(1)調査対象
2025年7月から2026年3月の間に、19都道府県における獣医師49人(平均年齢47.9歳、25〜66歳)、畜産農家67人(同50.5歳、23〜79歳)および畜産関係者14人(同51.3歳、41〜68歳)の合計130人(同49.6歳、23〜79歳)を対象に、遠隔診療の現状、必要性および問題点について、対面にて聞き取り取材した。なお、本調査研究の対象とした遠隔診療は、獣医師間の遠隔診療(V to V)ではなく、獣医師と畜産農家間の遠隔診療(V to F)のみとした。
調査対象地域を、離島、本土のへき地、都市酪農地帯などで選定した結果、調査対象者の居住地域は、北海道9人、東北・北陸7人、関東・東海31人、近畿9人、中国7人、四国28人、九州26人および沖縄13人であった(表1)。また、本土(北海道、本州、四国、九州、沖縄)70人および離島60人であった。離島は、1次離島が奄美大島(鹿児島県)18人、八丈島(東京都)10人、小豆島(香川県)8人、
伊是名島(沖縄県)3人、江田島(広島県)2人、
豊島(香川県)2人、前島(岡山県)1人、
興居島(愛媛県)1人および伊江島(沖縄県)1人、2次離島が青ヶ島(東京都)5人、
加計呂麻島(鹿児島県)4人、
請島(鹿児島県)2人、
小豊島(香川県)2人および
与路島(鹿児島県)1人であった(表2)。なお、1次離島とは、本土から一回の交通機関利用で渡れる島、2次離島とは本土からは直接入島できず、1次離島経由でないと渡れない島をいう。今回調査した2次離島は、青ヶ島は八丈島から、加計呂麻島・請島・与路島は奄美大島から、小豊島は小豆島から入島した。
畜産農家の経営形態は、和牛繁殖農家32人、酪農家22人、和牛肥育農家7人、和牛一貫経営2人、乳肉複合経営1人、養豚農家2人および養鶏農家1人の合計67人であった(表3)。また、獣医師の所属は、農業共済組合(NOSAI)19人、家畜保健衛生所(家保)16人、開業10人および農協など4人の合計49人であった。なお、家畜保健衛生所の獣医師のうち2県4人は、診療業務も行っていた。畜産関係者は市町村役場の職員5人、農協職員4人、普及員2人、家保やNOSAIの事務職員およびその他3人の合計14人であった(表4)。
(2)遠隔診療の実施状況
電話相談レベルも遠隔診療に含めるとして遠隔診療の実施状況を聞き取ったところ、獣医師の88.9%(45人中40人)、畜産農家の61.5%(65人中40人)が経験者であった。遠隔診療の1カ月当たりの平均回数および標準偏差は、獣医師が11.1±10.5回(n=22)、畜産農家が3.1±2.1回(n=16)であったが、中央値(最小値〜最大値)は、獣医師が4回(0.5〜30回)、畜産農家が2.5回(0.5〜6回)であったことから、各人によって利用回数には差があった。頻繁に実施する人はかなりの頻度で遠隔診療を利用するが、その人数は多くなかった。
主な相談および診療内容は、子牛に関するものが最も多く、その症例は下痢、呼吸器疾患、発熱、
臍帯炎、元気消失などであった。成牛では、蹄病(
跛行)、乳房炎、急性
鼓脹症、食欲不振、外傷の予後判断などとなっていた。また、繁殖や分娩関連として、破水後の対応、難産、産後の低カルシウム血症、起立不能症、子宮脱の応急処置などがあった。これらの症例に対して行われている遠隔診療の具体的な内容は、畜産農家を定期的に訪問し、常に飼育動物群の状況を把握している、いわゆる「かかりつけの獣医師」が、往診のトリアージ(優先順位付け)として、「今すぐ行くべきか」、「明日まで様子を見てよいか」を判断したり、農家による処置を指導したり、その獣医師が到着するまでの応急処置を農家に指示したり、予見薬の投与や注射を指示するなどの事例があった。使用ツールにおけるコミュニケーション手段としては、電話による音声のみの診療では、軽症であれ重症であれ、画像が不要な診療が一般的であった。また、スマホで撮影した画像や動画を用いて、蹄病や外傷の患部の状態、子牛の動き、便の性状を共有する例もあった。
(3)遠隔診療の必要性
遠隔診療の必要性については、獣医師の95.8%(48人中46人)、畜産農家の73.1%(67人中49人)、畜産関係者の75.0%(12人中9人)および全体の81.9%(127人中104人)が必要性ありと回答し、特に獣医師の賛同割合が高く、多くの獣医師が遠隔診療の必要性を認識していた。なぜ必要かを問うたところ、主な理由は以下の五つに集約できた。
ア 往診の「トリアージ」と効率化
(ア)緊急性の判断:「今すぐ行くべきか、明日でいいか」を画像や動画で事前に判断するため。
(イ)診療時間の短縮:現場へ行く前に状況を把握することで、準備を整え、現地での診療の効率化を図るため。
(ウ)獣医師の負担軽減:特に夜間や休日、人手不足の中で、すべての現場に急行するのは物理的に困難であるため。
イ 農家による「早期対応・応急処置」の指示
(ア)獣医師が到着するまでのタイムラグを埋める、応急処置の指示:獣医師が到着するまでの間、農家に適切な処置(注射、経口投与、炎症部位の冷却、清潔保持など)を指示し、重症化を防ぐため。
(イ)予見薬の有効活用:農場にある薬をいつ、どのタイミングで使うべきか、農家が獣医師の判断を仰ぐため。
ウ 物理的・地理的制約の克服
(ア)遠隔地・離島への対応:往診に数時間かかる場所や、離島のようにすぐに駆けつけられない地理的制約があるため。
(イ)多忙な診療スケジュール:診療所から遠い農家や、診療件数が重なった際のバックアップ手段として利用するため。
エ 教育・コンサルティングと精度向上
(ア)スタッフ教育:従業員や若手スタッフに対し、映像を見ながらリアルタイムで手技や判断を教えるため。
(イ)専門知見の導入:現場の獣医師だけでは判断が難しい症例を、遠方の専門医に相談して治療精度を高めるため。
(ウ)定期的な健康管理:具合が悪くなる前の「ちょっとした相談」のハードルを下げ、疾病予防につなげるため。
オ 防疫(バイオセキュリティ)上の配慮
感染症の拡大防止:高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)などの疑いがある際、むやみに農場に立ち入らず、まずは映像で状況を確認し、行政への報告や封じ込めを迅速に行うため。
以上より、遠隔診療の必要性は、「遠隔診療だけで完結させる」ことよりも、「対面診療をより効果的・迅速に行うための強力な補助手段」として必要とされていることがうかがえた。