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ばれいしょでん粉工場排水の有効利用

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最終更新日:2011年6月10日

ばれいしょでん粉工場排水の有効利用

2011年6月

小清水町農業協同組合 農畜産部長 真柳 正嗣

はじめに

 JAこしみずでは、排水処理を始めとするばれいしょでん粉工場周辺の諸問題について、さまざまな角度から解決策を検討して参りました。その内容は、排水処理に付随して起こりがちな「臭気問題」や「資源回収にまつわる費用対効果」などを、低コスト・簡素設備で実現しようという試みでありました。

 以下に説明する手法は、排水浄化技術などの専門的見地からして常道を逸する面もあるかもしれません。しかし、高度な浄化技術のみに解決策を見出そうとせず、それらを参考としつつも、そこに農学をはじめさまざまな現場の知恵を注入させることで、これまでとは違う地域農業プラントとしての理想図を描こうとしたわけです。

 こうしたオリジナル構想の決断と実践にはそれなりにリスクが伴うものですが、でん粉生産の将来的持続性は、農業生産者が納得する工場処理コストの実現にかかっており、そうしたプランの樹立や責任はJA自ら担うべきだと私どもは考えました。

1.排水との戦い

 さて、関係者の誰もが周知のように、でん粉工場は膨大な排水処理義務を背負っており、ある意味でん粉生産現場の宿命といえます。例えば当JA工場だけでも、2.5ヶ月足らずの操業期間内でざっと6万トンを超える高濃度有機排水(ばれいしょの磨砕汁)の浄化を要するのです。これは通称「デカンター排水」と称し、生物化学的酸素要求量(BOD)濃度は4〜5万mg/L程度とも言われますから、これを都市の下水道処理(200mg/L程度)に見立てれば、何と人口数十万都市の浄化規模に匹敵するわけです。よって、これらに完全装備で臨むとするならば、でん粉生産者手取り収入に与える影響は相当なものとなるでしょう。

 このほかにも、でん粉精製水であるハイドロサイクロン水(BOD約2千mg/L)が約33万トンや、原料ばれいしょの洗浄水であるフリューム水(毎時200t)の処理などもあるわけですから、どの工場においても、排水に係る環境・コストの両立を如何様に図るべきか、苦闘を強いられていると言って良いでしょう。

2.でん粉工場は言わば原料いもの分解工場・・・参考図(A)

 さて、参考図(A)にモデル化したように、でん粉工場のプラントとしての機能は、「でん粉を抽出する」工場であると同時に、「それ以外は廃棄する」という概念からスタートしたものと考えられます。

 単純化すると、ばれいしょを 1 でん粉、 2 でん粉かす、 3 いも磨り汁(デカンター排水)の3つに分解する工場と見立てた上で、近代においては 2 3 をどんな手法でどう対処するかというコース選択により、各工場の機能や処理経費の違いとなるのです。そしてその歩みは、工場の統廃合と補助金注入という政策的な誘導も後押しし、排水浄化処理専門企業による近代的な技術を柱としながら、やがて資源利活用をも意識した工程が付加されるなど、施設群はより進化し、もしくは高度複雑化してきたと考えられます。
 
 

3.環境・資源・コスト間のジレンマ

 こうして近年では、浄化施設の更なる効率化や資源回収のための先端技術も数多く紹介されておりますが、工場の立地条件や品種・原料の地域性、旧設備の状況など、それぞれの地域の判断によりプラント増改築に託す機能や投資価値評価に差異があることをお断り申し上げ、意見を述べさせて頂きます。

 まず先の参考図(A)のデカンター排水処理について、浄化施設を持たずもしくは小規模化し、その未処理分を 6 資源(液肥)としてほ場還元するという選択肢が考えられます。その方法としては未処理デカンター排水を一端貯留池に退避させておき、シーズンオフを待って残量の浄化を再開するか、貯留池から汲み上げてほ場散布する方法です。

