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てん菜関連産業の明日に向けて

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最終更新日:2013年3月11日

てん菜関連産業の明日に向けて

2013年3月

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 北海道農業研究センター
 畑作研究領域 主任研究員 橋 宙之

 


【はじめに】

 てん菜は、さとうきびと同じく主要な製糖原料作物であり、全世界で消費される砂糖の約2割強がてん菜から生産されています(ISO SUGAR YEAR BOOK 2012)。日本では北海道のみで栽培され、砂糖国内消費量の約3割、国産砂糖の7割がてん菜でまかなわれています(平成23砂糖年度実績)。しかし、ここ数年てん菜は不作が続き、また、栽培面積の減少が止まりません。このままでは、北海道のてん菜産業ならびに北海道畑輪作体系そのものが脅かされる恐れがあり、打開策が必要です。そこで本稿では、てん菜産業の現状と今後の発展について考察してみたいと思います。

1.てん菜栽培の現状

 図1に収量・栽培面積の推移を示します。北海道のてん菜栽培が、ここ数年低迷している主な原因は、夏季の高温・多雨であるとされています。特に平成22年は、特異的な天候に加えて、葉が枯れて糖分低下を引き起こす褐斑病と根が腐り収量低下を引き起こす黒根病が激発し、重量による原料取引(重量取引)に代わり糖分を加味した取引(糖分取引)が始まった昭和61年以降最低の糖分(15.3%)と産糖量になりました。さらに平成24年は、糖分蓄積が進む9月以降に異常な高温が続き、病害の多発と相まって最低糖分の記録をさらに更新してしまいました(15.2%)。産糖量は、3年連続して交付金対象数量(砂糖64万t)を大きく下回る見通しです。加えて海外からの輸入糖との競合などへの不安から作付面積も5万9000haにまで減少し、食料・農業・農村基本計画(平成22年3月)の生産努力目標に係る作付面積(6万6000ha、平成27年度)を大幅に下回っています。てん菜の製糖には大規模な工場を必要とし、工場の操業には安定した原料供給が必要です。また、製糖工場は、その操業に関わる多くの雇用を生み出し、立地する地域の重要な産業基盤となっています。このようにてん菜は、北海道の畑輪作における基幹作物というだけではなく、地域経済にも深くかかわっており、てん菜栽培の維持は、健全で恒久的な営農体系および地域経済を築く上で不可欠なものです。
 

2.製糖利用での技術開発

 栽培期間が欧米に比べて短い北海道ですが、雪のある3月からビニールハウスで苗を育てて畑に移植する「移植栽培」の普及で、欧米と並ぶ収量水準を達成しました。しかし、農業従事者の高齢化に伴う育苗や移植作業における負担感の増大と規模拡大・コスト削減などの面から、最近では直接畑に種をまく「直播栽培」へ転換する動きが見られます(移植割合:ピーク時98%→2012年90%)。しかし、直播栽培は省力・低コスト化が図れる反面、苗立ちが不安定、移植栽培より低収量であることなど、まだ技術改良が必要です。海外の直播栽培技術を直接持ち込むことも検討されましたが、土質、農業機械、経営規模などの違いから難しい点も多く、日本型の直播栽培技術の早期開発が待ち望まれています。

3.製糖副産物利用

 てん菜は収穫物がほぼ完全に利用されている優秀な作物です。収穫されない地上部は圃場に還元され緑肥として利用、砂糖を抽出した残渣であるビートパルプは良好な飼料として全量が直接利用、糖蜜は酵母の培養や機能性物質を抽出する原料として利用されるなど、様々な用途で無駄なく利用されています。さらに、これらの副産物をより有効に利用する研究も進められています。例えば、ビートパルプには良質な食物繊維や保湿などに有効な希少物質であるセラミドが含まれており、これらを抽出した後で飼料とすることで付加価値を高めることが出来ます。また、糖蜜で特定の微生物を培養してバイオディーゼルを製造することも可能です。さらに、圃場に還元されている地上部は、収穫・発酵させることで良質な飼料として利用出来ることが帯広畜産大学を中心とする研究で明らかにされており、国産自給飼料の一つとして利用拡大が期待されています(図2)。

