佐藤牧場を視察に訪れた。前職で約100軒の牧場を見てきた純真氏は、築40年とは思えない施設の状態と牛の良さ、佐藤氏の人柄を即座に見抜き、帰りの車中で「ここがいい」と即決した。帆乃佳氏も、「引退を決めた酪農家は繁殖管理をやめている場合も多い中、(佐藤)勝さんの牧場は繁殖成績も抜群で、後継牛の確保もされていた。機械や圃場ほじょうもきれいに使われ、受け継ぐには最高の条件だった」と振り返る。そして、何よりも佐藤氏の誠実さが判断の決め手になった。同年9月から本格的な協議が始まり、12月に基本合意書を交わした。翌23年2月には青年等就農計画を作成し、5月には塙町による計画認定を受けるとともに、高橋夫妻間で家族経営協定を締結した。8月に福島県の初期投資促進事業補助金の交付決定、9月に資産譲渡契約書の締結と融資決定、10月に不動産売買契約と融資実行を経て、同年11月に経営を開始している。
 
 
 

(3)経営概況

 佐藤氏からの経営移譲に当たり、資産評価は、トラクターなどの機械を日本ニューホランド株式会社が、牛を福島県酪農協が、施設は固定資産台帳をベースに関係者の協議の上で評価した。総額はおよそ4800万円で、高橋夫妻は、牛舎・機械・牛・草地を一括で取得した。資金は、青年等就農資金3700万円の借り入れおよび福島県の初期投資促進事業の補助金約1100万円で賄うことができた。
 現在は、経産牛約30頭、育成牛(後継牛)約10頭(総収容能力50頭)、全頭ホルスタインのつなぎ飼養である(表3)。草地面積は借地を含め約5ヘクタール、草種はオーチャードグラスやクローバーなどで、家畜排せつ物は固液分離機を使い100%圃場に還元している。育成牛(後継牛)は自家育成を行っている。高橋夫妻は、佐藤氏が「土手の草を食べさせれば景観管理にもなり、預託料より安い」として続けてきた方針を引き継いでいる。生乳の出荷先は福島県酪農協で、乳価は1キログラム当たり132円(取材当日)である。労働力は夫婦2人で、酪農ヘルパー利用は1カ月当たり2〜3回である。
 就農1年目、夫妻には、喜びと試練が同時に訪れた。帆乃佳氏が子どもを授かり、約1カ月間埼玉県の実家に里帰りした。この期間、純真氏が一人で牧場を切り盛りすることになった。本人が「やっている意味がわからない」と吐露するほど、純真氏は心身ともに追い詰められた。その姿を見ていた佐藤氏をはじめ周囲の人々は、続けられるのか憂慮していたと振り返っている。
 また、佐藤氏から管理者が交代したことに伴い、高齢牛が次々と死亡し、乳量は大幅に低下、牛群検定も休止を余儀なくされた。それでも、福島県酪農協の獣医師による毎月の検診や飼料内容の見直し指導を受けて、経営は徐々に回復していった。こうした試練を乗り越えた結果、現在は32頭で1日当たり830〜840キログラムの乳量を維持し、生乳中の体細胞数は1ミリリットル当たり7〜10万個、細菌数も非常に低い水準で良好な乳質を保っている。現在は、会社員時代を上回る所得を確保できるようになった。
 


 

