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調査・報告 遠隔診療 畜産の情報 2026年8月号

スマート畜産の一翼を担う産業動物獣医療における遠隔診療体制の構築に向けた調査

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日本大学生物資源科学部獣医学科 特任教授 堀北 哲也

【要約】

 産業動物獣医療は畜産業や社会を支えるインフラであり、遠隔診療は獣医療を提供するツールの一つである。本調査研究では、遠隔診療の必要性や問題点について、聞き取り調査を19都道府県の畜産関係者130人を対象に実施した。そのうち81.9%の人が遠隔診療は必要であるとしたが、導入には技術的、心理的、制度的課題があった。実際に遠隔診療を実践して判明した課題は、産業動物獣医師に支払われる診療費の安さなどであった。また、人工知能(AI)による電子カルテの音声入力システムを開発したところ、診療後に音声入力でSOAP(主観的情報〈S〉、客観的情報〈O〉、評価・診断〈A〉、診療計画〈P〉)分類によるカルテを作成することが可能となった。遠隔診療は、産業動物獣医療にとって必要な手段であるが、その導入には課題も多く、引き続き課題解決に向けた努力が必要である。

1 はじめに〜産業動物獣医療はインフラである〜

 産業動物獣医療は、畜産業や社会を支えるインフラである。インフラとは、産業や人々の生活を支える基盤となる設備やサービスをいう。産業動物獣医療は単に家畜の疾病を治療し予防するだけではなく、その行為を通じて畜産という産業を支え、畜産によって暮らしを立てている人々の生活や、畜産物の供給を享受している人々の命や満足感をも支えるサービスである。獣医療の機能や役割は、まさにインフラであると言える。
 畜産農家にとって、その収益性向上や所得確保には家畜の疾病予防や治療は不可欠であり、獣医療を提供する産業動物獣医師(以下「獣医師」という)の存在は必須である。しかし、近年、獣医師不足や畜産農家の減少と点在化、家畜診療所の統廃合により、獣医療供給体制が脆弱化している。すなわち、往診距離の延長により移動時間が増大し、獣医療の提供に支障を来している。農林水産省は近年、この問題を解決するために遠隔診療を推進しており(白尾2022、岩田2025)、家畜共済制度も遠隔診療を給付基準に取り入れた。遠隔診療は、社会のインフラである獣医療を安定的に提供するための有益なツールであると考える。
 しかし、産業動物獣医療における遠隔診療の導入が順調に進んでいるとは言い難い。また、導入したとしても、それが順調に運用されているとは限らない(堀北2024)。遠隔診療を普及させるためには、産業動物獣医療の遠隔診療の現況、遠隔診療の必要性、遠隔診療を実施する際の問題点、畜産農家・獣医師・畜産関係者の考えなどを明らかにする必要がある。そこで、本調査研究は、畜産農家、獣医師および畜産関係者を対象に、遠隔診療の現状、必要性および問題点を把握することを目的にとして実施した。
 また、本調査研究では、産業動物臨床獣医師である筆者が、離島の酪農家の実際の症例に対して遠隔診療を実践し、遠隔診療の課題について具体的に明らかにすることを試みた。この酪農家は家畜共済に加入しているため、遠隔診療の診療費は家畜共済の病傷給付を受け、遠隔診療を実施した際の診療に要する時間や獣医師の収入がどの程度になるか検証した。
 さらに、遠隔診療は獣医師の診療業務の効率化を目的の一つとして導入されつつあるが、診療業務を効率化するためには、電子カルテシステムの導入など、診療業務のスマート化は不可欠である。電子カルテシステムは、各地の診療所で導入されつつあるが、入力作業が負担となっている。そこで、カルテの必要情報を音声入力することができれば、獣医師のカルテ入力業務が軽減され、畜産農家のための診療の時間を増やすことができる。例えば、スマートフォン(スマホ)のアプリとしてインストールされた電子カルテシステムに、診療後に診療内容を口述するだけで電子カルテが作成できたり、診療中の会話から症例に関する症状や治療などの情報が抽出・要約されて自動的に電子カルテを作成できたりする機能があれば、診療業務の効率化に大いに資するものになる。音声入力機能を持つ電子カルテシステムはすでに上市され、利用されているが、専門用語の正確な漢字変換、稟告りんこく・症状・治療などに関する音声内容が整理された記述などは不十分である。そこで本調査研究では、実用に耐え得る人工知能(AI)による獣医療の音声入力システムの開発を試みた。

