砂糖 砂糖分野の各種業務の情報、情報誌「砂糖類情報」の記事、統計資料など

ホーム > 砂糖 > 視点 > 最近の国際砂糖価格と世界の砂糖生産動向

最近の国際砂糖価格と世界の砂糖生産動向

印刷ページ

最終更新日:2010年8月4日

最近の国際砂糖価格と世界の砂糖生産動向

2010年8月

東京農工大学農学部 准教授 千年 篤

1. はじめに

 国際砂糖価格は2009年中頃から2010年初頭にかけ急騰した。図1は2009年1月から2010年4月までのニューヨーク市場における粗糖現物の月価格(1ポンド当たり)の動きを示したものである。2007年、2008年の年平均の同価格が各々11.60、13.84セントであり、2009年1月の平均値が13.11セントであったから、2009年5月以降の価格高騰がいかに激しいものであったかは自明であろう。
 
 しかし、2010年1月29日の30.64セントをピークに以後、価格は反転し、3月下旬以降は20セント前後で推移している。6月上旬には定期価格(7月限)は14セントを割り込んだ。年初にこの29年間で最高値水準に達した国際砂糖価格は、半年の間に急速に収束したのである。
 
 こうした国際砂糖価格の変動、特に高騰を招いた背景を解説することが小稿の目的である。大幅な変動を引き起こした背景と価格上昇の契機になったファンダメンタルな要因に分けて議論を進める。後者では、インドにおける砂糖減産の背景に比重をおく。
 
 
 

2. 国際砂糖価格変動の背景

 経済基礎理論が示すとおり、国際砂糖価格上昇の要因は、(期待)供給の縮小と需要の拡大にある。(期待)供給量の低下は、主要生産国における天候不順によるさとうきび不作の予想によるところが大きい。特に昨年7月下旬に明らかになったインド主要産地でのモンスーン到来の遅れによる雨不足の予想が決定的となった。さらに世界最大の生産国であるブラジルでも大雨によるさとうきび収穫遅延という予想が報じられたことが、価格上昇基調に追い討ちをかけたのである。
 
 他方、需要拡大は、懸念されていた景気低迷による需要縮小が起こらず、砂糖需要が世界的に堅調に増加したことによる。インド、中国、ロシアなどの砂糖消費大国の輸入増大がみられ、むしろ国際砂糖市場における需要は当初の予想を上回った。しかし、こうした実需面の影響に加え、投資ファンドをはじめとする戦略的投資家による買い付け、いわゆる国際砂糖市場への投機資金の流入による影響も需要拡大の要因として指摘されている。砂糖は国際取引商品として投資(投機)対象に組み込まれている。主要国の砂糖需給に関する予想や各国の関連政策の変更に加え、他の投資先である外国為替・株式・債券市場および原油などの他資源/商品相場の動向により運用資金が増大し、砂糖への投資収益性が相対的に上昇すれば買い付けが行なわれる。
 
 たとえば、原油価格が上昇すると、エタノール生産が相対的に有利になり、さとうきびの砂糖仕向け量の減少が懸念され、国際市場での砂糖輸出量減少が予想される。また、原油価格の上昇は製糖会社の生産費を上昇させるため、経営困難から生産を縮小する会社が生じ、結果として、砂糖出荷量の減少が予想される。いずれも砂糖価格上昇圧力として作用する。
 
 ファンダメンタルズの変化により供給不足または需要拡大が生じた結果、商品価格が上昇すれば、その商品は投資先として魅力的になり、より多くの買い付けならびに売り控え(需要拡大)に拍車がかかる。こうした行動により、価格は短期間で急激に上昇してしまう。逆に、仮に期待供給量が増大すれば、価格下落により期待収益性は低下するので投資家は売りに走る。その結果、価格は急激に下落してしまうのである。
 
 実際、2月以降の砂糖価格の急激な下落は、ブラジルとインドの予想砂糖生産の上方修正により期待供給量が増大(または期待輸入量の縮小)したからである(*注1)。言うまでもなく、商品投資の収益性は購入価格と販売価格の差に由来する。安い時に買い、高い時に売れば儲けは大きくなる。そして、相場の動きが激しくなれば、儲けの機会が増え、取引は活発化し、さらなる価格変動をもたらす。
 
 世界砂糖需給において、供給量、需要量自体、半年間で大きく変わるわけではない。砂糖などの国際取引商品の価格は実物の需給均衡ではなく、需給に対する将来への予想、将来変化が起こった場合に備えての緩衝能力(在庫)によって決定される。そして、そうした状況下で収益性の高い投資先を求める戦略的投資家の行動が急激な価格変動を引き起こす。市場経済システムは本来的に、投機的行動による過剰反応を導く性質を有していることを、砂糖などの国際商品価格動向をみる上で留意しておく必要がある。
 
(*注1)インドのさとうきび主産地であるウッタル・プラデーシュ州政府の輸入粗糖の精製許可により、当初予想されていたインドの輸入量が回避される見込みになったことも価格下落の一因である(農畜産業振興機構・調査情報部・特産調整部「砂糖類の需給・価格動向」、『砂糖類情報』2010年4月号)。
 

