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調査・報告 採卵鶏  畜産の情報 2026年6月号

採卵鶏雄雛の新たな可能性〜発育、肉質、行動から見た経済的有効性の探究〜

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九州大学大学院 農学研究院 教授 保坂 善真
大阪産業大学 情報デザイン学部 教授 橋 徹

【要約】

 これまで、経済的価値がないとされてきた採卵鶏雄雛おすびなに免疫学的去勢処理を施し、その発育・肉質・行動特性を総合的に評価した。実験では、早期(4週齢)接種群、後期(8週齢)接種群、2回(4週齢+8週齢)接種群、対照群、雌群を設定して比較した。その結果、早期の免疫学的去勢処理は、テストステロン濃度を有意に低下させながらも、成長能力に悪影響を与えず、むしろ飼料効率と肉質特性を改善させる可能性を示した。また、活動量低下と摂餌回数増加など行動パターンの変化も確認され、この技術が、従来処分されていた採卵鶏雄雛の新たな経済的価値の創出に貢献する可能性が示唆された。これらの知見は、将来的なタンパク質危機(人口に対しタンパク質の需給バランスが崩れること)が懸念される中、既存の食品生産システム内での未活用資源の有効利用による持続可能な畜産に一つの道筋をつけるものとして重要な意義を持つと考えられる。

1 タンパク質危機と採卵鶏雄雛の処分問題

 世界的な人口増加と経済発展に伴い、良質なタンパク質の需要は急速に拡大している。国連食糧農業機関(FAO)の予測によれば、2050年までに世界の食肉需要は現在の約2倍に達すると見込まれている。従来の畜産業による食肉・鶏卵の供給は、環境負荷や資源効率の問題、農地面積拡大の物理的限界などにより、持続可能な生産の限界に近づきつつある。このため、近い将来、タンパク質の需要に対し供給が追い付かない「タンパク質危機」の発生が予測され、植物由来食肉様食品などの開発、昆虫食の普及など、新たなタンパク資源の探索が世界規模で進行している。
 このような中、養鶏産業では卵を産まない雄雛は経済的価値を持たないと見なされ、孵(ふ)化直後にほぼ全数が処分されている。国内の採卵鶏(雌)の飼養羽数は約1億7000万羽(令和6年畜産統計調査・農水省)であり、処分数(雄雛)もほぼ同数と推測できる。全世界では、年間70億羽に達するとの報告もある(de Haasら、 2021)。この慣行が続く主な理由は、雄である故に「産卵しない」という決定的な特性に加え、採卵鶏種の雄は肉用鶏種と比較して成長速度が遅く、飼料効率が悪いため、食肉生産にも経済的合理性がないとされることにある。この「採卵鶏雄雛の処分問題」は、生命倫理の問題にとどまらず、産業上の経済損失でもあり、処分費用は最終的に鶏卵価格に転嫁され、消費者の潜在的な負担にもなっている。動物福祉(アニマルウェルフェア)の観点から、海外では処分の禁止や制限に向けた法整備が進む国もあり、雄雛の有効活用は喫緊の課題である。

2 国内における去勢肉用鶏の生産および流通に関する現地調査

(1)家畜での去勢の意義と効果

 家畜生産において、去勢は古くから行われてきた管理技術である。肉質改善の観点からは、去勢によって筋肉内脂肪の増加、肉の柔らかさの向上、雄特有の臭気(雄臭)の抑制などの効果が得られる。これらの変化は、精巣から分泌されていた雄性ホルモン(テストステロン)の減少によるものである。体内のホルモン環境の変化は、筋タンパク質の代謝やコラーゲン合成にも影響を及ぼし、食味性の向上に寄与することが多くの研究で報告されている。肉用鶏においても、去勢により肉質が改善することが知られており、この去勢した肉用鶏は「シャポン」と呼ばれ、珍重されてきた。

(2)現地調査の概要

 「シャポン」については、秋田県において比内地鶏の雄雛を去勢し、「あきたシャポン」として特産化する取り組みが行われており、生産、流通状況などを現地にて調査した。
 現地調査では、秋田県畜産試験場 比内地鶏研究部(秋田県大仙市)で「あきたシャポン」の開発・普及を担当する力丸氏を訪ね、本鶏の開発背景や経過、肉質の科学的特性について聞き取り調査を行った。また、生産農家(杉渕氏:秋田県北秋田市)を訪問し、杉渕氏に加え「あきたシャポン研究会」のメンバーとも面談し、飼育場を調査した。さらに、生産・販路拡大に取り組む秋田県北秋田地域振興局(北秋田市)農業振興普及課の担当者の小松氏にも面会し、あきたシャポンの生産・流通の現状と課題について聞き取った(写真1〜4)。
 