 以上より、本調査研究では、次の三つを実施した。
1) 畜産農家、獣医師および畜産関係者を調査し、遠隔診療の現状、必要性および問題点について明らかにすること。
2) 筆者自身が遠隔診療体制を構築して遠隔診療を実践することで、その課題を明らかにすること。
3) AIによる電子カルテへの音声入力システムを開発すること。

2 畜産農家および産業動物獣医師における遠隔診療の現状と必要性

(1)調査対象

 2025年7月から2026年3月の間に、19都道府県における獣医師49人(平均年齢47.9歳、25〜66歳)、畜産農家67人(同50.5歳、23〜79歳)および畜産関係者14人(同51.3歳、41〜68歳)の合計130人(同49.6歳、23〜79歳)を対象に、遠隔診療の現状、必要性および問題点について、対面にて聞き取り取材した。なお、本調査研究の対象とした遠隔診療は、獣医師間の遠隔診療(V to V)ではなく、獣医師と畜産農家間の遠隔診療(V to F)のみとした。
 調査対象地域を、離島、本土のへき地、都市酪農地帯などで選定した結果、調査対象者の居住地域は、北海道9人、東北・北陸7人、関東・東海31人、近畿9人、中国7人、四国28人、九州26人および沖縄13人であった(表1)。また、本土(北海道、本州、四国、九州、沖縄)70人および離島60人であった。離島は、1次離島が奄美大島(鹿児島県)18人、八丈島(東京都)10人、小豆島(香川県)8人、伊是名いぜな島(沖縄県)3人、江田島(広島県)2人、島(香川県)2人、前島(岡山県)1人、興居こご島(愛媛県)1人および伊江島(沖縄県)1人、2次離島が青ヶ島(東京都)5人、加計呂麻かけろま島(鹿児島県)4人、うけ島(鹿児島県)2人、小豊おで島(香川県)2人および与路よろ島(鹿児島県)1人であった(表2)。なお、1次離島とは、本土から一回の交通機関利用で渡れる島、2次離島とは本土からは直接入島できず、1次離島経由でないと渡れない島をいう。今回調査した2次離島は、青ヶ島は八丈島から、加計呂麻島・請島・与路島は奄美大島から、小豊島は小豆島から入島した。
 畜産農家の経営形態は、和牛繁殖農家32人、酪農家22人、和牛肥育農家7人、和牛一貫経営2人、乳肉複合経営1人、養豚農家2人および養鶏農家1人の合計67人であった(表3)。また、獣医師の所属は、農業共済組合(NOSAI)19人、家畜保健衛生所(家保)16人、開業10人および農協など4人の合計49人であった。なお、家畜保健衛生所の獣医師のうち2県4人は、診療業務も行っていた。畜産関係者は市町村役場の職員5人、農協職員4人、普及員2人、家保やNOSAIの事務職員およびその他3人の合計14人であった(表4)。
 












 
 

(2)遠隔診療の実施状況

 電話相談レベルも遠隔診療に含めるとして遠隔診療の実施状況を聞き取ったところ、獣医師の88.9%(45人中40人)、畜産農家の61.5%(65人中40人)が経験者であった。遠隔診療の1カ月当たりの平均回数および標準偏差は、獣医師が11.1±10.5回(n=22)、畜産農家が3.1±2.1回(n=16)であったが、中央値(最小値〜最大値)は、獣医師が4回(0.5〜30回)、畜産農家が2.5回(0.5〜6回)であったことから、各人によって利用回数には差があった。頻繁に実施する人はかなりの頻度で遠隔診療を利用するが、その人数は多くなかった。
 主な相談および診療内容は、子牛に関するものが最も多く、その症例は下痢、呼吸器疾患、発熱、臍帯さいたい炎、元気消失などであった。成牛では、蹄病(跛行はこう)、乳房炎、急性鼓脹こちょう症、食欲不振、外傷の予後判断などとなっていた。また、繁殖や分娩関連として、破水後の対応、難産、産後の低カルシウム血症、起立不能症、子宮脱の応急処置などがあった。これらの症例に対して行われている遠隔診療の具体的な内容は、畜産農家を定期的に訪問し、常に飼育動物群の状況を把握している、いわゆる「かかりつけの獣医師」が、往診のトリアージ(優先順位付け)として、「今すぐ行くべきか」、「明日まで様子を見てよいか」を判断したり、農家による処置を指導したり、その獣医師が到着するまでの応急処置を農家に指示したり、予見薬の投与や注射を指示するなどの事例があった。使用ツールにおけるコミュニケーション手段としては、電話による音声のみの診療では、軽症であれ重症であれ、画像が不要な診療が一般的であった。また、スマホで撮影した画像や動画を用いて、蹄病や外傷の患部の状態、子牛の動き、便の性状を共有する例もあった。
 