3.ファンダメンタルズの変化

 図2は2003/04〜2009/10砂糖年度の世界における粗糖の生産量、消費量、期末在庫量および在庫率(期末在庫量/消費量)、ニューヨーク市場の粗糖の年平均現物価格を示したものである。
 
 
 図2から明らかなように、国際需給の緩衝機能を果たすべく在庫は2008/09年度以来急激に縮小した。2007/08年度に32.8%であった在庫率は、2008/09年度に27.1%へと大幅に減少し、さらに2009/10年度には23.8%になると見込まれている。この2カ年の低下は各々910万トン、470万トンの在庫減少に相当する。先に述べたとおり、2009年後半の砂糖価格急騰の直接的な要因は天候不良によるインドとブラジルでの2009/10年度産さとうきびの不作予想であるが、そうした撹乱因子(ショック)に対する緩衝機能の弱体化が価格高騰の伏線にあったのである。
 
 在庫の縮小は生産量の縮小による。2008/09年度の生産量は前年に比べ1520万トン減少し(前年比9.1%減)、その結果、単年度の国際砂糖需給は880万トンの需要超過となり、その分は在庫から放出された。2008/09年度の供給量の不足は主要生産国の減産に由来する。表1は主要砂糖生産国の最近5カ年の生産状況を示したものである。
 
 近年の主要砂糖生産国の生産状況の中でインドの減産が顕著に大きい。2008/09年度にインドでは前年よりも1380万トンもの減産を記録した(前年比46.8%減)。この量は同年度の世界の総減産量の約2/3を占める。
 
 インドでは2008/09年度に引き続き、2009/10年度の予測生産量も、2007/08年度以前の水準には遥かに及ばない。インドの減産が1年限りであれば、今回の規模の価格急騰までには発展しなかっただろう。2007/08年度に供給余剰であったインド国内砂糖市場は2カ年連続で大幅な単年度供給不足となった(2007/08年度:870万トン、2008/09年度:670万トン)。不足分の一部は国内緩衝在庫の切り崩しで補われたものの、2カ年間で約1000万トン(同440万トン、520万トン)を輸入せざるを得ない状況になった。輸入量は各年度、世界の総輸入量の約10%に相当し、国際砂糖市場に及ぼす影響は甚大であった。
 
 これらのほか、中国の輸入量の増大(2007/08年度:93万トン→2008/09年度:114万トン→2009/10年度:142万トン)も国際市場の撹乱因子として作用したことは事実であるが、極論すれば、世界的減産→在庫縮小→価格急騰という最近の国際砂糖市場の動向は、2カ年連続したインドにおける大幅な減産に行き着くといえる。では、なぜインドで大幅な減産が生じたのだろうか。
 

4.インドにおける砂糖減産の背景

 2008/09年度におけるインドの砂糖減産は、国際的な穀物価格の高騰を背景に、さとうきびから小麦や米といった穀物類への作付転換が行われ、さとうきびの作付面積が減少したことと、カリフ期(雨季)の少雨により収量が減少したことによるといわれている(*注2)。
 
 インドのさとうきび面積は、2008/09年度に前年度の510万ヘクタールから440万ヘクタールへと大幅に縮減した(前年比13.0%減)。前述したとおり、さとうきび面積の減少の一因は穀物価格の上昇にある。この背景には政府の農業政策の優先度の変更がある。インドでは農業者と低所得者層の保護を目的とした食料・農業政策が採用されている。生産段階においては主要作物を対象に最低支持価格が設定され、流通・消費段階では買付・配給において量的規制が課されている(*注3)。
 
 2006年秋に端を発する世界的な穀物需要のひっ迫化の中、インド政府は2007年に小麦と米の輸出禁止を断行するとともに穀物増産を重点課題に設定した。穀物の最低支持価格は大幅に引き上げられたが、他方それまで2003/04〜2004/05年度の不作を背景に優遇されていたさとうきびの最低支持価格は据え置かれた(表2参照)。その結果、さとうきび生産の期待収益性が相対的に低下し、米などの他作物への作付転換が進行したのである。
 
 
 最低支持価格が前年度水準に据え置かれ、モンスーン到来が遅れ干害リスクが増大した中、かんがい畑でのさとうきびから米や水消費の少ない雑穀や豆類への作付転換は、農家レベルでは経済合理性に適った行動であったといえる。インドでは一般に、さとうきびは植え付けから約10カ月以降に収穫が開始され3年にわたり収穫される(*注4)。
 
 1年目は単収が高く、以後2年間は株出しによる収穫で単収は減少する。植え付けの初期投資の負担に加え、一旦植え付ければ、原則的に畑の栽培作目が3年間固定されることになる。つまり、穀物・豆類の作付けに比べ、さとうきび作付けにはより慎重な意思決定が必要になる。1年目の収益性(特に価格)のみではなく以降2カ年の期待収益性にも注意が払わなければならないのである。かんがい畑に穀物・豆類を作付ければ、年に2〜3作が可能になるから、3年間固定されるさとうきび作に対して慎重にならざるを得ない。
 
