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海外情報 豪州 畜産の情報 2026年8月号

豪州における農業労働力確保の取り組み 〜産業界と農業教育の連携〜

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調査情報部

【要約】

 豪州の農業分野では、新型コロナウイルス感染症の拡大を契機として、安価な外国人労働力への依存から国内人材の確保に重点を置く方向に転換しつつある。持続的人材供給モデルの構築を目指した政府の新規就農支援策や産業界と農業教育の連携強化などの取り組みが、将来の農畜産物生産を担う人材確保にどのように寄与するのか注目が集まっている。

1 はじめに

 豪州の農業分野における労働力の課題は、園芸分野を中心とした労働力需要の季節的変動への対応が、主要な論点として位置付けられてきた。こうした課題に対応するため、収穫時期の人手不足の解消を目的として、太平洋島しょ国(注1)を中心とした外国人労働者の受け入れプログラムやワーキングホリデー制度が整備されてきた。しかし、2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を契機として、安価な海外労働力への過度な依存に対する問題意識が高まったことを受け、豪州の農業労働力政策は、国内人材の確保に重点を置く方向へと転換しつつある。農業教育・職業訓練・産業連携を通じた持続的な人材供給モデルの構築を目指し、現在では、新たな新規就農支援策に対する効果検証や、産業界と農業教育の連携強化に向けた議論が進められている。
 本稿では、農業界全体の労働力確保の取り組みについて、政府や業界団体、教育現場の視点から整理するとともに、将来的な労働力確保の見通しおよび農業生産への影響について考察する。なお、本稿中特に断りのない限り、豪州の年度は7月〜翌6月、為替レートは1豪ドル=113.56円(注2)を使用した。

(注1)一般的にはフィジー、キリバス、ナウル、パプアニューギニア、サモア、ソロモン諸島、トンガ、ツバルおよびバヌアツの9カ国を指す。
(注2)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2026年6月末TTS相場。

2 農業労働力の実態と政府の対応

(1)労働力不足の構造と実態

 豪州の農業労働力をめぐる課題は、単純な人材供給不足だけではなく、労働人口の偏在や担い手の高齢化、求められる高度技能への対応、さらに労働需要の季節的変動といった複合的な要因から構成されている。そのため、課題の実態を把握するには、各要因を区別して整理する必要がある。
 最初に国内農業従事者数の推移を見ると、2000年をピークに減少傾向で推移しており、26年2月時点では24万5900人(00年比36.1%減)と推定されている。このうち、穀物や肉用牛など広域土地利用型農業(注3)の従事者が最も多い一方で、酪農および果実・ナッツ類の従事者は減少幅が特に大きくなっている(図1)。

(注3)広い土地を使って行う大規模で粗放的な農業。小麦栽培や羊・肉用牛の放牧が代表的な広域土地利用型農業とされている。
 



 
 また、農林水産業事業体数の推移を見ても、06/07年度以降は廃業数が新規参入数を上回る傾向が続き、24/25年度時点で17万2354社と過去最低水準となっている(図2)。
 これらの変化は、農業の効率化・省力化の進展に伴う経営形態の変化と捉えることもできる。実際に酪農経営は大規模化が進み、1戸当たりの飼養頭数が増加傾向で推移していることが報告されている(注4)。一方、農業全体の従業員規模別の事業体数の推移を見ると、必ずしも規模の大きい事業体は増えてはおらず、24/25年度は約4分の3が従業員のいない事業体となっている(図3)。

(注4)詳細は『畜産の情報』2026年3月号「豪州の酪農・乳業の変遷と業界の適応戦略:生産性向上の道筋」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_004109.html)をご参照ください。

 
 




 
 大規模化の進展は部門によって濃淡があると考えられるが、農畜産物の生産量の推移を見ると、品目間のトレードオフがあるものの、全体の生産量が縮小する局面には至っていない(表1)。このことからも、労働力の減少は、大規模化によらない生産性の向上により、一定程度補完されているものと考えられる。
 


 
 続いて、農業経営構造および部門別動向について整理する。豪州の第一次産業を代表する業界団体である全国農民連盟(NFF)は、同国の農業経営体の99%以上が国内資本であり、その大半が家族経営(注5)であるとの見解を示している。家族経営にはさまざまな形態が存在するが、肉用牛経営では、家族労働者のみで事業運営する伝統的な経営体が依然として多く見られる一方、酪農や野菜経営では、大規模化に伴う雇用労働者の増加が見られる(図4)。