(3)遠隔診療の必要性

 遠隔診療の必要性については、獣医師の95.8%(48人中46人)、畜産農家の73.1%(67人中49人)、畜産関係者の75.0%(12人中9人)および全体の81.9%(127人中104人)が必要性ありと回答し、特に獣医師の賛同割合が高く、多くの獣医師が遠隔診療の必要性を認識していた。なぜ必要かを問うたところ、主な理由は以下の五つに集約できた。

ア 往診の「トリアージ」と効率化
(ア)緊急性の判断:「今すぐ行くべきか、明日でいいか」を画像や動画で事前に判断するため。
(イ)診療時間の短縮:現場へ行く前に状況を把握することで、準備を整え、現地での診療の効率化を図るため。
(ウ)獣医師の負担軽減:特に夜間や休日、人手不足の中で、すべての現場に急行するのは物理的に困難であるため。

イ 農家による「早期対応・応急処置」の指示
(ア)獣医師が到着するまでのタイムラグを埋める、応急処置の指示:獣医師が到着するまでの間、農家に適切な処置(注射、経口投与、炎症部位の冷却、清潔保持など)を指示し、重症化を防ぐため。
(イ)予見薬の有効活用:農場にある薬をいつ、どのタイミングで使うべきか、農家が獣医師の判断を仰ぐため。

ウ 物理的・地理的制約の克服
(ア)遠隔地・離島への対応:往診に数時間かかる場所や、離島のようにすぐに駆けつけられない地理的制約があるため。
(イ)多忙な診療スケジュール:診療所から遠い農家や、診療件数が重なった際のバックアップ手段として利用するため。

エ 教育・コンサルティングと精度向上
(ア)スタッフ教育:従業員や若手スタッフに対し、映像を見ながらリアルタイムで手技や判断を教えるため。
(イ)専門知見の導入:現場の獣医師だけでは判断が難しい症例を、遠方の専門医に相談して治療精度を高めるため。
(ウ)定期的な健康管理:具合が悪くなる前の「ちょっとした相談」のハードルを下げ、疾病予防につなげるため。

オ 防疫(バイオセキュリティ)上の配慮
感染症の拡大防止:高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)などの疑いがある際、むやみに農場に立ち入らず、まずは映像で状況を確認し、行政への報告や封じ込めを迅速に行うため。

以上より、遠隔診療の必要性は、「遠隔診療だけで完結させる」ことよりも、「対面診療をより効果的・迅速に行うための強力な補助手段」として必要とされていることがうかがえた。

3 遠隔診療体制の構築および遠隔診療の問題点について

 1次離島の酪農家1戸および関東・東海地方の酪農家5戸と遠隔診療体制を構築し、遠隔診療を実施した。1次離島の酪農家については、家畜共済制度の病傷給付を基に、1症例当たりおよび診療1回当たりの診療費について検討した。その結果、調査期間中に実施した遠隔診療は28症例で、診療費は1症例当たり平均8130円と安価であった。診療回数は合計102回で、1回当たりの平均診療費は2070円と極めて安価であった。診療費の算出基準である病傷給付基準は令和8年度4月に改訂され、新基準での診療費はこの金額よりは上昇した。しかしなお、現行の家畜共済制度の遠隔診療では技術料が徴収できないため獣医師の収益性が低く、受益者負担の原則に基づいた畜産農家による費用負担の検討が必要である。しかし、畜産農家の慢性的な収支悪化や地方・離島の産業振興および地域振興を畜産業が担う側面も踏まえると、地域や産業を支えるインフラとして獣医療を位置付け、遠隔診療への公的な支援体制を構築することの重要性が示唆された。
 また、家畜共済における病傷給付基準では、遠隔診療費が給付される場合は「家畜の画像を確認」することとなっており、電話による口頭のみの対応では、遠隔診療費は給付されない。しかし、口頭でも十分に診療が機能する場合も多かった。また、専門家である獣医師が専門的な助言を行っている「時間の価値」が何ら評価されないのも、解決すべき課題であると考える。