(4)就農支援の体制

 高橋夫妻の就農を支えたのは、全酪アカデミーの制度的基盤に加え、就農地における多層的な関係機関の連携である。前述した「セコンド」と「接着剤」の機能が、就農後の支援体制にも反映されている。
 第一に、前経営主の佐藤氏との良好な関係である。同氏は「あと3年は目を光らせる」として、高橋夫妻にとって特に経験の浅い自給飼料生産を重点的に指導している。佐藤氏は牧場の近くに居住しているため、トラブル時にはすぐに駆けつけられる。また、高橋夫婦が就農当初に担いきれない地域の役職を代わって引き受け、佐藤氏の妻は高橋夫妻の長男(1歳7カ月)を孫のように世話するなど、家族ぐるみの関係が築かれている。「牛さんたちは、お話はしないけれども、良い餌を与えれば一生懸命働いて応えてくれる」という佐藤氏の50年の知恵が、日々の指導を通じて高橋夫妻に受け継がれている。このような前経営者と継承者の良好な関係性は、第三者継承の成否を左右する最も重要な要因の一つであり、3で述べた全酪アカデミーの「3)移譲者との面会」を通じて相互理解を深めたことが、その基盤を築いたと言える。
 第二に、福島県酪農協の役割である。同酪農協は、生乳出荷から廃用牛売却に至る「揺り籠から墓場まで」の一貫支援を担うことを理念としている。毎月の獣医師巡回による繁殖検診、TMR(Total Mixed Ration:完全混合飼料)供給、飼料設計の助言など、きめ細かい伴走支援が続いている。就農1年目の危機を救ったのも、同酪農協の獣医師の定期的な介入であった。全酪アカデミーが就農前の段階で同酪農協との関係を構築していたことが、就農直後からの円滑な支援につながっている。
 第三に、塙町役場の支援である。さまざまな補助金申請の事務手続きに関する支援や、半年に1回の見廻りが状況確認など積極的な支援を提供している。
 第四に、全酪アカデミーの制度的基盤である。基本合意書の仕組みと研修中の給与保障が、就農前の不安定な時期を支えた。また、この地域にはコントラクターがないため、自給飼料生産を自前で行う必要があり、佐藤氏からの技術移転が不可欠であった。全酪アカデミーの「接着剤」機能が、両者を結び付けただけでなく、自給飼料生産という課題に対応する技術移転の枠組みをも提供した点は重要である。
 

(5)将来展望

 高橋夫妻は、規模拡大や6次産業化は目指さず、「実直に生乳生産をする」ことを信条に酪農に向き合いたいと述べる。佐藤氏のような安定した高収益経営の維持が目標であり、雇用は入れず家族経営を継続する。そして将来的には、自分たちと同様に非農家出身者にも継承できる「選んでもらえるような牧場」を築くことを目指している。
 「らっきーべこファーム」は「Lucky」(幸運)と、東北で牛を意味する「べこ」を掛け合わせた名である。佐藤氏が50年かけて築いた最高の状態で受け取ったバトンを、同じく最高の状態で次代へと渡したい。さまざまな幸運と、人々のつながりに支えられて就農できた感謝を込めて、夫妻はこの名を選んだ。その名に恥じぬよう、2人の挑戦はこれからも続いていく。

5 おわりに

 本稿では、全酪アカデミーによる酪農の第三者継承支援の仕組みを概観した上で、同アカデミーの出身者であり、福島県塙町で第三者継承をした高橋夫妻の取り組みについて見てきた。
 全酪アカデミーによる支援の特徴は、1)給与保障による研修生の生活の安定と、2)全国ネットワークを活用した継承先のマッチング、そして、3)「セコンド」と「接着剤」による就農過程の伴走支援−という三つの要素を組み合わせている点にある。とりわけ、研修生と関係機関との間で、緩衝機能(セコンド)と結合機能(接着剤)を使い分けることで、基本合意書の取り交わしから資産譲渡契約に至るまでのさまざまな手続きの円滑化を図るとともに、就農後も、前経営者や地域の関係機関との協力関係を続ける基盤を提供している。
 高橋夫妻のケースは、非農家出身の若者がこの支援を受けて第三者継承を実現し、経営を安定軌道に乗せつつあることを酪農業界の内外に示した。佐藤氏が50年かけて築いた経営を受け継ぎ、さらに次世代へバトンを渡すことを目指す姿勢は、第三者継承が単なる経営資源の移転にとどまらず、前経営者の「意志の継承」でもあることを物語っている。また、帆乃佳氏の全酪連での営業経験と純真氏の削蹄師としての現場経験が就農後の経営に活かされている点は、全酪アカデミーが推奨する「(社会)経験を積んでから」という助言の妥当性を裏付けている。
 都府県酪農の持続性を確保するためには、既存の経営資源を散逸させることなく次世代に引き継ぐ仕組みが不可欠である。「らっきーべこファーム」のような成功事例が蓄積され、修了生自身が経験を語る好循環が生まれることで、全酪アカデミーの支援モデルが都府県酪農における第三者継承の実践モデルとして確立することを期待する。
 最後に、本稿の執筆に当たり取材にご協力いただきました高橋夫婦をはじめ、前経営者の佐藤勝様、全国酪農業協同組合連合会の丹戸様、炬口たけのくち様、板倉様、牧瀬様の皆さまに心より御礼申し上げます。