(注5)豪州における家族経営とは、土地や家畜を家族が所有し、経営の意思決定も家族が担う事業体を指し、法人格の有無によって区別されていない。そのため、会社形態であっても、上記を満たしていれば家族経営と見なされる。
 



 
 この傾向は、各農業部門をシステム別に整理するとより明確になる。広域土地利用型は、農業従事者の約25%を家族労働者が占め、会社形態でも従業員を雇用しない経営体が一定数存在することから、後継者確保や円滑な事業継承が労働力の課題の論点となりやすい。一方、労働・資本集約型は、労働力の約7割が雇用労働者で構成されることから、雇用人材の安定確保が論点の中心となる(図5)。
 


 
 また、担い手の高齢化は広域土地利用型農業、特に肉用牛経営で顕著に見られ、経営者の年齢中央値は61歳と、各農業部門の中で最も高い(図6)。これは、土地や家畜などの資産価値の高さによる参入障壁に加え、多くの経営者が一般的に退職する年齢(60歳)を超えて就業を継続していることが一因とされている。
 



 
 これに対して、労働・資本集約型の園芸部門は、収穫時期の外国人労働者と国内の季節労働者への依存が課題となっている。豪州農業資源経済科学局(ABARES)の調査によると、21/22年度時点で園芸部門労働者のうち約2割が外国人労働者と推定されており、20年のCOVID-19拡大時には、外国人労働者の渡航が制限されたことで、人材供給の脆弱性が浮き彫りとなった(注6)。政府はCOVID-19の影響で生じた労働力不足を補うための特例ビザであるパンデミックビザの運用や太平洋豪州労働力移動計画(PALM)(注7)の改善により対応を進めたが、依然として構造的な課題とされている。

(注6)詳細は『野菜情報』2023年12月号「豪州およびニュージーランドの労働力不足への対応 〜コロナ禍における園芸部門での対策を中心に〜」(https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/kaigaijoho/2312_kaigaijoho1.html)をご参照ください。
(注7)太平洋島しょ国9カ国および東ティモールからODAの一環として、労働者を雇用するための豪州連邦政府が管理するスキーム。


 これらの背景を踏まえ、農業分野の総雇用機会数(雇用数+求人数)に対する欠員率の推移を見ると、季節的変動は見られるものの、全産業と比較して人材不足が悪化している状況にはないと考えられる(図7)。
 



 
 一方、地域的な偏在や特定技能に対する不足が生じている可能性はある。チャールズ・スタート大学(注8)の試算によると、農業サービスなどの関連業種を含めた農業労働市場では、21年時点で農業関連の学位取得者1人に対する求人数が6件で、特にアグリビジネス系の分野で供給が需要に追い付いていないと分析している(図8)。

(注8)豪州ニューサウスウェールズ(NSW)州に所在する公立大学。大規模な実習農場を保有し、評価の高い農学分野の教育コースを提供するなど、農業分野の教育・人材供給において主要な役割を担う大学の一つとされている。
 



 
 また、ジョブズ&スキルズ・オーストラリア(JSA:Jobs and Skills Australia)(注9)が公表する「人材不足職種リスト」によると、25年時点で各部門の農場経営者は同リストに掲載されていないが、農業コンサルタントや農業機械オペレーターといった特定の技能が必要な関連サービス業は、全国的に人材が不足していると評価されている(表2)。

(注9)豪州連邦政府の独立機関であり、労働市場の需給状況や将来のスキルニーズを調査・分析し、雇用・教育訓練政策の立案を支援する役割を担っている。
 


 
 まとめると、1)広域土地利用型農業における後継者育成および円滑な事業承継、2)労働・資本集約型農業における外国人労働者を含む雇用人材の安定確保、3)農業を支える高度技能人材の不足−が豪州の農業労働力の課題と考えられる。次節では、これらの課題に対する政府の対応について整理する。
 

(2)豪州政府の労働力確保に向けた取り組み

 現在展開されている農業労働力政策の出発点は、2020年12月に国家農業労働諮問委員会が発表した提言文書「国家農業労働力戦略〜卓越性の追求〜」が基となっている。同委員会の37の提言を踏まえ、豪州農林水産省(DAFF)は、21年12月に政府応答文書を発表し、その中で21世紀の農業人材の確保に向け、農業を近代化された魅力ある産業として認知させていくことや、研修・教育部門との連携強化による高度人材の育成を進めていくことなど、今後取るべき対応を取りまとめている(図9)。
 



