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話題 畜産の情報 2026年7月号

高品質なウシ体外受精卵の増産に向けて

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国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
畜産研究部門 家畜繁殖管理研究領域 受精卵生産グループ
研究員 伊丹 暢彦
主任研究員 平尾 雄二
グループ長 赤木 悟史

1 はじめに

 世界的に和牛肉の需要が高まる中、2025年における日本の牛肉輸出額は731億円に達しました(1)。しかし、政府は2030年の牛肉輸出目標額を1132億円としており(2)、和牛をより効率的に生産するための技術開発が求められています。体外受精卵移植とは、ウシの卵巣から取り出した卵子に対して体外受精を行い、培養後の受精卵を雌ウシに移植して子牛を得る技術です。人工授精で黒毛和種を生産するためには黒毛和種の雌に種付けをする必要がありますが、体外受精卵移植では、黒毛和種の卵子と精子から作った受精卵を用いるため、受卵牛の品種を選ばずに黒毛和種を生産できます(図1)。
 しかし、体外受精卵移植の受胎率は約40%と、人工授精(約50%)の場合に比べてやや低いことが(3)技術の普及拡大に向けた課題となっています(図2)。体外受精卵移植の受胎率が向上すれば、少ない回数の移植で子牛を生産することができるため、コスト削減や資源の有効利用にもつながります。
 


 
 受精卵移植の受胎率には、移植に用いる体外受精卵の品質が直結しています。過去の報告では、培養過程における複数の指標を満たす「高品質受精卵」は、移植後に約70%の受胎率を期待できることが示されています(4, 5)。受精卵は移植可能な段階になるまで、体外受精後6〜8日間培養する必要があるため、この培養環境を改良することが高品質受精卵の増産につながると考えられます。

2 非必須アミノ酸に着目した培養液の改良

 体外受精卵の培養に用いる培養液は、体外受精が初めて成功して以来、添加物の濃度調整や新規添加物の探索などにより改良が重ねられてきました。
 本研究では、「非必須アミノ酸」に注目しました。非必須アミノ酸は動物が体内で合成可能なアミノ酸であり、主に11種類が知られています。そのうちウシの受精卵培養に用いられるのはアラニン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、プロリン、セリンの8種類です。このうち、グルタミンは受精卵培養に必須であることが知られています。他の7種類の非必須アミノ酸は、一般的な受精卵培養液には同一濃度(0.1ミリモル〈mM〉)で添加されています(6)。しかし、この濃度は体細胞培養を基準として設定されたものであり、ウシの高品質受精卵の作出において、それぞれの非必須アミノ酸の必要性や最適濃度が及ぼす影響は知られていませんでした。そこで、これら7種類の非必須アミノ酸がウシ体外受精卵培養において必要かどうかを検討しました。
 まず、7種類すべてを添加した培養液を対照区とし、各アミノ酸を1種類ずつ非添加とした培養液を7種類作製して(表)、受精卵の分割速度や形態の指標を満たした高品質受精卵の作出効率を比較しました。その結果、多くの非必須アミノ酸では、非添加とすることで高品質受精卵の生産効率が向上することが分かりました(図3)。特にアラニンを非添加とした培養液では、顕著な改善が見られました。さらに解析を行ったところ、アラニンは体外受精直後の前核形成に対して抑制的に作用しており、これが受精卵の発生速度を遅らせ、高品質受精卵の作出効率を低下させていることが示唆されました。
 


3 生産効率が低下したセリン濃度の最適化

 非添加とすることで、高品質受精卵の生産効率が低下した非必須アミノ酸もありました。そのうちの一つであるセリンについて、その適切な添加濃度の検討を行いました。セリン0.1mM添加区を対照区とした際に、1mM添加区において高品質受精卵の生産効率が有意に向上していました(図4)。この効果は、主に培養後半において見られました。また、セリンの代謝阻害剤を添加することで、培養後半の発生が顕著に阻害されたことからも、セリンがこの時期に重要な役割を果たすことが裏付けられました(図5)。加えて、受精卵培養の後半ではDNAメチル化という現象が重要です(7)。セリンはメチル基の供給に関わることが知られており、セリンの10倍濃度での添加が、正常なDNAメチル化に寄与している可能性が示唆されました。