 
 
 

(3)あきたシャポンの生産

 秋田県畜産試験場 比内地鶏研究部の力丸氏によれば、「あきたシャポン」の起源は、市場価値が低く処分されていた比内地鶏の雄鶏の有効活用にあった。
 平成22年度に開発された外科的去勢技術は、精巣が発育段階にあって、短時間での手術が可能な4週齢を最適な処置時期としている。処置に必要な器具は、メス、リトラクター(開創器)、雛の固定スタンドなどである。秋田県は、この技術で生産される「あきたシャポン」の商標登録を行い、技術保護と普及に努めている。
 平成24年度に、去勢技術を習得した杉渕氏を中心とするメンバーが「あきたシャポン研究会」を設立し、現在、4農家5人のメンバーが北秋田市周辺で生産を行い、1農家当たり年間120〜150羽を出荷している。飼育期間は通常の比内地鶏より長く、210〜240日齢で出荷される。「仕上げ期」には運動を制限し、腹腔ふくこう内脂肪割合を高めるため、米と全粉乳を添加した飼料に切り替える。これにより、生産コストは通常の比内地鶏より2〜3割高くなるが、独自の肉質の作出に成功している。

(4)外科的去勢の特性と肉質改善効果

 去勢による血中テストステロン濃度の低下は、肉質に顕著な変化をもたらす。力丸氏によれば、去勢した雄鶏は、無去勢の雄鶏と比較して筋肉中の結合組織が減少し、肉の柔らかさが雌鶏と同等かそれ以上に向上する。さらに、筋肉内脂肪が1.5〜2倍に増加し、風味が深みを増す。破断強度は約30%低下し、筋肉の赤みも減少して淡いピンク色に変化する。脂肪酸組成においても、オレイン酸やパルミトレイン酸の割合が増加するなど、多角的な肉質改善が実現されている。
 外科的去勢の特徴は、数センチ程度の精巣を除去する繊細な処置にある。熟練した技術者であれば1羽当たり約5分で処置が可能で、死亡率は5%程度である。ただし、除去しきれなかった精巣が体内に残ると、「スリップ(不完全な去勢鶏)」が出現する可能性があるとのことである。

(5)流通・評価と課題

 秋田県北秋田地域振興局の小松氏によれば、あきたシャポンは当初、秋田県内および首都圏のレストランでの限定提供から始まり、徐々に販路を拡大してきた。鶏の生体が大きすぎるため、認可を受けた食鳥処理施設において、放血を含む一連の全行程を手作業で処理・出荷している。そのため、出荷羽数は限定的だが、試食会などでは肉の柔らかさ、ジューシーさ、脂の甘みを伴った深い風味がプロの料理人からも高く評価されている。
 現状における課題は、生産規模の限界と認知度の低さにあり、また、外科的去勢技術の高度な専門性が、生産拡大におけるボトルネックとなっている印象を受けた。

(6)あきたシャポンと本研究との関連性

 あきたシャポンの開発は、従来廃棄されていた資源の高付加価値化に成功した取り組みである。しかし、精巣が腹腔内深部にあるという解剖学的特性から従来の外科的去勢は技術的に難しく、去勢の術中・術後の死亡リスクも低くはないという問題があった。
 このような背景から注目したのが、免疫学的去勢法である。これは、性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)に対する自己抗体を誘導することで、精巣機能を一時的に抑制する方法である。GnRHアナログ(注1)を抗原として接種することで、体内でGnRHに対する抗体産生を促し、下垂体からの黄体形成ホルモン(LH)と卵胞刺激ホルモン(FSH)の分泌が抑制され、結果として精巣からのテストステロン分泌が減少(テストステロンを合成する精巣の間質細胞〈ライディッヒ細胞〉は、LHとFSHにより調節されている)し、去勢と同様の効果が得られる。すでにブタにおいて免疫学的去勢は世界各国で実用化され、免疫学的去勢製剤(インプロバック)が市販されている。ブタの応用例では、雄性ホルモン分泌量の低下、攻撃的行動の減少、増体量の上昇、背脂肪の減少、雄臭の減少、食味性の向上などの効果が確認されている。
 本研究で検討している免疫学的去勢法は、外科的去勢と比較して、処置の簡便性、動物福祉面での優位性、死亡リスクの低減、産業規模への適応性などの利点を持つ。あきたシャポンで実践されている長期飼育や特別飼料による仕上げなどの手法を、免疫学的去勢処理と組み合わせることで、採卵鶏雄雛の経済的価値をさらに高められる可能性がある。