 
 そして、21/22年度連邦予算案の中で、農業労働力確保に関連する大型の新規予算パッケージとして、24/25年度までの4年間で2980万豪ドル(33億8409万円)が措置された。その後、同予算群は予算額の増減や期間の延長、新規支援策の追加などにより変化しているものの、これらの取り組みは現在の農業労働力政策の柱となっている(表3)。
 



 
 その中でも、新たな国内人材の就業支援プログラムであるアグキャリアスタート(以下「AgC」という)は、象徴的な取り組みとして位置付けられている。AgCは、18〜25歳の若年層を対象に、約1年間の農場就業体験を提供し、農業・アグリビジネス分野への就業促進を図るプログラムとなっている。参加者は受入事業者の従業員として雇用され、賃金は受入事業者が負担する仕組みであり、政府資金は直接充当されない。同資金は、参加者および受入事業者の募集やマッチング活動に充てられる他、参加者向けの給付型奨学金として支給されている。参加者は、奨学金により地方移住の負担軽減や、業界イベントや研修への参加費用の抑制が可能となっている。同プログラムの実施主体であるNFFは、25年6月にAgCの事業成果および費用対効果に関する報告書を発表し、22〜24年の間の参加者178人のうち、90%以上が事業終了後に農業分野での就業もしくは進学を選択したとのことである。また、費用便益比(注10)は3.82という極めて高い水準であるとし、同プログラムへの継続支援と業界団体に対してさらなる投資を呼びかけている(図10)。

(注10)ある事業や政策に対して、どれだけの利益(便益)がどれだけの費用に対して得られるかを示す指標。1以上であれば、便益が費用を上回るため、事業や政策は社会的に妥当と判断される。
 
 

 
 結果として、26年5月に発表された26/27年度連邦予算案(注11)では、AgC向けの予算は措置されておらず、同プログラムへの支援は終了した。当初から、DAFFはAgCをパイロットプログラムと位置付けており、公的支援に依存しない形での自立的な継続を求めていた。こうした状況の中、NFFは持続的な事業運営体制の構築を目指し、共同で投資を行うパートナーを募集しており、その実現可能性や制度的な定着の行方を含め、今後の展開に注目が集まっている。次章では、産業界と農業教育の連携による新たな取り組みについて報告する。

(注11)詳細は海外情報「豪連邦政府、次年度予算案は燃料・肥料安全保障の強化に注力(豪州)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_004358.html)をご参照ください。

 

3 産業界と農業教育の連携

(1)農業研究開発公社(RDCs)の教育への関与

 豪州には、業界発展に向けた各種取り組みに活用する課徴金制度があり、同制度を通じて徴収された課徴金の割り当てを受け、研究開発やマーケティング活動を実施する主体が農業研究開発公社(RDCs)である(注12)。多くのRDCsが特定の部門ごとにあり、それぞれの産業部門の生産性向上や課題解決に資する研究開発などを実施するのに対し、RDCsの一つであるアグリフューチャーズ・オーストラリア(AFA)は、農村産業に共通する横断的課題への対応や新興産業育成を主導している点に特徴がある。こうした役割を背景に、AFAは重点分野の一つに農業人材育成を位置付けており、政府の支援と並んで課題解決に重要な役割を担っている。2021/22年度以降、同分野への資金支出は拡大しており、業界パートナーと連携した農学部生向け奨学金制度の運用や、生産者向けの多様な能力開発プログラムの提供、教育者を対象とした農業キャリアに関する調査の実施など、幅広い取り組みが展開されている(図11)。

(注12)詳細は『畜産の情報』2024年3月号「豪州の畜産農家における経営収支実態と所得向上の取り組み」(https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_003137.html)をご参照ください。
 

 
 また、AFAは25年11月、すべてのRDCsと連携し、「学校教育における食料・繊維分野に関する国家戦略」を公表した。同戦略は、初等・中等教育をターゲットとして、現代の食料・繊維生産に関する理解醸成と必要な能力の育成を図るとともに、多様な農業キャリアの機会を明確に伝えることを目的としている(図12)。
 


