(1)労働力不足の構造と実態
豪州の農業労働力をめぐる課題は、単純な人材供給不足だけではなく、労働人口の偏在や担い手の高齢化、求められる高度技能への対応、さらに労働需要の季節的変動といった複合的な要因から構成されている。そのため、課題の実態を把握するには、各要因を区別して整理する必要がある。
最初に国内農業従事者数の推移を見ると、2000年をピークに減少傾向で推移しており、26年2月時点では24万5900人(00年比36.1%減)と推定されている。このうち、穀物や肉用牛など広域土地利用型農業
(注3)の従事者が最も多い一方で、酪農および果実・ナッツ類の従事者は減少幅が特に大きくなっている(図1)。
(注3)広い土地を使って行う大規模で粗放的な農業。小麦栽培や羊・肉用牛の放牧が代表的な広域土地利用型農業とされている。
また、農林水産業事業体数の推移を見ても、06/07年度以降は廃業数が新規参入数を上回る傾向が続き、24/25年度時点で17万2354社と過去最低水準となっている(図2)。
これらの変化は、農業の効率化・省力化の進展に伴う経営形態の変化と捉えることもできる。実際に酪農経営は大規模化が進み、1戸当たりの飼養頭数が増加傾向で推移していることが報告されている
(注4)。一方、農業全体の従業員規模別の事業体数の推移を見ると、必ずしも規模の大きい事業体は増えてはおらず、24/25年度は約4分の3が従業員のいない事業体となっている(図3)。
(注4)詳細は『畜産の情報』2026年3月号「豪州の酪農・乳業の変遷と業界の適応戦略:生産性向上の道筋」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_004109.html)をご参照ください。
大規模化の進展は部門によって濃淡があると考えられるが、農畜産物の生産量の推移を見ると、品目間のトレードオフがあるものの、全体の生産量が縮小する局面には至っていない(表1)。このことからも、労働力の減少は、大規模化によらない生産性の向上により、一定程度補完されているものと考えられる。
続いて、農業経営構造および部門別動向について整理する。豪州の第一次産業を代表する業界団体である全国農民連盟(NFF)は、同国の農業経営体の99%以上が国内資本であり、その大半が家族経営
(注5)であるとの見解を示している。家族経営にはさまざまな形態が存在するが、肉用牛経営では、家族労働者のみで事業運営する伝統的な経営体が依然として多く見られる一方、酪農や野菜経営では、大規模化に伴う雇用労働者の増加が見られる(図4)。
(注5)豪州における家族経営とは、土地や家畜を家族が所有し、経営の意思決定も家族が担う事業体を指し、法人格の有無によって区別されていない。そのため、会社形態であっても、上記を満たしていれば家族経営と見なされる。
この傾向は、各農業部門をシステム別に整理するとより明確になる。広域土地利用型は、農業従事者の約25%を家族労働者が占め、会社形態でも従業員を雇用しない経営体が一定数存在することから、後継者確保や円滑な事業継承が労働力の課題の論点となりやすい。一方、労働・資本集約型は、労働力の約7割が雇用労働者で構成されることから、雇用人材の安定確保が論点の中心となる(図5)。
また、担い手の高齢化は広域土地利用型農業、特に肉用牛経営で顕著に見られ、経営者の年齢中央値は61歳と、各農業部門の中で最も高い(図6)。これは、土地や家畜などの資産価値の高さによる参入障壁に加え、多くの経営者が一般的に退職する年齢(60歳)を超えて就業を継続していることが一因とされている。
これに対して、労働・資本集約型の園芸部門は、収穫時期の外国人労働者と国内の季節労働者への依存が課題となっている。豪州農業資源経済科学局(ABARES)の調査によると、21/22年度時点で園芸部門労働者のうち約2割が外国人労働者と推定されており、20年のCOVID-19拡大時には、外国人労働者の渡航が制限されたことで、人材供給の脆弱性が浮き彫りとなった
(注6)。政府はCOVID-19の影響で生じた労働力不足を補うための特例ビザであるパンデミックビザの運用や太平洋豪州労働力移動計画(PALM)(注7)の改善により対応を進めたが、依然として構造的な課題とされている。
(注6)詳細は『野菜情報』2023年12月号「豪州およびニュージーランドの労働力不足への対応 〜コロナ禍における園芸部門での対策を中心に〜」(https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/kaigaijoho/2312_kaigaijoho1.html)をご参照ください。
(注7)太平洋島しょ国9カ国および東ティモールからODAの一環として、労働者を雇用するための豪州連邦政府が管理するスキーム。