 

4 改良培養液の効果

 前述の結果から、
 ・培養前半:アラニンを非添加
 ・培養後半:セリンを1mMで添加
 という条件を組み合わせることで、従来法では6.4%であった高品質受精卵の作出効率が29.2%まで向上しました(図5)。さらに、移植可能な受精卵のうちの高品質受精卵の割合も増加したため、培養過程で選抜を行わなくても高品質受精卵を高効率で利用することができます。本技術により、高品質受精卵の選抜に要する労力の低減や、移植回数の削減が期待され、受精卵生産や家畜生産の現場における作業効率の向上につながると考えられます。本研究は、非必須アミノ酸を一律に扱う従来の培養条件を見直し、それぞれの役割を個別に評価した点に特徴があります。

5 今後の展望

 今後は開発した培養液の製品化に取り組み、受精卵生産現場にこの技術を普及させることが目標です。現在のウシ生産に占める体外受精卵移植の割合は10%以下であり、改良速度の向上や黒毛和種の増頭といった受精卵移植の特徴を大きく生かすことができていません。高品質受精卵の増産により受胎率が向上することで、体外受精卵移植の普及拡大に貢献できると考えています。また、高品質受精卵の作出には、体外受精以前の卵子の質も鍵になっていることが分かりつつあります。これからは、卵子培養系の改良も重点的に行うことで、より効率的に高品質受精卵を獲得できるようになると考えています。
 本稿は著者らの論文や報告書(8-10)をもとに執筆しました。
 
参考文献
1. 2025年の農林水産物・食品の輸出実績(令和8年2月3日)
2. 農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略(令和7年5月改訂)
3. 濱野晴三. 全国規模の受胎率調査〜令和4および5年次の延べ頭数受胎率. 2026. 畜産技術. 848: 52-55.
4. Sugimura S, Akai T, Hashiyada Y, Somfai T, Inaba Y, Hirayama M, Yamanouchi T, Matsuda H, Kobayashi S, Aikawa Y, Ohtake M, Kobayashi E, Konishi K, Imai K. Promising system for selecting healthy in vitro-fertilized embryos in cattle. 2012. PLoS One. 7: e36627.
5. 今井敬, 杉村智史, 松田秀雄, 稲葉泰志, 橋谷田豊. 受胎性の高いウシ体外受精胚の選別指標とその方法. 2015. 日本胚移植学雑誌. 36: 37-41.
6. Speckhart SL, Wooldridge LK, Ealy AD. An updated protocol for in vitro bovine embryo production. 2023. STAR Protoc. 17: 101924.
7. Golding MC, Williamson GL, Stroud TK, Westhusin ME, Long CR. Examination of DNA methyltransferase expression in cloned embryos reveals an essential role for Dnmt1 in bovine development. 2011. Mol Reprod Dev. 78: 306-317.
8. Itami N, Akagi S, Hirao Y. Excluding alanine from minimum essential medium (MEM) nonessential amino acid supplementation of the culture medium facilitates post-fertilization events and early cleavages of bovine oocytes fertilized in vitro. 2024. J Reprod Dev. 70: 223-228.
9. Itami N, Hirao Y. Supplementation with serine-enriched non-essential amino acids from minimum essential medium promotes blastocyst development of in vitro-fertilized bovine embryos. 2025. J Reprod Dev. 71: 55-61.
10. 伊丹暢彦, 平尾雄二. 非必須アミノ酸濃度の改変による高受胎性が担保されたウシ体外受精卵培養液の開発. 2024. 伊藤記念財団 令和5年度 食肉に関する助成研究調査成果報告書. 42: 227-232.
 
【プロフィール】
伊丹 暢彦(いたみ のぶひこ)
 
2019年3月 東京農業大学大学院農学研究科博士後期課程修了 博士(畜産学)
2019年4月〜2022年3月 理化学研究所バイオリソース研究センター 訪問研究員
2019年4月〜2022年3月 学術振興会特別研究員 PD
2022年4月〜2025年3月 農業・食品産業技術総合研究機構畜産研究部門 任期付研究員
2025年4月〜現在 農業・食品産業技術総合研究機構畜産研究部門 研究員