 
 同戦略の背景には、生産と消費のつながりの希薄化による知識格差拡大に対する危機感がある。セントラルクイーンズランド大学(注13)が22年に全国の4〜10年生(日本における小学校4年生〜高校1年生)約5000人を対象に行った調査によると、約8割の生徒が、酪農業界では搾乳機の他に手搾りでも搾乳が行われていると回答している。また、生産者以外の農業職種に関する認知が顕著に低いことが明らかとなっている。経済発展に伴い生活圏が移行し、現在では人口の約4分の3が都市部に居住する豪州にとって、教育現場での農業に対する正しい知識の普及は、農業労働力の課題解決のみならず、農業の社会的受容性の向上や消費者理解の観点からも重要となっている。

(注13)豪州クイーンズランド(QLD)州に所在する公立大学。農業界で必要とされるアグリテックやデジタルスキルの学習機会を重視した教育コースを提供するなど、次世代の農業人材の育成を担う大学の一つ。

 従前から、豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)のAustralian Good Meat Educationウェブサイトなど、RDCsは各業界の学習コンテンツを独自に開発・提供してきた。こうした取り組みが発展し、08年に政府とRDCs、教育業界の協働で設立されたのが豪州一次産業教育財団(PIEFA)である。PIEFAは、RDCsを中心とした業界パートナーからの支援を受け、豪州カリキュラム評価報告機構(ACARA)(注14)と連携しながら、教育カリキュラムに沿った農林水産業の学習コンテンツの開発・提供などを行っている(図13)。




 
(注14)すべての学校で共通の学習成果の達成を目指すため、全国統一のナショナル・カリキュラムの開発や教育成果の全国評価プログラムを行っている独立法定機関。

 

(2)豪州の教育システムにおける農業の位置付け

 豪州の教育分野は、連邦政府の教育省が資金援助などを行っているが、憲法上、主に州および準州が管轄している。日本の初等・中等教育制度が6−3−3制(注15)であるのに対し、豪州では州・準州によって多少異なるが、就学前準備年を含めた初等(就学前、1〜6年生)および中等(7〜12年生)に分かれる。ACARAが策定しているナショナル・カリキュラムによると、一次産業に関する項目「食料・繊維」は、前期中等教育の9〜10年生の選択科目として位置付けられている(図14)。

(注15)小学校6年、中学校3年、高等学校3年を基本とする教育制度。
 



 
 業界関係者からの聞き取りによると、農業関連科目を選択可能な中等学校は、全体の1割弱となる約400校程度と推測される。これらの学校で農業関連科目を履修した生徒が大学で農業分野を専攻し、将来の担い手となる可能性は高い。しかし、人材供給の観点からは、職業訓練機関の修了者による貢献が最も大きくなっている(図15)。
 



 
 一方、農業労働力の課題の一つとして、高度技能者および関連職種の不足が指摘されていることから、農業分野を専攻できる大学への進学者を増やす取り組みも重要である。この点を踏まえれば、初等・中等教育段階への介入は合理的と考えられるが、効果的手法に関する知見の蓄積が求められている。次章では、将来の労働力確保の見通しについて報告する。

コラム 都市部から広がる農業教育の可能性 〜シドニー・バーカー校の取り組みの紹介〜

 都市部の学生に対し、農業分野への参入を促す教育を行うことは、土地や設備の制約がある都市部の学校では難しいとされてきた。こうした状況の中、今回取材を行ったシドニー北部の都市圏に位置する小中高一貫のバーカー校では、近年、農業教育のカリキュラムを再構築し、農業科目を選択する生徒数を大きく伸ばした都市型農業教育の成功事例として知られている。今回、同校で農業科主任を務めるスコット・グラハム氏に話を聞いた。

1.バーカー校の農業教育戦略
 同校では、9〜12年生(日本における中学3年生〜高校3年)の生徒は農業を選択科目として履修することができる。2010年に9〜12年生の合計で約150人だった農業科目履修者数は、現在では約380人にまで増加した。この背景には、伝統的な「生産」にひも付く農業のイメージを、「科学」の一分野として再定義した同校の戦略がある。
 9〜10年生には、都市生活に関連した実践的な学習(菜園や養蜂など)を重視することで農業の魅力を伝え、11〜12年生には理論的側面の学習を強化し、農業を一つの学術分野として位置付け、最新テクノロジーを活用した未来の職業だと強調することで、生徒の関心を高めている。また、校内の動線上や屋内に菜園を配置し、食堂には垂直農業ユニット(コラム−注1)を設置することで、生徒が毎日農業に触れる環境を整備し、農業をより身近に感じさせる工夫が施されている(写真1〜4)。