(注1)天然のGnRHを改変した合成ペプチド。免疫学的去勢においては、キャリアタンパク質と結合させ、抗体産生を誘導する抗原として用いられる。

3 免疫学的去勢処理が採卵鶏雄雛の発育・肉質および行動に及ぼす影響

 本研究では、養鶏産業において経済的価値が低いとされる採卵鶏雄雛の有効活用を目的として、免疫学的去勢処理がこれらの雄雛の発育・肉質特性および行動に及ぼす影響を総合的に評価した。免疫学的去勢製剤(インプロバック)を用いた処理時期・回数の異なる三つの雄の処理群、対照群および雌群を設定し、体重推移、飼料効率、血中テストステロン濃度、筋肉発達、骨格発達、肉質特性および行動特性などを17週齢まで詳細に分析した。
 実験は、九州大学動物実験委員会の承認の下で実施した(承認番号:A24-328)。4週齢に免疫学的去勢製剤を0.6ミリリットル(mL)接種する早期接種群(Early:E群)、8週齢に0.6mL接種する後期接種群(Late:L群)、4週齢と8週齢に接種する2回接種群(Both:B群)、および対照群(Control:C群)の四つの雄の群とし、さらに雌(Female:F群)を加えた計5群を設定した。

(1)結果

ア 発育や肉質の特性の分析
(ア)体重の推移:実験開始時には各群間に有意な体重差は認められなかったが、6週齢から雄4群(E、L、B、C群)と雌群(F群)の間に有意な差が出現した。17週齢では、雄4群の平均体重(2165グラム〈g〉)は雌群のそれ(1383g)より約56.5%の高値を示した。ただし、雄群間には、全実験期間を通じて統計的に有意な体重差は認められなかった(図1)。

 
(イ)飼料効率: 全群で、成長に伴い飼料効率は低下傾向を示した。雄群ではE群とB群が最も高い飼料効率(G/F)を示し、全期間平均でそれぞれ1.33および1.34であった(表1)。
 
 
 
(ウ)血中テストステロン濃度:成長過程でのテストステロン濃度の変化は、免疫学的去勢処理のタイミングによって顕著に異なった。C群が4週齢から17週齢にかけて約36倍(0.47ng/mLから17.1ng/mL)に増加したのに対し、E群は約5倍(0.94ng/mLから5.0ng/mL)の増加にとどまった。17週齢では、E群が最も低いテストステロン濃度を示し、これはC群の値の約29%であった(図2:ng〈ナノグラム〉は100万分の1ミリグラム)。
 
 

 
(エ)精巣の肉眼的観察と形態学的・組織学的評価:肉眼的観察において、免疫学的去勢処理を施したE、L、B群の精巣は、群ごとに特徴的な大きさと形態を示した(図3)。E群は全体的に小型で発達が顕著に抑制されており、17週齢での精巣の重さは対照群の約4分の1にとどまり、最も低値を示した。また、E群は精細管の発達が未熟であり、断面積は有意に低値を示した(図4、5)。
 




 
 
(オ)骨格筋の発達(重さ)の評価:免疫学的去勢処理が採卵鶏雄雛の筋肉発達(重さ)に与える影響について統計解析した結果、処理群(E、L、B群)とC群の間に有意差は認められなかった。
(カ)肉質の特性:E群の外側腸脛骨筋において、明度の上昇と肉の赤色度の低下が観察された(表2)。加熱後の分析では、胸筋において、C群と処理群(E、L、B群)の間に有意な差が検出された。コラーゲン遺伝子発現では、胸筋においてE群が最も低いCOL1A1(注2)発現量を示し、C群では逆にCOL3A1(注3)発現量が高くなるなど、部位による発現パターンの違いが観察された。栄養成分組成の解析では、E群の胸筋でナトリウム含量が他群より有意に高い傾向が見られた。

(注2)骨格筋の結合組織を構成するI型コラーゲンをコードする遺伝子。肉の硬さに関与する。
(注3)I型コラーゲンとともに結合組織を構成するIII型コラーゲンをコードする遺伝子。組織の柔軟性や伸展性に関与する。
 



 
イ 行動特性の分析
(ア)活動量:活動量の計測装置を鶏の背部に装着し、得られる加速度を基に運動量を数値化した(図6)。特に12週齢では、早期処理群(E群)の活動量が88.2%と最も低く、後期処理群(92.6%)、2回処理群(95.9%)、対照群(95.6%)との間に統計的に有意差が認められた。
 