これらの背景を踏まえ、農業分野の総雇用機会数(雇用数+求人数)に対する欠員率の推移を見ると、季節的変動は見られるものの、全産業と比較して人材不足が悪化している状況にはないと考えられる(図7)。
一方、地域的な偏在や特定技能に対する不足が生じている可能性はある。チャールズ・スタート大学
(注8)の試算によると、農業サービスなどの関連業種を含めた農業労働市場では、21年時点で農業関連の学位取得者1人に対する求人数が6件で、特にアグリビジネス系の分野で供給が需要に追い付いていないと分析している(図8)。
(注8)豪州ニューサウスウェールズ(NSW)州に所在する公立大学。大規模な実習農場を保有し、評価の高い農学分野の教育コースを提供するなど、農業分野の教育・人材供給において主要な役割を担う大学の一つとされている。
また、ジョブズ&スキルズ・オーストラリア(JSA:Jobs and Skills Australia)
(注9)が公表する「人材不足職種リスト」によると、25年時点で各部門の農場経営者は同リストに掲載されていないが、農業コンサルタントや農業機械オペレーターといった特定の技能が必要な関連サービス業は、全国的に人材が不足していると評価されている(表2)。
(注9)豪州連邦政府の独立機関であり、労働市場の需給状況や将来のスキルニーズを調査・分析し、雇用・教育訓練政策の立案を支援する役割を担っている。
まとめると、1)広域土地利用型農業における後継者育成および円滑な事業承継、2)労働・資本集約型農業における外国人労働者を含む雇用人材の安定確保、3)農業を支える高度技能人材の不足−が豪州の農業労働力の課題と考えられる。次節では、これらの課題に対する政府の対応について整理する。
(2)豪州政府の労働力確保に向けた取り組み
現在展開されている農業労働力政策の出発点は、2020年12月に国家農業労働諮問委員会が発表した提言文書「国家農業労働力戦略〜卓越性の追求〜」が基となっている。同委員会の37の提言を踏まえ、豪州農林水産省(DAFF)は、21年12月に政府応答文書を発表し、その中で21世紀の農業人材の確保に向け、農業を近代化された魅力ある産業として認知させていくことや、研修・教育部門との連携強化による高度人材の育成を進めていくことなど、今後取るべき対応を取りまとめている(図9)。
そして、21/22年度連邦予算案の中で、農業労働力確保に関連する大型の新規予算パッケージとして、24/25年度までの4年間で2980万豪ドル(33億8409万円)が措置された。その後、同予算群は予算額の増減や期間の延長、新規支援策の追加などにより変化しているものの、これらの取り組みは現在の農業労働力政策の柱となっている(表3)。
その中でも、新たな国内人材の就業支援プログラムであるアグキャリアスタート(以下「AgC」という)は、象徴的な取り組みとして位置付けられている。AgCは、18〜25歳の若年層を対象に、約1年間の農場就業体験を提供し、農業・アグリビジネス分野への就業促進を図るプログラムとなっている。参加者は受入事業者の従業員として雇用され、賃金は受入事業者が負担する仕組みであり、政府資金は直接充当されない。同資金は、参加者および受入事業者の募集やマッチング活動に充てられる他、参加者向けの給付型奨学金として支給されている。参加者は、奨学金により地方移住の負担軽減や、業界イベントや研修への参加費用の抑制が可能となっている。同プログラムの実施主体であるNFFは、25年6月にAgCの事業成果および費用対効果に関する報告書を発表し、22〜24年の間の参加者178人のうち、90%以上が事業終了後に農業分野での就業もしくは進学を選択したとのことである。また、費用便益比
(注10)は3.82という極めて高い水準であるとし、同プログラムへの継続支援と業界団体に対してさらなる投資を呼びかけている(図10)。
(注10)ある事業や政策に対して、どれだけの利益(便益)がどれだけの費用に対して得られるかを示す指標。1以上であれば、便益が費用を上回るため、事業や政策は社会的に妥当と判断される。
結果として、26年5月に発表された26/27年度連邦予算案
(注11)では、AgC向けの予算は措置されておらず、同プログラムへの支援は終了した。当初から、DAFFはAgCをパイロットプログラムと位置付けており、公的支援に依存しない形での自立的な継続を求めていた。こうした状況の中、NFFは持続的な事業運営体制の構築を目指し、共同で投資を行うパートナーを募集しており、その実現可能性や制度的な定着の行方を含め、今後の展開に注目が集まっている。次章では、産業界と農業教育の連携による新たな取り組みについて報告する。
(注11)詳細は海外情報「豪連邦政府、次年度予算案は燃料・肥料安全保障の強化に注力(豪州)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_004358.html)をご参照ください。