 しかしこの場合、浄化にまつわる施設償却費ほかランニングコスト削減の代償として、悪臭やそうか病菌拡散の問題が生じてしまいます。だからと言って、その臭気緩和のために排水を希釈し貯留池を巨大化して好気曝気処理をするのであれば、膨張した水量の処分にかかる曝気動力費や液肥散布燃料費の増大に繋がってしまうと考えられます。

 悪臭原因たる排水中タンパク質を熱変性抽出することで、 5 餌用資源の回収も可能とされますが、将来を見据えエネルギー依存型の投資には慎重にならざるを得ません。

 では、排水に酸を施し等電点処理注)によるタンパク質析出は熱処理式回収に比べてタンパク質など固形分の凝集力が非常に弱く、通常の遠心分離力では回収しがたいことが特徴です。よって回収率の低さに加え回収固形物の高水分に妥協せざるを得なくなるなど、その利用(例えば餌用タンパク)が困難となり、かと言って堆肥に格下げするようでは回収経費と資源価値は逆転してしまいます。

 最終的に等電点方式による浄化力は中途半端に終わってしまい、挙句の果てには莫大な中和薬剤費を投じて再度pHを戻し、それから嫌気処理や好気曝気処理などで追い討ちを要することとなります。

 以上から判断すると、やはり 5 6 は諦めて浄化施設の完備と河川放流という確実な道を選ぶしかないのでしょうか? それとも膨大な熱処理5を受入れて、これを前処理として位置づけし、その後の浄化効率を狙うのがベストなのでしょうか?

注)等電点とは、タンパク質を構成しているアミノ酸は一般的に水中でプラスやマイナスの電荷を帯びていますが、溶液のpHを調整することで電荷がゼロになる地点(等電点という)があり、そのときタンパク質は析出(沈澱現象)します。一般的にデカンター排水中のタンパク質は酸性域に等電点があり、pHを下げることで溶解しているタンパク質を分離することができます。

4.非常識で考えてみる・・・参考図(B)

 「デカンター排水にはタンパク質が含有し、それが腐敗臭となるのであれば、その原因たるタンパク質を取り除くか、微生物分解活性(嫌気か好気)により低分子化する事が妥当である。」

 これを常識と考えれば、もはや浄化施設もしくはタンパク質回収施設を完備する方向に誘導され、その範疇にて最も効率良い組合せはどれか?という選択肢に絞られるでしょう。

 しかし、以下の参考図(B)において等電点処理(通常より低pH)と種々のメインティナンスを組み合わせると、大変興味深い現象が起きることを当JAにて実証しました。 

 つまり、a.タンパク質沈殿効果以外にも、b. そうか病菌完全死滅、c.長期間の腐敗停止現象、などの効果が同時に得られ、特にcにおける臭気抑制力(常温管理でも)は予測を遥かに超えた結果が得られました・・・ 6

 これはサイレージ発酵調整理論である加酸法(AIV法)と、排水浄化技術である等電点理論を融合させてイメージしたことがきっかけであり、タンパク質を含む植物廃汁を扱う理論は何もでん粉工場のデカンター排液に限ったことではないという証しであります。しかもこうした切り口は、我々農業界にとって最も身近な知識と言えます。加えて、等電点処理後の排水を遠心分離するに際し、固形分を機外へかき出すためのバックドライブとの兼ね合いにて、概ね3,000Gで約30%前後のタンパク質回収が可能との実証も致しました・・・ 5

 この方法は7割もが取りこぼしとなる上、回収物が高水分となることから、否定されるのが常識です(前述)。しかしここでも、農業現場的な価値と情報を加味して再検討してみることにします。

 まず、回収されたタンパク質の3割相当は腐敗抑制効果のある酸に包まれて抽出され、乾燥せずに一定期間(常温)の品質安定が可能なので、畜産プラントの手法であるリキッドフィーディングシステムの一部応用や地元TMRセンター(粗飼料ミキシング・梱包・配送)との提携で難なく活用できるわけです。これは非熱エネルギーでのデカンター排水タンパク質の利活用法の提案であり、大がかりな施設は何ら不要です。