(コラム−注1)屋内で光・温度・水分などを制御し、棚を多段に重ねて作物を効率的に生産する立体型の農業システム。
 
 






 
 
2.農業専攻に進む学生の輩出
 NSW州で農業科目が選択可能な学校数は都市部で40〜50校(都市部の学校の約1割)、地方で160〜180校(地方の学校の約4割)と大きな差があり、HSC(コラム−注2)試験で農業科目を選択する受験者1500人のうち、3分の2は地方の学校出身となっている。その中で、都市部の学校出身の受験者500人のうち、約2割(92人)が同校の生徒となっており、地方の学校を含め全国的にも最大規模の農業科目受験者を輩出している。グラハム氏によると、HSC受験後、農業関連の学位を大学で専攻するのは約20%で、そのうち約55〜60%は農業科学分野(農学部など)、残りの約40〜45%はアグリビジネス分野に進んでいるという。アグリビジネス専攻といった非農業科学系の農業関連進路の選択割合は近年増加しており、農業分野における多様な職種に対する認知が広がっているとしている(コラム−図)。

(コラム−注2)HSC(Higher School Certificate)は、NSW州における高校修了資格。12年生(日本の高校3年生)は、課程修了後にHSCを受験し、11年と12年の成績と試験結果を基に州の教育委員会が算出した偏差値が交付され、大学進学の基準値となる。
 



 
3.指導者側の学び・キャリア教育
 こうした教育を支えるためには、指導者側の学びも重要である。グラハム氏は、アグリテックや農業系の業界イベントなどに参加し、最新の農業技術や業界動向をアップデートしているという。これらの知見により、より分かりやすい授業ができるようになるとともに、学生に適した技術やキャリア分野において自信を持って推薦できるようになるとしている(写真5、6)。
 農業分野の人材確保を考えるとき、地方に依存するだけではなく、都市部にも目を向ける必要がある。バーカー校の事例は、都市部の学校を起点に、農業をビジネス、テクノロジーなどと結び付けることで、より多様な人材が農業分野に参入する機会を生み出すことができる可能性を示している。







 

4 労働力確保の見通し

 豪州農業資源経済科学局(ABARES)は2026年6月2日、農業生産に関する見通しを公表した。2025/26年度の農業総産出額は、過去最高の1038億豪ドル(11兆7875億円)を見込むものの、26/27年度は減少に転じる見通しであることが明らかとなった(図16)。
 



 
 中東情勢の影響による肥料や燃料などの資材コスト上昇が、農業生産に圧力をかけると予測されており、労働コストもインフレなどの影響で上昇傾向が続くと見込まれている。また、労働力が不足する見通しは示されていないが、ABARESは、現在の統計データは季節労働者や人材派遣労働者などの計上が不十分であり、正確な労働力の実態把握には限界があるとの見解を示している。加えて、ジョブズ&スキルズ・オーストラリア(JSA)が公表している2035年までの職種別雇用予測を見ると、農場経営者は大きな増加は見込まれていないものの、農業研究者や技術者、獣医師などの関連サービス業は大きな増加が見込まれている(表4)。
 


 
 労働力不足が直ちに生産に影響を及ぼす可能性は高くないものの、労働力の実態把握が不十分なことに加え、関連サービス業の需要に対応する人材の安定的確保が求められることが、当面の課題になると考えられる。

5 おわりに

 豪州が国内人材の確保に向けた施策に軸足を移したことは新たな展開であり、その効果や業界間の連携の在り方など、興味深い点は多い。特に、RDCsが安定した財源である課徴金収入を活用して教育分野への投資の拡大を志向している点は、中長期的な取り組みが求められる教育分野と親和性が高い。このような取り組みは、将来の人材確保だけではなく、消費者理解の醸成にも寄与すると考えられる。農業労働力の安定確保は各国共通の課題であることから、豪州の取り組みが日本の業界にとって有益な事例となり、日本の畜産振興の一助となれば幸いである。
 
渡部 卓人(JETROシドニー)