4 AIによる電子カルテへの音声入力システムの開発について

 産業動物獣医療では、移動を伴う時間制約の厳しい環境下で診療が行われることが多く、このことが遠隔診療を導入する大きな要因になっている。しかし、遠隔診療で移動時間が短くなっても、カルテの作成は必要であることから、これが獣医師にとって重い業務負担となっている。AIによる記録支援は、業務の簡素化に寄与し得る一方で、不適切な臨床推論が混入したり、獣医師個人それぞれの記載方法や表現の「くせ」とうまく整合しなかったりといった課題が指摘されている。そこで、AIが自律的な診断や治療提案を行わず、必ず獣医師による確認を前提とする会話ベースのSOAP形式(注)カルテ生成システムを作成し、その有効性を評価した。併せて、獣医師のフィードバックを基に記載構造や表現傾向を段階的に調整する仕組みを実装し、その効果が他の症例にも適用されるかを定量的に検証した。
 牛の診療30症例を対象として、評価期間中、日次でAI出力に対するフィードバックを行い、その内容をその後の症例に反映することで、記載様式の変化と適応の広がりを検証した。評価指標として、SOAPの網羅性・形式・安全性の5段階評価による総合スコア、獣医師がAI生成カルテを確認・修正するために要した編集時間、修正量、SOAP各項目の充足率と文字数に基づく情報量密度を計測し、手書きカルテとの比較を行った。その結果、編集時間の中央値は593.5秒から222.0秒へ短縮され、生成後の編集負荷は62.6%低減した。総合スコアの中央値は3.0で維持され、業務の効率改善と記録品質の維持が示唆された。AI生成カルテは全症例でSOAPの4項目すべてが記載され、手書きカルテと比較しても遜色のない臨床情報が一貫して維持された。獣医師が介在してフィードバックすることにより、AI支援型SOAP生成は獣医師個別の記載方法に適応しつつ、その効果が他症例にも広がることが定量的に示された。本手法は、牛の診療現場において、移動する診療車の中で診療内容を口述するだけでカルテ化でき、診療業務の合理化と品質維持の両立に寄与する可能性がある。

(注)診療の情報をS(Subjective:生産者の稟告などの主観的情報)、O(Objective:診察や検査による客観的情報)、A(Assessment:診断など)、P(Plan:診療計画、今後の方針など)に分類し記述する方式

5 おわりに

 今回、遠隔診療に関する調査のため全国各地を訪問した。この調査を通じて特に印象に残っていることは、どのような離島であれ、へき地であれ、交通渋滞の激しい都市部であれ、何とか獣医療体制を提供しようとしている獣医師や関係機関の存在である。その提供体制の一つのツールとして、遠隔診療は利用程度の濃淡はあるものの各地で取り入れられつつあった。畜産農家の少数化や点在化により民間団体であるNOSAIの家畜診療所経営が成り立たない地域では、行政組織の家畜保健衛生所(家保)が獣医療体制を提供している。今回訪問した家保では、管内でHPAIが発生し、その防疫業務に追われる中でも、毎日の診療業務は維持していた。また別の地域では、家保を辞めて開業し、地域の畜産を支えている獣医師もいた。
 産業動物獣医療はインフラである。獣医療は、畜産業、地域経済、人々の暮らし、そして国民の食を支えるためになくてはならないものである。このインフラである産業動物獣医療を提供するためには、遠隔診療の利用に加えて、関係機関や関係者の努力や負担だけではなく、国や自治体をあげての、ひいては国民の支援が必要であると強く感じた。

【参考文献】
白尾紘司、家畜の遠隔診療について、日獣会誌、75、508-521、2022.
岩田啓、産業動物診療における遠隔診療の現状、日獣会誌、78、86-91、2025.
堀北哲也、産業動物獣医療における遠隔診療の現状と課題、日獣会誌、77、265-274、2024.