 さらに、さとうきびから他作物への作付転換に拍車を掛けたのが、政府が製糖業者に課している買付制約である。製糖工場は中央政府(または州政府)の最低支持価格で契約農家が生産したさとうきび全量を買い付けることが義務づけられている(*注5)。砂糖市場価格が下落した場合には、工場の経営は厳しくなり製糖工場から農家への代金支払いの遅延や未了が生ずる。その結果、農家は翌年のさとうきび作付を縮小させるのである(*注6)。
 
 事実、2006/07年度以降、市場において砂糖が極めて安価に推移していたことは、表3に示したとおりである。砂糖の販売価格が低迷している中でのさとうきび買付価格の据え置きは、製糖工場にとって実質的な原料の値上げに等しい。同時に、燃料等生産資材の価格が上昇していたから、製糖業の交易条件が著しく悪化していたことに疑いの余地はない。
 
 このような政策と密接な関係をもつインドの砂糖生産の循環的変動はシュガー・サイクルと呼ばれ、2000年代においてより顕著になってきている(*注7)。2008/09〜2009/10年度の砂糖減産はこのサイクルの谷期にあたる。今回の谷期の場合、2006/07〜2007/08年度間の山期における大幅な増産の反動に2カ年連続の干ばつによる不作が加わり、山―谷期間の変動幅が極めて大きくなった。こうしたインドにおける砂糖生産の変動が国際砂糖価格急騰を招いてしまったのである。
 
(*注2)農畜産業振興機構・調査情報部・調査課「インドの砂糖産業の概要〜砂糖生産と政策〜」、『砂糖類情報』2010年4月号。
 
(*注3)前掲の農畜産業振興機構・調査情報部・調査課(2010年)、藤田幸一「インドの食料政策と砂糖をめぐる動向」、『砂糖類情報』2010年5月号を参照。特に砂糖の価格政策は2009年に変更になったが、この点については農畜産業振興機構・調査情報部・調査課に詳しい。
 
 
(*注5)前掲の農畜産業振興機構・調査情報部・調査課(2010)、藤田(2010)、Landes(2010)を参照。
 
(*注6)他方、砂糖価格が上昇基調にあるときには、製糖工場の農家への支払いは早めに行われるため、農家は翌年の作付面積を増加させる傾向にある。2006/07〜2007/08年度間のさとうきび増産はこうした行動を反映している。当時、2003/04〜2004/05年度の2カ年連続の不作を背景に砂糖の市場価格は急騰していた。2002/03〜2005/06年度間の砂糖(カンサリ、グル含む)卸売物価上昇率は32.8%であった。同期間の卸売物価上昇率は、全体で17.3%、食料9.0%、穀物(豆類含む)7.3%、米5.1%、小麦9.0%、大豆2.7%、さとうきび13.5%であった。データ出所先はGovernment of India, Ministry of Commerce and Industry, Office of the Economic Adviser, Wholesale Price Index Data
 
(*注7)前掲の農畜産業振興機構・調査情報部・調査課(2010)、藤田(2010)、Landes(2010)を参照。
 
 

5. むすび

 小稿では、昨年後半から今年初頭にかけて生じた国際砂糖価格変動の要因を、特にその主因となったインドのさとうきび減産の背景を中心に解説した。インドでは2009年秋にさとうきびの最低支持価格が大幅に引き上げられたこともあり、今後の砂糖生産量は拡大すると予想される。実際、そうした予想の影響もあって、2010年6月中旬時点で国際砂糖価格は安定的に推移している。
 
 しかし、今回の国際砂糖価格急騰により、インドは砂糖生産において天候不良に極めて脆弱な構造(制度面を含める)を有していることが再確認された。インドの国内消費は経済発展に伴い今後も堅調に拡大していくだろうから、その点でもインドの国際砂糖市場に与える影響は益々大きくなる可能性が高い。
 
 ところで、紙幅の関係で、インド以外の砂糖生産国の動向については割愛せざるをえなかったが、今回の砂糖価格急騰で明らかになった点で、今後の国際砂糖市況の動向をみる上で重要になると思われる2点を最後に付記して本稿を結ぶ。
 
 第1に、ブラジルのエタノール・砂糖供給決定メカニズムは国際砂糖相場の安定化に寄与している。国際砂糖価格が上昇した場合には、さとうきびの砂糖生産への仕向け量が増加し、それに伴い砂糖輸出量が増大し、国際砂糖価格を低下させるように作用するからである。今回の砂糖価格急騰が比較的に短期間で収束したのは、ブラジルの製糖工場の砂糖生産仕向け率が上昇した(2008/09年度40%→2009/10年度44%)ことが一因になっている。第2に、EU諸国は砂糖制度改革により域内の砂糖生産を段階的に減少してきたが、国際砂糖価格が高水準で推移した場合、輸出枠制限があるとはいえ、増産し輸出を拡大する可能性がある。また、最近のユーロ安は域内産砂糖輸出に有利に作用することにも留意すべきであろう。
 
 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:情報課)
Tel:03-3583-8713