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インドの食料政策と砂糖をめぐる動向

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最終更新日:2010年4月27日

インドの食料政策と砂糖をめぐる動向

2010年05月

京都大学 東南アジア研究所教授 藤田 幸一

公共配給制度

〜低価格で消費者保護〜

 インドには、消費者(とくに貧困世帯)保護のための公共配給制度(PDS: Public Distribution System)がある。南インド・タミル・ナードゥ州の筆者がよく通っているS集落の一角にも、この制度に基づく配給店舗(Fair Price Shop)がある。1単位の核家族につき1冊の配給手帳が発行され、S集落(世帯数134)全体で246冊の手帳が配られている。うちAAY(最貧困家族)が23、残り223は一般手帳である。  2010年1月にS集落の配給店舗で筆者が行った調査によると、一般手帳保有者の1カ月当たり購入上限は、コメ20キログラム、小麦5キログラム、小麦粉1キログラム、豆2種類各1キログラム、砂糖2キログラム、灯油3リットルであった。AAY手帳保有者は、コメ35キログラムが異なるのみで、あとは同じである。価格は、一般に市場価格よりも相当安く設定されているが、コメについてはキログラム当たり1Rs(ルピー:1Rsは約2円)という極端な低価格となっていた。市場米価は同20Rs程度であり、また、例えば1日の農業労働賃金(男100Rs、女50Rs)と比較しても、ただ同然といえよう(ただし、この極端な低米価設定は、インド全土ではなく、南インドの一部の州政府の独自政策によるものである)。ちなみに、砂糖の配給価格はキログラム当たり13Rsで、市価同35Rsの半分以下であることがわかった。  よく知られているように、インドは世界最大の砂糖消費国である。最新の統計によると、約2000万トンの砂糖に伝統的含みつ糖(グルやカンサリと呼ばれているもの)数百万トンが加わり、国民1人当たりでは砂糖20キログラム弱、含みつ糖数キログラムという値になる。核家族を夫婦2人と子供2人の4人家族とすると、年間砂糖消費量は約70キログラムとなるが、上記の配給制度で24キログラム(2キログラム×12カ月)を購入した場合、消費量の34%が賄える計算になろう。ちなみにコメの場合、2004/05年度のNSS(National Sample Survey)データによると、タミル・ナードゥ州農村部の1人1カ月当たり消費量(支出階層平均)は10.2キログラムであるから、4人家族では年間490キログラムとなり、配給制度による充足率は、一般手帳保有者で49%、AAY手帳保有者で86%となる。

貧困層への手厚い支援

〜背景は過去の飢饉頻発〜

 以上のようにインドでは、食料や燃料など基礎的な生活物資について、一般家計、特に貧困家計に対する、かなり手厚い支援システムが存在しているのである。その背景には、インドで過去に頻発した飢饉(および、それに伴う疫病)の苦い経験がある。それは英領植民地下の19世紀後半に集中的に起こり、貧困層を中心に膨大な数の犠牲者を出したのである(注1)。現行PDSは、独立後1960年代半ばにインドが2年連続して大干ばつに見舞われ、年間1000万トン以上もの大量の食料(小麦)を輸入せざるを得なくなり、農政の大転換を強いられて以降、制度の本格的整備が進められて出来たものである。コメと小麦の2大穀物が中心である。

(注1)脇村孝平『飢饉・疫病・植民地統治』名古屋大学出版会、2002年を参照。

無制限の買い付け義務

〜膨大な財政負担で農民にインセンティブ〜

 PDSは、政府による穀物買い上げを基盤に成り立っている(注2)。パンジャブ州をはじめとする一部の穀倉地帯から買い上げ、それを全国に輸送し、上記のような配給店舗を通じて、消費者に売り渡す仕組みである。この制度は、最近になるほど拡充され、コメと小麦については、農家の市販余剰の半分近くを政府が買い付けている計算になる(注3)。

 もちろん農家の生産意欲を削ぐわけにはいかないので、生産費を十分に上回る価格で政府は買い付けている。具体的には、政府は毎年播種時期の前に、農業費用価格委員会(CACP)の諮問に基づき、作目別に最低支持価格(MSP)を決定する。MSPは生産費調査に基づき、農民の供給意欲を高めることを目的としている。市場価格がこれを下回れば、政府は農民からMSPで無制限に買い付ける義務を持ち、また市場価格がMSPを上回れば、政府買い付け価格は、農民が政府に必要な量を販売しようとするだけのインセンティブのある価格に設定される。要は、高く買ってPDSで安く売るわけであるから、輸送費や在庫持ち越し費用も含め膨大な財政負担となり、2008/09年度の負担額は4367億Rsで、実にGDPの1%を超えるものとなっている。

(注2)PDSについて詳しくは、首藤久人「公的分配システムをめぐる穀物市場の課題」(内川秀二編『躍動するインド経済』アジア経済研究所、2006年)を参照。
(注3)むろんこれは平均の話で、パンジャブ州などではほぼ100%が政府に販売されている一方、ほとんど政府買い付けの行われていない地域もある。。