 次に、ペクチンを主成分(タンパク質不足)としたでん粉かすにふすまを混入し水分調整したもの 4 をベースに、これに上記タンパク質をもって3種混合サイレージとして格納すれば、濃厚飼料に類した高タンパク粗飼料 7 の現地生産の道が開けるわけです。こうして遠心分離機の働きを「脱水しなければ」という常識から「濃縮でよい」という非常識にチェンジできたと考えてみるのです。

 また、水を浄化しようという考えに固執すれば、餌向けタンパク質3割回収の取りこぼしは容赦できないこととなってしまうのですが、処理後水における有機物残存量にかかわらず臭気は抑制されなおかつそうか病菌が死滅することから、液肥としてほ場散布できることに価値が見出せるわけです。

 なお、そうか病菌の問題については克服できたものの、ばれいしょの病気として粉状そうか病が新たな問題となっており、この菌の伝播防止に向けた研究が精力的に進められています(本誌2011年1月号 北海道農業研究センター 村井勝専門委員著「ばれいしょでん粉粕の有効利用〜資源循環型畜産技術の開発に向けて〜」を参照)。

5.「せざるを得ない」を「するべき」に

 次に、等電点処理した貯留水はほ場散布直前のローリー汲み上げ時にpHアップする必要があり、大量の中和剤を要せざるを得ないのであり、苛性ソーダで対処すると破格の経費となるわけです。しかし、最寄りの製糖工場にて廃棄処分に困っているライムケーキ(有機入り炭酸カルシウム)を使用すれば、格安な中和が可能となるわけです。

 さらに余談ではありますが、とかくばれいしょ生産地帯では土壌pHアップによりそうか病発病が助長されるのを嫌う傾向にあり、アルカリ剤である炭カル施肥にアレルギーを示す生産者が多いものです。そのような中、カルシウム不足のほ場が散見されるも、硫酸カルシウム等の中性Ca資材では炭カルに比べて余りにも高価となります。

 こうしたことからも、ライムケーキを等電点液の中和に用いることの必然性が、むしろほ場への良質カルシウムの補給となり、「中和せざるを得ない」義務を「中和すべき」利点に変換できたと言えるのではないでしょうか。
 
 

まとめ

 ばれいしょでん粉製造の現場周辺が抱える各種課題を連結思考し、地域内の同時解決構想につき解説してきました。

 構想にあたり、地域資源の利活用や製造にまつわる省エネ志向、さらには域内畜産事業との連携を通じた環境保全型農業プラントとして、以後も存続できるよう仕組んでいく事の重要さに気づくのです。この事は戸々の農家同士が任意に耕畜連携するのではなく、エリア内の施設(TMRセンターや共同町営牧場)、や製糖工場をも介した地域資源の連結事業として定着を狙うことの意義であります。また、でん粉工場再編整備のごとく言わば同種工場を結合させる広域合理化も手段ならば、ベクトルを内側に向けた議論も必要ではないかと考え例示したものです。

 農業者にとって、高性能浄化施設の獲得自体が最終目的ではありませんし、また廃棄資源の加工にしても、そもそも輸送費をかけずに地産地消するのが基本であり、流通や在庫を想定した成型もパッケージも不要なはずです。

 要するに、農業現場しか知らない項目やテーマをJA自らが課題として整理し、地域農業プラントとして総合的に機能するよう提案することで持久力あるでん粉生産体制を描けるのであれば、これも一つの生き残り作戦と言って良いのではないでしょうか。

 末筆ではありますが、上記の取組みにあたり沼津高等工業専門学校物質工学科の蓮実文彦教授より「捨てるものを失くす農業」をモットーに、学術的指導に加え的確なアドバイスを頂きましたこと、加えて竹口昌之准教授より各種実証実験等手掛けて頂きこうして事業遂行できましたことをここに感謝申し上げ、ばれいしょでん粉の産地レポートと致します。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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