 てん菜製糖業を維持していくには、積極的に高次・多段階利用の研究開発に取組み、てん菜生産費や製糖コストを補てんして下支えすることが、今後ますます重要です。
 

4.製糖以外での利用拡大

 てん菜の製糖外利用として最も広く普及しているのはバイオエタノール製造であり、欧米のてん菜生産大国ではエタノール製造設備が実際に稼働しています。その生産体系は、需要量以上の余剰てん菜を原料として利用するもので、また、製造法も製糖と同様の工程で製造した糖蜜を原料とするエタノール醗酵であり、製糖の延長線上にあるといえます。同様のシステムは北海道でも既に稼働しており(北海道バイオエタノール株式会社)、原料は糖蜜以外に規格外小麦を併用する独自のシステムを採用し、余剰生産物を活用する有効なシステムです。一方、てん菜をエネルギー専用原料として栽培する取組みも世界各国で検討されており、米国ではてん菜はトウモロコシの二倍のエタノール生産性があるとして「エネルギー用てん菜」のプロジェクト研究を2012年からスタートさせています。日本でも農林水産省委託プロジェクト研究「地域活性化のためのバイオマス利用技術の開発」(2007年〜)で、てん菜をエネルギー専用原料として安価に栽培して、てん菜全体を原料として利用する研究を実施しました。現在このプロジェクトは、研究開発のターゲットをソフトセルロース(注)に絞り込んでおり、てん菜に関する研究は終了しましたが、寒地で栽培可能なエネルギー原料作物として、てん菜の研究開発の余地はまだまだ残されています。

 さらに、てん菜のバイオマス生産性と糖合成・蓄積システムに着目して、遺伝子組換え技術で体に良いとされるオリゴ糖やバイオプラスチック原料となる高次ポリマー原料を合成する生物媒体として利用する研究も進められています。遺伝子組換え作物の利用は、負のイメージが先行してまだ完全に社会容認されたわけではありませんが、有用物質の合成など新たな用途開発をすることで、てん菜栽培の維持・発展に貢献すると考えられます。

(注)ソフトセルロース:稲のワラなど、木などと比較して柔らかい植物から採れるセルロース。

5.その他の取組み

 てん菜は国産砂糖の7割を産出する重要な作物であるにもかかわらず、同じ砂糖原料であるさとうきびと比べて馴染みが薄い作物です。しかし、様々な可能性を秘めている北海道が誇る特産品であり、てん菜そのものを広く知ってもらうことが、てん菜産業を維持していく上で大切であると思われます。このような理念のもと、てん菜を原料として十勝のお酒を造ろうという地域の要望を受けた産官学研究プロジェクト(帯広畜産大学など5機関が参画)が成果を実らせ、2012年2月から「ビートのこころあわせ」というビートリキュールが販売されています(図3)。また、北海道を舞台としたドラマや舞台を数多く手掛ける著名な脚本家である倉本聰氏の発案で、年々冷え込んでいくてん菜産業を元気づける試みとして、てん菜そのものを原料にしたお菓子の開発プロジェクトが、株式会社カルロバ(札幌市)を中心にすすめられています。その他にも、さとうきびから製造される黒糖のような非精製糖製品が、道内で複数販売されています(「黒糖」は2011年3月31日より原料原産地表示義務対象品目に追加され、サトウキビ原料以外は「黒糖」と表示出来ない)。
 
 これらの取組みは、すぐにてん菜産業に大きな効果や影響をあたえるものでありませんが、このような活動を通じててん菜という作物を広く知ってもらい、てん菜産業が活気付くことを強く期待しています。

おわりに

 農研機構は、国内でてん菜の品種開発を実施する唯一の公的研究機関です。今後も、生産者、糖業者、大学、北海道などと連携して新しい技術開発に取組み、てん菜関連産業の維持・発展に貢献していきたいと考えています。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713