2008年穀物価格高騰の影響

〜支持価格上昇で作目シフト〜

 周知のように最近、2008年4月をピークとする世界的な穀物価格の高騰が生じた。それに伴ってインドの国内価格も上昇したが(注4)、紆余曲折の後(注5)、コメ(バスマティ米を除く)輸出の全面禁止政策を打ち出し、結果的に、国内米価の高騰を一定程度に抑制することに成功した。しかしこの間に、政府がコメや小麦のMSPの引き上げを余儀なくされたのは当然であり、その結果、農家の選択によってさとうきびから穀物へという作目シフトが起きたのである。

(注4)たとえば、デリーにおける1kg当たりコメ小売価格は、2006年の13Rsから高騰を始め、2008年には20Rsを超えるに至った(久保研介「インド−貧困を抱えるコメ輸出大国のジレンマ−」(重富・久保・塚田編『アジア・コメ輸出大国と世界食料危機−タイ・ベトナム・インドの戦略−』アジア経済研究所、2009年、41ページの図6を参照)。

(注5)詳しくは、同上、久保論文を参照。

砂糖の生産状況

〜上位3州で生産量の70%〜

 さて、砂糖に話を戻そう。上述のように砂糖もPDSの配給物資である。PDSやその背景にあるインドの農政思想は、原料作物であるさとうきびの生産・加工・流通にどのような影響を与えているであろうか。以下、それを簡単に紹介したい。

 インドは、ブラジルに次ぐ世界第2の砂糖生産国である。ブラジルは安定的な輸出国であるが、インドは年によって輸入国や輸出国となり、国際砂糖市場の不安定要因となっている。インドにおけるさとうきびの作付面積は511万ヘクタール、生産量は3億5186万トン、1ヘクタール当たり収量は68.9トンである(2006/07〜07/08年度平均)。生産量の70%強は、上位3州のウッタル・プラデーシュ州(36.7%)、マハーラーシュトラ州(23.8%)、タミル・ナードゥ州(11.3%)が占め、産地の集中がみられる(1ヘクタール当たり収量は、タミル・ナードゥ州106.3トン、マハーラーシュトラ州77.9トン、ウッタルプラデーシュ州58.4トン)。

配給用砂糖の政府調達

〜強制買い上げ〜

  2009年3月末現在、インドには624の製糖工場があり、内訳は協同組合317、民間245、政府62と、協同組合が最大シェアを占める。砂糖の生産量は2730万トン(2006/07〜07/08年度平均)である。政府は、PDS配給用の砂糖を調達するため、製糖工場から強制買い上げを実施しており、それを供出砂糖(levy sugar)と呼ぶ。供出率は、独立以降1980年代半ばまでは65〜70%と著しく高い水準であった。80年代末までに45%、1999/2000年度からは30%、2001/02年度からは10%へ段階的に引き下げられて最近まで至っていたが、2009/10年度には再び20%に引き上げられた。インドの砂糖総消費量の30%弱が家庭用であり、上記のように、そのうち35%程度がPDSから調達されているとすると、生産量に占める比率は約10%となり、だいたい計算が合うことになる(注6)。なお供出価格は、2002年3月以来今日まで、キログラム当たり13.5Rsとなっている。

 他方、供出砂糖以外の砂糖の工場売り渡し価格は、キログラム当たり15.2〜22.3Rs(2008/09年度)の幅となっている(注7、8)。ただし製糖工場は、供出率20%を差し引いた残りを完全に自由に販売できるわけではなく、政府から在庫の数量制限や販売時期に関する細かい指導などを受けている(注9)。政府は、かなり細かい地域ごとに砂糖の市場価格を毎月モニターし、行政指導によって、価格の低い地域の販売量を減らし高い地域の販売量を増加させるような誘導を行っているのである。これらは、インド政府がいかに砂糖価格の高騰や砂糖の不足に神経を尖らせているかを示すものである。

(注6)実際には、インド政府は1000万トン以上(2007/08年度)の砂糖の在庫を保有しており、生産量の変動を調整している。
(注7)Department of Food and Public Distribution (Government of India), Annual Report 2008−2009, p.76.
(注8)ただし、特に砂糖価格の低迷期には、製糖工場のさとうきび農家への支払いがしばしば著しく遅れ、それが原因で農家は次期さとうきび作付面積を減らすという行動をとる。以上が、インドのさとうきび生産が循環的で大きな変動を繰り返している主な原因である。
(注9)また、農家保護を目的としたさとうきび買い上げ価格についての規制もある。中央政府が設定する法定最低価格(SMP)(2009年からは適正価格(F&RP))やそれを上回ることの多い州勧告価格(SAP)と呼ばれるものである。

近年の政策

〜規制緩和の実施〜

 また近年の経済自由化政策の下、インド政府は、次々と規制緩和政策を発表してきた。既述の供出率の引き下げのほか、1997年のゾーニング制廃止(農家はさとうきびの出荷先を自由に選択できるようになった)、1999年の認可制廃止(以後、民間製糖工場が急増している)などである。そのような中で現在、これまで規制に守られてきたインドの製糖協同組合は窮地に立たされているわけであるが、一方で組合員へのサービス強化によって競争に打ち勝っている事例もある(注10)。

(注10)詳しくは、草野拓司「新経済政策下における農協「地域営農センター」の効果−インド・マハラシュトラ州の製糖協同組合の実態調査から−」(『南アジア研究』第21号、2009年)を参照。
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