 
(イ)行動の観察:17週齢では、摂餌行動において、早期処理群(E群)が他のすべての群と比較して有意に多い回数を示し、特に2回接種群(B群)および雌群(F群)との差が顕著であった。後期処理群(L群)および対照群(C群)も、B群と比較して有意に多い摂餌回数を示した。飲水行動では、E群と対照群はF群よりも有意に多い回数が観察された。羽ばたき行動においては、E群とB群が、F群よりも有意に多い回数を示した。座り行動については、F群が他のすべての群と比較して有意に長時間、この行動を維持していた。(表3)。
 
 

(2)考察

ア 体重増加と増体能力における去勢効果
 本研究の最も注目すべき知見の一つは、免疫学的去勢処理が雄雛の基本的な成長能力に大きな影響を与えなかったことである。テストステロン濃度が最も低下したE群においても、対照群と統計的に有意な差のない体重増加と飼料効率が維持された。成長過程において、6週齢以降に雄4群と雌群の体重差が顕著となり、17週齢では雄群が雌群より約56.5%重かった。免疫学的去勢処理群が対照群と同等の成長を示したことは、採卵鶏雄雛の肉用利用における潜在的な可能性を示唆している。

イ 飼料効率向上による経済性の改善
 E群とB群の飼料効率(G/F比)はそれぞれ1.33および1.34と、他群より優れた値となった。L群とC群もそれぞれ1.25と1.23と、比較的高い値を維持した。F群のそれは1.05と、雄4群と比較して約20〜22%低い値であった。テストステロン濃度が最も低下したE群が高い飼料効率を実現したことは、農家経営にとって有益な結果と言えるだろう。全群で9週齢頃に飼料効率のピーク(約2.3)が見られ、その後16週齢までに約0.95まで低下した。この飼料効率の変動パターンは、最適な出荷時期の設定や飼料設計に役立つ情報である。また、行動観察からE群は摂餌回数が有意に多かった。この摂食回数の増加と、E群で見られた活動量の低下は、エネルギー利用効率の向上につながったと考えられる。
 現在の養鶏産業が直面する雄雛処分問題に対し、免疫学的去勢処理による飼料効率の向上は、採卵鶏雄の肉用利用を経済的に成立させる重要な要因となり得る。飼料費は養鶏経営の主要コストであり、飼料効率の向上は農家所得に直接反映される。

ウ 行動特性の変化と飼育管理の効率化
 活動量の解析により、E群は他群と比較して活動量が有意に低く(88.2%)、摂餌行動の顕著な増加が見られた。これらの行動特性の変化は、免疫学的去勢処理が生殖機能だけでなく、行動パターン全般に影響することを示している。行動様式の詳細な分析からは、複数の意義ある現象が明らかになった。E群で観察された活動量の低減は代謝エネルギーの節約につながり、飼料から体重増加への効率を高めたと考えられる。実際にE群では、最小の活動量と最高の飼料効率が同時に観察された。摂餌行動についても、E群の高頻度な摂餌パターンは、テストステロン濃度の低下が摂食調節機構に影響していることを示している。
 これらの行動変化を総合すると、免疫学的去勢処理により独自の行動様式が誘導されることが明らかである。活動量低下による群飼育時の闘争行動の減少や、ケージ内での安定した行動パターンは、損耗率の低減と飼育管理の効率化に役立つ。これにより、養鶏農家の労働負担の軽減と経営改善が期待できる。

エ 処理時期の最適化と実用性
 免疫学的去勢処理の効果は実施時期によって大きく異なった。テストステロンの産生抑制効果は、4週齢処理のE群で最も顕著で、17週齢まで持続していた。対照的に、B群では抑制効果が限定的で、L群では効果が認められなかった。この結果から、免疫学的去勢の早期処理が、内分泌系発達の感受性が高い時期に作用し、長期的なホルモン動態に影響を与えたと考えられる。精巣発達の抑制効果も同様に、E群で最も顕著で、精巣重量はC群の約4分の1だった。
 これらの結果は、免疫学的去勢処理の最適タイミングが成長初期(本研究では4週齢)にあることを示している。
 免疫学的去勢処理については、予想外の結果も得られた。特に、4週齢と8週齢の両時点で処理を行ったB群において、血中テストステロン濃度の抑制効果が限定的であった点は興味深い。一般的な免疫学的知見からは、追加接種(ブースター)による効果増強が期待されるが、本研究では早期単回処理(E群)が最も効果的だった。この意外な現象の背景としては、複数の生理学的メカニズムが考えられる。第1に初回処理後の免疫寛容の誘導、第2に発達段階の特異的な内分泌応答性の変動、第3に免疫学的記憶形成に最適でない接種間隔、第4に遺伝的背景に基づく個体差などが可能性として挙げられる。特に注目すべき点は、鶏の初期発達段階に処置効果が長時間持続する「感受性が高い時期」が存在しており、この時期の免疫学的去勢介入が、長期的な精巣機能の抑制をもたらす可能性を示している点である。
 この知見は、処理プロトコルの最適化に有用な情報を提供する。実用面での利点は、単回処理で十分な効果が得られることで、導入コストと労力の大幅な削減が可能になる点である。

オ 「あきたシャポン」と本研究における免疫学的去勢処理の比較
 本研究の採卵鶏雄雛への免疫学的去勢処理と、あきたシャポンの外科的去勢を比較すると、いくつかの重要な相違点と共通点が見られた。最も基本的な違いは、対象品種(採卵鶏か肉用鶏か)である。肉用鶏は元来、食肉生産に適した筋発達の特性を持つため、対象品種によって去勢効果の現れ方も異なる。あきたシャポンでは、筋肉内脂肪の増加や風味の深化が報告されているが、本研究の採卵鶏では、脂質含量の大幅な増加は確認されなかった。これは品種特性の違いに加え、飼育期間の差(あきたシャポン:210〜240日、本研究: 17週間=約120日)や飼育管理方法(特別な飼料の使用や運動制限の有無)の違いも影響していると考えられる。一方、共通点としては、テストステロン濃度低下による肉の色調変化(赤色度の減少)が観察された。この変化は、去勢処理の生理的影響を反映したものと考えられる。
 実用面では、免疫学的去勢処理は、外科的去勢と比較して、処置の簡便性、動物福祉面での優位性、死亡リスクの低減、産業規模への適応性などの利点を持つ。一方で、あきたシャポンで実現されている高い肉質特性は、品種特性に加え、長期飼育や特別飼料などの飼育管理技術によるところが大きいと考えられる。

4 養鶏産業振興に向けた展望

 本研究は、採卵鶏雄雛への免疫学的去勢処理が生産特性に及ぼす影響を科学的に検証した。得られた主な知見は、以下の通りである。

(1)成長への影響:テストステロン濃度が対照群の約30%まで低下したE群(4週齢処理群)においても、体重増加と飼料効率は対照群と同等に維持された。
(2)内分泌系への影響:免疫学的去勢処理、特に4週齢での処理は、テストステロン濃度と精巣発達に顕著な抑制効果を示した。17週齢でのテストステロン濃度の抑制と精巣重量の減少は、処理の生理学的影響を明確に示していた。
(3)行動特性の変化:活動量の低下と摂餌回数の増加など、行動パターンに部分的な変化が観察された。
(4)肉質および組織学的特性:筋肉発達や骨格形成に統計的な有意差は認められず、免疫学的去勢処理が基本的な成長を阻害しないことが示唆された。外側腸脛骨筋の明度や色(赤色度)の変化は、テストステロン濃度低下に伴う筋肉組成の変化を反映している可能性がある。
(5)飼料効率と経済的側面:免疫学的去勢処理を施したE群とB群では、飼料効率が向上した。これは、採卵鶏雄雛の経済的価値を高める可能性を示す。また、処理群で見られた摂餌行動の増加と活動量の低下は、エネルギー利用効率の向上につながり、飼料コスト削減と産業的実用性の向上に寄与する可能性がある。

 以上をまとめると、本研究は採卵鶏雄雛の経済的価値を探る上で重要な初期的知見を提供した。産業的な実用化を目指すためには、さらなる研究と検証が不可欠である。

5 今後の課題

 本研究で用いた免疫学的去勢製剤(インプロバック)は、豚を対象として承認された製品であり、鶏を対象とした免疫学的去勢製剤は現時点では存在しない。採卵鶏雄雛への実用化には、鶏を対象とした製剤の開発と動物用医薬品としての承認取得が不可欠であり、本研究で得られた科学的知見がその基盤となることを期待したい。
 また、外科的去勢と比較して、免疫学的去勢処理は高度な技術習得を必要とせず、処置に伴う損耗も少ない。本研究で示された飼料効率の向上と併せて、費用対効果の面でも優位性が期待され、採卵鶏雄雛の肉用利用を経営的に成立させる可能性がある。ただし、大量羽数に対応するための接種作業の効率化が今後の課題である。
 これらを克服することで、採卵鶏雄雛の有効活用が産業レベルで実現することを期待したい。

【参考文献】
E. de Haas, E. Oliemans, MAAM. van Gerwen
The need for an alternative to culling day-old male layer chicks: a survey on awareness, alternatives, and the willingness to pay for alternatives in a selected population of Dutch citizens
Front. Vet. Sci., 8 (2021), Article 662197